2006年09月12日

【見】東京の酒蔵探訪その2「多満自慢」 2

午後の見学先は拝島駅が最寄りとなる「多満自慢」の石川酒造さん。

雨天だったので午前中の田村酒造さんからはタクシーで移動。
迎車料金込みで860円程度、時間にして10分足らずで到着。

最寄り駅こそ違え、共に「福生の酒蔵」であり、先の田村酒造さんとは「店内関係」(イマイチ語義がよく判らないが、創業年が田村酒造が文政5年(1822年)、石川酒造が文久3年(1863)で60年程の差があるから親子企業、暖簾分けみたいなものだろうか)とのこと。
石川酒造の歴史は文久3年(1863)9月1日(旧暦)に始まります。酒造場は、はじめは多摩川の対岸にある小川村にありました。福生村の田村酒造とは店内関係でした。明治14年(1881)になって現在の熊川の蔵を新築して、明治16年に完全に現場へ引き移りました。石川酒造の創業当時の商標名は「八重桜」でした。これは小川村の森田酒造の「八重菊」と姉妹関係を示す名前でした。大正8年(1919)に「八重梅」と改められ、昭和8年(1933)から現在の「多満自慢」を使用するようになりました。
http://www.tamajiman.com/siryo_sake.html

小雨の中タクシーを正面玄関で降りると
門を潜る前に蔵のシンボルと御対面。
060912多満自慢外観01

有る意味、この構図がこの蔵元の「今」を語っているのかも知れない。
右手前に写っているのが昔ながらの日本酒造りの釜と仕込樽。
左奥に写っているのが多分だけどビール用のタンク。

この蔵元は日本酒「多満自慢」でも金賞受賞歴が有るが、
地ビール「多摩の恵」でも金賞を取っててそちら方面でもそれなりに有名。

午前中の「嘉泉」が日本酒「だけ」に拘りつつ日本酒造りを近代化していたのと較べて、
この「多満自慢」の方は昔ながらの造りで少量を作りつつ、主力商品を日本酒から地ビールに移そうかという勢いだとか。

今回1日で2軒の酒蔵見学に行って、
酒蔵さんの姿勢の違いが如実に表れていた気がします。

先述の如く敷地内の蕎麦屋で昼食後、蔵見学開始。

入り口を入って直ぐの処の石碑が目立ちます。
060912多満自慢外観03
060912多満自慢外観06

玉川上水の分水は3本有るそうで、午前中に見たのが田村分水、これが熊川分水。

石川家はそもそも幕府に鮎を献上する家だったとかで、石川家は酒造にも初期には多摩川の水を使っていたんですね。
江戸時代、石川家は多摩川で川猟をおこない、将軍家へ鮎を上納する御用勤め、また、酒造りに多摩川水系の水を使用していました。現在は、地下150mからくみあげた地下水を酒造用の水としています。

多摩川の水は、人々に魚や水、そしてエネルギーを与えてくれました。しかし、あるときは堤防を破壊して、せっかく村人たちが開発した大事な耕地を流してしまう事もありました。熊川に住む人々は川と深くかかわりながら生きてきたのです。石川家の歴史は、多摩川の治水と利水の歴史でもあったのです。
http://www.tamajiman.com/siryo_mizu.html

その石碑の隣には大きな欅が2本。
060912多満自慢外観05
醸造蔵を直射日光から守るために古い酒蔵に巨樹は付きモノ。
そして夫婦欅として縁起物なんだとか。
注連縄が飾られています。

日本酒はまだ仕込前、ビール醸造は作業中とのことで
今回、現役の蔵の内部は見学させて頂けませんでした。
HPの「蔵見学」の項目では
「蔵の中へ御案内致します」とのことなので
時期が良ければ見せて頂けるのでしょうか?
(なんだか今はやってないような口ぶりでしたが)

とりあえず酒林の下がった立派な蔵の建物。
060912多満自慢日本酒部01

これは中がホールになっていて、
最後に案内ビデオを見せて貰って、中で試飲をさせて頂きました。

今回の見学というか案内をして貰った中で
一番ウェイトを置かれていた気がするのが
明治時代の麦酒醸造の遺産である煮沸釜。
060912多満自慢ビール部01
060912多満自慢ビール部02

