思索・雑感・主張

2010年02月09日

【楽】銀座のサラダローズ16日目 4

数寄屋橋交差点界隈で20分程の空き時間ができたので、めざましテレビプロデュースの物産館「銀座めざマルシェ」へ。

用事は・・・

銀座サラダローズ15日後01
銀座サラダローズ15日後02

アヤパン植栽の水耕栽培サラダローズの生育状況を見たくて。

銀座サラダローズ15日後03

正味これだけ(笑)。

この1月22日のOPENに来た時チョロッとだった新芽。

↓↓↓この写真ね。

めざマルシェ10

お披露目から16日目で↓↓↓

銀座サラダローズ18日後04

カイワレみたいだったのが葉っぱの個性が出てきましたな。

またそのうち報告します(笑)。


他のフロアも「ついでに」とか思ったけど、2週間以上経った平日の昼下がりでさえエレベーター前からエントランスホールまで相変わらずの行列ができてたので断念。

階段で降りて地下1階の生鮮売り場だけ覗いて後にしました。

生鮮売り場で群馬県のなのかな?「黒大根」って珍しいのが有って興味を惹かれたんだけど、「どうやって使うか」のレシピカードが有る訳でもなく、何の説明板もなく、係の人は昼飯に出てるのか居なくって、レジの人も誰も判る人も居なくって、、、買わずに(買えずに)帰ってきました。

帰宅してから調べると結構面白そうな食材。

黒大根: Cooking Paradise

相変わらずショップとしては客商売が下手です(笑)。サービス精神が無い。「いいもの」を並べれば勝手に売れると思ってるような気はします。

お江戸の商売は「売ってやる&買ってやる」、大阪商人の目線は「売って貰う&買って貰う」、そこが大きな違いだ、なんて見方もあります。

商売って売り手も買い手も「腰の低さ」が大事なんだと思います。

よく飲食店で店員に横柄なオヤジが居ますけど、ああいう人種は「人間として最低」だと思う人は少なくないはず。

同じ理屈で「勝手に売れる(だろう)」って売り手は最低の部類に属します。

大阪商人の子から見るとね。


ただ生鮮フロアを見た限りですが、2週間ほど前に来た時と比べてレイアウトも少し余裕が出るよう工夫されてたし、商品の品揃えも随分と変わってました。

結構商品の品揃え自体は「また今度来てみよう」って気にはなる。


きっと「これから」ですな。

お店もサラダローズと同じように(笑)。

ruminn_master at 2010年02月09日 13:11 【楽】銀座のサラダローズ16日目コメント(2)トラックバック(0)  このエントリーをはてなブックマークに追加

2009年11月10日

【雑】もうクリスマスツリーのシーズンなのね。 3

銀座をウロウロしてたら、もうこんなシーズンなんだねぇ、って気になる奴が。

2009クリスマスツリー01

MIKIMOTO JAPAN

2009クリスマスツリー02

銀座の年末の名物だものね。

やっぱり結構写真撮ってる人が居ましたな。

デジカメ一眼が普通になって最近女の子で大きなカメラ持ってるのも増えてきましたが、ここにもそんな子が居ました。

でもいかにも機械にも写真にも慣れて無くて、周囲にも気を遣えなくて、他にも写真を撮ってる人が結構居るのに構わず画角を遮ってしかもモタモタと長居してる、、、のは見苦しいというか、単に邪魔(笑)。

別にそういうのは「女だから」って訳じゃないけどね。

機械そのものは「誰でもが扱いやすい」ものに進化していますが、それは同時にフルオート以外たいていが何をするにも「手順は増えてる」ので、いざ何かが起きると、突然、人に多くを要求してきます。

間口は広くハードルは低くなってるから能力が無くても社会に登場しますが、トラブルに自力で対処できるほどの能力が有る訳も無い。

それを解決するには、陰ながら地道な訓練を積むなんてアナクロか、ますます分厚くなる説明書を読み込むなんて不可能な要求に応えるか、でなきゃ・・・モタつくでしょうな。

車線変更できなくて立ち往生してる車とか、自動販売機の前で小銭探してモタモタしてる奴とかも、古典的な人間疎外モデルとはいえ同じようなもん。

だから、まずはただ単純に周囲を見回せばいい。人に迷惑掛けてないか確かめるぐらい幼児教育で身につけてろよ。。。

で、人に道を譲ればいい。

「人に気を遣う」は人として最低限の要素だと思う。

「共存する意思」って大事だよ。


などと何でクリスマスツリーで愚痴ってんでしょうね(笑)。

いつのまにか年末かぁ。。

ruminn_master at 2009年11月10日 12:32 【雑】もうクリスマスツリーのシーズンなのね。コメント(5)トラックバック(0)  このエントリーをはてなブックマークに追加

2009年09月14日

【映】私の中のあなた 4

あれこれ感想を綴る前に、まずは自分の健康に感謝だな。。。

私の中のあなた01

(ネタバレしない程度に書きますが、見る気になった人はそこまでにしてくださいね。やっぱりだんだんディープになりますので(笑))

「泣かされる映画」かと覚悟して見に行ったんだけど、どっちかというと「考えさせられる映画」でしょうか。

まぁそこらは立場にも依るのでしょうが、イイトシして親になった経験の無い独りモンの男が見た感想としては涙は出ないです。

だけど「悩み」は残る。

むしろ「答えの描いてない社会派映画」とでもいうか。

見方は色々あるだろうけど、カップルで見る映画と言うよりは、「人の親」である人、あるいは今からなろうとする人、いずれはなるんだろうなと思う人、でまぁ少なくとも少しはモノを考える人に向いてる映画。

モノを考える人なら「(誰かが)可哀想」で済むハナシじゃないとは思うはず。
 でもだからこそそれは「同情の涙」というカタルシスを提供する娯楽としての「泣ける映画」ではなくなってるように思う。

しかしそれでいて少しも押しつけがましいメッセージなど感じられないのは制作者のウデなんでしょう。

本作の監督は「きみに読む物語」のニック・カサヴェテス、ちょうど1年ほど前にアヤパンチョイスで見たあの作品も同じような感じで、淡々と綴られていましたから。

きみに読む物語 スタンダード・エディション [DVD]
きみに読む物語 スタンダード・エディション [DVD]
クチコミを見る


前作が「夫婦の愛」や「男女の愛」だとすると、本作は「親子の愛」や「家族の愛」でしょうか。

前作も「幸か不幸か」を考えると難しいリドル・ストーリー(結論を受け手に委ねるミステリー)だったけど、本作も一筋縄では収まってません。

思春期の子供を連れた親子で行くには結構生々しいかもしれない。

病人を抱えた家族にも生々し過ぎるかも。

劇中の音楽も良いし、前作同様に時間軸をシームレスに往復する映像手法で映画の中のドラマに魅き込むやり口は見事で、映画としての完成度は高いと思います。

だから「悩みを共有したい」という意味で万人に見せたい映画ではあるけど、映画として誰にでもオススメできるかというとディープ過ぎるかも・・・

それは観客に何かを伝える映画としての出来がいいからこそなんですけどね。

私の中のあなた

私の中のあなた01

公式サイト
映画/私の中のあなた 映画作品情報 - cinemacafe.net
私の中のあなた - goo 映画
映画瓦版|私の中のあなた
わたしのなかのあなた - Wikipedia
映画「私の中のあなた」試写会の感想をお書きください。 - 共通テーマ - ブログパーク

10月に一般公開の映画のLivedoorブロガー枠の試写会。
 場所は前にスラムドッグ$ミリオネアの試写会で訪れた配給会社の試写室、六本木ミッドタウンの高層階です。

私の中のあなた02
私の中のあなた03

試写会は続編でもない限りあまり予備知識を入れずに見に行くことにしてるんで、最低限の評判だけの頭。

つまり大雑把なところで
重度の白血病の娘を抱えた夫婦が、その娘を助けるために人工授精で遺伝子的に完全な臓器提供者たりうる「妹」を造り育て、10年ほど「計画通りに」進み、「幸せな家族」のはずだったのに、ある日突然その「妹」が「姉のためにもう臓器提供はしない」と自我を主張し、自分の身体を守るために母親を訴えた、で、その結末は・・・

ってな把握。

(見終わった後でもこの把握は間違っては居ないのだけど、、、)

一昔前なら近未来小説のSFのような設定。
 思い出したのは若き日のオビワン役の俳優が臓器ドナー牧場のような場所で生きる若者を熱演していた「アイランド」
アイランド 特別版 [DVD]
アイランド 特別版 [DVD]
クチコミを見る

そんなSFのようなハナシが先端医療として日常生活の隣にまで見え隠れしているというのが現代の難しいところ。

「医療倫理」なんて巷間叫ばれていますが、実際問題、当事者にとっては助かるのならば悪魔にだって魂を売るというのが親心かも知れません。

だからこそ法律で禁止したりそれこそ「倫理」で縛る必要が有るとも言える訳ですが、それで片付くのかというとまた疑問ですね。

さて

1.あなたの幼い子供が重度の白血病で骨髄移植や臓器移植なくしては余命幾ばくも無い。

2.あなたがた夫婦は健康だが、臓器提供者としての適合性は持って居らず、他にドナーを見つけるのは困難な状況だ。

3.そこに医者が「一つだけ方法が有ります」として「完璧なドナーたり得る子供を今から作ることは人工授精なら可能だ(ただし倫理には反する)」と言われた。

そこで

[Q1] あなたはこの人工授精に踏み切りますか?

[Q2] あなたはこの「妹」をどのように育てますか?あるいは育てるべきだとと考えますか?

そして10年が経ちます。いよいよ危険な臓器提供まで「妹」に課さなければいけない状況です。

[Q3] あなたはこの臓器移植手術に踏み切りますか?

そしてここまで真剣に考えたところで親心としては積極策を選んできた、「妹」にも納得させてきたつもりだったとしても、視点を変えてみれば難しいことに気付きます。

まず

[Q4] あなたは臓器提供者としてこの世に生を受けた「妹」だとします。10歳になりました。いままでいろいろやってきました。「姉」のことは大好きです。「家族」も大切です。で・・・どうしますか?どう感じていますか?

そしてさらに

[Q5] あなたは病弱で瀕死の「姉」だとします。状況は全て分かっています。さて・・・あなたはどう感じていますか?そして・・・


とても難しいですね。。。。


この映画の中では誰も「悪意」を持っている人は居ないように思われます。

でも「善意」が万人の幸せを意味するとは限らない。

人の生き死にを神様ではない人間如きがどうこうしようとすることは・・・・どうなんでしょう。

当事者になったら「どうこうしよう」とするんじゃないかと思います。

でも傍目から見れば「医療倫理」だとか理屈で考えて「正しい」ような答えを出せるかも知れません。

けどそれで当事者を納得させられるのかどうか。

簡単じゃないでしょうね。

映画のチラシ集と一緒に臓器提供意思表示カードが配られました。

私の中のあなた04

(社)日本臓器移植ネットワーク

何だか悪い冗談のような気もしてしまいます。


個人的には社会的地位が有ろうと無かろうと、金持ちでも貧乏人でも平等に、「臓器提供を受ける側」になれるほどに、手術費用などが健康保険の枠内だったり・・・なんてことは無いと思うので、臓器移植というのは結局のところ一部のお金持ちのための臓器売買の合法化システムのような気がしています。
 たしかに提供者が増えれば1億円クラスの金持ちしか不可能だったのが3000万円クラスにはなるのかもしれない。けれど年収400万円貯金無しというレベルにはならないんじゃないかと。

そしてこういうのが傍目からの「ただの理屈」でしか無いことは先の映画の感想で述べたことと同じで、当事者の立場になると必死になるしかないのですから、当事者に対して何ら意味のある言論では無いとは分かっていますし、誰かが目の前に居ればそういうタワゴトは引っ込めて素直に「可哀想」と感じ、可能ならば何らかのお手伝いもするかも知れません。

でも「悩み」は残ります。

「善意」の人からは責められるのかもとは思います。

でもこの映画で感じたことの一つでもありますが、「善意」が万人の幸せを意味するわけでは有りませんし、「善意」が人を殺すことも有るほどに難しい。

ある意味、そういう「難しさ」に直面させてくれるという意義があるのかも知れません。

この映画自体は何らかの結論を押しつけようとはしていませんから。

考えるキッカケになりましたね。いい映画でした。


わたしのなかのあなた (Hayakawa Novels)
わたしのなかのあなた (Hayakawa Novels)
クチコミを見る


私の中のあなた 上 (ハヤカワ文庫NV)
私の中のあなた 上 (ハヤカワ文庫NV)
クチコミを見る


私の中のあなた 下 (ハヤカワ文庫NV)
私の中のあなた 下 (ハヤカワ文庫NV)
クチコミを見る


ruminn_master at 2009年09月14日 21:50 【映】私の中のあなたコメント(4)トラックバック(0)  このエントリーをはてなブックマークに追加

2009年08月30日

【参】遊びに行く前に大事なことはやっとこう 3

理屈じゃなくて利益とムードで動きやすい日本人にはアメリカの大統領選やってるような政策議論を前提にするには未成熟で、利益誘導とは切り離された支持政党とかも難しい感じ。
 そんな日本人には小選挙区制はまだまだ難しい制度だと思うけどね。

実は大事な最高裁裁判官国民審査も機能してるとは言い難いし。

審判の日02

まぁ国民の権利。義務ではないけど大人の責任ですな。

審判の日01

この記事は全部終わって数日後に書いてますが、まぁ結論自体は多くの人の予想通りではあったわね、数字はともかく。

字が読めないだとか酔っぱらいだとか細かいドジはともかくも、年金(社会保障)で「政府」が信用無くしたんだから、何とかする方法は無いか、って声が出てるのに何も出来ず、どころか裁判員制度(法務)とか高齢者医療(社会保険)とかでも同じようにピントの外れたイマイチ信用できない(コンセンサスの広く成立してない)制度を矢継ぎ早に打ち出してくる「政府」を何とかする方法が無いかと、そういう気持ちというかムードに誰が応えうるかと、そういう審判の日だったように思います。

今までは「官僚主導」だったと。

官僚制というのは上命下達の細分化した階層構造と前例主義、保守主義が本質、前例情報と経験を組織的に蓄積して後世の類似ケースに用いるシステムです。
 だから今までと同じようにやっていて上手く進む時代なら非常に優秀だし、戦後復興みたいに「元に戻す」のは得意技、だから必要な時代には極めて優秀なシステムです。
 でも翻ってみれば既得権益の保護が主要命題で当然にして新しいことは苦手、国を作る才能まである訳ではない。幾ら優秀だと言っても制度の目的も構造も違うものです。

他方で民主主義というのはベストではなくベターを集約していく、あるいは集約の過程での真理への接近を期待して「最善の政治制度」と人類の経験上帰結されたのが「民主主義」でしょう。
 日本には形式的には明治期に導入されましたがあれは諸外国にナメられないための仮面に過ぎませんから、むしろ敗戦によってもたらされた外来の制度のまま、未だに使いこなせてるとは言えなさそうです。

でも官僚制はもっと前の時代から日本に存在する中国由来の強固な、そしてある意味完成された制度ですから当然のようにずっとそっちが強かったのも無理無いとは思います。

そうではありますが民主主義下の官僚制はいかに民意反映の仕組みを作れるかが重要で、でないと民主主義の選択した「最善」を「前例がない」と拒否するばかり、本当の意味での「最善」を阻害するものでしかなくなります。
 他方で官僚制の側から見れば、民意の方こそが「国策」を阻害するものとして扱われ、何とかして民意の影響を薄め、既得権益関係の存続を第一義として国家政策を主導しようとし、またそうしてきて何とか回っていたのが今までの日本国の「政府」だったように思います。

「国民の声が届いてない」のではなく最初から「できれば声など聞きたくない」と思っている。

今回落選した与党候補者のニュース映像で、選挙運動中に掲げる政策への反対意見を一市民が述べたら「じゃあそういう候補者に投票すればいいでしょう!」って居丈高に言い放ってるのが見られました。そのくせ同じ人が支援者の集まりでは土下座していた。
 官僚出身のこの人は結局のところ個々の意見を拾い集めるという精神構造ではないのかもと思います。要は「私に任せて下さい」という意味では土下座でも何でもするけれど「任せる以上は口出すな」という前時代的な考え方のようにお見受けしました。

この特定の人物の資質の問題ではなく、官僚制というのは、「昔ながらにやる」ための前例に精通している自分たちの組織こそが最善の選択が出来ると信じる輩から成り立っており、余計なことをしてミスすれば出世できないという減点法の世界ですから本質的に保守的であり、官制大学を出て国家試験を通って頭脳明晰度には自信があるのでしょう。
 「最善は何か」その判断権者は大衆ではなく自分だと、我々の組織だと考えているように思います。

あるいは近世以前の為政者の価値観、「知らしむべからず依らしむべし」が未だにホンネなのかもと思える。

しかしこの完成された機構は、それで上手く行く時代が終わっていてもなお動き続ける哀しい永久機関のようなもの。

「今までのように」やろうとするパワーは相当のものがあると思われます。だからこそ郵政民営化も道路公団民営化も実に中途半端で終わってしまい、今のところ何ら「改革」では無いように思われます。


さて、今度の政権与党は官僚主導でなく政治家主導の「政府」を作るとのこと。

万人が満足行くような国家制度など芳醇な時代でもない今日の情勢では無理でしょうが、利益の付け替えに終わることなく、少なくとも民意を吸収する仕組み、プロセスの見える透明性のある仕組みを作って欲しいものだと思います。


などと固いことも考えるような日では有りましたが、まさにそのタイミングは飲み歩いてましたので(笑)、それは録画していた選挙特番を見た翌日に考えたこと。

見ていた特番は「もちろん」フジテレビです(笑)。

blog審判の日

 目尻上瞼にシャドウ入れてキリッと見せてますな。美しい。

朝番組やバラエティの「アヤパン」と違って、チャンとした「高島彩アナウンサー」って雰囲気、もちろん仕事人として仕切る技術は定評有る人ですから何の違和感も無く、ベテランの安藤さんと並びとはいえ報道の花形の「選挙特番」で腕を振るってました。
 こういう振り幅の大きさ、いわゆる「ツブシが利く」のが彼女のプロとしての凄さです。
 まぁ「ヤクザのチャンバラ」「小心者のクソ度胸」って部分も本人曰くを総合するとあるようですが、火事場の馬鹿力だって必死になって発揮できるのは潜在能力として鍛えられたり健常に維持されたりしてるからこそ、意外に地道な努力もしてそうね。

まぁ「バラエティのフジ」だから「ベストハウス123」のパロディなども入って多少はバラエティ仕様ではありましたが。
 ミナちゃんの小泉Jr取材は美男に浮かれた感じのかなりのミーハーだし(笑)。でもまぁそういうミーハー感を共有できる層もまた有権者の一部を構成する訳ですから、間違ってる訳では無いでしょう。要はアピールする層、想定する視聴者層の問題ですから。
 彩さんの方はブログで少し書いてた選挙区取材があんまり使われて無くて少し残念。

結論。基本タレ目好きだけどツリ目もイイね(笑)。

ruminn_master at 2009年08月30日 12:00 【参】遊びに行く前に大事なことはやっとこうコメント(0)トラックバック(0)  このエントリーをはてなブックマークに追加

2009年08月24日

【思】今日から5年目に入りました 5

4年前の昨日から始まりましたこのBlog「道中道楽」、今日から5年目に突入です。

読んで下さっている皆様、まことに有り難う御座います。

m(__)m Thanks!

今月に限って言えば検索フレーズで多いのは「河内音頭 踊り方」ですね。
 でも、ウチじゃ文字での記録が幾つかと、たまたま貰ったガンプラでジョークのつもりで踊らせてみた(笑)写真しか無いので、申し訳ないな〜、とか思います。
 今年の錦糸町河内音頭は今週の水曜と木曜ですが、踊り方のワカラナイ人は、まぁ細かいこと考えずに簡単な方の「手踊り編」だけ大体覚えて行って、あとは現地で一番内側の輪(そこが大体「手踊り」のレーンです)に混ざって周囲を眺めてればそのうちマンボ・マメカチの方も何となく覚えるでしょう。
 要は「やってみる」ことが大事、どうせ上手い人なんて一握りだけ、みんな自分の楽しみで人にぶつからないようにだけしながら思い思いに踊ってるだけですから。

今月は河内音頭シーズンなので例外と見るとコンスタントに多い検索フレーズは「皆藤愛子 ブログ」ですねぇ。でも彼女のブログは携帯の有料会員制サイトなんでパソコンから検索掛けても遠いのになぁ、とか思うんですが。。。そんでもってウチで多少値打ちの有りそうな独自コンテンツは2007年09月20日 15:45 【楽】愛ちゃん「1日署長」鑑賞ぐらいなんで、これも申し訳ないな〜とか思います。

他に検索ワードでコンスタントに多いのは上々颱風関係とフジテレビのイベント関係ですが、そりゃまぁ実際足を運んでる数が多いので(笑)こりゃしょうがないかな。

後はまぁグルメ系ブログの常として店名や商品名。

検索で来られた方以外にも普通に読んで下さってる方もコンスタントに増えてるようで有りがたいことだと思います。ホント。

3周年のご挨拶ではかなりゴチャゴチャ書いてますねぇ。

サイドバーの挨拶文もこんな感じでヤヤコシイ。
【3周年のメッセージ】
 開設して3年が過ぎました。ここは「酒と食べ物」を柱として、自分の体験と思考を並べてあるサイト「道中道楽」メインBlogです。 グルメ系ブログとして見た場合の特徴は、300円のラーメンでも3万円のフレンチでも、要は「払った対価に見合う満足度が有るか」だけだということ。床と壁に金を払う趣味はなく、ただ清潔であればよい。結局は味と接客。 古い料理屋の家に生まれ育ち、日本中を旅してきていますので、作る側の気持ちと客側の気持ちの両方が判るつもりですし、日本各地の特色などを考え、できるだけ「良いところを探す」ことを心掛けています。

 堅苦しいハナシも時々書き散らしてます。ヤヤコシイ性分なんで、情報検索としては余計なことも多いでしょうが、そこらは改まりそうにありません。悪しからずご了承下さい。


まだいろいろ考えています。
   2008年8月23日

この1年はあまり難しいことは書かなかったなぁ。

その代わりでもないけど、商品モニターとかさせて貰ったことが多かったですね。電気カミソリとかノートパソコンとか高いのもあって有りがたかったし、映画の試写会はかなりの数でずいぶんと楽しまさせて貰いました。

ああいうの貰いっぱなしでブログに書かない人も多いんですがワリと律儀に書いてる方だと自分は思います。

もっとも「褒めてばっかり」でも無いので、商品提供してくれた会社の方々にとって満足のいくものかどうかは分かりません。

でも「タダで貰ったから褒めてるんだろう」って思われたらモニターレポートとしての値打ちも無いと思うから、良いところも悪いところも正直に、でも「できるだけいいところを探そう」と心がけて、でも「本当に問題がある場合には、これから購入する人に有意義な情報として具体的に提供するようにしよう」とも考えてやっています。

これは普通の記事、つまりココ基本的にグルメ系ブログのつもりですから、どこそこの店が美味いだの不味いだのの記事が大半なんですが、そこにおいても「できるだけいいところを探そう」と心がけて記事を書いています。

だって不味いモノを探して外食してる訳じゃありませんから、できるだけ「楽しもう!」って思ってなかったら無駄遣いだと思いますから。

有名なグルメライターで文句ばっかり書いてそれがまたウケてる人なども世には居ますけど( 結構自分は美味いと思ってる店を不味いと言ってるのでこの人とは味覚の趣味が合わないようですが )、10件店並べて美味しいって書いてるのがほとんど無かったりするのを見てると「この人不幸だろうなぁ」、とか思ってしまいます。

めしとも 2009年 09月号 [雑誌]
めしとも 2009年 09月号 [雑誌]
クチコミを見る


まぁライターの人は「人と違うのが商売」ですからワザとのことかも知れませんけどね。

ともかく人も料理も映画も本も落語も美術品も何でもかんでも同じことだと思いますけど、「できるだけいいところを探す」心持ちの方が生きてて楽しいと信じています。

(どうしようもなくヒドイときは正直にそう書きますけどね(笑))

今後もまぁ大体そんなスタンスで続けていきます。

では5年目もよろしくお願いします。

m(__)m Please!

ruminn_master at 2009年08月24日 03:25 【思】今日から5年目に入りましたコメント(4)トラックバック(0)  このエントリーをはてなブックマークに追加

2009年04月04日

【映】スラムドッグ$ミリオネア 4

予想より3倍くらいはイイ映画だった。

(朝からの花見の後で日本酒3合以上は入ってたんだけど(笑)、2時間の映画、眠たくもならず見入ってしまいました)

カメラワークと音楽、シナリオ運びが絶妙。

スラムドッグ$ミリオネア
映画『スラムドッグ$ミリオネア』公式サイト
アップル - Trailers - スラムドッグ$ミリオネア(みのもんたのPV有り)
スラムドッグ$ミリオネア - Wikipedia
asahi.com(朝日新聞社):〈アカデミー賞特集〉「スラムドッグ$ミリオネア」 - 映画 - 映画・音楽・芸能
HIS、映画「スラムドッグ$ミリオネア」協賛インドツアーを発売 - ライフ - 日経トレンディネット
Yahoo!映画 - スラムドッグ$ミリオネア
【週刊ハリウッド】「スラムドッグ・ミリオネア」テロを超え、ムンバイから話題作 (12ページ) - MSN産経ニュース
アカデミー賞有力作『スラムドッグ・ミリオネア』イギリス・インディペンデント映画賞で3冠 - シネマトゥデイ
スラムドッグ なんとかしろ (おたく女の日常あれこれ)
スラムドッグ$ミリオネア 映画情報 - 映画のことならeiga.com
映画 スラムドッグ$ミリオネア - allcinema
映画『スラムドッグ$ミリオネア』 - シネマトゥデイ
映画/スラムドッグ$ミリオネア 映画作品情報 - cinemacafe.net
米映画批評『 スラムドッグ$ミリオネア 』|岡本太陽氏
スラムドッグ試写会01

ストーリーは読めないハナシでもない、というか予告編レベルで既に結末はほとんど知らされているようなもので後は「謎解き」、

「貧しく満足な教育も受けてこなかったスラム出身の一少年が何故に教養人でも困難な最終問題に至るまで正解し続けることが出来たのか?」

とはいえ「スラムで色んな苦労して色んなモノを見てきたんだろうなぁ」と、ここまでは予想の付くハナシ。

ところが、その予想を上回るレベルの「色んな苦労」をしていたことがテンポ良く描写され、「ありがちなハナシ」だと思っていた予想を見事に裏切ってくれたドラマ。

その「謎解き」は一つの柱に過ぎず、そこに兄弟愛、男女の愛、貧しさの中に失われそうな「純粋な愛」みたいなのがもう一つの柱、そして全編のバックボーンにインドの抱える社会問題みたいな深いストーリーが拡がっているという立体的な構築。

