思索・雑感・主張

2007年04月08日

【雑】おバカの前に権利&義務 2

午後からのオバカイベントの前に権利行使、義務でもある投票へ。

投票所


かねてから支持政党と投票行動は別であるべきと思ってます。

「がんばれ」っていう相手と、
現状から今後数年間を具体的に委ねる相手は別であるべきと思ってます。

選挙制度を無視して投票するのは、種目を問わずルールを無視してやるスポーツのようなもの。

とくに「1人を選ぶ」場合には
「誰と誰の戦いで、どちらを勝たせるべきか」
で投票行動をすべきだと思ってます。

知事選にはあんまり関係ないけど
党議拘束というものが有る以上は
議員を「人柄」で選ぶのは根本的に無理があると思うし。

また少しハナシは変わるけど
自分は古臭いのもあるでしょうが
自分なりの考えもあって
女性と教師には原則として入れない主義です。

実質上女性が強い時代だと思うから
何となく
フェミニズムってバランス崩すなぁ、
と感じることが一つ。

世の中の色んなマチガイって
人間を人間として育てる部分、
「教育」というか躾というか
そんなレベルも多い気がして、
で、家庭と学校で
「もっとやることあるでしょ」って思うから。

人間だって動物だと思う。

動物ならばこそオスとメスは違うはずだと思う。

人間には知性と文化が有るので
動物のように生きることも
動物とかけ離れて生きることも可能だろうけど。

「動物であることを裏切るな」と思ってます。

それが「自然」なことなんじゃないかなと。

アナクロゆえの偏見かもね。

違う見解の人には失礼御免。

でも俺はそう思って生きてます。
--
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2006年10月07日

【酒】試飲販売の自粛 1

池袋に行くとよく立ち寄る池袋西武

地下1階で
日本酒の試飲販売が
週替わりで2蔵元ほどやっていて
無料で味見ができるからであった。

馴染みの蔵元の今年の味を確かめたり新銘柄を試したり
初めて飲む蔵元の酒に新しい発見や出会いがあったり。

酒飲みにとっては経験値を上げられる貴重な機会だ。

今日少し立ち寄ったら試飲販売の自粛が掲示されていた。
自粛掲示


う〜ん。。。

これだけ飲酒運転が社会現象として取り上げられている昨今、
及び腰になるデパートの気持ちも判らなくはないけれど
西武の他にはそごうもだとか)
あまり因果関係が有るとも思えないんだよなぁ。。

役所の裏金事件なんかも同じことに思うけど
昔から有ったものが表に出てくるようになったに過ぎないと思うのが一点。
前は人間に「節度」が有って
見逃すことも出来たレベルの数量だったのが
今や金額も範囲も大きくなって看過できなくなっただけじゃなかろうか。

それとこれはプラスに評価できるのだけど
行政の透明性確保という流れから
行政機関相互の「お目こぼし」がやり難くなった。
だからニュースに取り上げられたりするのが増えただけに思うのが一点。

そして現代人全般に
注意力や緊張感をはじめとする能力が低くなっているのが大きいと思う。
テレビやパソコンなど受け身的な感性しか使わないものね、日常的に。
昔なら
「ちょっとぐらい酒飲んでても大丈夫」
だったかも知れないけれど
今や相互に信用が出来ない時代じゃなかろうか。
自分自身がどれ程「マトモ」だとしても
対向車も通行人も携帯やらウォークマンやら注意散漫だしね。

となると
対面販売の試飲販売で
度を過ごして酒を飲むことは不可能だし
飲む奴は買ってでも飲むのだから、
販売自粛にどれほどの意味や因果関係があるのか、とは思う。

でもまぁ、誘惑では有るからねぇ。。。

たとえば
「性犯罪が増えたから」
「ミニスカート禁止」とか
「制服じゃなくてジャージで登下校」ってのと
同じくらい滑稽に神経質な気もするけど、
「そう言われてみればそうかもな」ぐらいの説得力は無くもない。

しょうがないのだろうけど、新酒の時期までには復活を望みます。

ruminn_master at 2006年10月07日 13:02 【酒】試飲販売の自粛コメント(0)トラックバック(0)  このエントリーをはてなブックマークに追加

2006年09月10日

【楽】下北沢サトチャン・ソロ 4

何度目なんだっけな?