4〜5人ゆったり入れそうなバスタブぐらいの大きさで
鋼鉄板の厳めしいのがいかにも明治時代の遺産です。
060912多満自慢ビール部03

醸造風景のレリーフに飾られたお堂みたいなのに守られていました。
060912多満自慢ビール部04

この蔵元さんは明治の頃に日本麦酒史の魁となった自負が強いようです。
060912多満自慢ビール部05
(ラベルは「雑蔵」2階の資料館に展示されていたもの)
石川酒造のビール商標
明治維新になると、横浜の外国人居留地や北海道でビールが造られ始め、明治10〜20年代になると、日本各地でビールが製造されるようになりました。
石川酒造では、明治21年2月からビールの釀造を開始し、6月から「日本麦酒」(英文ラベルは JAPAN BEER)の名称で近在や東京・横浜へ販売しました。製造法はドイツ式で、年間約300石のラガービールを醸造しました。しかし、まだ王冠の技術がなく、瓶が破裂し易いなどの理由で、明治23年に製造装置は売却されました。
なお、サッポロビールは明治3年から「レッドスター」、キリンビールは明治22年(当時は JAPAN BREWERY)から「麒麟」の商標を用いています。また、同年に東京府三田の日本麦酒はエビスビールを発売しました。アサヒビール(大阪麦酒)は明治25年から「旭」の商標を使用しましたが、大阪の日の出ビールに買われた石川酒造のビール商標の旭との間に、商標権をめぐって訴訟が起きました。
http://www.tamajiman.com/siryo_sake.html

案内して下さった方の口ぶりからして麦酒にウェイトを置きたいぐらいのようでした。

そうは言っても全国鑑評会の金賞受賞蔵、
受賞できるだけの醸造技術は維持しているようです。

今回は見学させては頂けませんでしたが、
昔ながらの製法で日本酒醸造をする作業場は健在とのこと。
そして
精米も自社で精米所を持ってるとのこと。
磨きを1割増やすのに数日掛かるという精米作業、
考えようによっては
醸造石高を削減したいと言ってるお蔵さんにはかなりの負担。

でもコダワリ無くして「いい酒」は出来ないと思います。

金賞受賞蔵の名声を維持するためには
米からキッチリ造り込んで
少量でも気合いを入れて造っていかなきゃならないとの心持ちも判ります。

原料からして糖分(アルコールの直接の原料)を多く含むワインと異なり、
日本酒は穀物から作るアルコール、
とっても手間が掛かるんですね。

だからこそ、ときにできる芸術品はワインを越えるのではないかと思います。
(さすがに1本ン十万円ってな無茶に高価なワインを飲んだことはないので較べきれないですが)

さて

案内コースの最後は蔵を改装したホールで広報ビデオ鑑賞。
060912多満自慢日本酒部02

樽一つ置かれてる訳でも有りませんが柱のひとつひとつに流石に歴史を感じます。

利き酒は季節限定酒2種類。
060912多満自慢日本酒部03

多満自慢 純米山廃原酒2003
 (720ml 1,230円)
多満自慢 純米大吟醸無濾過原酒 秋の慶
 (720ml 1,446円)
個性としては酒飲みに好まれる綺麗なお酒です。
山廃も山廃臭くなく、大吟醸も甘過ぎることが無い。

「昔ながらの酒造り」の作業場を見せて頂きたかったけど、
「見せたいもの」と「見たいもの」は一致しないのが世の常。

残念でしたが、また何かのご縁もあるかと思います。

これもひとつの酒蔵の在り方というものを見せて頂いたように思います。

ruminn_master at 2006年09月12日 15:30 【見】東京の酒蔵探訪その2「多満自慢」コメント(0)トラックバック(1)  このエントリーをはてなブックマークに追加


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2006年9月12日、奥多摩方面に酒造見学に行ってきました。 事の発端は、日本最大のSNSである mixiのコミュニティのひとつ 「社会科見学に行こう!」コミュで 以下のような募集があっ...

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