そして結局はそれを「見せる」チカラが素晴らしいのだと思う。ほぼ全編を通じて描かれているのは決して素材としては美しいモノでもないはずのスラムの景色であり、結構重たいハナシでありなのに、そこに嫌悪感を感じさせない映像美と音楽、ハラハラドキドキをキープするシナリオの秀逸さが。


穿った見方をすれば、いかにもアメリカ人の富裕層の好きそうなハナシ〜世の中の不幸に「気付く」ことで自らの安全な「居場所」を確認し、また「気付く」ことで新たな優越感を得ることが出来るような物語〜だし(笑)、アカデミー賞って周期的に社会派の作品を持ち上げるので、まぁそりゃアカデミー賞取るわね。

( ただまぁ邦題名として見ると地味な感じだから日本ではどう受け止められるだろうかは少々心配かな。

受賞の評判が有るにしても、予告編などでも「楽しそう」って映画じゃないし、どっちかというと重たいテーマに受け取られそう。

近年だいたい洋画も原題そのままなんだけど、これは昔みたいに邦題を付けた方が良かったんじゃないでしょうか。

ひとまとまりとして「スラムドッグ$ミリオネア」って言葉に馴染みがある訳ではないからイマイチ何のこっちゃワカランし、
▼スラム
▼ドッグ
とマイナスイメージの単語、
おそらくタイトルの構造は「$」を挟んで反語形だから、前半のマイナスを打ち消すはずのミリオネアにしても意味合いとしての「億万長者」というよりは、日本人にとっては「みのもんた」の番組名としての認知が普通だからプラスイメージとまでは言えない気がします。なんとなく「司会者が解答者に余計なプレッシャー掛けてイジメる番組」って感じだものね。既に日本でのレギュラー放送が終わってから久しいし、番組としての魅力もどっちかというと「旬は過ぎてる」感じだもの。

でもまぁ期待しないで見た人もおそらくは満足させるだけの作品だし、期待して見た人にとっても裏切られないだけのクオリティを有する作品だと思います。
 )

さて今回の試写会も最近よく参加させて貰えるlivedoorのブロガー限定キャンペーン枠、場所は初めて行くことになったTokyo Midtown

スラムドッグ試写会04

デザイン重視だそうで全体としてはまるで迷路のようにかなり複雑な構造の東京ミッドタウン、食堂街でトイレ一つ探すのにも苦労するような場所ですが、でもって会社などの入ってるメインタワーは土日は特にセキュリティが厳重なようで、招待状持った試写会の客なのに受付で名前と電話番号を書かされるは、セキュリティゲートを何重も潜らされるはと大騒ぎ。。。

試写室は34階だったけど、トイレは33階にしかなく、それもトイレ自体がセキュリティゲートを2つ通った先なので、誠に申し訳ないことに金にもならない試写会の客1人のために、たまたまトイレの場所を訪ねた社内の人にゲートで待ってて貰ってトイレに行くという何とも気の重い状況で。。。

まぁそれを除けば東京タワーすら見下ろす高層階の試写室は豪華の一語でした。ありがたいことにとても快適に映画が見れました。

スラムドッグ試写会02
スラムドッグ試写会03

しかしまぁこの映画「スラムドッグ$ミリオネア」、テーマそのものが貧富の差というか格差社会の陥穽を突くようなものな訳で、格差の象徴のようなセキュリティシステム(つまり部外者を排除するシステム)の中での試写会というのは抜群に皮肉な構図だなぁ、とも感じましたけどね。そんなことを意図してる訳ではもちろん無いでしょうけど(笑)。

結局のところ富裕層というのは何処の国でもセキュリティの整った快適な生活環境の中で能能と暮らしてる、それは今回の主人公のようなスラム街の貧乏人など「自分と同じカテゴリーに無い連中」を排除することで成り立っていて、その生活は「邪魔なモノ、汚いモノ」を生活環境から排除するような、まるでゴミを捨てるのと同じ感覚で成り立っているとも言える訳です。
 ところがゴミ溜めには世の中の全ての情報が集まってきている、ゴミを詳細に調べればその社会が判ると言っても過言ではない訳で、そこにこの映画の鋭いところがあると思います。映画の中で突きつけられている(表面上の)疑問、「貧しく満足な教育も受けてこなかったスラム出身の一少年が何故に教養人でも困難な最終問題に至るまで正解し続けることが出来たのか?」の答えがそこにある訳です。

「ミリオネア」という番組を作るテレビ局は現代情報産業の花形、それは富裕層からの広告収入で成り立つ世界、スラム街の少年など本来は排除されるような世界、だからこそ、最終問題まで勝ち進んだ少年に「何か不正な手段を使ったのではないか」という疑いの眼差しが向けられるのでしょう。

しかしゴミ溜めで生き延びてきた者には富裕層にはない強さがあった。経験出来ないような(言い換えれば経験しないで済むような)まさしく「ゴミ溜めのような」人生があった。

不正なんかじゃなくて、そこに富裕層に勝てるチャンスも有ったと。見事な逆転劇、サクセスストーリー。

こうした皮肉な構図について、安全の確保された富裕層というのはときに「先に気付くこと」の優越感のせいか指摘されることを好んだりするように思います。それがゆえにこういう皮肉な作品がアカデミー賞に選ばれたりするのかな、とも。

でも、そういうヤヤコシイハナシはどうあれ、本作は「作品」としての完成度が高い。それだからこそ受賞出来たんだと言ってもいい、正当な評価として優秀なノミネート作品群の中でも抜群に秀逸だった作品なんだろうと思います。

感想を書かなきゃイケナイ試写会なので「何書こうかな」と考えつつ見る訳で、そこでまぁつらつらと上記のようなことを考えたりもする訳ですが、それも最後の30分ぐらいは忘れさせてくれて見入ってしまいましたね。

映画の中で突きつけられている「表面上の」疑問、「貧しく満足な教育も受けてこなかったスラム出身の一少年が何故に教養人でも困難な最終問題に至るまで正解し続けることが出来たのか?」に気を取られているウチに、いつのまにかシナリオに隠されたもう一つの(本当の)疑問に向き合っている観客としての自分が居ます。

「彼は何のために・・・」「彼女は?」「奴は?」

ネタバレを避ける意味合いで細かくは書けないけど、本当によく出来た作品だと思う。

最初に書きましたがカメラワークと音楽、シナリオ運びが絶妙

少しはドラマの背景を考えるチカラは欲しいけど、全ての人にオススメです。

(でもPG-12指定〜小学生は保護者同伴〜らしいけどね。たしかに子供が金のために目を潰されるなど残酷な描写も一部有るけど、、、まぁ映像上では直接的な残酷シーンにはなってないです)

ラストシーンのさらにその後、マサラムービーの「定番のアレ」が有ったのには笑ったけどね(笑)。

理屈や感動だけでは終わらせないところが、エンターティメントの本分を守ってるというか名監督ダニー・ボイルのカッコイイところですかな。

ぼくと1ルピーの神様
ぼくと1ルピーの神様
クチコミを見る


ぼくと1ルピーの神様 (ランダムハウス講談社文庫)
ぼくと1ルピーの神様 (ランダムハウス講談社文庫)
クチコミを見る


スラムドッグ$ミリオネア (ダニー・ボイル監督) [DVD]
スラムドッグ$ミリオネア (ダニー・ボイル監督) [DVD]
クチコミを見る


スラムドッグ$ミリオネア
スラムドッグ$ミリオネア
クチコミを見る


Slumdog Millionaire
Slumdog Millionaire
クチコミを見る


ruminn_master at 2009年04月04日 15:10 【映】スラムドッグ$ミリオネアコメント(2)トラックバック(0)  このエントリーをはてなブックマークに追加

2009年02月03日

【思】節分の縁起物 4

節分の太巻き寿司、いわゆる恵方巻。

親に作ってもらって出先で受け取って独り食す。

2009太巻01
2009太巻02

どうも東京のは胡瓜のが多いし、酢飯がね、どうにも口に合わないので自分で作るか(滅多にしないけど昔習うだけは習った)、親に頼むか。

でまぁ結局今年も親頼み(笑)。

卵焼き、干瓢、高野豆腐、椎茸、この辺りは結局は出汁の旨味の勝負、それを引き締めてるのが三つ葉

胡瓜を入れるのは結局、鰻か穴子を入れる場合のバランスなのでしょう。

でもウチは先祖代々そんなことしませんでした(大阪船場の川魚料亭、つまり鰻屋の家なんで鰻は売る程有った訳ですけど)。

元々が贅沢な食事じゃなくて店の主人から奉公人まで「同じ物を食う」というイベント、立春の前の日に、そういう縁起物なのですから、具材は質素であるべきだと自分は考えています。


そういえば最近は鬼打ち豆も変わったのが有るもんですね。

2009鬼打ち豆01
2009鬼打ち豆02

5〜6粒ずつのテトラパック入り。

掃除が楽だけど(笑)。鬼は驚いてくれるのでしょうか。

ruminn_master at 2009年02月03日 23:26 【思】節分の縁起物コメント(0)トラックバック(0)  このエントリーをはてなブックマークに追加

2009年01月06日

【感】推定樹齢3000年 紀元杉 5

今朝までは降雪による路面凍結で道路が通行止め、行けるかどうか怪しかったが、ヤクスギランドを散策してる間に雪が溶けたようで、出て来た頃には通行止めは解除、無事に会うことが出来た。

紀元杉

こちらも樹齢3000年だが、道路のすぐ脇に立っているので比較的アクセスしやすく、屋久島を訪れた人の多くが目にしているだろうとのこと。

紀元杉01
紀元杉02

15年前に来た折も、淀川登山口に向かうタクシーの運転手さんがサービスで案内&説明をしてくれ、最初に出会った年経た屋久杉として自分にとっても印象深い。

雪の残る車道から、これも雪が少し乗った状態の階段状の遊歩道を数メーター、紀元杉の根元まで降りる。

紀元杉03

道路から眺めると寒々しい色合いに見えたが、裏側に回ってみると着生した様々の植物などが青々としてかなり生命感覚が生々しい。

紀元杉04
紀元杉05
紀元杉06

他方で杉の根元に目をやれば、この杉が生きてきた歴史を感じさせるが如き不思議な重厚さを持っているように思う。

紀元杉07
紀元杉08
紀元杉09

車道に戻るにはそこから再び見上げる形になる訳だけど、そのコントラストはある種の神々しさを体感させてくれる気がします。

紀元杉10

自分にとっては懐かしい再会でした。

ruminn_master at 2009年01月06日 11:27 【感】推定樹齢3000年 紀元杉コメント(2)トラックバック(0)  このエントリーをはてなブックマークに追加

2008年11月02日

【思】早稲田祭2008 1

今年の早稲田祭は11月2日と3日。

早稲田祭2008

今年の出番は2日の午前。

別に何か決め事がある訳じゃないけど、30年続いてきて25年関わってきた演武会を今年を一区切りにしようと思い、まぁそんな学園祭でした。

ずいぶん大学生の気質が変わったなぁ、と思うので、「昔ながら」のことやるのにずいぶんと無理が有るなと。

巷間よく言われるように「甘やかされてる」のか何だか個性重視の風潮なんだか、まぁ「個性」を認めてくれないとすぐにヘコむんですな、今の学生。

武術の世界では「誉める」稽古を「幇間稽古」といってダメの見本みたいなもので、そういうのは要は月謝が欲しいだけ、生徒に居て欲しいだけ、の江戸時代中期の「道場剣術」、つまり「本来の姿」からすると堕落した姿とされていた訳です。

モノを教える、モノを習うということは個性を捨てることから始まる、というのは伝統○○ってものの常。

守破離」というのは
「昔ながら」の方法を「守ろうとして守れない」段階を苦労し、
それを過ぎて型に嵌ってしまう段階に至り、
今度はそれを「破ろうとしても破れない」段階でもがき苦しみ、
「離れたつもりで離れられない」自覚に至り悩み続ける、
そんな風で、永遠に楽にならないものだと。

それだからこそ「修行」じゃないかと。

ダメ出しされてこその稽古なんだけど、今の人間ひ弱すぎるなと思う。

先日の狂言師の方の著作にあった家伝、口伝

「守って滅びよ」

媚びて本質を失うぐらいなら、「昔ながら」の教えを守って、可能ならば細々と。

そうやって600年前の狂言がその姿を21世紀に留めているのだと思うのです。

現代人は我執が強すぎるのでしょう。


他方で企業としての学校は学校で実利の無いことを嫌うのか、計算出来ないことが不安なのか、有象無象にあった学生のサークル活動も管理下に置こうとし過ぎる嫌いがある。

そして学生も「そのままで個性が評価されること」か「実利のあること」しかしなくなって、遠い目標とか、抽象的な理想とか、まぁとりあえず「腹の足しにならない」ことや「楽しくないこと」をやらなくなったような気もします。

飼い慣らされていることが家畜の生きる道ではあり、下手な自覚を持ったところで無力なままでは勝ち目はない、そんな学生を抱えつつ日本の大学は何処へ行こうというのか。

どっちもどっちですな。

下品な学生は男女問わず増えたけど、チカラもないクセに天下国家を論ずるようなスケールのデカイ馬鹿な学生は居なくなったように思う。

まぁそういう時代を身近に感じることが出来ただけでもここ数年の収穫でした。

ruminn_master at 2008年11月02日 13:36 【思】早稲田祭2008コメント(0)トラックバック(0)  このエントリーをはてなブックマークに追加

2008年10月24日

【楽】狂言「二人袴」(大蔵流山本家) 5

時々は薪能とか見るので狂言も何度か見てるし、単純に「昔の喜劇」ぐらいの「面白いもの」と考えていた。

今日のチケットは親がイベント自体を見つけて取ってくれたのだが、詳細は演者も演目も全く聞いていなかった。
 ただ「狂言を解説付きで見に行く」という頭で、先日図書館でたまたま「狂言のすすめ」という本を見つけて読んだら予想以上に深いものであることが判明。

狂言のすすめ
狂言のすすめ

この著者を山本東次郎氏という。昭和12年生まれ。狂言方大蔵流・三世山本東次郎長男、現山本東次郎家四世。平成10年紫綬褒章受章。

さて

雨模様の本日の会場は杉並能楽堂
 営団丸ノ内線の中野富士見町駅から徒歩10分弱。外観は住宅街の真ん中の古い普通の住居だが、看板と由緒書でようやくそこと知れる。

杉並能楽堂01

その反対側の門柱を見たら「山本東次郎」って・・・

読んだばかりの著者の、興味を掻き立てられた狂言方の狂言を見ることが出来る好機であった次第。

お宅の中に案内されると古い能舞台(100年近いそうな)と客席を大きな屋根の中に抱える感じ。

杉並能楽堂02
杉並能楽堂03
杉並能楽堂04

本日のイベントはただ観劇するだけではないのだけど詳細は別記することにして、まずは狂言の内容から。

「二人袴」
・シテ(親)   :山本東次郎
・アド(舅)   :山本則俊(現東次郎の弟)
・アド(太郎冠者):山本則重(則俊長男)
・アド(婿)   :山本則秀(則俊次男)

(参考)
労音東葛センター狂言演目紹介
狂言作品のほほん解説
(参 考) 別 紙 <番組解説> 大蔵流狂言「二人 袴 」pdf

正確な、あるいは公式の内容は上記リンクに任せるとして、ここでは自分なりに大雑把にまとめると・・・

女の実家への挨拶を後回しにして嫁に貰ってしまった男が自分の親に連れられて舅へ挨拶に来た日の出来事。
 現代でも珍しいことではないが、昔は「足入れ婚」と呼ばれた正式な婚姻形式のひとつ、つまり試験婚が先行し、正式に嫁に貰うならば遅滞なく女の実家へ挨拶に行かなければならないという段取り。その挨拶を「婿入り」と呼ぶ。そしてそれ自体は何ら悪いことでも気が退けることでもないのだが、この婿殿はどうやら少々大人になりきれてない御仁で、延ばし延ばしになっていたらしい(今日の演出には無かったが懐妊してからの挨拶となった頃合いらしい)し、父親に連れられて渋々と訪れているような有様。
 それだけなら現代でも普通に有りそうな(現代日本ならさしずめ母親同伴なんだろうか)ハナシで終わるのだが、その昔の正装を象徴するところの「袴」、コレを付けずして舅の面前に出るのはますます気が退けるところに袴の用意は1本しかない。そこで息子だけ、親が来てるのがバレたら親だけ、両方顔出せと言われれば・・・
 1本の袴で何とか誤魔化そうとしたものの婚礼の儀の進む内に。。。

オチまで書くのは無粋なので最後は省くけど、まぁそんなハナシ。

落語にも幾つかこれを変形したのがありますな。
 大家に呼ばれた、祝いの席に呼ばれた、遊郭に連れて行って貰う、そのために「羽織を着て行かなきゃならない」となるのだけど、貧乏長屋にはたった1枚しか羽織が無い。さてとっかえひっかえ・・・

落語はより極端に誇張するので人数も多いしドタバタ劇になるのだけど、狂言のスタンスは全く違うことが今回初めて判った次第。

(といっても狂言には和泉流と大蔵流があり、その各流派にも諸家があるので、あくまでもここでいう「狂言」は今回勉強した大蔵流山本東次郎家の考え方、「武家の狂言」であり、「山本東次郎が追究する狂言」を前提としています。意見に個人差があるのは世の常だし、違うからこその諸流諸家ですから、異論については悪しからずご了承下さいm(__)m Sorry!)

たとえば落語の与太郎というのは「ありえない」レベルの奇人変人・大馬鹿野郎だったりするのだけど、狂言の世界にそんな奴は居ないと。
 どうやら極端や過剰を嫌った表現に留めることで、時代も地域も越えた全ての人の中にある愚かさや人間の業みたいな部分に気付かせようと。

表現を極端にしてしまうと観客にとっては「対岸の火事」、つまり身に染みない訳です。

世の犯罪報道が犯人の異常性や生育環境の特異性などをやたらと強調するのも何とか「対岸の火事」にして「安心したい」人の心の表れのように思います。

落語も「業の肯定」だとは立川談志師匠の科白ですが、ある意味落語の世界はだからこそに観客は気楽に笑ってられるのかも知れません。

しかし狂言はそういう「嘲笑う」態度を許さないもののようです。

狂言の根本的な主張、それは

「人間とは一なるもの」

だそう。

つまり誰の内にでも有るような見栄意地、付かなくても良いような下らない嘘、そんなことを抑えた表現、様式化、抽象化された表現を通して観客に「気付かそう」としているのだと。

まるで能舞台の休憩時間、テレビのCMタイムのように巷間言われ書かれる狂言だったりする訳ですが、どうやら一筋縄ではいかないようです。

今回の「二人袴」にしても、

・さっさと片付けなきゃならない用事を後回し
・大したことじゃないけど何だか自信が持てない
・何となく心細いから誰かに付いてきてもらう
・体裁を整えなきゃと思って嘘をついてしまう
・小さな嘘を誤魔化すためにさらに嘘を付いてしまう
・本当のことが言い出せない

なんてことは600年前に限らず現代でも、そしておそらく日本に限らず、何処でも誰にでも有るような、人間「らしい」姿かもと思います。

そういう見ている者の内側からの「気付き」を待とうという姿勢、「所詮同じ人間」、各自の内面からのものだからこその普遍性・一般性を求めて表現する側の表現を抽象的に削ぎ落としていった大蔵流山本東次郎家、この対極には表現を写実的に直接的に、「表現者の側からメッセージを伝える」工夫を重ねる方向性もあり、そういう狂言もあるようです。

その対比も意識して見てみたいですな。

ただ伝統古武術なんてものを長年やってる身として思うことは、昔の教え方というのは抽象的で「気付き」を待ってるんですね、弟子の。
 ところが現代人は「ハッキリ言ってくれないと判らない。面白くない。それならもっと楽しいことをヤル」となるようです。
 今は「昔ながらのやり方」で若い人に伝えることが難しくなっていると思います。

家伝だからこそ、伝承としてはこれからも守れるかも知れません。実際今日の舞台にも1977年生まれの後継者達が上がって居りました。

ただ表現の受け手のレベルは確実に落ちているように思います。
 テレビは人に深い想像力を求めません。予定された反応を期待されたレベルでする大衆だけを消費社会は必要とするのですから。
 そして人は受け身に慣れ過ぎて、内面から湧き上がってくる本来なら共感しうる感情を対話で共感に築きあげていく能力は低下してるようです。
 抽象的表現は判りにくいと避けられるか、勝手な曲解を留める方途を持てないままに個々に消費されてしまうか。いずれにしても現代で「ウケる」ことは難しそうです。

家訓が「守って滅びよ」だそうです。

媚びて本質を失うよりは孤高に滅びよということでしょうか。

難しいとは思いますが、「今の若いモンは・・」というセリフは大昔から変わらず言われ続けています。おそらく時代は巡り巡るように思います。頑張って欲しいという気がしました。

そして、もしかして客の感想として一番肝心なのかも知れませんが、今日の狂言、芝居としてとても面白かったです。

この文章は、本を読んだ上で実際に表現を見、解説して頂いた上での思索です。

狂言のすすめ
狂言のすすめ

自分としてはとても有意義な経験でした。

ruminn_master at 2008年10月24日 11:46 【楽】狂言「二人袴」(大蔵流山本家)コメント(0)トラックバック(0)  このエントリーをはてなブックマークに追加

2008年09月14日

【雑】バスツアーの向き不向き 3

今回のバスツアー、よく使うクラブツーリズムのだけど、

(いつのまにかHPのヘッダに「宇宙旅行」って入ってるゾ(笑))

最近ワリと「落ち度」が増えたかなぁ、とか思う。写真と違うメニューが出たり、無駄に融通が利かなかったり、まぁ色々。

まぁ他のツアー会社は昔「何か」の落ち度が気に障って使わなくなったように思うから珍しい訳じゃないけど。

所詮団体旅行、万人の満足するものなんて不可能ですからね。

客もねぇ、世間で「モンスターペアレント」とか「クレイマー」とかが騒がれる御時世ですが、やっぱり多いもんね、不平不満のカタマリみたいな人が。

添乗員なんて末端なんだから謝る一方、弱い奴をイジメてどうする、って思うけど、まぁ「文句言いたい」だけだからねぇ、そういう人たちって。

総じて安いツアー程「変な客」が多いのは街中の料理屋と一緒ですが、「祭り・イベント系」旅行も傍若無人な人の確率が高いね。

年寄りが大きなカメラやビデオを持ち歩いてるとそれだけで疑わしいんだけど(笑)、年寄りでなくても「周囲を気にしない」可能性は高くなるのがカメラマンだと思う。

高校の頃は写真部でしたが、当時は一眼レフはファインダーを「覗く」タイプ、その枠の中しか見えないとなると人混みでの撮影はアブナイし、実際問題写真としても動いてる被写体を追い掛けるにはファインダーの中だけ見てると遅れるので、「両目を開けて」ファインダーを覗くように訓練したモノです。

昨今、デジカメのビュースクリーンで苦労せずに周囲も見えるはずなのに、何故かカメラを構えると何だか「万人はオレの芸術に貢献しろ」と言わんばかりの傍若無人な態度の人が多いように思います。

見ず知らずの人には気を遣えよ、大人なんだから。

グループで参加して傍若無人に身内で騒ぐのも多くてコレも「困ったチャン」ですが、一人参加もクセの有る人が多いね。

一人参加には、どうやら
「色んな人と仲良くなりたい」タイプと
「放っておいて欲しい」タイプが居ます。

どっちもアリだとは思うけど、「放っておいて欲しい」タイプなら、人に迷惑を掛けないことは最低限の必要条件な訳で、遅刻はするし勝手な苦情を宣うしとなると揉め事の素でしかない。

他方、「色んな人と仲良くなりたい」タイプなら「いいひと」を少なくとも「演じる」ようじゃないと誰もわざわざ見知らぬ人に合わせてくれませんから、旅行の最後の方では何だか不平不満のカタマリみたいになります。

小学生が友達作るのと理屈は一緒なのに、イイトシした大人がなんで、とか思うけど、逆に言えば「三つ子の魂百まで」、治らないままに大人になっただけなんでしょう。

遅刻しても謝らない、人のミスは大声でしつこく糾弾する、社会性ゼロってのが「今の若いモン」だけの問題じゃなく、アチコチにいるのが現代。

そして周囲の人はその手のタイプを見極めないとヤヤコシイですな。

「袖すり合うも多生の縁」

という訳で、短期間でもご一緒する以上はお互いに「気を遣う」ってのが日本古来の美徳なんですが、悪い部分だけ西洋個人主義を取り入れた現代日本人、やっぱりなかなか難しい。

バスツアーってのはそういうのが「じゃまくさい」人には不向きですな。

--

なんてことを考えながら、食べなかったバスツアーの夕食オプション弁当を帰宅後の夜食にして晩酌。

季節の御弁当01
季節の御弁当02
季節の御弁当04
季節の御弁当05

近鉄観光弁当部門の「季節のお弁当」。

さすが大阪へも沿線の伸びてる近鉄の弁当は関西人の口にも合うけど、実はコレも注文を取った折は「松茸入り」の写真で注文を取ってて、まさしく「フタを開けたら」コレだったって品。

所詮どっちも1000円なんだから内容的に違いは無いけど、やっぱりこういうことが続くと信用が下がると思うよ。

まぁ1000円の酒肴としては上等だけど。

ホント世の中粗雑になってきてますな。

「じゃまくさい」とか「しょうがない」ってホント嫌いだ。

人間生きてりゃそれだけで大変なんだから覚悟しないとね。

ruminn_master at 2008年09月14日 23:21 【雑】バスツアーの向き不向きコメント(0)トラックバック(0)  このエントリーをはてなブックマークに追加

2008年08月24日

【思】今日から4年目 3

3年前の昨日から始まりましたこのBlog「道中道楽」、今日から4年目に突入です。

読んで下さっている皆様、まことに有り難う御座います。

m(__)m Thanks!

まぁ適正なペースで読んで下さる人の数も増えており、まぁネットのゴミ撒き師にもエサ撒き師にもならずに済んでるかなとの矜持で、自分なりに楽しんでおります。

1周年のご挨拶では写真というモノへの思いを書いてました。

2周年のご挨拶では、当時の雑感つらつらと、ですね。朝青龍問題から入って、「お客」に対する態度一般のハナシをして、人間の幼児性のハナシに拡がって、また朝青龍に戻り、サルよりマシな人間で在るための日常でありたいと締めくくってます。

【2周年のメッセージ】
 開設して2年が過ぎました。
ここが「道中道楽」メインBlogです。
 ここは「酒と食べ物」を柱として体験と思考を並べてあるサイトです。カテゴリーとしてはグルメサイトなんでしょうけど、性分で、たまに「ヤヤコシイコト」を書いたりもします。
 ずいぶんと記事も増えたのに附属の検索機能は役に立たず、で、過去の記事を探すのが自分でも一苦労、索引を作ろうと作業中ですが、なかなか「コレ」といった方法が見つかりません。試行錯誤しながら整理しています。

 3周年には間に合うかな。。。

まだいろいろ考えています。
   2007年8月23日


自分ではグルメサイトの端くれのつもりで始めたBlog、もちろん店名や商品名の検索による来訪者が圧倒的多数ですが、検索実績を見ると次に多いのは「上々颱風」関係ワード、「めざましテレビ」関係ワードです。

たしかに「その手」のイベントに行くことも多いので「やっぱりな」「まぁそんなもんか」ですが、歌舞伎や落語なども結構有るのに、そういうのではあまり検索に掛かってません。このあたりは客層とネットユーザーとの乖離もあるでしょう。またキッチリとした情報がキッチリとした形(定評有る出版物や公式サイトによる必要十分な情報提供、関係商品の充実など)で世に提供されていますから、興味を持った人への受け入れ態勢が整っている分、ネット上を彷徨う羽目には陥らずに済むのかもとも思います。

自己記事インデックス作成作業も中座してます。既に投稿記事は1000件を越えているので自分で探すにも一苦労、個人的にも必要性は感じるのですが、まぁ有りがたいことに、たいていの場合、適当な検索キーワードに「道中道楽」を付け加えると自分の過去記事を発見出来るので後回し気味に放置してます。

Livedoor側の仕様変更が有って写真のアップロードに手間取るなどブログの作成作業自体の負担が増え、下書きで留めたままの旅行記などが数件溜まってしまってるのも気になってます。

セキュリティソフトが融通が利かず重たくなってローカルの作業環境も悪くなったなぁというのもあります。(次の更新時期にはシマンテックじゃなくてトレンドマイクロに戻そうか、それとも第3のセキュリティソフトを探そうかと思ってます)

最近は写真を掲載用に加工処理、整理した後、エディターで文章部分をまとめ、その後はFirefoxに、アドオンのScribeFireを入れ( アップロード機能は日本のBlogサービスには対応してないので使えないけど、装飾やリンク作成、などとても重宝 )、MakeLinkmozImageも入れて結構快適に書けるようになりました。Firefox自体、バックアップ機能を持つので記事の最終作成作業中にパソコンが飛んでも復元出来たりしてIE下でフリーソフトの 簡単ウェブログ投稿アシストで行っていた機能はほぼカバー出来るようになりました( このソフトはIEエンジンを使っているので、セキュリティソフトとIEの相性がそのまま反映してしまうためフリーズが増え使いにくくなりました )。

まぁ、自分なりに続けてきましたし、今後も自分なりに少しずつ進めて行くと思います。

本来的な立ち位置、グルメサイトとしての「自分なり」としては・・・
 グルメにA級もB級も有りません。300円のラーメンと3万円のコース料理に貴賤は無い、というのが自分なりのグルメサイトとしてのスタンス、ラーメンばっかりとか、高級料理ばっかりとか、それはそれで凄いけど、自分はそうじゃないんだと。どっちもそれなりに食べたことが無い立場というのは「食」を語るには足りないと思っています。
 「食」というのは金持ちだろうが貧乏人だろうが生きてる限りは誰にでも関わることであり、味覚という感性は経済的貧富とは対応しません。経験上、値段と評判ばっかりで、料理自体に工夫の無い、丁寧さの欠けた店というのは少なくなく、それはマスコミが持て囃したり(有名人とマスコミの取材にだけ大サービスな店というのも有ります)、老舗の看板に甘えたりと、「味の判らない金持ち」が店を甘やかした結果だと思います。

船場吉兆の事件が好例でしょう。

どっちも同じように食べて、
「払った対価に見合うだけの満足を得たかどうか」
だけの問題だと思っています。

重視するのは味覚と接客態度、せいぜい店の清潔感ですね。床と壁に金を払う趣味はないので雰囲気とか立地は二の次。マスコミの評判は基本的に疑って掛かることにしていますが、店の主人の人柄が実直そうなら一応は期待します。

自分が逆に食情報を検索する場合を考えると、該当記事のあるブログなら、その記述者が、「普段何を食ってる人か」「どういう人か」というのは重要視する情報で、自分も行ったことのある店を記事にしていたら「どういう評価を下しているのか」で明確に相違点が分かりますし、日本中・世界中を旅行している人ならば食への柔軟性はあるかもと思うし(ジャンクフードだけで旅行する人も一杯居ますけど)、普段から和洋中いろいろ食ってる人の方がバランスの良い判断をできると思っています。

「○○の××しか食わない」とか豪語してる人がよく居ますが、自分には料理にしろ酒にしろ理解不能。

日本中何処に行っても、そこではそこなりに美味いモノも有るのが普通ですし、その土地の料理にあった酒も有るのが通常だからです。

「マズイモノを探して歩いてるのか?」と思えるぐらいに悪評ばっかり並べる人も居ますが、そんな生き方って楽しいかなぁ、と思ってしまう。

美味いモノを探すには、何処に行っても何を食べても「いいところ」を探すように努力しなきゃと思って居ます。

心持ち、気分、態度、そんなことで料理酒肴の美味い不味いは変わってしまいます。

どんなに旨い酒でも、気の合わない人物との酒席では味のしない駄酒となるでしょう。

何と言うことのない酒でも、気の合う仲間との酒席だったり、見事な芸術や風景に触れた後の豊かな気分で味わえば、どんな銘酒にも優ると思うのです。

だから、グルメサイトらしくない日常の記録も同じライン上にあると思っています。結局「こいつはどんな奴なんだ」を語ってることになるのでしょうか。


今日は北京五輪の閉幕の日。

色々書こうと思ったけど、誰もが言うようなことだと思うのでまぁ少しだけ。

人を作る仕組み、人を選ぶ仕組み、選ばれた人が次に人を作る側に回るという面もあるから、大きく「リクルートシステム」としますが、社会全体でそのリクルートシステムが当てにならなくなってる。

企業不祥事や不可解犯罪、少年問題・教育問題、または男女間の色恋沙汰やストーカー事件にしても、結局のところ「誰を信用すべきか」が間違ったままに修正不能、負のスパイラル、どこから手を着けて良いのか判らなくなってしまっている。

それが五輪という切り口で見えただけ、そんな気もします。

選ぶ方の仕組みにしても不明瞭なのもあれば、国際基準について行ってないのもある。

選ばれた方にしても、人を作る仕組み自体が昔のようなものでないから、人から当てにされたからといって頑張れるというものでもない。

そしてスポーツは既に公平でも公正でも無くなり、その失望がさらにリクルートシステムを蝕んでいく。

それでも「選ばれた」競技者は、その枠組みの中で自分なりに「頑張る」以外の方法を持たないのが通常。

競技者に責任はあるけど罪はない。

ruminn_master at 2008年08月24日 21:55 【思】今日から4年目コメント(2)トラックバック(0)  このエントリーをはてなブックマークに追加

2008年08月23日

【考】泣ける映画 3

男と女じゃ「泣ける映画」は違うからねぇ。。。

(まぁ動物好きなので動物モノには泣けますけど)

「きみに読む物語」で少し泣きそうになったのはジェイムズ・ガーナー演じる老いた男に共感できたからですが、女の子の場合は逆に女性の登場人物に共感した上で、「自分もそこまで一途に思われたい」だったらしい。

となるとやっぱり共感のベクトルって少しズレてると思うのね。

だからこそ性別に意味があってドラマもあるし人生面白いんだけど難しいトコでもあるわな。

「この映画で泣けない人とは私は付き合えない」とは「きみに読む物語」についてのアヤパンの発言。

彼女の名前で集まったイベントだから媚びるのは簡単だけど、男の矜持ってモノが(笑)。

映画王12

「きみに読む物語」は立派に「泣けるハナシ」なんだけど、「泣ける映画」かと言われると多少疑問か。

たぶん何度か見ると戯画化された「ノートの中の物語」が見慣れちゃって無駄な抵抗が無くなるから、そうなってからがむしろシンプルに「泣ける映画」となるかもね。

ところで、昨今の若い男は知らんけど、「男らしい」とか「女らしい」とかが生きてた時代は、男の泣ける映画の代表は高倉健でしょう(笑)。

何というか、耐えに耐えてそれでも許せなくなるような状況に一人背負って死にに行く、みたいなアナクロな自己犠牲というか。
収録時間:92分
レンタル開始日:2004-10-08

Story
東映任侠路線「昭和残侠伝」シリーズ第7弾。秀次郎は、かつて博打で無一文になり、雪の中で凍えていたところを助けられた駆け出しの芸者・幾江に7年ぶりの再会を果たす。だが、幸せな日々も束の間、新興博徒の駒井が武志に黒い罠を仕掛けようとしていた。(詳細こちら

この映画の池辺良なんか最高で、
鯉口を封印していた匕首の封印を切って

「あっしも、お供致しやす」

って、渋いぜ。。。

古い男の涙腺はこの辺りに弱点が有ります。

「宇宙戦艦ヤマト」でも何回か泣いたな(笑)。

要は「心意気」とか「侠気(おとこぎ)」って奴ね。

ただし「おとこぎ」と言っても昨今ありがちなカンチガイ、「馬鹿の自己中心的乱暴さ」(不良のツッパリみたいな奴)なんてのじゃなくて、「弱きを助け強きを挫く」的な自己犠牲という古典的な意味合いでのハナシ。

こんなとこに弱点があるから勝手なロマンを植え付けられて特攻隊とかできるんだろうけど。まぁ善し悪しだね。。。


そういえばめざましランキングシアターってイベントも開催中で、そこでも「泣ける映画」が話題に。

要は「めざまし」の企画でWeb投票で選ばれた映画をららぽーと豊洲 ユナイテッド・シネマで数作品上映するというモノ。

中間発表とかで若者ウケの軽い作品がどのカテゴリーでも上位だったため、投票する気が失せて参加はしなかったけど、逆に言えば今の世相が見える気もします。

でも昨今はあまり昔の名作を見ても人は感動しないのかね。ほとんど古い「大作」とか「名作」が顔を出してない気がします。アカデミー賞クラスだって皆無ではないけど少ない。

(思いっきり)【人生を変えた映画】投票集計結果
  1. ウォーターボーイズ
  2. 踊る大捜査線
  3. オペラ座の怪人
  4. 海猿
  5. パイレーツ・オブ・カリビアン
  6. サウンド・オブ・ミュージック
  7. 風と共に去りぬ
  8. 恋空
  9. ロード・オブ・サ・リング
  10. プリティ・ウーマン

(太字が上映決定作品。引用元めざましランキングシアター

「人生を変えた映画」って意味も違うようですね。映画に感化されて考え方や生き方が変わったとかいうよりも、大事な人と見たとかじゃないのかな?

少なくとも言っちゃ悪いが「踊る大捜査線」で「人生が変わった」りしないと思うぞ、普通(笑)。

名画館を探して昔の名画を見て回ったような時代と異なり、レンタルビデオで安易になった分もあり、軽薄短小の時代風潮もあって、重たいハナシは嫌われているのかなとも思います。

(思いっきり)【スカッとする映画】投票集計結果
  1. 踊る大捜査線
  2. クローズZERO
  3. ウォーターボーイズ
  4. ダイ・ハード
  5. ショーシャンクの空に
  6. トップガン
  7. パイレーツ・オブ・カリビアン
  8. インディ・ジョーンズ
  9. バック・トゥ・ザ・フューチャー

(太字が上映決定作品。引用元めざましランキングシアター

そして「スカッとする映画」「人生を変えた映画」と並んで「泣ける映画」というカテゴリーが有りました。

(思いっきり)【泣ける映画】投票集計結果
  1. ただ、きみを愛してる
  2. タイタニック
  3. ニュー・シネマ・パラダイス
  4. タイヨウのうた
  5. 恋空
  6. 海猿
  7. アルマゲドン
  8. ライフ・イズ・ビューティフル
  9. 世界の中心で、愛をさけぶ
  10. レオン

(太字が上映決定作品。引用元めざましランキングシアター

ランキングには入ってないけど、アヤパンの選んだ「泣ける映画」は「レナードの朝」だそうです。
〜レナードの朝(1991年)〜
「泣ける映画」は世の中にいくつも存在すると思います。その人の置かれている環境や、その時々の心情によって「泣く」というポイント が変わってくるから…。今の私が「泣ける映画」と聞いて思い浮かぶ作品は「レナードの朝」です。
心の奥のほうから複雑な感情が込みあげてくる、悲しいだけではない、「生きること」を考えさせられる作品です。
本当の意味での思いやり、生きることの輝き、恋するときめき、明日への希望、人の持つ優しさ、自由の意味を考えずにはいられません。 最後のダンスシーンでは、抑えていたあらゆる感情が涙とともに溢れ出して、涙を流さないと心が潰れそうなほど、切ない気持ちで いっぱいになります。そして、今ある全てに感謝して、「もっとがむしゃらに必死に生きていこう」と思える作品です。 また、実話に基づいていることによる、訴えるメッセージの強さ、そしてデニーロの演技に衝撃を受けました。
めざましランキングシアター」より高島彩コメント

収録時間:120分
レンタル開始日:1990-01-01

Story
嗜眠性脳炎のため半昏睡状態のレナードが、勇気ある新任医師セイヤーの試みで30年ぶりに眠りから目覚める感動のドラマ。監督のペニー・マーシャルは友情と愛情、人間の尊厳をじっくり描き上げて、世界中から絶賛を浴びた。主演はハリウッドを代表する大スター、ロバート・デ・ニーロとロビン・ウィリアムズ。(詳細こちら

まぁこれだけはそのうち見てみましょう(笑)。

☆お台場冒険王2008ファイナル☆
  1. 【遊】お台場冒険王ファイナル雑景
  2. 【食】アナ☆ログひとくち屋台(お台場冒険王)
  3. 【映】ゴジラ復活祭その1(お台場冒険王)
  4. 【食】めざましエコカフェ(お台場冒険王)
  5. 【映】ゴジラ復活祭その2(お台場冒険王)
  6. 【食】めざましクレープ(お台場冒険王)
  7. 【映】ギルバート・グレイプ(お台場映画王)
  8. 【楽】中野美奈子が選ぶ、の巻(お台場映画王)
  9. 【映】ヒューマンネイチュア
  10. 【遊】ゆりかもめ構内案内放送(お台場冒険王)
  11. 【映】きみに読む物語(お台場映画王)
  12. 【楽】高島彩が選ぶ、の巻(お台場映画王)
  13. 【調】もし丸亀まで遠征するとしたら
  14. 【考】泣ける映画


ruminn_master at 2008年08月23日 23:45 【考】泣ける映画コメント(0)トラックバック(0)  このエントリーをはてなブックマークに追加

2008年08月06日

【楽】サザンの30周年記念シングル 4

ちょっとした衝動買い。

今朝の情報番組で「限定30万枚」って言ってたのが頭の片隅に有って通り道のレコード屋(古っ!(笑))で見つけたから。

サザンオールスターズ 30周年記念シングル
 8.6 発売!『 I AM YOUR SINGER 』


サザン01

STANDOOH! AREEENA!! C'MOOOON!!!
sas-fan.net
SAS応援団 サザンオールスターズ Official Fan Club Site

サザン02
サザン03

法被(ハッピ)って好きなんだよね(笑)。

高校の時、文化祭実行委員をずっとやっててユニフォームが赤地黒襟のハッピだったからそのノスタルジーかも知れません。

阪神の日本シリーズ激闘中はタイガースハッピ着て通勤してたし(笑)。

サザン04

オマケだから文句言えないけど、少しインク染みが付いてた。。。

まぁ着ないと思うから(笑)。

そういえば解散だか休止だかの記念ライブツアーの総観客数が30万人ということで、この「限定30万枚」ってのはその人数と同じ設定。

今朝の番組では「だから入手困難」とか言ってたけど、冷静に考えてみれば(自分の普段の行動を考えても(笑))、ファンの中の濃い連中っていうのはアチコチ何度も遠征するし3日有れば3日行く訳で、リピーター分は余る勘定。

あんまし「限定」でも無いよねぇ。サザンともなるとリピーター多そう。

このマキシシングルはCM曲2つ+1。まぁ耳馴染みの良い、口に付く相変わらずのイイ曲ですな。

I AM YOUR SINGER (初回完全生産限定)
I AM YOUR SINGER
I AM YOUR SINGER [12 inch Analog]


個人的にサザンと言えば「いとしのエリー」だな。「ふぞろいの林檎たち」の。

この時代の若者群像、恋愛ドラマって今の若い世代から見ると信じられないぐらい「濃い」んだろうけどね。下手すりゃストーカー扱いされそうなレベルだろうなぁ。
 相手にも自己にも関係にも相当の執着があり、だからこそ「生き方」とかに真剣に悩んだり向き合ったり。

昨今は「イヤならやめちゃう」というチャンネルの切り替え、ゲームのリセット、そんな感じだから今の人が見ると「なんでそんなに暑いんだ?」って失笑混じりに理解不能なレベルかもと思う。

ふぞろいの林檎たち DVD-BOX
ふぞろいの林檎たちII DVD-BOX 5巻セット
ふぞろいの林檎たちII 1
ふぞろいの林檎たちII 2
ふぞろいの林檎たちII 3
ふぞろいの林檎たちII 4
ふぞろいの林檎たちII 5


この時代は「手前で悩む」「渦中で悩む」「真剣に悩む」感じですな。

次の「男女7人」時代は「軽はずみ」を「やっちゃってから悩む」感じか。

男女7人夏物語 DVD-BOX
男女7人秋物語 DVD-BOX


その先は「東京ラブストーリー」などの「逃げちゃう」とか「噛み合わない、向き合えない苦しさ」って時代か。いわゆるヤマアラシのジレンマね。

東京ラブストーリー DVD BOX
愛という名のもとに DVD-BOX
あすなろ白書 DVD-BOX


30年というとこれだけ時代を超えてる訳だけど、未だに根強い人気、しかも大して歌詞も曲調も変わってない気がするから、日本の若者の根っ子の部分ってのは変わってないってハナシなのかもね。

だからって何が解決する訳でもないけど、便利な時代に人が失ったモノってのは、こんなトコロにも見え隠れしてる気がするんよね。

ruminn_master at 2008年08月06日 13:53 【楽】サザンの30周年記念シングルコメント(0)トラックバック(0)  このエントリーをはてなブックマークに追加

2008年06月21日

【楽】生アヤパンinまる生公開録画 4

見れたのはたった20分弱だったけどね。

まぁ可愛かったからヨシとしましょう(笑)。

まだまだオーラが凄い輝きですな、アヤパン

ケーブルテレビにフジも3チャンネルの配信をしてるらしいのですが、そんな環境に無いので(基本的に長々とテレビ見てられる立場じゃないし)全く番組のことは知りませんでした。

たまたま公開録画の情報を拾ったのでお台場まで出掛けた次第。

フジテレビ

家からフジテレビまでは片道50分程度、500円程度だしね。まぁ気楽に。

番組はフジアナスタジオ まる生2008

土曜の午後1時から3時までの放送ということで2時間も見れるのかな、って思ったんですが(笑)。

会場は「シアターモール」なんていいますが、フジテレビの真ん中辺り、目玉の下、スタジオや一般観覧施設のある区画の1階、まぁ一般視聴者向けのロビーですな。

シアターモール

サザエさんコラボの売店のある場所で、ロビーの真ん中にはそこでアイスやコーラなんかを座って飲むためらしいテーブルや椅子が並んでまして、そこを利用してるんですな。

まる生01
まる生02

え〜、まぁ、結論から言いますと、番組の最初のオープニングの15分程度だけをここで公開録画してる訳ですな。

だから見れるのも「それだけ」のことです(笑)。

しかも席が中途半端に良い感じで前から3列目ぐらいの中央通路沿いってので「見易いかな」と思ってたら、カメラが固定でなくてハンディなので、要は出演者と観客の間にカメラや照明のクルーが入るので、正面からはほとんど全く見えません。

隙間からチラチラかな?(笑)まぁ本番前とかは見えるんですけど。

さすがにオリコン調査4年連続で総合及び全カテゴリーで「好きな女子アナ・ナンバー1」になるだけのことはあって、観客は満杯もいいとこでした。たった15分なのに(笑)。この番組の公開録画にしてはそんなのは珍しいらしいので(そりゃたった15分ですから←シツコイ(笑))、やっぱりさすがの人気者ってとこでしょうか。

内容的には、まぁ新人(2年目)の中村アナ(♂)を、お姉様が軽くイジメながら鍛えるというスポコンのような(笑)。
 ごあいさつ、CSの宣伝、1個の「家庭用浅漬け器」を賭けてのジャンケン大会、ぐらいの15分だったでしょうか。

中村アナ(♂)が大観衆の前の生放送で緊張してるのを
横から「先輩」高島アナが一言、

「アタシ今日しゃべらないから〜」

とか軽くイジメて(笑)、
そのくせ番組始まるとテキパキと喋って仕切って八面六臂、やっぱりさすがの御見事でした。

まぁ中村アナ(♂)、サンダーバードの人形の少年みたいな男前で、オネエサマに遊ばれやすいキャラでは有りますな(笑)。
 女の園みたいな職場環境だろうから、そんなとこで女子に嫌われると基本的人権すら認められないでしょうし(笑)、どっちみち人前に出る職業だし、男子アナの採用基準としてフジの場合は大事でしょうね、そういう方向でも愛されるキャラみたいなの。


それにしても・・・

前の方に陣取ってたヤンキーはイキって勝手に騒いで五月蠅かった(笑)。

「ほう〜アヤパンまだまだ若い男の子に人気有りますな」

とか思ったし(笑)、まぁ

「ああいうイキってる時期って有ったけどねぇ」

とか思えば、
イチャついてるアベックなんかと一緒のことで、まぁ許せるんだけどね。

そういえば、昨夜放送してた「すべらない話」の中の「しらこい」発言に関して不思議なコラムが流れてた。
--
【お笑い峰打ちコラム】
“しらこい”はすべらない 関西弁の不思議


2008年06月22日12時08分

 21日、フジテレビ系列で「人志松本のすべらない話 ザ・ゴールデン」が放送された。すべらない話は放送されるたびに視聴率は15%を越え、番組の模様を収めたDVDは売れに売れてついに累計販売数180万本を突破した超人気番組。昨夜もまた、芸人たちのすべらない話が私たちを大いに楽しませてくれた。

 昨夜のMVS(Most Valuable すべらない話)に選ばれたのは、小籔千豊(よしもとクリエイティブ・エージェンシー)の「合コン」。大まかにいえば、吉本新喜劇の老人といってもいいほどの大先輩が合コンについてきて困った、という話だ。非常におもしろく、まさにすべらない話であったことに間違いはないが、小籔が使っていた言葉が気になった。それは『しらこい』だ。

 しらこいとは、関西圏の方言で白々しいという意味だそうだ。徳島周辺ではずるいという意味で使うこともあるようだが、話の流れからすると白々しいがしっくりくる。恥ずかしながら私はこの言葉を知らなかったため、色々と調べてみたのだが、同じ疑問を抱えた視聴者がちらほらいたようだ。『すべらない しらこい』などで検索するとよくわかる。

 日本の笑いは大阪が本場とされ、関東よりも関西のほうが優勢とされている。それは芸人のおもしろさといった問題ではなく、笑いに触れる機会や笑いに関する情報量の多さという意味でだ。関西では一般人もボケたりつっこんだりするというし、日本の笑いの中心点が首都・東京よりも西に寄っていることは疑う余地がない。

 まして小籔は大阪出身の新喜劇俳優、コテコテの関西芸人だ。そんな彼の中で『しらこい』はごく当たり前の言葉であり、自然と口から出たものであろう。方言を方言と意識せず使うことは日常生活でもままある。目くじらを立てるほどのことではないだろうが、一部の視聴者を置き去りにしてしまったことは確かだ。

 おもしろい話なのに、意味のわからない部分がある。なんともったいないことか……と思ったのは2回目まで。その後も『しらこい』が何度となく登場し、くり返されるたびになんとなく響きだけでおもしろく感じられてしまった。関西弁だとおもしろく感じられる関西弁マジックが働いたのだろうか。

 ちなみに、この話にも出てきて多くの芸人が使う『いきる』とは、格好をつけることだそうだ。方言がブームになっていると言われて久しいが、こういったところから徐々に広まっていくものなのかもしれない。

(編集部 三浦ヨーコ techinsight
http://news.livedoor.com/article/detail/3695258/
--

「しらこい」が関西弁、というか大阪で独特のニュアンスを含んでることはたしかだけどね。
 元来「標準語」と呼ばれるモノが決して意味や表現を豊かにするモノではなく、むしろ意味も表現も最大公約数(というにしては薩長土肥の都合と東京の山の手言葉に偏ってるんだけど)を無理して作ったのだから微妙なニュアンスが標準語にならないのは当然でしょう。

ただ番組に関して言えば、方言ブームだとかそういう捉え方ってピント外れな気がするけどな。。。

つまり、あの番組、関西芸人の身内の楽屋話を「見せてる」だけで、そのディープさが面白いということだから、結局のところ、身内で「すべらない」んならいいんだと思う。要は「パペポTV」と一緒だもの。
 それを全国区で伝わるようにしろとか、字幕入れるとか、流れを中断するとか、解説入れるとかしたら面白くないよ、きっと。

ハッキリ判らないけど何となく笑ってるコトって身内の会話には有る訳で、別にネタとして完成してる訳でもないし、アレ。

観客に媚びを売らないのもダウンタウンの芸風だし、そういう勘違いに対するガードが有名芸能人を観客として入れながらも「もっともすべらない話」の選考審査員にしていない、結局は参加者相互、身内で決めるんだというスタイルをゴールデンでも貫いてるという部分でしょう。

それを「一部の視聴者を置き去りにしてしまった」とか評するのは変だと思うけどねぇ。


それと上記引用の中で

「この話にも出てきて多くの芸人が使う『いきる』とは、格好をつけることだそうだ。」

って有るけど、それもたぶんちょっと違う。。。

「アイツいきってるで」

というのはマイナス評価を多分に含んでるので、格好を付けて「サマになってる」とプラス評価な場合は『いきる』とは言えない。

また「いきがってる」のよりは興奮してる感じが含まれてて、ガキっぽいとかバカだとかそういう意味でもマイナス評価な言葉。

だけど「許せない」までは行ってないんだね。

どこかに「許したろか」みたいなのも有る。

けど「かかわりたくない」ってニュアンスは有る。
「一緒に居たら面倒だ」ってのはハッキリとしてる。

(今回の番組の中の小籔の言った『いきる』『いきってる』は、まさしくそういうニュアンスを「先輩に対してよく邪魔に出来るな」って部分で笑いのネタな訳です。格好付けてるキザを笑ってるとかでは無いんよね)

大阪では根本的に「エエカッコシイ」が嫌われる、2枚目な奴はボケに回らないと許されない、そういう文化が背景にあって、「エエカッコシイ」自体はかなり嫌われる要素なんだけど、まぁ「若いから」「アホやから」「スケベやから」とかの言い訳が了解事項になってると「いきってる」だけやから「許したれや」みたいになる感じなんよね。

ギリギリ微妙な線なんだけどね。

「何いきってるねん」て言われてボケに回らない場合、つまり「エエカッコシイ」をやめないで突っ張る場合、そうやって暴走すると本当に嫌われる場合もあるから。

「格好をつけ」たままで済ますなや、と。オチは何やねん、と。

例えば亀田兄弟を嫌いな人は亀田兄弟のパフォーマンスについて「いきってる」って表現するだろうし、好きな人もそれを前提に「許したれや」と。

「エエカッコシイ」というマイナスと「貧乏」とか「アホ」とか「頑張ってる」とかいう庶民的目線から許される要素とのバランスですな。


ちなみに「格好をつける」という要素より「感情が高ぶってる」という要素が強いと「いきってる」を越えて「いちびってる」になります。

ユースケ・サンタマリアとかがそんな感じかなぁ。役者としてはともかく芸人というか司会者としては「いきってる」し、ときどき「いちびってる」。

結構見るに堪えない不愉快なときが有ってねぇ。。。

しかもハナシ長いし面白くないし絡みづらいし。

「何エエカッコして収まってんねん」「おまえ何様や」とか。

(だからアヤパン大好きなんですが(笑)、平成教育はあまり見ないんだよね。)

そういえば最近よくテレビで見るダイゴ(竹下元首相の孫)ってのも似たようなラインか。「エエカッコシイ」でオチが無い(笑)。感情的に淡々とした感じなので、アレについて「いきってる」とは言いません。もう一息突き抜けると笑えそうなんだけど、今のところは「いちびってる」訳でも無いし、単なる「エエカッコシイ」にしか見えないので気色悪いんだけど、まぁ東京圏では受けるのか、まぁ使う側のメディアにとってのメリットなのか、最近よく見掛けますな、テレビで。

アレに較べるとユースケの方が「男前でない」分がオチになるから少しマシかもね(笑)。

たとえ本当にカッコ良くても、だからこそボケないと!(笑)って思う訳で。

その点キムタクとか平気で「かぶりもの」やったりするし「さすが判ってるやん」って大阪人の視点でも感心させられる訳で。


上からモノを言ったり、カッコ付けたりしたときは最後に自分もダメな方に転ばないと下品です。

上から目線で、ダメなヒトを笑っちゃ、もっとダメです。

大阪と東京の笑いが違うとは良く言いますが、そういう部分だと思います。大きく違うのは。


「アンタかてアホやろ、ウチかてアホや!ほなさいなら〜」

「ええかげんにしなさい!」「ほんまにねぇ!」


有名な古典的漫才のオチ(サゲ)ですが、大事なのはこの心かと。
---

人志松本のすべらない話
人志松本のすべらない話 其之弐 初回限定版
人志松本のすべらない話 其之弐 通常版
人志松本のすべらない話 其之参 初回限定盤
人志松本のすべらない話 其之参 通常盤


ruminn_master at 2008年06月21日 13:18 【楽】生アヤパンinまる生公開録画コメント(0)トラックバック(0)  このエントリーをはてなブックマークに追加

2008年04月07日

【思】既に「道」じゃなくなったJudo 2

柔「術」に、精神性つまり「キレイゴト」を加えたのが柔「道」

「キレイゴト」じゃ今の国際スポーツにゃ勝てない。

だから「キレイゴト」に囚われない根っからの勝負師を選ぶ。

ビジネスも同じ。

今や巨大な商業スポーツとなったオリンピック競技ではスポンサーが付く選手の方が競技団体としてはアリガタイ。

だから「キレイゴト」じゃなくてスポンサーの付く見込みのある人物を選ぶ。

そりゃ判るけど、そこに日本的な「タテマエ」と「ホンネ」の構造が重なると、とても醜い。

「これまでの実績」とか「総合判断」なんて曖昧さを残すのではなく、最初から明確に
「48kg級女子は谷から1本勝ちを3回取らないと代表は無い」
(それでも谷かも知れんけど)
とか言っとけ、って思う。

それが「道」を名乗る以上の最低限の「キレイゴト」なんじゃなかろうか。

-----
柔道 谷は5大会連続、野村は落選 五輪代表

4月7日10時23分配信 毎日新聞

 柔道の北京五輪代表最終選考会を兼ねた全日本選抜体重別選手権は最終日の6日、福岡国際センターで男女計7階級があった。大会終了後の全日本柔道連盟の強化委員会で、男女最重量級を除く各6階級の代表(出場権未獲得階級は代表候補)が決まった。

 女子は、48キロ級で五輪2連覇中の谷亮子(トヨタ自動車)が選ばれた。決勝で山岸絵美(三井住友海上)に敗れたが、「能力が頭一つ抜けている」(日蔭暢年・全日本女子監督)と高い評価は変わらなかった。夏季五輪競技の男子ではアーチェリーの山本博(アーチェリー)が通算5回、蒲池猛夫(射撃)と松下和幹(アーチェリー)が連続5大会代表(80年モスクワは不参加)に選ばれており、谷は日本女子選手初の5大会連続五輪出場となる。63キロ級はアテネ金の谷本歩実(コマツ)が2大会連続で選ばれた。

 また、52キロ級の中村美里(三井住友海上)▽57キロ級の佐藤愛子(了徳寺学園職)▽78キロ級の中沢さえ(綜合警備保障)▽男子73キロ級の金丸雄介(了徳寺学園職)−−の4人は初の五輪切符。

 男子60キロ級は、前日優勝したフランス国際覇者の平岡拓晃(了徳寺学園職)が代表候補に選ばれた。五輪4連覇を目指した野村忠宏(ミキハウス)は選ばれず引退が濃厚となった。平岡をはじめ男子の66、81、90、100キロ級と女子70キロ級の候補選手は今月26、27日のアジア選手権(韓国・済州島)で出場権を獲得すれば代表になる。

 女子78キロ超級は今月20日の全日本女子選手権、男子100キロ超級は同29日の全日本選手権が最終選考会。100キロ超級の井上康生(綜合警備保障)は4年ぶり4回目の優勝(過去3回は100キロ級)を遂げ、五輪3大会連続出場に望みをつないだ。【倉岡一樹】

◇柔道の北京五輪代表・同候補◇

(★は候補、名前・年齢・所属・代表の出場回数)

【男子】

★60キロ級   平岡拓晃 23 了徳寺学園職

★66キロ級   内柴正人 29 旭化成

 73キロ級   金丸雄介 28 了徳寺学園職 初出場

★81キロ級   小野卓志 27 了徳寺学園職

★90キロ級   泉  浩 25 旭化成

★100キロ級 鈴木桂治 27 平成管財

【女子】

 48キロ級   谷 亮子 32 トヨタ自動車 5大会連続5回目

 52キロ級   中村美里 18 三井住友海上 初出場

 57キロ級   佐藤愛子 24 了徳寺学園職 初出場

 63キロ級   谷本歩実 26 コマツ    2大会連続2回目

★70キロ級   上野雅恵 29 三井住友海上

 78キロ級   中沢さえ 24 綜合警備保障 初出場

 ○…女子48キロ級決勝で、谷を破って2年ぶり2度目の優勝を果たした山岸。「絶対勝っておきたかった相手なのでうれしい。これで自信がついた」。形勢を逆転する技ありのともえ投げは「その時、ひらめいた」。11歳年上の女王を破った21歳の新鋭は心地よさそうに試合を振り返った。

 ○…女子52キロ級では、18歳の中村が五輪切符を手にした。有力視された西田が初戦で敗れる波乱の中、冷静に足技を効かせて勝ち上がり、決勝でアテネ五輪銀の横沢に優勢勝ちした。「投げ技を出せなかったのは残念」と優勝にも満足せず、「北京ではメダルを取りたい」と視線は早くも次へ。「ヤワラ2世」と呼ばれた逸材が48キロ級から階級を上げて夢切符をつかみ、谷と同じ畳に立つ。

 ○…アテネ五輪金の女子63キロ級・谷本歩は決勝で敗れたが、実績が評価され代表に選出された。けがで大会直前まで練習できなかったといい、試合後は「状態のわりにはよくできたほう」と回復具合に安心した様子。会見で「(今日は)不本意な結果に終わったが、出るからには全力で戦って結果を出したい」と北京に向け気持ちを新たにしていた。

最終更新:4月7日10時23分 毎日新聞
http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20080407-00000009-maip-spo
---------------------------------------------

再送:五輪=準優勝の谷が柔道代表に、女子は5人が優勝者以外から選出

4月7日6時9分配信 ロイター

 [福岡 6日 ロイター] 北京五輪代表最終選考会を兼ねた全日本柔道体重別選手権の最終日が6日、開催され、女子48キロ級で谷亮子が決勝戦で山岸絵美に敗れたが、大会後に開かれた強化委員会で北京代表に決定した。女子では6人中5人が優勝者以外から代表が選ばれた。
 超満員の福岡国際センターがどよめいた。谷は決勝試合開始34秒で送り足払いを決め効果を奪ったが、2分54秒に巴投げ、3分6秒には大外刈りを返され有効を2つ続けて取られ敗れた。「調子自体は悪くなかったが、山岸選手もいい選手なので、山岸が勝ったということ」と相手をたたえる一方、「今回は気持ちの引き締まり、盛り上がりが足りなかった」と振り返った。
 シドニー、アテネと連覇し、今回5回目となるオリンピック出場。実績は抜群であり、昨年も体重別選手権で、今回と同じ準優勝でありながら日本代表に選ばれた世界選手権で優勝した。「敗れても谷」という周囲の目が強まる中で、モチベーションを維持するのは難しい。「田村で金、谷で金、ママで金」という目標も、世界選手権の金メダルでいったんは達成された格好になっている。
 谷は今回の敗戦を「いいきっかけにして五輪3連覇なしとげたい」とするが、どこまで気持ちを高めていけるかが北京でのカギになりそうだ。
 <笑顔少ない代表会見>
 今大会後に開かれた強化委員会で北京五輪代表(代表枠未獲得の階級は候補)が男女の最重量級を除く12人が決定された。男子では60キロ級が平岡拓晃、66キロ級が内柴正人、73キロ級が金丸雄介、81キロ級が小野卓志、90キロ級が泉浩、100キロ級が鈴木桂治となった。女子では48キロ級に谷亮子、52キロ級に中村美里、57キロ級に佐藤愛子、63キロ級に谷本歩実、70キロ級に上野雅恵、78キロ級に中澤さえが選出された。五輪3連覇の野村忠宏は落選した。
 このうち男子60キロ級、66キロ級、81キロ級、90キロ級、女子で70キロ級は今月末のアジア選手権で日本出場枠の獲得を目指す(男子100キロ級は出場すれば枠獲得)。
 男子は今大会での優勝者が代表に選ばれたが、女子では谷のほか、佐藤、谷本、上野、中澤と中村以外は優勝者以外からの選出となった。国際大会を含めたこの1年間の成績が考慮されるとはいえ、女子代表選手の多くは破顔一笑とはいかない様子だった。
 (ロイター日本語ニュース 伊賀大記 記者)
*一部のサイトで正しく表示されなかったため再送します。

http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20080407-00000762-reu-spo
最終更新:4月7日13時35分 ロイター通信

---------------------------------------------

最終選考会大荒れ 谷負けたけど代表選出
4月7日7時5分配信 スポーツニッポン

 谷が「ママでも金」の五輪切符を手にした。柔道の全日本体重別選手権、女子48キロ級の谷亮子(32=トヨタ自動車)は決勝で山岸絵美(21=三井住友海上)に有効2つを奪われて完敗したが、大会後の強化委員会で過去の実績から日本女子初となる5大会連続の夏季五輪代表に決まった。女子はこの階級を含めた6階級の代表のうち、今大会の優勝者は52キロ級の中村美里(18)だけという大荒れの展開。北京五輪へ暗雲が漂う結果となった。

 谷が2度も畳に転がった。山岸との決勝は、開始34秒に小外刈りで「効果」を奪ったものの1分54秒、巴投げで「有効」を取られて逆転された。焦ってポイントを奪いにいった3分6秒、不十分な大外刈りを返されて「有効」を奪われた。

 微妙なざわめきの中で終了のブザーが鳴る。「山岸選手はいい選手。技が素晴らしかった」と相手を称える女王の目に涙はない。「モチベーションが…。何回も気持ちを盛り上げていくのは大変です」。昨年の世界選手権で見事な復活優勝を遂げ、大会前から代表当確と言われた試合の敗因を淡々と分析した。

 1回戦は完勝だった。右足をとった伊部を、そのまま左足で跳ね上げて内股で一本勝ちした。しかし、準決勝は「注意」1つの優勢勝ちで、決勝はまさかの黒星。谷が93年に初めて世界女王になって以降では、02年と昨年の今大会の福見戦に続く3度目の対日本人の黒星。過去2度は出合い頭、調整不足といわれたが、この完敗は過去2つとは明らかに違った。

 柔道着を着た練習は10回に満たなかったという昨年の敗戦から1年。尻が大きくなって道着のズボン丈が4センチ伸びるなど、しっかりと下半身を鍛えた。帝京大での練習では2階級上の選手を振り回す力強さだった。

 自信はあっただけに敗戦はショックでもあったが「本当は勝って代表になりたかったけど、これをいいきっかけにして五輪3連覇を達成したい」と話した。わずかな心のスキがもたらした敗戦。「最低でも金」のシドニー五輪、「谷でも金」のアテネ五輪に続く「ママでも金」を狙う北京への道は、大きな戒めから始まることになった。

最終更新:4月7日7時5分
http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20080407-00000037-spn-spo
---------------------------------------------

山岸…報われぬ大金星「勝ちたかった相手」
「全日本選抜体重別柔道、最終日」


(6日、福岡国際センター)

 報われない大金星だった。女子48キロ級決勝で谷から2つの有効を奪って完勝した山岸絵美(21)=三井住友海上=は、試合後の優勝者インタビューで既に自分が選出されないことを悟っているかのように、五輪の話題には触れなかった。それでも「絶対勝ちたかった相手。(効果を許したが)もう1本取られても自分の力を出し切ろうと思った」と、目標とする相手を倒したことに笑みを浮かべた。2月のドイツ国際に続いての優勝。愛らしいルックスで人気の“柔道界のアイドル”が高い実力も証明した。
http://www.daily.co.jp/general/2008/04/07/0000919925.shtml
---------------------------------------------

オリンピック代表選考方法

 オリンピックの代表選考については、原則として過去1年間の国内外の大会の結果および内容を勘案の上、金メダルに一番近い選手を選考している。具体的には、前年秋の講道館杯全日本体重別選手権大会から当該年の春の全日本選抜体重別選手権大会および全日本選手権大会(男子)、皇后盃(女子)までを選考期間と位置づけている。選考の内容としては、講道館杯、選抜体重別選手権の成績だけではなく、過去1年間の各種大会(国内大会、国際大会等)の他、直近のオリンピックや世界選手権大会の成績や内容、そして現状として誰が金メダルを獲得できるかなど、数々の要素を分析、検討し、選考している。

 重量級の代表は、全日本柔道選手権大会(男子)、皇后盃全日本女子選手権大会(女子)終了後にそれぞれ決定し、その他の階級は全日本選抜体重別選手権大会後に決定する。
http://www.judo.or.jp/2008beijin/senkou.html
---


こんなことしてると、次世代が育たない。そうなると48kg級だけでなくて女子柔道は将来を食い潰してしまう。

そしてこんなところで「勝てばいい」というのなら、朝青龍問題なんて何なんだ、って思う。

まぁたしかに、オリンピックには「国の威信」なんてものが掛かってるし、協会役員にしても「自分の立場」ってものが大事なのが正直なところだろうし、国際試合はサッカーを見れば判る如くに「フェアプレイ」なんてのは「審判に見えないところで反則ギリギリまでやっていい」って意味みたいなもんだし、そんなところで勝てる奴は谷みたいなタテマエに囚われない勝負師の方が確率高いし、「ヤワラちゃん」にはスポンサーが付いてCMとか出れば協会に金も入るけど無名選手じゃその確率は低いし、、、

って「大人の事情」を判ったような顔をするのが流行ってる風潮ですが・・・

(例の亀田問題、日テレの「オジサンズ11」って番組で小倉・徳光・なんてところのキャリア有るキャスター連中が揃いも揃って、仕掛け人の高須某(ヘアヌード仕掛け人で有名)の「大人の事情」って発言にそれ以上ツッコミもせず、引き下がったのにはガッカリしたね。あれじゃジャーナリスト失格だよ、全員。)

ただの思考停止、人間性の放棄、要は自分の立場大事の小人物であることを露呈してるだけじゃないか?「大人の事情」に「世の中そんなモンだよ」って嘯くのは。


さらに言えば、柔道って「青少年の健全な育成」とかってポリシーを掲げてなかったっけ?

努力して試合に勝っても、人気がなければ表舞台に立てない、「大人の事情」で立たせないのが「大人の社会」だって教えるのは、果たして「青少年の健全な育成」に貢献できると思ってるんだろうか。

「大人の事情」なんて振りかざして「判ったような顔」してる連中には、少年犯罪や世の不道徳に嘆く資格は無い。

表舞台に「立たせなかった」理由について説明責任を果たせよ、少なくとも。

大人の「責任有る態度」、それが何よりの「青少年の健全な育成」じゃなかろうか。


そんな「日の丸」に何の値打ちが有るのだろう。

関係者にとっての金銭的価値か?


ruminn_master at 2008年04月07日 14:57 【思】既に「道」じゃなくなったJudoコメント(0)トラックバック(0)  このエントリーをはてなブックマークに追加

2008年02月03日

【食】今年の節分は鰯も 4

ウチは船場の商家なので「海苔屋の陰謀」に乗せられたなんてのではなくて、先祖代々、元々が「節分は太巻き」である。

節分03
節分04

太巻きの能書きは一昨年の節分に書いたので置くとして、
今年は街を歩いていると柊と豆の枝葉を売っていたので買ってみた。

しかしこの風習、子供時分から本では読んだこと有るけど身の回りでは珍しかった(たまにやってる家も有った)ので馴染みが無く、てっきり関東のもんだと思いこんでいたら、かなりの由緒があって関西地方でも古いらしく平安時代の「土佐日記」にも出てくるし、奈良ではずっとやってるらしい。

語源由来辞典「節分」
語源由来辞典「鰯の頭も信心から」
wiki節分
wiki柊鰯
柊鰯とは

要は匂いで鬼が寄ってきたところで柊のトゲで刺すと。

じゃ豆の枝葉は?

それは関東で付け加わった風習らしい。豆まきのついでかな?

まぁ縁起物なら宗旨を問わず、ってのが日本人らしくって良いでしょう(笑)。

節分01
節分02

「やいかがし(焼嗅)」と言うぐらいで香ばしい匂いであれば良かろうと酒肴になるメザシにしたんだけどね(笑)。

まぁメインは太巻きです、ウチは。

ruminn_master at 2008年02月03日 20:44 【食】今年の節分は鰯もコメント(0)トラックバック(0)  このエントリーをはてなブックマークに追加

2007年12月07日

【思】老舗の頭と今どきの商魂 1

逆だったらマシだったんだけどね。

船場吉兆の事件は、同じように関西の老舗飲食店の一族に生まれた者としては、哀しい気分にさせられたと同時に、あの小狡い責任逃れの腹の中が見えていた気がしてる。

関西の老舗の「あきない」の魂は、
「買って頂くお客様が第一」
「奉公人は家族以上に大切に」
なんてことなんだけど(本当は)、
それを忘れた私的な利潤追求に走りながら、
アタマの中は
従業員=「奉公人」という意識なので
「お店(おたな)のために犠牲になって当然」
なんて考えてるんだなぁ、と思ったよ、
最初に経営陣が知らんぷり決め込んだときには。

さすがに中央省庁に虚偽の報告書出す勇気は無かったから今回は一部認めた形になってるけど、「腹の中」が変わってない以上は、まだまだ「真実」からは程遠いのかも知れない。
-----------
船場吉兆、取締役の関与認める 「偽装を把握し放置」 賞味期限改竄も結果責任

12月7日16時53分配信 産経新聞

 船場吉兆(大阪市中央区)による偽装表示事件で、同社が農林水産省に提出する改善報告書の中で、牛肉の産地偽装について「偽装を把握しながら、放置した」として湯木正徳社長の長男の喜久郎取締役の関与を認めることが7日、わかった。報告書は10日に同省に提出される予定だが、消費・賞味期限の改竄(かいざん)についても、経営陣の結果責任を認める意向。これまで会見で経営陣の関与を全面的に否定してきた同社が、報告書では一転して「経営陣の責任」に言及する。

 報告書は日本農林規格(JAS)法に基づく。同社はその中で、牛肉の仕入れ担当だった喜久郎取締役が今年1月以降は但馬牛の取引をやめ、福岡県内の業者から九州産牛肉だけを仕入れていたことを明記する。

 そのうえで、贈答用のみそ漬けやすき焼きセットに「但馬牛」や「三田牛」と偽装表示した理由を「肉質の変わらない最高級の九州産牛肉を使用していたため、問題視していなかった」と説明、「法令順守(コンプライアンス)意識の欠如」を背景に挙げるという。

 一方、福岡市の店舗で行われた消費・賞味期限の改竄については、経営陣の直接的な関与は否定。ただ、現場のパート従業員らに商品をすべて売り切るようプレッシャーをかけていたとして、改竄の「結果責任」が経営陣にあることを認める。

 船場吉兆をめぐっては10〜11月に行われた農水省の立ち入り調査で、牛肉の産地偽装が発覚。先月16日には、不正競争防止法違反(虚偽表示)容疑で、本店などが大阪府警の捜索を受けている。

 湯木社長や喜久郎取締役らは先月9日の会見で、「仕入れ担当者しか知らなかった」として経営陣の関与を全面否定。消費・賞味期限切れ商品のラベルの張り替えについても「すべて現場の独断」としていた。

 また、報告書には偽装が相次いだ贈答用商品について、営業再開後も当面は販売を中止することを盛り込むという。

                   ◇

 ■パート女性会見「会社から一切説明なし」

 船場吉兆による偽装表示事件で、非正規雇用の労働組合「アルバイト・派遣・パート関西労働組合」に加入している心斎橋店のパート女性2人が7日、会見し「会社側から一切、説明がない」と不満をあらわにした。

 また、団体交渉の場で湯木喜久郎取締役が牛肉の産地偽装について「私に責任がある」と認めたものの納得できる説明がなかったことや、女将(おかみ)が土下座する場面もあったことなどを明かした。

 会見したのは、心斎橋店で予約や会計などの事務担当だった勤務歴11年の有川洋美さんと、今年3月からフロント勤務をしていた長井由美さん。

 2人は冒頭、「お客さまには大変ご迷惑をおかけしました」と深く頭を下げた。一連の不正について会社から説明がなく、同店が営業自粛となった先月、組合加入を決意したという。

 有川さんは「高級料亭のイメージがあるが、実質は家族経営の料理店。家父長的で、お父さん(湯木正徳社長)には文句がいえない」と説明。一方で「船場吉兆で働く誇りもあった。いつも『おもてなしの心を持て』といわれていたのに…」と寂しそうに語った。

 会社側は最初の交渉でパート社員の解雇を通知。組合の反発で撤回されたが、近く全従業員を対象に希望退職者を募る予定という。

最終更新:12月7日16時53分
http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20071207-00000135-san-soci
--------------

このニュースの折、明治時代に創業された高級料亭「吉兆」の現状が取り上げられ、創業者一族の婿が各「○○吉兆」の社長で、それぞれが独立してるという仕組みが紹介されていた。

たぶん知らない人には不思議に映りそうだ、と思ったが、娘婿が社長をしてる形式自体はよくある。

江戸ではそうでもないらしいが、上方、特に飲食店や旅館などの客商売では女系である。
 といっても「女社長」という意味ではない。それは古臭い男尊女卑から形式的に女を社長にしなかったというのでもなく(皆無とは言い切れないけど)、息子は選べないが娘の婿は選べるから、優秀な経営者を婿養子に取ることで商売の安定を図るための知恵である。そして血統書付きの当の娘の方が「女将(おかみ)」な訳で、接客や奉公人など内政を仕切る。

他方で男の子は他の商売をしたり政治や学問をしたりして「商いを拡げる」「客を連れてくる」役割を果たし、商才が有ってどこかの店の婿養子となれば商売上のネットワークが築ける。

もっともこの仕組み、昔のように「家と家」の結婚の時代ならそれなりに機能するのだろうけれど、自由恋愛の時代となっては上手く行くとは限らない。娘の「オトコの趣味」や「オトコを見る目」がマトモという保証は無い。

また跡取り息子が店を食い潰す例は枚挙に暇がない、にも関わらず、どうしてもそういう情が有るのもたしかなようである。

 今回の社長がどんな経緯で社長となった人物だか知らないが、どうにも人選に失敗したらしい。

また「あの人」個人の資質の問題というより、昨今の同族企業の不祥事連発を見るにつけ、同族経営、家族経営の体質が今やマイナス要因になるのだろうな、と思う。

古い体質というか意識が実態を伴わなくなっているのに、それが判っていない。

自分の子供の頃は「女中さん」が付いていたが、その人は「家政婦さん」ではない。時代が変わって「女中さん」と呼ぶのが差別だと言われて「お手伝いさん」だとか言ってみたところで実質上は変わらない訳で、彼女は古くからの「奉公人」であった。

奉公人というのは「店」の養子みたいなところがあって、給料が出る訳ではないが小遣いやお年玉が子供達同様に出る。学資も生活費も「店」から出るし、結婚の世話や就職の世話、子供が出来ればその子の世話まで「店」が責任を持っている。「店」は奉公人を大事にするが、世話されてる家族の方では素性など知らないことも多い。実際、自分も親も付いていた何人かの女中さんの苗字すら知らない。

多少は「店」によって色々だろうけど、大筋はそんな感じで「お店」というマトマリが形作られている。

そう、落語に出てくる丁稚、手代、番頭の世界なんだけど、こういう奉公人の凄いところは、個々の人間よりも「店」が大事なので、「店」のためにドラ息子に説教することも有れば自分を犠牲にすることもできる。滅私奉公というのはそういうことだが、それはそういう時代でもある。

奉公人が「店」を大事にしてくれるのは、「店」が奉公人を大事にしていたからである。

今の従業員を奉公人かのように思いこむ頭で、社長が従業員に責任を押しつける様は滑稽でしかない。


そして今回の船場吉兆は「客を大事にする」という「商いの基本」を外してる。

食品業界として見た場合、「賞味期限」「使用期限」の問題は避けて通れない大きな壁である。

期限が過ぎたら過ぎたでいい。

過ぎても
「(あと○○日は)(少々味は落ちるけど)大丈夫だ」
と言うのは「店」の判断な訳で、それに対する信用というのも有る。

要は
「だったら正直に言え」「そして安く売れ」である。

普通の料理屋で考えても、昨夜の売れ残りをランチで安く提供する。それは悪いことではない。

「但馬牛は高くてこの値段で出せない」
じゃあ
「正直に値上げする」か
「他の牛を使ってその分安くする」
のが「客を大事にする」という「商いの基本」じゃなかろうか。

それを客には安くせずにコストだけを下げて利鞘を掠め取ろうとする、それは現代ビジネスマンの神経としては珍しくないかも知れないが、客商売としては危険なセンスだろう。

頭の中では現代ビジネスマンの商才は必要だと思う。下げられるコストは下げるべきだ。より利潤を生む方法を合理的に追究すべきだ。
 「節操」を捨ててしまえば上がる利益も多いが、信用という将来の利益を失う大博打をしていることは判っているべきだ。
 そのせめぎ合いの中の歯止めが、老舗にとっては真に「お店」のことを考えてくれる奉公人の存在であり、「お客様を大事にする」という「商いの基本」、古臭いけれど本質的な部分じゃなかろうか。

信用を築くには多くの労力と長い時間が掛かるが、失うのは一瞬で済む。

個人的には再起不能だと思うが、もし再起を願うなら、船場吉兆に限らず昨今の食品偽装問題を起こしたところは、まずは「正直」な情報公開、それも考え方や人間性まで踏み込んだ開示が必要だと思う。

「老舗」というブランドの場合、創業者が獲得し大きくした信用というのは、そうした人間性に裏打ちされているものなのだから。

チャンと謝って無いよ、船場吉兆も亀田一族も(笑)。

どちらも
「バレたことの後悔」は有っても、
「(悪い性根は改めようという反省」は無いと思うから同レベルに思えるんだよね。

--

吉兆 料理花伝
吉兆味ばなし (1)
吉兆味ばなし〈2〉
吉兆味ばなし〈3〉
吉兆味ばなし〈4〉
吉兆味ばなし (1982年)
吉兆 湯木貞一のゆめ
吉兆 (1978年)
味吉兆で学んだ日本料理
「伊勢長」「吉兆」「なだ万」の料理長がいい酒肴(つまみ)ご用意いたしました。―晩酌党にはたまらない!
吉兆の家庭ふう料理―春夏・秋冬
図解「吉兆」仕込み庖丁さばきの極意 (講談社SOPHIA BOOKS)
嵐山吉兆 春の食卓
嵐山吉兆夏の食卓
嵐山吉兆 秋の食卓
嵐山吉兆冬の食卓


ruminn_master at 2007年12月07日 21:52 【思】老舗の頭と今どきの商魂コメント(2)トラックバック(0)  このエントリーをはてなブックマークに追加

2007年11月30日

【知】理研サイエンスセミナー“やっぱり誰かを愛したい 〜言葉と愛に隠された秘密〜” 4

独立行政法人 理化学研究所主催のサイエンスセミナーの第一回目。

とっても面白そうなのに無料だというので申し込んで参加。

場所は、既にクリスマス気分の六本木ヒルズの森タワーの高層、地上230m、六本木ヒルズの知的空間というコンセプトらしい六本木アカデミーヒルズ

理研1stサイエンスセミナー01

そこはコンベンションホールや会議室図書館などが設けられ、いわゆるカルチャースクール的なものから専門的・先端的なビジネススクールらしきものまで抱える知的複合施設、そんなアカデミーヒルズの49階。

理研1stサイエンスセミナー02

専用エレベーターを上がると「いかにも知的」って内装(笑)の奥にこざっぱりしたレクチャールーム、それが会場。

場所からして贅沢だねぇ。

ただとても快適な空間であることは確か。

理研1stサイエンスセミナー03

募集は「100名限定」だったけどスタッフや関係者も居ておそらく100名以上、写真は開会前なので殺風景ですが(講義中は撮影・録音禁止なので)、最終的には満杯でした。
----------------------
理研サイエンスセミナー 「平野啓一郎が読み解く科学のものがたり

科学に興味はあるけれども、どうやってその世界に踏み込んだらいいのか分からない−そうした知的好奇心の旺盛な方々のために、理化学研究所は、新しいかたちのトークセッションシリーズを企画しました。
トークセッションでは、京都大学在学中の1999年に『日蝕』で芥川賞を受賞し、現在も精力的に執筆活動を続ける作家平野啓一郎氏をお招きし、各分野の第一線で活躍している理化学研究所の研究者と対談を行います。

多くの方々のご参加をお待ちしております。

開催日時 第1回 平成19年11月30日(金) 19:00〜20:30 (18:00開場)
“やっぱり誰かを愛したい 〜言葉と愛に隠された秘密〜”

第2回 平成20年1月20日(日) 14:00〜15:30 (13:00開場)
“1000年でも2000年でも生きたい 〜体内時計がにぎる鍵〜”

第3回 平成20年3月21日(金) 19:00〜20:30 (18:00開場)
“私のことが知りたい 〜自己と非自己の境界線〜”

開催場所 六本木アカデミーヒルズ49 スカイスタジオ(全3回)
東京都港区六本木6-10-1 六本木ヒルズ森タワー49階
参加費 参加費は無料です
申し込み方法 事前申し込みが必要です(※) (各回先着100名)

(中略)

-------------------------------------
第1回 平成19年11月30日(金) 19:00〜20:30 (18:00開場)
“やっぱり誰かを愛したい 〜言葉と愛に隠された秘密〜”

文学の長い歴史の中で、「愛」は普遍的なテーマのひとつです。作家である平野啓一郎氏は、デビュー以来、様々な愛を豊かな言葉と作品ごとに異なる斬新な手法によって表現されてきました。
では人はなぜ言葉を持つのでしょう?理研には、その理由を探求する研究者がいます。理研脳科学総合研究センターの岡ノ谷 一夫チームリーダーです。岡ノ谷チームリーダーによると、小鳥の歌は人の言葉と同じように文法を持ち、その歌を巧みに操れるものこそが、愛の覇者になれるのだとか・・・そしてその歌には、文学と同じように、前衛と正当があるというのです。
純文学と科学―異なる視点で愛の本質、言葉の力を探る、二人の対談の行く末は!?
-------------------------------------
岡ノ谷 一夫(おかのや かずお)チームリーダー
理研 脳科学総合研究センター 生物言語研究チーム


1959年 栃木県足利市生まれ。1983年に慶応義塾大学文学部心理学専攻卒業し、1989年 メリーランド大学心理学研究科博士課程修了、Ph.D.取得。その後、学術振興会特別研究員(上智大学生命科学研究所)、科学技術特別研究員(農水省農業研究センター)、井上科学振興財団フェロー(慶応義塾大学心理学教室)を経て、1994年より千葉大学文学部助教授(自然科学研究科・先進科学プログラム兼任)。1996年より科学技術振興事業団さきがけ研究21研究者を兼任。
小学生のころから、自己意識のメカニズムと存在理由を知りたいと思っていた。現在は、そのための手がかりをひとつとして、言語の起源を生物学的に説明するのを目標としている。趣味は古楽の演奏、短歌つくり、山登り、模型飛行機、自然主義文学を読むことなど。
------------------------------------
平野 啓一郎
芥川賞作家


1975年6月22日、愛知県蒲郡市生まれ。
一歳の時、父が急逝したため、母の郷里である福岡県北九州市に一家で転居する。以後、1994年に京都大学法学部に入学するまで、同地にて育つ。早くからトーマス・マンやボードレール等の海外文学に親しみ、十七歳の時に最初の小説を書く(未発表)。以後、断続的に習作を重ね、1998年、文芸誌『新潮』に初めて投稿した小説『日蝕』が、同誌8月号に巻頭一挙掲載され、話題を呼ぶ。ヨーロッパ中世の異端審問の世界を、該博な知識と華麗な漢文的文体とを駆使して鮮やかに描き出したその早熟な才能は、「三島由紀夫の再来」として注目を集める。翌年一月、同作により、史上最年少タイ(当時)の23歳で第120回芥川賞を受賞。大学在学中での受賞は、石原慎太郎氏、大江健三郎氏、村上龍氏に続く四人目。同年、京都大学法学部を卒業。以後、明治三十年の奈良県十津川村を舞台に、耽美的な幻想に彩られた恋愛譚『一月物語(いちげつものがたり)』(1999年)、二月革命前後の十九世紀パリを舞台に、音楽家のショパン、画家のドラクロワといった実在の二人の芸術家を主人公に据え、綿密な歴史考証に基づく豊かな文学的想像力によって、近代ヨーロッパの精神史を2500枚にわたって描き出した大河小説『葬送』(2002年)、現代の京都を舞台に、若い男女の「性」の問題を、繊細な心理主義的方法で追究した表題作を含む、4作からなる実験的な短篇集『高瀬川』(2003年)、前作の方法を更に押し進め、戦争、家族、死、近代化、テクノロジーといった現代社会の多様なテーマを9つの短篇によって描き出した『滴り落ちる時計たちの波紋』(2004年)、と旺盛な創作活動を続け、常に注目を集めている。死、記憶、言葉、エロティシズムといった一貫した主題群を、作品ごとに、まったく異なる手法で表現することでも知られる。その作品は、現在、フランス、韓国、台湾、ロシア、スウェーデン等、翻訳を通じて、広く海外にも紹介されている(一部、翻訳作業中)。
2004年には、文化庁の「文化交流使」として一年間、パリに滞在。ヨーロッパ各地で精力的な講演活動を行う。現在は、東京都在住。
-----------------------------------
中村 征樹
大阪大学大学教育実践センター准教授


1974年神奈川県生まれ、33歳。1997年、東京大学教養学部教養学科卒業後、1999年に同大学大学院総合文化研究科広域科学専攻修士課程修了、2005年に東京大学大学院工学系研究科博士課程修了。博士(学術)。学位論文タイトルは「近代フランスにおける技術教育の展開−技師集団と職人層の技術知の創造と共有をめぐって」。
1999年より2002年まで日本学術振興会特別研究員。この間、2000年10月より2001年9月まで、フランス・社会科学高等研究院にて研究を行う。2002年より、東京大学先端科学技術研究センター助手。2006年より、文部科学省科学技術政策研究所研究官。2007年10月より、大阪大学大学教育実践センター准教授。
2003年より、成城大学、恵泉女学園大学、お茶の水女子大学などで非常勤講師も勤める。
主な所属学会は、科学技術社会論学会(理事、編集委員、事務局幹事)、日仏教育学会(編集委員)、大学評価学会(理事)、日本化学史学会(評議員)など。
専門の科学技術史、科学技術論、高等教育の研究のほかに、2005年より東京・下北沢でサイエンスカフェを継続的に主宰するなど、科学コミュニケーションの分野での研究・実践活動も活発に行う。
---------------------------------
http://www.riken.go.jp/r-world/event/2007/sci-seminar/index.html
-----------------------

子供の頃から心理学や人類学、動物行動学とか好きだったので面白かったね。

短い時間で鋭い基調報告みたいなレクチャーの後に、文学と科学の対話、みたいな少々哲学的なトークショー、そして質疑応答の1時間半。

時間は短かかったけど示唆に富んだ内容でした。

死と性、性と愛、愛と美、美と芸術。

生物が有性生殖を獲得し、道具としての「美」に至る。

それでも人には有って、動物には無い「芸術」。

その脈絡の真ん中にある「愛」って何だろ?

ってだけだと「トンデモ科学」でも哲学でも同じだけど、それを科学的に少し厳密に少しだけだけど解き明かしてみせる試み。

動物の「鳴き声」、そして人間の「言葉」、その役割は何か。

こうした思索だけなら高校時代に精神分析学と文化人類学の本を読みあさっていた頃に似たようなこと考えていたなぁ、なんだけど、それを「今の科学の到達点」を示しつつ説明されると、久々に頭の中の「眠っていた回路」が活動し始めた感じ、レクチャー開始早々に脳味噌が回り始めた快感が有って、なかなか面白かった。

理研1stサイエンスセミナー04

配付資料というかお土産というかも盛り沢山。

全3回だけど皆勤賞狙います(笑)。

--

小鳥の歌からヒトの言葉へ (岩波 科学ライブラリー92)
ヒトの進化 (シリーズ進化学)
コミュニケーションと思考 (認知科学の新展開)
ペットと暮らす行動学と関係学
続きを読む

2007年11月29日

【思】たしかにまぁ、あれは止めた方が 3

森光子さん座長の「放浪記」

日比谷の芸術座に見に行ったのはずいぶん前、芸術座の最終公演のはずだから2005年初かなぁ。菊田一夫の役が小鹿番だった頃。

森光子と奈良岡朋子とが「がっぷり四つ」って感じの、いい芝居でした。

有名な「でんぐり返し」、一緒に行った母は感心してたけど、自分としては、当時でさえ、むしろ「無理にそんなことしなくてもいいのになぁ」って思った記憶がある。

-----
森光子さん「でんぐり返し、やめます」…放浪記の発表会見

11月29日19時51分配信 読売新聞

 「でんぐり返し、やめます」――。森光子さん(87)が29日、都内で行われた、舞台「放浪記」(来年1〜3月、東京・日比谷のシアタークリエ)の発表記者会見で、名物となった前転を今後は行わないことを明らかにした。

 「放浪記」は、作家の林芙美子の半生を描いた名作だ。1961年以来、通算1858回上演され、すべて森さんが主演。芙美子が喜びのあまり、前転をする場面は見せ場として人気を集めてきた。

 しかし、来年は地方を含め100回以上の上演を予定しているため、万一のけがなどに備え、制作側が演出の変更を提案。森さんも「寂しく、申し訳ないが、『放浪記』をなるべく長くやるようにというお気持ちと受け止めたい」と受け入れた。

最終更新:11月29日19時51分
http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20071129-00000513-yom-ent
---
「放浪記」45年 上演1800回 森光子名場面

 作家の林芙美子を演じ続けて45年。森光子主演の舞台「放浪記」が今月4日、前人未到の上演1800回を達成した。売り出しと同時にチケット完売となる人気作。名場面を出演者やスタッフの話と共に再現しよう。(多葉田聡)

1幕 本郷の下宿 1923年
 男(原康義)と同居中の芙美子(森)。だが、下宿で男の妻を名乗る京子(奈良岡朋子)と鉢合わせし、別れを決意する。

 東京・日比谷の芸術座から帝国劇場へ移った今回。広い舞台に合わせて装置も大きくなり、下宿にはカーテンがつるされた。芙美子が押し入れに隠れているとも知らず、京子に迫る男がカーテンを閉める、という新演出が加わった。

2幕 カフェ 1926年
 夜はカフェで働きながら詩を書き続ける芙美子。着物にエプロン姿で歌い踊り、横柄な客には威勢良くたんかも切る。

 演出補の本間忠良「『あら、エッサッサァ』と踊る場面は足がよく上がるなと感心する。今回は余計に上がっているんじゃないか」

 同じ従業員役の有森也実「キュッと手を握って下さるタイミングが毎回違う。決まったお芝居じゃないように、いつも新鮮に演技されることに驚かされます」

 自分の不幸な境遇を語りながら、「私には放浪する癖があるの」とつぶやく芙美子。仕事仲間と焼き芋を食べる場面も哀れを誘う。

 森「今はサツマイモも一年中おいしいですが、昔は3月くらいになると水っぽくて。それでも、おいしそうに食べなきゃいけない。いい時代になりました」

3幕 尾道 1927年春
 別の男ともうまく行かず、広島・尾道の実家に戻った芙美子。腹をすかせる行商人親子にかつての自分たちを思い出し、ご飯を食べさせる。

 森と共に初演から出演し続ける青木玲子「初演は行商人の妻役で、(作・演出の)菊田一夫先生に山盛りのご飯を食べさせられました。子供は、みそ汁をかけてガーッと3杯も。(当時は)戦後の食糧難の記憶が残っていて、物も言わず黙々と食べるところでお客さんがボロボロ泣くんです」

4幕 世田谷の家 1927年秋
 東京へ戻った芙美子。自分の原稿をいち早く雑誌に売り込もうと、ライバルとなった京子の原稿を届けるのをわざと遅らせる。

 本間「森さんは京子の原稿を脇に置くにしても、わざと上に別のものを重ねたり、毎回いろいろ工夫していますね」

 青木「最初は5時間ぐらいの芝居でしたが、三木のり平さんの演出で1時間以上短くなった。45分あったこの場面も30分ぐらいに。でも、どこをカットしたのか分からないほど見事な切り方で、雰囲気も全部残っています」

渋谷の木賃宿 1927年冬
 また男と別れ、安宿で暮らす芙美子。ある夜、売春婦の取り締まりがあり、自分も巻き添えに。疑いが晴れた芙美子は喜びの余り、でんぐり返しをする。

 森「最初は3回転していました。ある時、五輪(体操)の床運動を見て、自分のはイモムシみたいだと思い、それからは腕を伸ばして、大きくやるようになりました。芝居よりは上手になったと自負しております」

5幕 落合の家 1949年
  人気作家となった芙美子を、劇作家の菊田一夫らが訪ねる。2年前まで小鹿番が演じ続けた菊田役は、斎藤晴彦が引き継いだ。

 斎藤「ものすごく緊張したが、森さんは相手役に何も注文しないんです。付けひげがとれて、僕が絶句したこともあったのに……」

 森「(別の芝居でも)ひげがとれる方は、よくあるんです。そういうハプニングも楽しい」

 青木「胸を借りるつもりで毎日芝居を変えてみるんですが、全部受け止めて下さる。相手がどう来ようが、何食わぬ顔で。普通なら年齢と共に枯れたりするんですが、いつまでもみずみずしくて、本当に、あきれるほど変わりませんね」



 帝劇公演は28日まで。来月の名古屋公演を終えると、通算1858回となる。

成長続ける すごい

 森の演技や作品の魅力について、1961年の初演から見続けている演芸・演劇評論家の矢野誠一さんに聞いた。

 「初演時、森さんの起用は大抜てきだった。大阪では達者な芸人として映画でも活躍していたが、東京では厳しい見方もあった。だが、若いのに老け役に無理がなく、東京の芝居もできるなと感じた」

 「ラストで、人気作家になった芙美子が『私を成り上がり者だと思う?』と言うせりふは、当初は意識し過ぎる面もあったが、のり平演出になってから枯れた感じになった」

 「すごいと思うのは、森さんが『放浪記』と共に成長し、舞台としての総合点が右肩上がりを続けていること。杉村春子さんの『女の一生』でさえ年齢的に難しい時期があった。でも『放浪記』にはそれがない。脇役にも、それぞれ演技のしどころがある。まさに、みんなの『放浪記』だ」

 「自分と一緒に年を取って行くのは、この芝居だけ。舞台の成長と共に、批評家としての成長を試される真剣勝負の場でもある」

(2006年9月22日 読売新聞)
http://www.yomiuri.co.jp/entertainment/stage/theater/20060922et13.htm
-----

この「喜びのあまり、でんぐり返りする」という演出、というか林芙美子の時代のエピソード、今の時代には説得力が無くなっちゃってるな、と思う。

女性がそういうことをするのが「はしたない」という観念が強かった時代、それを背景にしてるからこその「喜びのあまり」なんだけど、今じゃ「変わった表現をする人だな」という片付けられ方をしかねない。

「個性」の時代というと聞こえはいいが、要は「社会」とか「時代」とか「世代」とかが壊れて共同幻想が曖昧で操作されやすい流動的なものでしか無い時代。

形式を乗り越える苦労が無い代わりに、形式がその中に抱えてくれているが故に人から人へ伝わり共有され、人と人との連帯感を生み出したり、先人の教訓を活かしたり出来る仕組みが失われ〜「つつある」、のか、「てしまった」のかは迷うところだけど〜、何だか世の中が変になってる気がしてる。

たしかに「男はこうあるべきだ」「女はこうしろ」「大人なんだから」「子供は子供らしく」みたいな縛りは個人にとっても不自由なんだろうけど、むしろ男にも服飾品を売りたかったり、子供にも化粧品を売りたかったり、なんて消費社会の「売り手側」にとって何よりの障害だから、うまいこと情報操作されたのが「個性」偏重なんじゃないか。

「チャンネルは親父が決める」ってんじゃテレビは「一家に一台」以上売れないものね。

「大人じゃなきゃできないこと」が有るから、子供は「一人前に」成長しようとし、「男じゃなきゃできないこと」が有るから、少年は「男らしく」振る舞おうとし、「女じゃなきゃでいないこと」が有るから、少女は「女らしく」なろうとする。

そうでなきゃ子供で居る方が楽だろうし(中流家庭以上ならなんだろうけど)、卑怯未練な男だろうと粗雑な女だろうと何の矯正も受けずに生きられて楽だろうし。

ただね、この「ラク」が行動原理ってのは、ウーパールーパーみたいな幼態成熟に思えるから、どうも人類の未来が先細りする気がする訳で。

「今ある姿」と「有るべき姿」のギャップを判って、それと向き合い、乗り越えるなり壁をぶちこわすなり、というのが霊長類ってもんじゃないのかなぁ、と。

何だか今じゃ失われつつあるように思うけど、こういう仕組みそのものが「文化」なんじゃなかろうか。

大人じゃなくてもバイトして金を稼げば、大人じゃなくても何でも買える(現実問題、酒や煙草が買えないものじゃないでしょう)、そういう世の中で子供が大人に憧れる必要は生じないだろうし。

昔の子供は悪心起こしてタバコを買いたきゃ、タバコ屋行って「お父さんのお遣いで」なんて言い訳して、便所の中や校舎の裏でタバコ吸ってた訳で、今のように手軽に入手できる上で歩きタバコしてる高校生がウロウロしてる時代というのは、なんとなく落ち着きが悪い気がしてる。

何処かを一箇所直して治るようなものでは無いだろうけどね、既に。


ハナシは大きくなっちゃったけど、、、ともかく、


「放浪記」は、そういう不自由な時代背景で、「女」が自己を表現し、社会に認められる、喜びのあまり「でんぐり返り」までする、その突き抜けた感じが値打ちだと思うのだけどね。友達を裏切る生臭ささも有りながらも救われるのは主人公の無邪気さや一途さであり、そのカタチが「でんぐり返り」なんだと思う。

背景を失った今となっては「ご高齢にも関わらず」なんて晩年のジャイアント馬場じゃあるまいに、なんて扱い方ばかりされてるように思うから、いっそ「でんぐり返り」を止める決断というのは正しいように思えます。

ただ、「放浪記」の持つ生臭さをどうやって消すのか、それが難しそうだな、とも少しだけ懸念されますが。

--

放浪記(映画版)
放浪記
林芙美子 放浪記アルバム
女優 森光子―大スターその光と影
森光子―汗と涙のカーテンコール
シャンテ 森光子が詠む美空ひばりの詩(通常版)
シャンテ 森光子が詠む美空ひばりの詩(特装版)


ruminn_master at 2007年11月29日 21:35 【思】たしかにまぁ、あれは止めた方がコメント(0)トラックバック(2)  このエントリーをはてなブックマークに追加

2007年11月07日

【思】それぐらいで入院かよ 2

そりゃまぁ普通の高校生がスクワット300回やりゃ、筋肉痛にはなるだろうし、血尿ぐらい出るだろうけど、そんなもん2〜3日すりゃ治るだろうに。

そうやって親が甘やかせて学校の手足を縛るようなマネをしながら、要は自分の子供の躾が出来てないからトラブル起こしたんだから、我が身を反省しろよな、とか思う。

だいたい修学旅行の消灯時間以降、夜中に出歩いてて(俺もやったけど(笑))、教師に捕まるようなドジな奴には「イイ薬」です(笑)。
 鈍くさい奴は悪いコトしちゃイケナイってだけだし、捕まったら潔く罰を受けて少々苦しむのが「男の子」ってもんだよ。

----------------------
新幹線車中で生徒にスクワット300回 入院も

11月7日14時4分配信 産経新聞

 栃木県下野市の県立石橋高校(岡正夫校長)が、京都での修学旅行中、深夜就寝しなかった2年生の男子生徒11人に帰りの新幹線車内でスクワットをさせ、1人が9日間入院していたことが7日、分かった。同校は「行き過ぎた指導だった」(岡校長)として、同日、全校生徒が参加するマラソン大会を実施した後、事情を説明するという。
 同校によると、10月24日未明、生徒11人が就寝時間後3時間たっても別の部屋を行き来するなどしていたため、担任や生活指導教諭4人が相談。「他の生徒に迷惑をかけた」(教頭)としてペナルティーを科すことを決め、同日午前、東京へ向かう東海道新幹線の車内で一斉にスクワットをさせた。列車はほぼ貸切状態で、寝なかった11人をデッキに集め、他の生徒が入らないように教諭が「シャットアウト」した状態で、別の教諭が数をかぞえながらスクワットをさせたという。
 途中でペースが落ち、最後までやらなかった生徒もいたというが、1人が筋肉痛を訴え、29日に病院にいったところ、血液検査の数値に異常がみられたことから11月6日まで入院したという。この生徒は剣道部に所属していたが、このため公式戦への出場を断念した。
 入院した生徒は「真面目で『大丈夫か?』と聞いたら『最後までやります』と答え(スクワットを)続けた」(教頭)という。同校では「認識が甘かった。生徒が所属する部活動の顧問の教諭がおり『このくらいは』と考えたのかもしれない」(同)と話している。

最終更新:11月7日14時4分
http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20071107-00000942-san-soci
-----------------------

こんなこと問題にするなら、ますます学校は、学校にシツケを任せてるような親の代わりはとてもじゃないができないと思うけどね。

それにこういう「体罰問題」の場合、
(本件はそうじゃないと思うけど、この記事はそういう扱いだね。こういうのを「ミソもクソも一緒」と言う)
「じゃあどうすれば悪いことを正せるのか」
については誰も責任を持たないような気がする。

これぐらいはいいと思うけどな。


それにしても最近のガキは弱いのね。



ruminn_master at 2007年11月07日 22:54 【思】それぐらいで入院かよコメント(9)トラックバック(0)  このエントリーをはてなブックマークに追加

【武】なにを今さら 3

「少林拳は達磨大師が作った」なんて「伝説」は、中国文化特有の権威付け指向と「白髪三千丈」的センスの結果の「作り話」に過ぎない、だなんてことは常識(少なくとも「やってる人間」には)なんだけどねぇ。

-----------------------
達磨大師と武術は無関係!少林寺に伝説を覆す研究結果が―河南省

2007年11月5日、安陽師範学院の馬愛民(マー・アイミン)教授が20年に渡って河南、河北の多くの地域で集めた大量の資料、碑文などに基づいて行ってきた研究を発表し、「少林武術のルーツは安陽、達磨大師は無関係」と結論付けた。

少林武術のルーツに関しては様々な説がある。最も有名なのは、インド人僧侶達磨大師と結び付けられているもの。しかし、馬教授によれば、達磨大師は仏教学の高僧で、武術僧ではない。また馬教授の調査で、達磨大師がこの地区を訪れたとき、少林寺はまだ建立されていなかったことがわかった。これらのことから馬教授は、達磨大師と少林武術は無関係であると結論したという。

さらに、馬教授によると、少林寺に武術を伝えたのは稠禅師という河南省安陽市出身の僧侶である。稠禅師は33歳で少林寺に来て、初代方丈から仏法を学び、2代目の方丈となる。もともと武術に優れていた彼は、この時から武術を積極的に新しい弟子たちに伝えていくようになったのだという。河南省少林寺実業有限公司の銭大梁(チエン・ダーリャン)総経理も、「少林寺のルーツを安陽市とする説は数年前からある」と話している。(翻訳・編集/BA)
http://www.recordchina.co.jp/group/g12555.html
----------------------

しかしまぁ中国が公式に発表したってことがポイントかな。

それだけ政治的にも精神的にも自由になったってことだし。

ruminn_master at 2007年11月07日 18:17 【武】なにを今さらコメント(0)トラックバック(0)  このエントリーをはてなブックマークに追加

2007年11月04日

【思】早稲田祭2007(2日目)見物 3

自分たちの出番が初日に終わったので気楽な気分で散歩がてらの早稲田祭見物。

学祭2日目

動機は不純に単純で「あっきーな」です(笑)。

上の写真の左下隅にプラカードが写ってますが、大隈講堂前のステージに呼んだらしい。

めざましテレビフリーク(高島派だけど)として、まぁ「いまドキムスメ」というかラストの占いのバックの娘ね、それを生で見ようと。
南明奈写真集「アッキーナ」
南明奈写真集 Miaminami
アートレスビフォア18南明奈写真集 (サブラDVDムック)
HARU NATSU AKINA―南明奈写真集
舞台 ケンコー全裸系水泳部ウミショー
南明奈 最強少女
南明奈/アッチーナ
南明奈 ハッピーエイティーン■
南明奈 スマイル×2アッキーナ
南明奈 あきないあきな

何でも2007年度の写真集やDVDの売上Topだそう。

少し前に来たけど、さすがに凄い人混みで、ステージ前なんて近付けないから(そんなに情熱も無いし)、道路を挟んだ本部キャンパスの階段上から眺めてました。
 到着した時はちょうど名物らしき「モーニング娘。研究会」の連中が笑いを取ってて、まぁこういう人垣を掻き分けて前に出るのはほとんど「プロ」ですから(笑)、結構いいポジションで見物。

 ただまぁ撮影禁止だの何だの学祭にあるまじき無粋なことを言うので(まぁ当然なんだろうけどね、「既に売れてる奴」の場合)、悪印象を持って、まぁ登場してきて「ほぅ、さすがに可愛いね」だけ確認して人垣を離脱。

ま、頑張って下さい。

「めざまし」の早耳娘とかは結構「あとで売れた人」が出て来ますが、まぁその内の一人ですな。


さて


ちょうど他の類似武術団体の演武会がやってる頃合いだったので、そっちも軽く見物に。

半分ぐらい見れたのかな。

BGMにアニメソング使ったり、本来の型に無いアピールに意を払ったりと、ウチとは違うコンセプトだけど、何人かは「型はよく練習してるみたいね」ってのが居て、でも全体的には「足腰弱いな」とか「格闘技じゃ無いな」とか「突き蹴りの練習もっとやり込めよな」だったなぁ。
 でもウチの学生がそんなに立派かと言うとはなはだ心許ない。
 結局、最近の学生は個性尊重の時代に育って「自分に優しい」ので伝統武術・伝統芸能・伝統技能といった「個性を捨てて先人を見習う」営みには不向きなんだと思う。

早稲田祭全体もそんな感じだなぁ。

できるだけ「今の若いモン」のやることを先入観としては批判的に見ないでおこうと思っては居るんですが。

自分が学生の頃は早稲田祭は前後の準備期間(授業も休講)も含めて1週間ぐらいは有った一大行事。
 まぁ某政治団体の資金源だと言われた「パンフレット強制購入」(パンフを買わないと参加団体と言えども入構出来ないシステム)や会計処理の不透明さなどでいったんその運営方法が潰れて、数年間は早稲田祭そのものが無い時期があり、そして学生の自主団体の運営で復活してから数年。

復活の当初よりは運営もだいぶ上手くはなってきたね。こういうのはノウハウの蓄積だから。

ただ某政治団体運営の頃の方が(どこから何からのプレッシャーかは知らんけど)責任感は有ったかな。
 今の実行委員の連中はどうもマニュアル的で、臨機応変に「参加団体の意見を聞き、できる限り対応する」という部分が感じがたく、「ややこしいこと言わないで『決まり』通りにやって下さい」ってイメージ。
 おそらく彼らは就職活動の履歴書に「早稲田祭実行委員」の経験有り、と書いて「自分にとってのプラス」を図りたいだけなんじゃなかろうかと勘ぐってしまう。

その辺りはおそらく「今の学生」全体の風潮で、そういう風に育ってきた以上は、誰がやっても同じかもな、とそこまで考えると、今の学園祭というもの、これからの学園祭というものが「そういう(お互いが利己的な)枠組み」で「やるしかない」のかもしれない。

まぁ映像表現とかマニアックな部分についてはたしかに昔より上手くなってるので、きっとそういう連中から優秀な未来の映像作家や広告代理店やマスコミ業界人が出てくるとは思います。

(そういえば今は会計処理は透明化してるのだろうか?)

それにしても、某政治団体運営の頃の方が、大学が学園祭に協力的だった(授業も休講だったし期間も長かったし利用スペースも広かった)ように思えるのだけれど、何故だろうね。少々不思議。

構内での新歓時期のビラ撒きや勧誘活動を制限したりしてるし、ますます大学生の活力を奪い家畜化しようとしてるように感じるのだけどねぇ。

この時代の大学って既に最高学府なんかではなく、ビジネスなんだということだろうけど。

ま、時代って奴ですかな。


帰りはウチの学生と「昔ながらの早稲田」に浸るべく源兵衛で「時代を嘆きながら」(笑)軽く一杯飲んでおりました。

ruminn_master at 2007年11月04日 16:43 【思】早稲田祭2007(2日目)見物コメント(0)トラックバック(2)  このエントリーをはてなブックマークに追加

2007年10月04日

【書】女はなぜ突然怒り出すのか? 3

そんなこと判れば苦労はしない!(笑)っていうか、経験上、判ってたって対処できると思えない。。。

んだけど、心療内科医の著者(女性)が「医学的」に男女の性差を解説した新書。

出て1年以上経つらしいが、先日買って読んで面白かった。

女はなぜ突然怒り出すのか? (角川oneテーマ21)

この著者の文章の調子は「男が女性の『なぜ』を『わかる』ことができたら」、「世の中丸く収まる」とか「男も女も幸せに」ってハナシ。

こりゃ女に「男は女と違うのだから『わかる』努力を」って求めてもどうせ無駄、って悟りなのかと思ったけど、著者は医者で、なおかつ女性、もう少し冷静。

要は論理的に『わかる』ことでどうにか対処できるのは男の特質で、それじゃどうにもできないのが女の特質で、みたいなハナシに思う。

そうなんだろうな、という理解はできるけど、何か面白くないけどね(笑)。

でもまぁそういうことだろうなと。


この本以前に自分が思ってることだけど

「男は理由を求め、女は証拠を求める」

なんてこと。


昨今の沢尻エリカ騒動(舞台挨拶での傍若無人からHPでの謝罪、テレ朝での涙のインタビューまで)を見てると、男女の反応差がかなり如実に出てたので、この本のことを思い出した次第。

件の「謝罪」&「涙のインタビュー」が出た時点で、女子アナ、女性キャスターとかの論調は基本的に「あれだけ真摯に反省してるって言ってるんだし、そういう姿なんだから、それを見たら『もういい』じゃない」ってことだし、本人も『なぜ』については言わない、言いたくない、言うべきでない、と思っている様子。

それに対して男性の場合、それはアナウンサーもキャスターもコメンテーターも、どころか番組制作者も、雑誌編集者も、おそらく比率で言えば大半が男性なのだろうからと考えるとマスコミの論調全体は「なぜあんなことをしたのか説明しないと納得しない」ってパターンな気がする。

この見事な平行線を見てて「なるほどなぁ」と。

おそらく女性にとって理由は大きな意味を持たず、あるいはどういう理由にせよそういう感情を抱いたことこそが大事なんだという認識であるのに対して、男性にとっては理由が納得のいくものかどうかが大事なんであって、その結果どういう感情を抱こうとそれは取るに足らない問題なんだという認識。

共感できる女性の立場からすれば、「理由を言いたくない」という「女の意地」こそ尊重に値するのだけど、男性の立場からすればそういう「意地」を張ってること自体が「反省していない」証と受け止めている。

そういう女性陣から見ると、いつまでも「理由」を求めてる男は、何故か「男らしくない」とか言われたりする(笑)。(論理的にはそういう脳味噌の構造こそ「男らしい」のだけど、女性の求めてる男性像とは異なるというハナシ)

この勘違いの平行線って交わるのだろうか?

という問いに対して、この本は「無理!」って言ってる(笑)。


ただまぁ、それはあくまでも「丸く収める」という決着方法の場合であって、社会的な解決方法、というかビジネスとしての納め処は、どちらかがどちらかに合わせる、妥協する、あるいはウヤムヤの内に忘れる、なんてことでしょうから、女性が意地を曲げて理由を語るかも知れないし、男性が諦める(呆れる?)かも知れないけどね、実際は。

-----
ブッス〜!エリカ様超不機嫌モード

9月30日10時41分配信 デイリースポーツ

 女優・沢尻エリカ(21)の主演映画「クローズド・ノート」(行定勲監督)が29日、全国で公開され、東京・有楽町の日劇2に登場した沢尻は“超不機嫌モード”の舞台あいさつを行った。司会者は困惑し、製作・配給した東宝関係者も“凍り付く”異例の光景だった。
 異変は、ステージに登場した時から始まっていた。行定監督や共演の竹内結子(27)らがにこやかにほほえんでいるのに対し、沢尻だけはこわばった表情。最初こそ「みなさん、きょうはお越しいただきありがとうございました」とあいさつしたが、あまりの短さに司会者が撮影中のエピソードを聞いたが「特にないです」とピシャリ。
 さらに、沢尻がクッキーを焼いて撮影現場に持参したエピソードも明かされ、行定監督が「現場の空気を柔らかくしてくれて助かります。こういう女優さんは初めてでしょう」と話したことにも「別に」と、とりつく島もなし。困惑した司会者はこれ以上の質問をやめ、事務所の先輩の竹内も苦笑するだけだった。
 また、主題歌のYUIが登場した際には全員が拍手で迎えた中で沢尻だけは腕を組んだまま。最後の写真撮影でも通常の目線の注文を無視し、明らかに不機嫌な様子。この日の沢尻については東宝関係者も「入る時は普通に見えたけど、こちらが知りたいぐらい」と困惑。早々と会場を後にしたが、満員の観客もただただあ然としていた。

最終更新:9月30日10時41分
http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20070929-00000028-dal-ent
---
エリカ様、釜山映画祭舞台あいさつ白紙…不機嫌腕組み“悪態”余波

10月2日8時0分配信 スポーツ報知

 主演映画「クローズド・ノート」(9月29日公開、行定勲監督)の初日舞台あいさつが波紋を呼んでいる女優の沢尻エリカ(21)の「第12回釜山国際映画祭」への参加が白紙になっていることが1日、分かった。沢尻は当初、行定監督とともに6日の上映で舞台に立つ予定だった。配給元の東宝では「体調面も含め、マネジメント(所属事務所)の判断待ちです」と説明している。

 沢尻は当初、今月4日に開幕する釜山国際映画祭に行定監督とともに出席。4日にレッドカーペットを踏み、公式上映される6日には舞台あいさつも行う予定だった。

 しかし、司会者が話を振っても「別に…」「特にないです」としか話さず、最後まで不機嫌さを隠そうともしなかった9月29日の初日舞台あいさつで微妙な状況になってきた。当日は体調が悪かったのではとする声もあるが、エリカ様不機嫌の理由は不明で、関係者も首をひねるばかり。

 東宝では「体調面も含めて大丈夫なのかという声があがっている。マネジメントサイドの判断を待ちたい」と説明。釜山出席はギリギリまで様子を見て最終判断することになった。

 週が明けても沢尻の姿には、批判と失望の声が相次いでいる。所属事務所のHPはこの日もアクセスが殺到し、つながりにくい状態。「クローズド・ノート」の公式ブログは混乱を避けるためにコメント欄が削除された。大手ポータルサイト「Yahoo」の映画レビューコーナーには、「どんなに美しく切ないストーリーで素晴らしい演技だとしても、あの舞台挨拶を見てしまってはかえって空々しいだけだと思い興味を失いました」などの書き込みが集中。出演しているCM企業のイメージダウンを心配する声も出るなど、余波は各方面に広がっている。

 この事態を所属事務所のスターダストプロモーションでは重く受け止め、本人を交えて話し合いを行っているという。事務所関係者は、近日中に何らかの形でコメントを発表するとしている。

 ◆富永美樹アナ「いい印象で終われるように」 映画舞台あいさつで司会を務めた元フジテレビアナウンサー富永美樹(36)は1日、自らのブログで心情を吐露。「ただ、同じ事務所に所属するモノとして、少しでもいい印象で終われるようにしてあげたかった…」とつづっていたが、この文はなぜか削除された。

最終更新:10月2日8時0分
http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20071002-00000065-sph-ent
---
エリカ様 謝罪“諸悪の根源は私”

10月3日10時13分配信 デイリースポーツ

 主演映画「クローズド・ノート」の公開初日舞台あいさつで「別に」などと話すだけの不機嫌な態度が波紋を呼んでいた女優・沢尻エリカ(21)が2日、自身の公式HPで謝罪コメントを発表した。また、出席予定だった4日開幕の釜山国際映画祭を欠席することも発表された。
 「別に」。撮影中のエピソードを問う質問に腕を組んだまま答え、司会者をキッとにらみつけた衝撃の舞台あいさつからわずか3日。怖いもの知らずのエリカ様が急転、土下座状態で全面謝罪した。
 早朝4時にアップされたコメントの冒頭で沢尻は「私の言動で、関係各位の皆様に多大な迷惑をおかけした事をお詫び申し上げます」と陳謝。さらに「諸悪の根源は全て私にあるもので、それを踏まえた上で責任を取る考えです」「人として未熟だった」などとつづった。
 所属事務所によれば、沢尻本人が全文を考えたという。「責任を取る」と書いたことについては「何らかの形でけじめをつけないと、考えているが具体的な方法は検討中」としている。
 9月29日の舞台あいさつに対してはインターネットを中心に「何さまだ!」などと批判が殺到。事態を重く見た担当マネジャーらが沢尻に厳重注意をし、沢尻も舞台あいさつ後の打ち上げでは号泣するなど、しでかしたことの重大性に気付き、深く反省した様子。コメントでも「これから皆様にすこしでも何かを返せていけたら」と殊勝に語っており、この日も仕事をこなしたという。
 また、「クローズド-」が招待出品された韓国・釜山国際映画祭(4日開幕)にも出席予定だったが欠席することを決めた。「混乱を招き関係者、映画祭主催者に迷惑をかけないため」(所属事務所)としている。

最終更新:10月3日10時13分
http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20071002-00000026-dal-ent
---
エリカ様が謝罪、不機嫌理由は明かさず

10月3日9時50分配信 日刊スポーツ

 不機嫌なエリカ様が謝罪した。主演映画「クローズド・ノート」の公開初日舞台あいさつでの態度が波紋を広げた女優沢尻エリカ(21)が2日、公式ホームページ上で謝罪した。「諸悪の根源はすべて私にあるもので、それを踏まえた上で、責任を取る考えです」と、反省の言葉を連ねた。騒動余波で、6日に予定していた釜山映画祭への参加を取りやめを決定したが、なぜ不機嫌だったかは不明のままだ。
 沢尻の謝罪が公式HP上にアップされたのは2日午前4時ごろ。「多くのファンの皆さまを失望させてしまったことは、明らかに私のファンへの裏切り」「女優として、表に出て表現する人間として、プロとして、あってはならないこと」などと、反省の言葉が並んだ。しかし、何がそうさせたかは、明かされなかった。
 主演映画の晴れ舞台で、腕を組み、質問にも仏頂面で「特にないです」「別に」としか答えない9月29日の不機嫌モード全開の言動は、各所に影響を及ぼした。舞台あいさつ以降、沢尻のHPはアクセスが殺到。つながりにくい状態はこの日の謝罪文で拍車が掛かった。
 芸能界のご意見番、和田アキ子(57)が「今度しめるからさ」と制裁を予告。ほかの会見で「別に…」と沢尻発言をパロディーする俳優まで現れた。ネット上では「話題づくりの演技では」とまで推測されたが、悪印象は避けられない。このままでは、映画の興行にも悪影響を及ぼし、5社と契約、4本が放送されるCM企業のイメージダウンにもつながるだけに、所属事務所は謝罪という形で、収拾に乗り出した。
 波紋は海を越えた。6日に釜山映画祭に出品された「クローズド・ノート」の特別上映で舞台あいさつする予定だったが、製作・配給の東宝と所属事務所が話し合い、欠席を決めた。所属事務所は欠席理由を「騒動が大きくなり、関係者や映画祭サイドに迷惑を掛けられない」と説明。一時は「過労による体調不良で欠席するようだ」との情報もあり、関係者内部の混乱ぶりも伝わってくる。
 主演ドラマ「1リットルの涙」が放送されるなど、韓国でも沢尻の人気は高い。中には「沢尻と会えるめったにないチャンスだけに、がっかりした韓国のファンも多いはず。連日PR活動に頑張ってきたのに、あの舞台あいさつですべてが狂ってしまった」と、肩を落とす関係者もいる。
 約2カ月間、100媒体以上の取材をこなすなど、作品への思い入れは強かった。ところが、トーク番組などでみせる奔放な言動と奇抜なファッションの“女王様キャラ”は、時には場違いな印象も残した。それが暴発するように、初日舞台あいさつでの失態。映画関係者には映画館に足を運んだファンの前だったことが、許されない行為だとされている。

最終更新:10月3日9時50分
http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20071003-00000043-nks-ent
---
シメられた?「何様のつもり」エリカ様、一転謝罪のワケ

10月2日17時1分配信 夕刊フジ

 主演映画「クローズド・ノート」(行定勲監督)の初日舞台あいさつで、仏頂面の横柄な態度を取ったことが波紋を呼んでいた人気女優の沢尻エリカ(21)が2日早朝、自身の公式ホームページで全面謝罪した。映画の公式ブログに、ファンのブーイングが殺到して閉鎖される騒ぎになっていた。

 謝罪文は、この日午前4時すぎ、ホームページに緊急掲示された。

 それによると、沢尻は舞台あいさつでの悪態について「関係各位の皆様には、多大な迷惑をおかけした事をお詫び申し上げます」と全面的に謝罪。

 その上で、「諸悪の根源は全て私にあるもので、それを踏まえた上で、責任を取る考えです」「人として、まだまだ未熟だったゆえの事だと思います」「これから改めて自分と向き合って考えていきます」などと、謹慎や休業を示唆するような記述もあった。

 所属事務所スターダストプロモーションの広報担当者は「沢尻と担当マネジャーが話し合った上で、謝罪文については沢尻本人が考えた。事務所では一切、手を加えていません」としている。

 また、本人が責任を取る、としていることについては「現時点では、仕事が入っており休むことで関係各所に迷惑をかけるわけにはいかない。今日も都内で仕事をしている。今後については状況しだいです」と説明した。

 沢尻は9月29日、東京・有楽町の日劇2で主演映画の舞台あいさつに登場。金髪のカツラに右肩を露出した豹柄ドレスという奇妙な衣装で、「きょうはありがとうございました」と投げやりに一言だけ話すと、あとはうつむいて腕を組んだままだった。

 司会を務めた同じ事務所の元フジテレビアナ、富永美樹(36)が「印象に残ったシーンは?」と問いかけてもブスッとしたまま「特に…ないです」など、PRコメントはわずかに三言だけ。監督や同じ事務所の先輩、竹内結子(27)ら共演者が懸命にフォローしたが、集合写真の撮影でも腕を組んだままで『大ヒット!!』と書かれた映画の看板も竹内らに持たせるなど“女王様”ぶりを発揮していた。


 この異様な舞台あいさつを知ったファンからは、東宝による映画の公式ブログに「楽しみだったが、見る気が失せた」「何様のつもりか」といった書き込みが殺到して、映画の公開早々から閉鎖される騒ぎに。興行成績にも影響しかねない事態に発展していた。

 また、司会を務めた富永は1日のブログで「同じ事務所に所属するモノとして、少しでもいい印象で終われるようにしてあげたかった…」と心情を綴ったものの、この文が後に削除されるなど、周囲にも動揺が広がっている。

 「クローズド・ノート」は、4日に韓国で開幕する第12回釜山国際映画祭での公式上映(6日)を控えている。沢尻は、行定監督とともにスケジュール調整中だったが、出席は危ぶまれている。

 【さわじり・えりか】 1986年4月8日生まれ。東京都出身。「ヤングジャンプ」制服コレクション準グランプリを機に2001年デビュー。05年在日コリアンの青春を描いた映画「パッチギ!」(井筒和幸監督)のヒロインに抜擢され注目を浴びる。

 その後、「1リットルの涙」(フジテレビ系)、「タイヨウのうた」(TBS系)などテレビドラマの薄幸少女役を好演。長澤まさみ(20)とライバル視され、若手の人気女優の座を確立した。歌手、ERIKAとしてもヒットチャートをにぎわす存在。

最終更新:10月2日17時8分
http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20071002-00000002-ykf-ent
---
沢尻エリカさんが謝罪 「諸悪の根源は私」「人間として未熟だった」

10/02 06:31 iza

 映画の舞台あいさつで不機嫌な態度を見せたとして話題になった女優の沢尻エリカさん(21)が2日、自身のオフィシャルサイトで謝罪文を発表した。沢尻さんは謝罪文で、「女優として、表に出て表現する人間として、プロとして、 あってはならない事で、そして人として、まだまだ未熟だったゆえの事だと思います」と当時を振り返り、「これから改めて自分と向き合って考えていきます。 本当に申し訳ございませんでした」と綴っている。

 沢尻さんの態度を巡っては、当日司会を務めた同じ事務所の元フジテレビアナウンサー、富永美樹さん(36)が自身のブログで「少しでもいい印象で終われるようにしてあげたかった…」などと、沢尻さんに対して精一杯の配慮をしたことを告白したものの、数時間後に削除された。

謝罪文全文は以下の通り:

先日の舞台挨拶での私の言動で、関係各位の皆様には、
多大な迷惑をおかけした事をお詫び申し上げます。

諸悪の根源は全て私にあるもので、それを踏まえた上で、
責任を取る考えです。

そして何より今回の一件で、多くのファンの皆様を失望させて
しまった事は、明らかに私のファンへの裏切りです。

女優として、表に出て表現する人間として、プロとして、
あってはならない事で、そして人として、まだまだ未熟だった
ゆえの事だと思います。

今回の事は、自分なりに受け止めています、失った物もあり
ますが、この経験を通して学べた事もあります。

謝罪して終わりになる事ではないですが、これから皆様に
すこしでも何かを返せていけたらと思っています。

これから改めて自分と向き合って考えていきます。
本当に申し訳ございませんでした。

                      沢尻エリカ

http://www.iza.ne.jp/news/newsarticle/entertainment/87783/
---
冨樫森監督 エリカ様にあきれる

10月3日10時13分配信 デイリースポーツ

 昨年、沢尻エリカ(21)の出演作「天使の卵」を監督した冨樫森監督(47)が2日、沢尻の起こした“問題行動”について「あんなこと、初日に言われたら監督としたらたまらない。フランクで、いい印象があったのに…」とあきれ返った。同日、冨樫監督は、俳優の竹野内豊(36)の主演で、最新作「あの空をおぼえてる」(2008年4月26日公開)をクランクイン。家族愛をテーマにした作品で、ロッジ風民家を借りてのロケに、竹野内は「こういう環境で家族と一緒に生活し、子供を育てられたら理想。(結婚は)僕はまだまだですが、疑似体験してます」と語った。

最終更新:10月3日10時13分
http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20071002-00000025-dal-ent
---
沢尻エリカが謝罪…長期謹慎の可能性

10月3日7時3分配信 スポーツニッポン

 映画舞台あいさつでの不機嫌対応で波紋を広げている沢尻エリカ(21)が2日、公式ホームページで全面謝罪のコメントを発表した。「諸悪の根源は全(すべ)て私にある。それを踏まえた上で責任を取る」と言明、女優活動の謹慎を示唆した。年内は既に決まっている仕事があるため、長ければ来年の1年間を謹慎する可能性も。厳しい処分を自らに科すとみられる。

 自らの言動で共演者をはじめ、映画関係者、スポンサーなど周囲に多大な迷惑をかけてしまった“エリカ様”。この日の声明にはいつもの奔放発言は一切なく、真摯(しんし)に自らを戒めた。

 まず「多大な迷惑をお掛けしました」とわびた上で「諸悪の根源は全て私にある」と一切の言い訳がないことを強調。「それを踏まえた上で責任を取る考えです」と、厳しい処分を自らに課す意向を明らかにした。

 その大きな理由を「何より今回の一件で多くのファンの皆様を失望させてしまった事は、明らかに私のファンへの裏切り」と説明。「女優として、表に出て表現する人間として、プロとして、あってはならない事で、そして人として、まだまだ未熟だったゆえのことだと思います」と反省した。

 「責任の取り方」について、所属事務所では「本人が現在の率直な思いを書いたものなので、具体的にどうするかは分からない」と説明。ただ、この日になって6日に予定された韓国・釜山国際映画祭への欠席を決めるなど、女優活動の謹慎に大きく動き始めている。

 実際、映画、スポンサー関係者などによると、来年の沢尻のスケジュールは白紙状態になっており、長ければ1年間休業する可能性まである。奔放な言動が度を過ぎてしまった騒動とはいえ、かなりの厳しい姿勢で事態の沈静化を図ることになりそうだ。

 とはいえ、今年を代表する売れっ子の1人。年内のスケジュールをすべて動かすのは難しく「謝罪して終わりになる事ではないですが、これから皆様にすこしでも何かを返させていけたらと思っています」と“エリカ様”を封印し、真摯に取り組んでいくことを誓っている。

最終更新:10月3日7時3分
http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20071003-00000045-spn-ent
---
エリカ涙で謝罪「すべてぶち壊してしまった」

10月4日8時58分配信 産経新聞

 主演映画「クローズド・ノート」(行定勲監督)の初日舞台挨拶で、腕組み仏頂面の態度に批判が集中し、自身の公式ブログで謝罪した人気女優、沢尻エリカ(21)が4日、テレビ朝日の「スーパーモーニング」に出演し、「あの日の行動ですべてをぶち壊してしまった」と涙ながらに語った。
 3日に行われたというインタビューで、挨拶当日の金髪のカツラにヒョウ柄ドレス姿とは打って変わった黒髪と黒いスーツ姿で現れた沢尻は当初、笑顔も見せながら「まだ芝居ができるわけじゃない」と、周囲の評価と自己評価とのギャップに悩む内面を吐露。「あまりに(周囲の環境の変化の)スピードが速かった。いま、評価されている点で嬉しいとは思わない」と答え、女性キャスターの「あまり嬉しくない?」の問いに、舞台挨拶で使い、流行語にもなりつつある「別に」のセリフで応じる場面も。
 さらに、ぶちきれ挨拶の原因を尋ねられると、「原因はある。私情を(公の場に)持ち込んでしまったことについて謝罪します。プロとして、あってはならないこと」と直接の原因については語らず、映画の出来栄えについてかとの質問には「(それは)ないです」と笑顔で答えた。さらに沢尻は原因については「重要ではない」とし「ファンの前であの姿を見せてしまったことを後悔している。プロとして失格なことをしたということは受け止めている」と繰り返した。
 ブログに「責任を取る」と書き込んだことについて「責任の取り方は(今後の)演技で?」と尋ねられると、「そうしたいですね」と答えた。しかし、ファンに伝えたいことを問われると、しばらく言葉を詰まらせ、涙を流し「自分のあの日の行動で、すべてをぶち壊してしまった。スタッフの方に迷惑をかけてしまいましたし、人として未熟だった。いろんな期待にこたえなければいけない立場で裏切ったことは本当に申し訳ないと思っているんですけれど・・」と搾り出すように謝罪の言葉を口にした。

最終更新:10月4日9時10分
http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20071004-00000902-san-ent
---
エリカ様沈黙10分、大泣き「今後の演技で責任取る」だって

2007年10月04日19時48分 J-CASTニュース

「エリカ様」、涙を流して謝罪(テレビ朝日「スーパーモーニング」より) 主演映画「クローズド・ノート」初日舞台挨拶で、仏頂面で3言しか話さなかったなどの傲慢な態度が批判を浴びている「エリカ様」こと女優の沢尻エリカさん(21)が、騒動後初めてメディアの取材に応じ、涙ながらに謝罪した。その中で、騒動の「原因はある」としながらも、その具体的な内容については明らかにしなかった。インタビュー中は謝罪の言葉を繰り返しつつも、インタビュアーが沢尻さんに同情的だったからか、公式ウェブサイトにすでに公表されている謝罪文以上の内容が説明されることはなかった。

「原因はもちろんあるんですよ」
沢尻さんのインタビューは、テレビ朝日系の情報番組「スーパーモーニング」で、2007年10月4日の朝8時半から約30分にわたって放送された。実はこのインタビュー、07年9月29日に行われた、問題の舞台挨拶の直後に予定されていたが、体調不良を理由に直前にキャンセルされていた。10月1日の放送で赤江珠緒キャスターが「お待ちしてますよ!貸し1つということで」と呼びかけたところ、沢尻さんサイドが「借りを返す」形でインタビューが実現。放送前日の10月3日14時半頃から、テレビ朝日社内で収録が行われた。

黒いスーツに身を包んだ沢尻さんは冒頭、自らの女優観を披露。「この5年間で、沢尻さんの評価が大きく評価が高まったのでは」との赤江キャスターの問いに対しては、

「今評価されている部分で、私はうれしいとも思わないんですよ。たとえば芝居の内容だったりとかで評価されるのは、まだ芝居ができるわけでもないのに、それは本質の部分ではない」
と、「まだ自分は未熟」との殊勝な受け答えをした。

また、舞台挨拶での態度について「自分のパフォーマンスに不満があったのか」と問われると、

「うーん、『原因』はもちろんあるんですよ」
としながらも、その「原因」の内容については

「でもそこは重要ではないと思って、本当に。重要ではなくって、その私情って部分を、ファンの前で、カメラがいたりする前で、私がそれを出してしまったこと、そのことが女優としても表現者としても表に出る人間としてそれは本当にあってはならないことっていうか、今回、私がすごく感じたことなんですけど…」
と話した。沢尻さんはインタビュー中、繰り返して「プロの女優であるにもかかわらず、公の場で私情を表してしまったこと」に対する謝罪の言葉を口にしたが、その「原因」については、半ばはぐらかして説明を避けた形だ。

また、「映画に特に気に入らない部分があったのでは」という問いには、

「もちろんないですよ、それは」
と、完全否定した。

赤江キャスターは完全にもらい泣き
謝罪文で「責任を取る」と表明し、責任の取り方として「長期休養説」「引退説」がささやかれていることについては、赤江キャスターが

「沢尻さんのファンへの責任の取り方っていうのは、やっぱり演技で、パフォーマンスで返していくってことなのかな?」
と、半ば答えを誘導する形で質問。それに対して沢尻さんは

「そうしたいですよね。もちろん。この場を借りてっていうのも変なんですけど、それはお詫びしたい気持ちがありますね。すみませんでした」
と、政治家にありがちな「職責を果たすことで責任を取りたい」という答弁に近い答えで、憶測を一蹴してみせた。

インタビュアーの赤江キャスターが番組内で明らかにしたところによると、沢尻さんは1時間ほど、自分は自然が好きだということや、自身の恋愛観、働く女性に対する思いなどを話し、赤江キャスターは「(取材に)出てきてくれただけで十分だと思った。沢尻さんの仕事に対する真摯な部分は出た」として、インタビューを終了しようとしたという。ところが、事務所側の関係者から

「ファンの側にもっと伝わるようにコメントを」
との声が挙がり、休憩を挟んでインタビューは続行。明らかに沢尻さんに感情移入している赤江キャスターの様子が、このあたりから変わってくる。

赤江キャスターが

「悩んだときは沢尻エリカは困難な方をとる?」
と聞くと、沢尻さんは

「行きますね!」
と答え、それに対して赤江キャスターは、涙声にも聞こえる声で

「男前だ、本当に」
と応じ、その直後に沢尻さんも涙を流したのだ。

赤江キャスターは、最後の質問として

「ファンの方とか関係者の方に、今一番伝えたいことがあれば、言っていただけますか?」
と聞くと、沢尻さんは沈黙。赤江キャスターは、間を持たせるために、時々

「本当に思っていることでいいんですよ、それがあれば」
「今はまだ難しいかな?」
「ないんならないでもいいんですよ、うん」
といった声をかけたが、沈黙は10分以上続いたという。その上で、赤江キャスターが

「応援していきますからね。今日のお話の中で、俳優業っていう仕事に対するいつも真摯な思いみたいなものをね、生半可な気持ちでやってるんじゃないんだな、っていうのを十分分かりましたし」
と声をかけると、沢尻さんは、絞り出すような声で、涙を流しながら改めて謝罪の言葉を口にした。

「あの日の、自分のあの行動ですべてを本当にぶち壊してしまったって感じ。スタッフの方とか、ほんとに迷惑をかけているし…。それは本当に自分が未熟だって故のこと。今回感じたことは、常に(表に)出る側の人間としていろんな期待があったりだとか、それに応えていかないといけない立場なんですけど、それを裏切ってしまった形であるのは、本当に申し訳ないなって思っているんですけど…」
これを受けて、赤江キャスターは完全にもらい泣き。

「今日は本当に来てくれてありがとうね、うん。俳優さんとしても女優さんとしてもそうだけど、ひとりの女性、人間、沢尻エリカさん。もっともっと大きくなっていくんじゃないかなー、って思うし」
とエールを送り、握手してインタビューは締めくくられた。

赤江キャスターのスタジオでのコメントによると、沢尻さんの不機嫌の「原因は1つだけじゃない」とのことで、「(本当は存在し)ないですけど沢尻会に入りたい」そうだ。

http://news.livedoor.com/article/detail/3332571/
---
エリカ様が騒動後初TVで涙の謝罪

2007年10月05日10時43分 デイリースポーツ

 主演映画の舞台あいさつでの不機嫌な態度が波紋を呼んだ女優の沢尻エリカ(21)が、4日放送のテレビ朝日・ABC系「スーパーモーニング」の単独インタビューに応じ騒動以来、初めてテレビ出演した。2時間以上、質問に答えたが、不機嫌な態度を取った真相については語らずじまいだった。
 沢尻は黒ジャケット姿と服装から反省モード。聞き手の赤江珠緒アナの質問に、柔和な笑顔交じりにすべて敬語で答えた。だが「不機嫌な原因は?」と切り込まれると「原因はある。でも私情を持ち込んだことが問題で、原因は重要ではない」とはぐらかした。
 最後に「伝えたいことがあれば」と尋ねられると視線を上下に泳がせ10分以上沈黙した後、大粒の涙をポロポロ。「自分の行動ですべてをぶち壊した。人として本当に未熟だった。出る側の人間として期待に応えなければいけないのに裏切った。申し訳ない」と謝罪。なぜか一緒に泣き出した赤江アナと手を取り合い号泣する姿は、“エリカ様”とは思えなかった。

http://news.livedoor.com/article/detail/3333304/
--------

まぁ「女の涙」ってことで解決されちゃうのは男から見るととっても卑怯なんだけど、それはまぁ「許されたジョーカー」って感じで、こうなると「男の視点」の方が折れる方が「円く納まる」んだろうな、とは思います。

何と言ってもまだまだ存在価値の有る女優さんだと思うし。少なくとも最初の「正直さ」は今の世の中ではむしろ貴重に思うしね。ウソツキの方が簡単な訳だから。

ここは「理由は言いたくない」っていう「女の意地」が「女の涙」ってジョーカーが切られたことで、「男としては」心情的には「通さざるを得なくなった」みたい。そのせいで「涙」以降は結構アチコチで苦笑気味の論調が目立ち始めた気がします。

それでもまだまだ当分マスコミは「理由」を求めるんだろうなぁ。
 毀誉褒貶が飯の種の人々としては「下げっぱなし」も「上げっぱなし」も商売にならないのだろうから、各メディアがどういう論調になっていくのかはちょっとした見物。


ruminn_master at 2007年10月04日 23:56 【書】女はなぜ突然怒り出すのか?コメント(0)トラックバック(0)  このエントリーをはてなブックマークに追加

2007年09月19日

【思】個人が発信できる時代ということ 2

だけど、ある程度は社会性・公益性があるからニュースサイトに配信されてる訳で、「一方的」という批判は時代錯誤だと思う。


 もし「事実でなければ」非難されるとしても、個々人がBlogなりSNSなりで情報発信できる時代というのはこういうことだと思う。


---------------------------------------------



客をなめる熱海「秀花園 湯の花膳」、患者を食いものにする「国際医療福祉大学熱海病院」

2007年09月19日10時30分

「国際医療福祉大学熱海病院」(上)と熱海「秀花園 湯の花膳」(HPより) 7月に熱海を旅した夫妻が、旅館「秀花園 湯の花膳」と「国際医療福祉大学熱海病院」から酷い対応を受けた。夕食後、夫が吐き気、脱水症状を起こし、救急車を依頼したが「騒ぎになるから」と旅館側は拒否。翌朝、女将は「食中りと思われたらいい迷惑。一刻も早く出て行け」と暴言。さらに、熱海病院は女将からの問い合わせに夫の診察内容を漏らしていた。医師の守秘義務違反(刑事事件)への異議申し立てにも病院は開き直り、謝罪も一切なし。唯一、親身になってくれたソーシャルワーカーも仕事をほされ、退社に追い込まれた。

【Digest】
◇「騒ぎになる」と旅館は救急車を呼ぶのを拒否
◇研修医がくれた薬は軟膏とステロイド
◇女将が「早く出て行け」「営業妨害」と警察を呼んだ
◇病院が女将に夫のカルテ内容を漏らしていた
◇話し合いに医師も現れず、謝罪もなし
◇「守秘義務も個人情報保護法にも違反しない」と開き直り
◇厚生労働省、静岡県庁、警察に訴える

 夫(30代)と私(40代)が静岡県の熱海で宿泊した宿「秀花園 湯の花膳」 と、そこから指定され診察を受けた病院「国際医療福祉大学熱海病院」で受けた対応は、皆さんに知ってもらわなければいけないと強く思っています。
  
 旅館の女将は、テレビ番組「いい旅夢気分」(テレビ東京)にも出演しています。

 国際医療福祉大学付属病院は、現在TVのCMで「人に優しい」「夢を叶えたい」をアピールしている大学病院ですが、その付属病院に患者の私たちは脅かされ、とても夢を叶えられる状況ではないと強く感じました。

◇「騒ぎになる」と旅館は救急車を呼ぶのを拒否

 夫と2人、7月に熱海を旅しました。私自身、追突事故や子宮内膜症などの病気が重なり、月に1度、リハビリと療養を兼ねた旅行をしています。

 7月2日〜5日まで、旅館「みかんの木」に宿泊していました。ここは、素泊まりで低価格でした。熱海にもう1泊延長することに決めたのですが、なかなかよい宿泊先が見つからず、「みかんの木」よりもランクが上の同系列の旅館「秀花園 湯の花膳」に6日の15時頃、電話をしたところ、最高級の部屋1室だったら空いていることがわかりました。

 値段交渉したところ値下げすることができました。宿泊料金は1泊2食付き1人26,250円でしたが、最後に少し贅沢をしようと思い、いつもは泊まらないような値の張る旅館に初めて泊まって、ゆっくり寛ぐつもりでした。

 夕食の料理は部屋出しで、前菜、椀物、あわび(生)、その場で網で焼いた網焼き、刺身3点盛り(鮪、ハマチ、鯛)、ボイルしたカニの足、白魚(生)と卵(生を自分で割る)を小さい鍋で、着火し煮たもの、イカの塩辛(自家製)、デザート(杏仁豆腐、巨峰、キウイ、桃)などでした。

 ところが、夕食後2時間後の11時くらいに、夫の全身にかゆみの症状があらわれました。次第に症状が悪化して行き、全身にじんましんが出はじめたのです。さらに夜中の3時頃、喘息のようなひゅーひゅーという感じの息苦しさが加わって症状がピークになり、合わせて吐き気と、下痢症状が出てきました。

 よくなる気配がなく危険を感じたので、フロントに救急車をお願いしました。しかしフロントで「騒ぎになるから呼べない」と拒否されたのです。「こちらが指定する病院へタクシーで行け」と言われ、ふらつく足取りで夫とその病院(国際医療福祉大学熱海病院)に向かい、急患で診察を受けました。

◇研修医がくれた薬は軟膏とステロイド
 診察は20歳代の当直の女性の研修医でした。医師は、身体や顔に無数に出ている発疹を診ることもなく、問診も一切しませんでした。本人の辛い症状だけを聞き流すように聞き、「軟膏とステロイドを処方します」で診察は終わりました。


 仕方なく宿に戻り、薬を飲み様子を見ていました。

◇女将が「早く出て行け」「営業妨害」と警察を呼んだ
 旅館にもどって1時間後、ステロイドの副作用と思われる強い吐き気が現れ、それまで出ていた症状も悪化しました。

 翌日の朝食は、夫はまったく、私もほとんど手をつけませんでした。

 そのときにもらった薬は、ステロイド(プレドニゾロン錠 1mg)と軟膏のレスタミンコーワ軟膏です。

 「食中りでは?」の問い掛けには、「たぶんそうだと思うけど、ちゃんと検査をしないとわからない」とのことでした。食べた物によって食物アレルギーを起こしたのではないかと、私たちは思っていました。

 夫は、食物アレルギーがあると言われたことはありません。10年前、1度だけ鯖によるものと思われる全身じんましんが出たことがありましたが、その後鯖を食べても1度も発症していないことも、医師にも伝えました。

 夕食に、鯖はありませんでした。

 けれど診察した医師の口からは一言も、食物アレルギーと言う言葉は聞けませんでした。さらに食物アレルギーを酷く起こしている際の緊急な処置も、一切施されませんでした。

続きはMyNewsJapan

http://news.livedoor.com/article/detail/3311940/
--------------------------------------------
MyNewsJapanより残部補足)

・・・さらに食物アレルギーを酷く起こしている際の緊急な処置も、一切施されませんでした。

 仕方なく宿に戻り、薬を飲み様子を見ていました。

◇女将が「早く出て行け」「営業妨害」と警察を呼んだ
 旅館にもどって1時間後、ステロイドの副作用と思われる強い吐き気が現れ、それまで出ていた症状も悪化しました。

 翌日の朝食は、夫はまったく、私もほとんど手をつけませんでした。

 朝10時のチェックアウト前、夫の症状はひどく、このままではチェックアウトができないと思いフロントに連絡すると、支配人と名乗る男性が部屋にやってきました。私はこのとき別室にいたのですが、夫が夜半からの症状を伝え、「チェックアウトの時間で申しわけないですが、もう少し症状が安定するまでどこでもいいので休ませてください」とお願いしました。

 支配人は数分後、女将と一緒にやって来ました。女将は社長だと名乗っていました。藤間恵見子という方だと思います。今年3月、テレビ番組「いい旅夢気分」に「旅館みかんの木」の方で出演していました。

 しかし、女将は起き上がることができない夫を質問攻めにしてきました。

−−夫は具合が悪く受け応えするのも辛い状況ですので、何か訊きたいことがあるのなら私に訊いてください。

女将「今さっき、夜中に診察した清川って先生に電話で訊きましたけど、病状は大したことはなく、胃炎か何かだって言ってましたけど!」

−−病院の医師が本人に確認もせず第3者のあなたに、診察内容を話すわけがありません。

女将「私は、今その清川医師と会話したメモをここに、持っていますから!」

 すぐに理解できない状況でしたが、夫の様態がとにかく心配だったので、部屋の電話を外線に繋ぎ、何度も救急車を呼ぼうとしましたが、外線は繋がりませんでした。その時の私の精神状態は、言葉では表しようのないものでした。

女将「今どんな状況であろうと10時を過ぎたら、この部屋を出てください! 食中りとか他のお客に思われたらたらいい迷惑。掃除ができないし、とにかく非常に迷惑なんで! もし動かないのであれば、スーツケースごと引きずり出します!!」

 女将は、勝手に私たちのスーツケースの蓋を閉め、引きずり出す素振りを見せたのです。

−−あなたは宿の女将として、お客にしてはならない言動をしています! あなたはそれを認識していますか?

女将「あなたの方がオカシイ! 私たちにはちゃんと弁護士もついていますから、何を言われても平気です。文句があるなら、あなたも弁護士を立てたらどうですか! もうこれはれっきとした営業妨害です! 警察を呼びます!」

 そして女将は、支配人に「すぐ警察を呼んで!」と言いつけたのです。

 そうしている間も、苦しそうな夫が心配でならなく、フロントに「至急、救急車を呼んでください」と伝えました。

 その後、地元の警察官3〜4人が部屋へ入って来ました。警察官は氏名や年齢、住所、昨夜からの一連を尋問のように訊きはじめました。私はそんなことに応える精神状態ではありませんでしたが、気丈に応対していると救急隊員の方たちが入ってきました。大騒動になっていたため、フロントの人がようやく救急車を呼んだのだと思います。

 そして再度、同じ国際医療福祉大学熱海病院へ搬送されました。

◇病院が女将に夫のカルテ内容を漏らしていた
 その後、病院で一通りの検査と5時間の点滴(水分補給&栄養点滴のみ)を受けました。

 その間、宿の従業員と名乗る中年の男性が処置を受ける病室を尋ねて、「女将から様子を見て症状を訊いて来いと急に言われたもので、伺ったんですけど」と言いました。私は大まかに状況を伝えました。すると男性は「あっそうですか。わかりました」と謝罪をするわけでもなく、そそくさと帰って行きました。

 夫が処置を受けている間に私は、病院側へ24時間以内の保健所への通達を強く希望しました。しかし、それに対し医師は「保健所へ頼むと、自費がかさみますよ」と言い、その上「保健所へ提出する便の容器がわからない」とも言われました。

 夫の具合が悪く、本人も希望しているため、今後の経過を看ることも含め1日入院することを、医師に希望しました。

 これに対しても「若いんだから大丈夫じゃないかな〜。地元の病院に入院したら? ここの病院はベットが1台も空いてないから」と私たちの再三の要求を拒否したのです

.....この続きの文章、および全ての拡大画像は、会員のみに提供されております。
http://www.mynewsjapan.com/kobetsu.jsp?sn=748

---------------------------------------------


最近ではアレルギーも複雑なので、何が被害者に不幸にも作用したかは不明で、「食中毒」とは限らない。


 それでも旅館として「悪いイメージ」を避けたいのも無理は無いんだけど、かといって「出来る限りのていねいな対応」はすべきだと思う。


 でまぁ病院の対応は論外。病院の隠蔽体質は一般的だけど、地方都市では特に地元密着なので個別に特段の結びつきが無くても「地元への配慮」が「たかが一時的に立ち寄っただけの客」より優先されるのもありがちだと思う。


 でも観光地でしょ?って思う。客を大事にしろよ、なんだけど


「お前が来なくても他に客は幾らでも居る」


って心が古くからの有名観光地でよく垣間見られるのは自分の実感としても確かで、だからこそこの記事が「公共性」と「公益性」のみならず「共感性」を持つ(とニュースサイトが判断した)のではないかと思う。


配信元は個人ニュースサイトのようで議論百出の様相だけど、事実かどうかを争うのはともかく、「一方的」という批判は各自がBlogなりなんなりで批判活動すらできる時代なんだし、当たらないと思います。


---------------------------------------------


(glucoseによる投稿テストの意味合いとして)



う〜ん。。。glucoseをニュース引用に使ったら元のタグをそのまま移植してしまうので、引用タグで括ろうとフォントを下げようと言うことを聞かずにレイアウトを壊してしまう。。。(なので試行錯誤の末に諦めて修正しました)

使えないなぁ。。。

ブログエディターとしてのglucoseは諦めるかな、当バージョン。

ruminn_master at 2007年09月19日 16:51 【思】個人が発信できる時代ということコメント(1)トラックバック(0)  このエントリーをはてなブックマークに追加

2007年08月23日

【思】さて、2年が経ちました。 3

2年前の今日から始まりましたこのBlog、明日から3年目に突入です。

読んで下さっている皆様、まことに有り難う御座います。

m(__)m Thanks!

結構コンスタントに他人様の目に触れているようだし、ここを見て友人の店に足を運んで下さった方が居たり、移転した馴染みの店の行く末が判ったり、と望み通りのレベルを越えた行幸などもアレコレあって、かなり楽しんで続けて来られております。


1周年のご挨拶では写真というモノへの思いを書いてました。

当時はネットへの新しい参加形態からまた新たな世界の広がりを得たことなどをサイドバーのメッセージに述べたりもしており、そういう時期だったのだな、と思います。

【1周年のメッセージ】
 開設して「ようやく」なのか「あっというま」なのか、ともかく1年が過ぎました。
ここが「道中道楽」メインBlogです。
 ここの柱は「酒と食べ物」ですが、何でもかんでも書いていますね。いわば体験と思考を時系列に沿って並べてあるサイトです。
 Mixiでの新たな出会いのおかげで「社会科見学」という体験・経験も増えました。そういう視点でモノを見始めたとき、また新たに世界が広がってきたような気がしています。
 開設当時から考えると写真展でも開いているかのように写真も多いです。
(長々とした言い訳については、よろしければ1周年のご挨拶をご覧下さいませ)

 まだまだ試行錯誤中です。
まだいろいろ考えています。
   2006年8月23日


こうして見るとグルメサイトの端くれのつもりのBlogでも、あらためて自分自身の日記としての側面にも気付かされますね。

日記って思索や創造にはとても大事だと思います。

日記の魔力―この習慣が人生を劇的に変える
答えが見つかるまで考え抜く技術

上掲の書籍は京都駿台の名物英語講師の著作で、数年前に懐かしくて手にした本でしたが、あらためて「この時代」での日記の効用など考えさせられたりもしました。

ルーティンだけの日常ではないならば、受けた刺激、思考の過程、他者との関わりなどを時系列で整理した膨大な個人データベースが「日記」な訳です。

Blogでは他人様の目に触れることを前提に整理した内容しか書けませんが、それでもあらためて読んでみれば「そのときの思い」や「そのときの行動」は記録されているものだな、と思うし、細かい記憶も喚起され蘇って来るものではあります。


最近の思い・・・考えていること・・・

そうですねぇ。。。


朝青龍、やっぱりあの男自体がヘンです。

謹慎食らって心の病で逃げられるなら、停学食らった高校生はみんなしばらく部屋に引き籠もって精神科に診断してもらえばいい。

昔ビートたけしがテレビで言って居た記憶だけど、「人を殺したら死刑でも、その死体の横でチンチン出してヘラヘラ笑ってたら助かる」っていうのと同じに思えるハナシ。

心の弱さに寛大過ぎるのも事物の本質を見誤るように思われます。

「勉強さえ出来れば」で甘やかされて育った子供がワガママの果てに他人様を傷付けて、それを非難されて停学を食らったら「なんで急にみんなが冷たくするんだ」って視点でしかモノが見えず、引き籠もりになって、果ては神経科に通うようになって・・・・って、だからといって貴方は彼を許すのですか?と。

処分は処分、治療は治療、悪いことは悪い、その償いはキチンとさせなければ、そもそもの処分の正当性も権威も失われて、今後その制度は機能しなくなる。

今回の件、ウヤムヤに終わるとしたらそれこそ大相撲の命取りになるでしょう。


 朝青龍について好印象を述べる人々は有名人だったり角界のエライ人だったりで、それは騒音や危険行為で社会に迷惑を掛けまくる暴走族の少年が自らの先輩や仕事先にだけは礼儀正しいなんてのと一緒で、自分にとって利害関係の有る範囲、自分にとって楽しい範囲だけの気遣い、そこでの評価に過ぎないと思います。
 今回のモノゴトの発端は「単なる興業先」と軽視した一般観客への裏切り行為であり、モンゴルで「子供達のために」「頼まれて」サッカーに出たことがまるで美談のように扱われたりの向きもありますが、それは他方で軽視・無視された「日本の巡業先の子供達」を忘れた発言でしょう。
 巡業相撲は本場所ではないにせよ勝負の世界、心も体も使うラクでは無い「仕事」でありながら、本場所と較べれば「実入りが少ない」。
 彼はモンゴルでは英雄であり大事に扱われるでしょうから「自分にとって楽しい場所」あるいは「現在・あるいは将来モンゴルで営むビジネスにとって利益のある活動」を選択したのが正直なところではないのでしょうか。

 そもそも興業ビジネス、ショービジネスでは、観客は興業主にとっては「大事なお客さん」でも、出演者にとってお金を払う実際のお客さんは興業主であって一般の観客では無い、というのが見えにくいけど突き詰めたところにある正体かと思います。
 出演者の心の中には観客など居なくてもビジネスとしては問題はない。勘違いしたタレントさんなら「どうでもいい存在」だと思っているでしょう。
 それを観客の方は、サイン一葉、握手や目線などといった微かな証左を後生大事に育てて「大事な存在」であるとの幻想にしがみつき、タレントさんサイドはそれを利用して金銭に換えるだけの欺瞞。ある意味「お客様は神様です」というフィクションを失ってしまえばそうした「身も蓋もない」現実しか残りません。
 その昔、馴染みのバンド上々颱風のライブ活動をフリーライターがルポした上々颱風主義を読んで、アーティスト、事務所、関係する業界人、そして興業主以外は登場しない、あまりにも見事に1行たりとも一般の観客が登場しないことにかなり笑えた記憶があります。あまりにも「身も蓋もない」(笑)。この本はあまりにも正直で、「どうでもいい」存在なんでしょう、ファンなんて人種は、って読めます。
 タレントさんの「関わるのが面倒」という気持ちも判りますが、「一線を引きたがる」人々に深い反感を持つ自分が居ます。

 このBlogでたくさん扱う飲食店業界でも同じような現象があります。
 テレビや雑誌で絶賛されて居るからと言って貴方がその店を訪問した時に同じレベルのサービスを受けられるとは限らない。同じメニューであっても同じレベルの料理が提供されるとは限らない。
 有名人やマスコミが大好きな飲食店さんというのは少なくない。「そのときだけ」特別なことをする店というのも少なくないのが現実です。もちろん宣伝という気持ちが判らなくは無いけれど、その料理人なり店主が相手にしているのは「店に来てお金を落としてくれる(一般的・抽象的な)無数に存在するお客さん」であって、「目の前に居る個別のお客さん」ではない。
 良心的な料理人や職人気質の頑固ジジィなんて方だけが「目の前のお客」を大事にするものだと経験上思います。テレビや雑誌で紹介されたことを自慢気にいつまでも話したり壁中サイン色紙だらけなんて店は用心して掛かった方がいい。
 テレビでいかに美味そうにしていたからといって過大な期待はしない方が精神衛生上も経済上も「身のため」です。貴方が有名人であったり常連客になるまで通い続ける根性の持ち主で無い場合。
 老舗と呼ばれる店で嫌な思いをする人が多いのもこの辺りの「身も蓋もない」現実に直面させられるからに他なりません。
 マスコミ登場の店はまず疑って掛かる自分が居ます。
恨ミシュラン (上) (朝日文庫)
恨ミシュラン (下) (朝日文庫)

 また、年中旅行してる身としては観光地でも同じような現象に出会います。
 ブームの観光地、大ブームの去った観光地に行くと商店でかなりぞんざいに扱って貰えます。それは「この客が2度と来なくても他にやってくる客は幾らでもいる」という思い上がりなんだと思われます。
 「お金を落とさない奴は客じゃない」との視点はまるで正しいような気もしますが、よくよく考えると「(その日は何も買い物しないとしても)今度来た時に買ってくれるかもしれないから」全てのお客さんを大事にしようと言う本来の「商売の基本」みたいな部分が欠落しています。
 個人的には北海道の有名観光地の土産物屋や寿司屋でかなり頻繁に感じさせられます。

ここで問題にしている精神性、「身を尽くす」誠意や潔さみたいな部分は、例えば「一所懸命」、例えば「一期一会」などと言う言葉で、古来から「大事なこと」とされて来ていますが、それは反面において「意識的に実践しなければ難しいこと」だとの理解が有るということでもあるでしょう。

だからといって「欲望や流れに身を任す」のはサル並み、いや、サルにも最低限の社会性、「群れの論理」ぐらいは有るので、サル以下

人間ならば共同幻想、フィクションの共有が必要ですが、自分にとって「用事の有る人」「メリットの有る人」「自分が楽しい人」だけと共有すればいい、という態度は、せいぜいがサル並みか。

ただ、こうした「幼稚な人間」というのは現実には多いのでしょうから、大昔から「今の若いモンは・・」とか言われてるのも単にカテゴリー的に「目に付く」だけのことでしょうし、「オバタリアン」なんて言葉が一時期流行って一定の定着を見たことを考えても、今では他のカテゴリーにも一般化していると言えると思います。
 実際の処、利己的である人を指して「人間臭い」とか「ある意味極めて人間的」なんて言ったりもしますから。

しかし、その現象は退行、退化以外の何ものでも無いし、本能に従うことが種の維持に役立つという機能を失った人間としてはサルにも劣る存在にしか至れない。種としては「滅びの道」の途上な気がします。

まぁ、「人類皆兄弟」なんてのはフィクションが過ぎる感じもしますが、「袖擦り合うも多生の縁」ぐらいの心豊かな共存する意思みたいなレベルであってようやくサル以上になれるのか。

そんなこんなもありましてつくづく思うこと、
サルよりマシなつもりの人間ならば、
「身も蓋もない」ってのは反省して改めるべきだと。


さて朝青龍のハナシでしたか。


大前提、相撲「道」のはず。

それは野見宿禰と当麻蹴速の時代から有る、とっても古い、日本古来の、「道」なんて言い出す以前の武術の原型みたいなもの、それを出来る限り古来の形式に近付けて「伝統」を残そうというのが今の大相撲じゃないかと思います。

だとすると師匠を蔑ろ(ないがしろ)にする態度が解せない。
許せない。
強く言えない師匠もオカシイ。
 師匠が破門と言えば破門、謹慎と言えば問答無用、理不尽だろうと何であろうと謹慎なのが当然。むしろ自分から反省を進んで示すように努力するぐらいが普通の世界なんですから。

残念ながら今の時代には合わないと言われようとも、「師匠は絶対」というフィクションに乗っからないと動かないように出来ているのが「伝統」という世界。

ただこれを壊しているのは他ならぬ大相撲自体では有るのでしょう。

「横綱」一人居れば「部屋」は安泰、それはビジネスとしての側面。
強い「横綱」が一日も早く土俵に上がってくれた方が興行的にも盛り上がる、それもビジネスとしての側面。

「横綱」にしてみれば「俺が(親方を、部屋を、相撲界の有象無象を)食わしてやってる」ぐらいの気がしても無理はないのかもしれません。

周囲も、それがゆえに今まで放置して何も言えなかったツケを払わされているのでしょう。

ここまで来たら、謹慎処分をひとまず停止してモンゴルでもどこでも治療させ、治療の過程で「何が悪いコトだったのか」を十分に理解させ、理解・反省が出来たならあらためて日本の相撲界に復帰させるにあたって残余の謹慎期間を全うさせるべきだし、理解・反省ができないならそのまま引退させる、そうあるべきじゃないかと思います。

どうやら「病気だからしょうがない」と「好きなように」させて、こうしたゴタゴタのウチにウヤムヤに謹慎期間を過ぎて、なんてことになるような流れですけど。

こうして精神性、潔さ、キレイゴトを捨て去ってしまうと、大相撲は、武「道」の顔をしながらも「勝てばいい」スポーツ、それも日本の他のスポーツではあまり大っぴらに許されてない賞金スポーツであるという内実、大相撲の正体ともいうべき部分しか残らなくなるように思います。

もし日本古来の伝統の相撲道に「本来有るべき」精神を師匠が弟子に伝えていないとすれば(昨今の動きを見ている限り、チャンと伝えているようには思えませんが)、体格や体能の優れた外国人さんが「賞金スポーツとしての純粋」な気持ちで一生懸命に「強くなるように」励んでいることを非難できないでしょう。

柔術から出た柔道がオリンピック競技にまでなって世界的に認知されたのはいいけれど、その反面で「受け身を取るとポイントを相手に取られるから」と受け身も取れずに無理して骨折してしまうという本末転倒で滑稽な事実が想起されます。

それでも柔道選手は強いです。横綱だって強い。

現実は「そんなもん」です。

「努力に勝る才能無し」なんて言いますが、世界は広いので、世界中から才能を探してくるとか、世界と競う、ってなことになると、ちょっとやそっとの努力では「小よく大を制す」とはいきません。

でも・・・

武術としては「才能に恵まれてないモノでも努力で越える」方法論で無ければなりません。

武道としては「勝てばいい、ではなく精神的な高みに至る」実践で無ければならないんじゃないでしょうか。

市井の一武術家としてはそんな風に考えている昨今です。


サルよりマシな人間で在るための日常でありたいと思います。







ruminn_master at 2007年08月23日 23:23 【思】さて、2年が経ちました。コメント(4)トラックバック(0)  このエントリーをはてなブックマークに追加

2007年04月08日

【雑】おバカの前に権利&義務 2

午後からのオバカイベントの前に権利行使、義務でもある投票へ。

投票所


かねてから支持政党と投票行動は別であるべきと思ってます。

「がんばれ」っていう相手と、
現状から今後数年間を具体的に委ねる相手は別であるべきと思ってます。

選挙制度を無視して投票するのは、種目を問わずルールを無視してやるスポーツのようなもの。

とくに「1人を選ぶ」場合には
「誰と誰の戦いで、どちらを勝たせるべきか」
で投票行動をすべきだと思ってます。

知事選にはあんまり関係ないけど
党議拘束というものが有る以上は
議員を「人柄」で選ぶのは根本的に無理があると思うし。

また少しハナシは変わるけど
自分は古臭いのもあるでしょうが
自分なりの考えもあって
女性と教師には原則として入れない主義です。

実質上女性が強い時代だと思うから
何となく
フェミニズムってバランス崩すなぁ、
と感じることが一つ。

世の中の色んなマチガイって
人間を人間として育てる部分、
「教育」というか躾というか
そんなレベルも多い気がして、
で、家庭と学校で
「もっとやることあるでしょ」って思うから。

人間だって動物だと思う。

動物ならばこそオスとメスは違うはずだと思う。

人間には知性と文化が有るので
動物のように生きることも
動物とかけ離れて生きることも可能だろうけど。

「動物であることを裏切るな」と思ってます。

それが「自然」なことなんじゃないかなと。

アナクロゆえの偏見かもね。

違う見解の人には失礼御免。

でも俺はそう思って生きてます。
--
統一地方選挙の手引 平成19年 (2007)
ズバリ 選挙必勝法―選挙プロが語る後援会づくりから当選まで
勝率八割の選挙請負人が教える劇的!人の心を動かす「三人三色」の法則
大統領のつくりかた
日本の選挙―何を変えれば政治が変わるのか
政治のリアリティと社会心理―平成小泉政治のダイナミックス
大統領選を読む!
官僚王国解体論―日本の危機を救う法
現代日本の投票行動
選挙だワッショイ!―マニアが教える「選挙」のすべて
「地元利益」定数は憲法違反
日本人ツルネンマルテイ―この国が好きだから…
上田哲が、一人で最高裁を追いつめた本邦初の裁判「国民投票法・合憲」「小選挙区法・違憲」逃げた首相と議長と裁判官たち
絶対当選!!超必勝法―かならず選挙が楽しくなる戦略本
HITLER(ヒトラー)選挙戦略
誰も書けなかった選挙裏方30年―元代議士夫人が回想する明と暗
選挙必勝マニュアル
最高裁を信じて四十年


ruminn_master at 2007年04月08日 09:26 【雑】おバカの前に権利&義務コメント(0)トラックバック(0)  このエントリーをはてなブックマークに追加

2006年10月07日

【酒】試飲販売の自粛 1

池袋に行くとよく立ち寄る池袋西武

地下1階で
日本酒の試飲販売が
週替わりで2蔵元ほどやっていて
無料で味見ができるからであった。

馴染みの蔵元の今年の味を確かめたり新銘柄を試したり
初めて飲む蔵元の酒に新しい発見や出会いがあったり。

酒飲みにとっては経験値を上げられる貴重な機会だ。

今日少し立ち寄ったら試飲販売の自粛が掲示されていた。
自粛掲示


う〜ん。。。

これだけ飲酒運転が社会現象として取り上げられている昨今、
及び腰になるデパートの気持ちも判らなくはないけれど
西武の他にはそごうもだとか)
あまり因果関係が有るとも思えないんだよなぁ。。

役所の裏金事件なんかも同じことに思うけど
昔から有ったものが表に出てくるようになったに過ぎないと思うのが一点。
前は人間に「節度」が有って
見逃すことも出来たレベルの数量だったのが
今や金額も範囲も大きくなって看過できなくなっただけじゃなかろうか。

それとこれはプラスに評価できるのだけど
行政の透明性確保という流れから
行政機関相互の「お目こぼし」がやり難くなった。
だからニュースに取り上げられたりするのが増えただけに思うのが一点。

そして現代人全般に
注意力や緊張感をはじめとする能力が低くなっているのが大きいと思う。
テレビやパソコンなど受け身的な感性しか使わないものね、日常的に。
昔なら
「ちょっとぐらい酒飲んでても大丈夫」
だったかも知れないけれど
今や相互に信用が出来ない時代じゃなかろうか。
自分自身がどれ程「マトモ」だとしても
対向車も通行人も携帯やらウォークマンやら注意散漫だしね。

となると
対面販売の試飲販売で
度を過ごして酒を飲むことは不可能だし
飲む奴は買ってでも飲むのだから、
販売自粛にどれほどの意味や因果関係があるのか、とは思う。

でもまぁ、誘惑では有るからねぇ。。。

たとえば
「性犯罪が増えたから」
「ミニスカート禁止」とか
「制服じゃなくてジャージで登下校」ってのと
同じくらい滑稽に神経質な気もするけど、
「そう言われてみればそうかもな」ぐらいの説得力は無くもない。

しょうがないのだろうけど、新酒の時期までには復活を望みます。

ruminn_master at 2006年10月07日 13:02 【酒】試飲販売の自粛コメント(0)トラックバック(0)  このエントリーをはてなブックマークに追加

2006年09月10日

【楽】下北沢サトチャン・ソロ 4

何度目なんだっけな?

もう数えてないや、ってぐらいの数には、ボチボチなってきた気もします。

西川郷子 ソロ・ライブ

今回の場所は下北沢のラ・カーニャで。
【西川郷子ソロLIVE】
西川郷子 {from 上々颱風}[Vo] 小沢あき[G]
ゲスト 水谷浩章[Bass]
9月10日(日)下北沢ラ・カーニャ
open 16:30/start 17:00
前売¥3,000/当日¥3,500
(整理番号付き・drink代別途¥500/税込)
お問い合わせ:M&Iカンパニー 03-5453-8899
http://mandi.blog.ocn.ne.jp/satoko/2006/08/post_c6e1.html

060910ラカーニャ


宣伝のチカラも無視できないとは思うけど、毎回毎回ほぼ満員ですね。

近々ソロ・アルバムも出すそうで前途有望な新人です(笑)。

今回はそのアルバムに参加するミュージシャンの面々が会場にもチラホラ。
今回のステージ上の人々もそうみたい。
豪勢です。

しかし上々颱風の2人のボーカルを比較すると
ソロライブについての集客数はサトチャンの方が圧倒的に映美ちゃんより多いですね。


ちょっと何でだろうな?って考えてみる。。。

単に白崎さんは、あんまり積極的にソロ活動の宣伝をしないから、ってだけかも知れません。

ソロライブはどうしても経費の関係上、居住地である東京とかが御二方とも多いでしょうから、地方の上々ファンの動員は期待しにくい。

となるとファン層の違いが出る気がします。

都会で求められるのは癒し系、
地方で求められるのは刺激系なんて想定してみると、
サトチャンファンは都市部に多くて映美ちゃんファンは地方に分散してる気もします。

刺激を求める人は「より強く」を求めるから、
ソロでは不満が残って「やっぱり上々颱風(としての)ライブの方がいい」ってなるかもな、とかも思います。

刺激を求める人は同じ刺激に飽きやすいものですが、
癒しを求める人は同じ癒しを永遠に追い続けるようにも思えます。

そしてイメージとしての「親しみやすさ」にも2人はかなり違いがある。

単純に映美ちゃんは極端なメリハリの美形顔なので
「美人は冷たい」なんて巷間囁かれるイメージで損をする部分は有るでしょう。

それだけじゃなくて歌のジャンル、
西川さんはフォークかポップスだと思うけど、
白崎さんはジャズかシャンソンかムード歌謡か(笑)
ここにも「親しみやすさ」に差があるでしょう。

やっぱりソロライブまで足を運ぼうっていうのは「近づきたい」という想いの発露だと思えるものなぁ。。。


少しだけハナシは難しくなりますが・・・
---
「ジャズってよく判らなくて」って声は
「クラシックって難しくって」という声に劣らず昔から根強いものに思います。

演者はそんなこと考えてる人ばかりではないだろうけど、
ジャズとかクラシックって
わかる」「わからない」ってのを分水嶺に
客が客を差別する空気を醸成してる気がします。

古澤さん
「判るとかそんなことはどうでもいいんだよ。お前が「イイ」と思うかどうかだ」
とか言ってくれますけど、
そうじゃない人も多いなぁって常々感じるのがJazzライブの会場の空気。

多くは演者でなくて客が作ってる空気なのかも知れないけれど。

自分自身は数こそそれなりに増えましたが「わからない」側の人だと思うので、そういう場所で居心地の悪い思いをすることも少なく有りません。

他人を「わからない奴」と見下すことで優越感に浸るのは暗い心だと思う。

でもそういうダークサイドって誰でもが陥りやすいもの。

優越感を求める人間の性は払拭し難いもので、
人間は本性として
他人を見下すことで錯覚としての優越感すら求めてしまう哀しい生き物。

それは十分に判ります。

「身内」「部外者」なんて感覚も同じ。暗い心。

以前に排除暴力について長々と書いたことが有りましたが、
こういうことを「さが」と諦めてしまうのは嫌いな性分、
というか、
そういうものへの憤りが自分自身の原動力なので人より敏感なのだとは思います。

他人のモメゴトに首突っ込んで解決するのが仕事みたいなものですし、
武術家ですから敵意とか「お前がここにいるのは場違いだ」みたいなオーラには人一倍敏感な方ですが、
暗さに道は譲らないのがポリシーなので、自分は頑張って抵抗して生きてきましたし、今後もおそらくそんな生き方です。

しかし普通の人なら、そういう空気が醸成されれば足が遠のくでしょう。
---
そこでハナシを戻すと・・・

普段の上々颱風の音楽は
仲間はずれを作らない」ってのが基本的なポリシーだったので
(少なくとも昔リーダーがそう宣った)
普段の客層がソロライブに足を運びやすいか、となると、
マニアックにジャズっぽくなればなるほど難しいかも知れません。

今回のソロアルバム作成にあたっては渋さ知らずから大勢のミュージシャンが参加してくれて豪勢この上ない。

音として分厚くなるのは素晴らしいことです。
とっても楽しみ。

でもその音楽の『良さ』を「わかる」必要がある空気を醸成してしまったら、本来の在り方から外れてしまうリスクを抱えてしまうような危惧感も抱いています。

そもそもこんな危惧感を抱くのは、最近の上々颱風の音楽が昔より複雑になって、何か単純な「わかりやすさ」や「楽しさ」が減ったなぁ、と感じているからですが。。。

それはバンドの成長と見るべきなんでしょうかねぇ。。。


まぁ古びた応援団故の杞憂、取り越し苦労でしょう、きっと(笑)。

少なくとも今日聴いた音楽は「わかりやすい」そして単純に「イイ」と思える心地よいものでした。

とりあえずは、それでいいんだよね。






ruminn_master at 2006年09月10日 20:48 【楽】下北沢サトチャン・ソロコメント(3)トラックバック(0)  このエントリーをはてなブックマークに追加

2006年08月23日

【思】ようやく1年?もう1年? 3

去年の8月23日に開設したこのBlog「道中道楽」、
おかげさまでコンスタントに結構な人数の人に読んで貰えており、まことに有り難いことです。

一周年の感謝のご挨拶と言うことで。

m(__)m Thanks!

しかし食いモンのハナシが多いよねぇ(笑)。

開設して1ヶ月目ぐらいから
Googleなんかの検索に掛かり始めたのか
友人・知人以外の来訪者の方々が増え始めました。

Topページのカウンターは現在毎日3〜50人程ですが、
(土日がグッと少ないのはみんな会社から?(笑))
個別の記事をカウントするページビューだとその倍ぐらい、
検索から来られる方が半数ほど居られますから
あんまりイイカゲンなことも書けないな、と。

まぁそれはMixiみたいに閉鎖的な空間での日記と違って公開のBlogを書くことの責任でもあります。

大阪の古い料理屋の家に生まれたせいで
食いモンのハナシはそれなりに
味覚や食体験に自信も有りますので
まぁいいんですが、
タマにカタイ話とかで自分の意見も述べてますしね。

でもBlogというのは基本的に
個人の日記としての側面と、
個人個人が世の中のニュースやデキゴトをピックアップしてコメントするという一般人視点のジャーナリズムの側面も有ると。

Blogを書き始めてしばらくして出会った本に
Blogの「そもそも」の発生について
その両面有ったんだ、とか
そんなことが書いてあって、
「それでいいんだろうな」とか納得して、
あんまり重たく考えすぎず、
ただ一般的な気遣い程度で個人として書き綴ればいいや、と吹っ切れたものです。

スローブログ宣言!


最初の動機は、
友人の店を少し宣伝してやろう、
みたいな少々邪なものでしたが、
だんだんと個人的に楽しくなっていったんですよね。


Blogの主たる構成要素は、といえば文章と写真です。


もともと子供の頃から夏休みの読書感想文は楽しんで書いてましたし、
高校の時は卒業式用に、2年生で送辞を、3年生で答辞の原稿も作ったりと、
作文は好きな方でした。


でも、写真は一度は捨てた趣味でした。

高校の写真部の時、
たしかその時の府立高校の最初の卒業式となったとかでテレビカメラが入りました。
自分は写真部なので会場の体育館の2階から撮影していたのですが、
カメラのファインダー越しに見るという行為は、不思議と普段見えないことまで見えるんですよね。

その折、カメラが回りシネライトが向けられた瞬間に人々の表情が固まっていくことに気付きました。


「カメラを向ける」という行為が酷く暴力的に思えました。


自分自身、生後半年ぐらいから小学校ぐらいまでテレビやラジオの子役なんかもやっていて「撮られる側」の経験も随分とあり、人より鈍感だったのかも知れませんが、改めて「撮られることの痛み」のようなものに向き合わされ、結構愕然とした思いでした。

その後も写真部を続けては居ましたが、
ストロボやフラッシュを焚くことをやめてしまいました。

「ありのままを写さなければ写真としてウソだ」と。

それは「暗いなら暗いなりに」というような光として見えている明るさかどうかだけでなく、
被写体としても構えることのない自然な姿が写せなければ駄目だ、ということです。

「撮られたくない」と思って緊張している姿もウソなら
「撮られたい」と思って作った表情もウソだと。

かなり考え込んで、考えすぎて、それでも乗り越えようとしました。

おかげで
スローシャッターでも手ブレを起こさない限界が1/4とか1/2とかまで行きましたし、ファインダーを覗かずに手首の角度だけで被写体を狙えるような練習も随分と積みました。

でも何か引っ掛かったままで、あまり写真を撮ってて楽しくなくなりました。

大学時代、
武術家に弟子入りしたおかげで
テレビや雑誌などの取材に
毎週のようにお供して
演者、あるいは「やられ役」として、
再び
「撮られる側」を経験する時期がありました。

撮影スタジオの真っ白な空間に初めて立たされた時、何故だか足が震えて止まりませんでした。
(師匠の一言二言で事なきを得ましたが)

何だかトラウマにでもなっていたようです。

それでも友人の披露宴の撮影も当然のように頼まれますし、
旅行などに行けば写真も撮っていました。

ところが風景を撮っても人物を撮っても
「写し切れていない」
という思いが昔より一層強くなってしまっていました。

武術をやっていることで五官が鋭敏になっていたからだと思います。
視覚のみならず、
聴覚、嗅覚、皮膚感覚、第六感、
何だか判らないけれど
「今自分の感じていることが写真に納まりきらない」ことに苦しくなりました。

また
ファインダーを覗くと言う行為は、
全身の感覚が視覚に集中するものですから、
逆に、
写真を撮ることで
「せっかくの目の前の何かを感じきれない」
という悩みも生じました。

で、一眼レフを手にすることはほとんど無くなりました。


それから10年以上経ちました。

いつの間にか携帯にカメラが付きました。
相変わらず友人の披露宴では写真係をやります。

何だか少しトラウマは薄れたかも知れません。

一度は捨てた写真へのコダワリが携帯カメラでスナップ写真撮ってるウチに戻って来て・・・

やっぱりそれなりに好きなのですね、時間と空間を切り取れる「撮る」という行為が。

いつのまにやら写真だらけのBlogになってます。

親父が絵描きでしたし
最初のカメラは5歳から、
一眼レフは12歳から持たされて高校時代は写真部の部長、
そんな血が少しずつ騒いでたりもするようです。

でも
未だに、ストロボなどは焚きたく無いですし、
できるだけ人にカメラを向けたくは無い自分が居ます。

目立たずアッサリ写真を撮りたいので一眼レフはまだ手に出来ないと思います。

「そのまんま」が大事に思うので少々ピントが甘くてもブレてても掲載することもあります。

写真1枚で「語りきれない」という思いのおかげで、長々とした文章と共に写真も「組み写真」になってしまうことが多いです。

ホント、
重たいページでスンマセン(笑)
m(__)m Sorry!


そんな文章と写真のBlogを今後も続けていくつもりです。


何よりも未だに好奇心旺盛な方で、
Blogなどなくても
できるだけ昨日と違う店に入って食事をし
年間10都道府県以上は旅行をし
習ったり体験したりも大好きで
関連する本を読み、何かを考え、
人のBlogやBBSに何か書き込んだり
誰かに議論を吹っ掛けたりするような奴です。

一つはそうした経験を忘れ去ってしまうのが自分でもモッタイナイ。
思い出したり再び追究したりする手掛かりぐらいは残したい。
過去の旅行の記録なども本棚から出て来たときにここに記録したりしています。
(このLivedoorのblogは1970年まで遡った記事を書けますので)

もう一つは、アチコチに長かったり堅苦しかったりの文章を書き散らして迷惑を掛けるぐらいなら、自分のHPとしてのBlogで多少は責任持ってまとめておこう、ということです。

だから今後も堅苦しいこともグルメの記録も同じように書き綴ると思います。

自分にとっては何も違う訳では有りませんから。

今後とも宜しくお願い致します。

m(__)m Please!


ruminn_master at 2006年08月23日 22:10 【思】ようやく1年?もう1年?コメント(2)トラックバック(0)  このエントリーをはてなブックマークに追加
Archives
記事検索
Recent Comments
QRコード
QRコード
livedoor Profile