もう数えてないや、ってぐらいの数には、ボチボチなってきた気もします。

西川郷子 ソロ・ライブ

今回の場所は下北沢のラ・カーニャで。
【西川郷子ソロLIVE】
西川郷子 {from 上々颱風}[Vo] 小沢あき[G]
ゲスト 水谷浩章[Bass]
9月10日(日)下北沢ラ・カーニャ
open 16:30/start 17:00
前売¥3,000/当日¥3,500
(整理番号付き・drink代別途¥500/税込)
お問い合わせ:M&Iカンパニー 03-5453-8899
http://mandi.blog.ocn.ne.jp/satoko/2006/08/post_c6e1.html

060910ラカーニャ


宣伝のチカラも無視できないとは思うけど、毎回毎回ほぼ満員ですね。

近々ソロ・アルバムも出すそうで前途有望な新人です(笑)。

今回はそのアルバムに参加するミュージシャンの面々が会場にもチラホラ。
今回のステージ上の人々もそうみたい。
豪勢です。

しかし上々颱風の2人のボーカルを比較すると
ソロライブについての集客数はサトチャンの方が圧倒的に映美ちゃんより多いですね。


ちょっと何でだろうな?って考えてみる。。。

単に白崎さんは、あんまり積極的にソロ活動の宣伝をしないから、ってだけかも知れません。

ソロライブはどうしても経費の関係上、居住地である東京とかが御二方とも多いでしょうから、地方の上々ファンの動員は期待しにくい。

となるとファン層の違いが出る気がします。

都会で求められるのは癒し系、
地方で求められるのは刺激系なんて想定してみると、
サトチャンファンは都市部に多くて映美ちゃんファンは地方に分散してる気もします。

刺激を求める人は「より強く」を求めるから、
ソロでは不満が残って「やっぱり上々颱風(としての)ライブの方がいい」ってなるかもな、とかも思います。

刺激を求める人は同じ刺激に飽きやすいものですが、
癒しを求める人は同じ癒しを永遠に追い続けるようにも思えます。

そしてイメージとしての「親しみやすさ」にも2人はかなり違いがある。

単純に映美ちゃんは極端なメリハリの美形顔なので
「美人は冷たい」なんて巷間囁かれるイメージで損をする部分は有るでしょう。

それだけじゃなくて歌のジャンル、
西川さんはフォークかポップスだと思うけど、
白崎さんはジャズかシャンソンかムード歌謡か(笑)
ここにも「親しみやすさ」に差があるでしょう。

やっぱりソロライブまで足を運ぼうっていうのは「近づきたい」という想いの発露だと思えるものなぁ。。。


少しだけハナシは難しくなりますが・・・
---
「ジャズってよく判らなくて」って声は
「クラシックって難しくって」という声に劣らず昔から根強いものに思います。

演者はそんなこと考えてる人ばかりではないだろうけど、
ジャズとかクラシックって
わかる」「わからない」ってのを分水嶺に
客が客を差別する空気を醸成してる気がします。

古澤さん
「判るとかそんなことはどうでもいいんだよ。お前が「イイ」と思うかどうかだ」
とか言ってくれますけど、
そうじゃない人も多いなぁって常々感じるのがJazzライブの会場の空気。

多くは演者でなくて客が作ってる空気なのかも知れないけれど。

自分自身は数こそそれなりに増えましたが「わからない」側の人だと思うので、そういう場所で居心地の悪い思いをすることも少なく有りません。

他人を「わからない奴」と見下すことで優越感に浸るのは暗い心だと思う。

でもそういうダークサイドって誰でもが陥りやすいもの。

優越感を求める人間の性は払拭し難いもので、
人間は本性として
他人を見下すことで錯覚としての優越感すら求めてしまう哀しい生き物。

それは十分に判ります。

「身内」「部外者」なんて感覚も同じ。暗い心。

以前に排除暴力について長々と書いたことが有りましたが、
こういうことを「さが」と諦めてしまうのは嫌いな性分、
というか、
そういうものへの憤りが自分自身の原動力なので人より敏感なのだとは思います。

他人のモメゴトに首突っ込んで解決するのが仕事みたいなものですし、
武術家ですから敵意とか「お前がここにいるのは場違いだ」みたいなオーラには人一倍敏感な方ですが、
暗さに道は譲らないのがポリシーなので、自分は頑張って抵抗して生きてきましたし、今後もおそらくそんな生き方です。

しかし普通の人なら、そういう空気が醸成されれば足が遠のくでしょう。
---
そこでハナシを戻すと・・・

普段の上々颱風の音楽は
仲間はずれを作らない」ってのが基本的なポリシーだったので
(少なくとも昔リーダーがそう宣った)
普段の客層がソロライブに足を運びやすいか、となると、
マニアックにジャズっぽくなればなるほど難しいかも知れません。

今回のソロアルバム作成にあたっては渋さ知らずから大勢のミュージシャンが参加してくれて豪勢この上ない。

音として分厚くなるのは素晴らしいことです。
とっても楽しみ。

でもその音楽の『良さ』を「わかる」必要がある空気を醸成してしまったら、本来の在り方から外れてしまうリスクを抱えてしまうような危惧感も抱いています。

そもそもこんな危惧感を抱くのは、最近の上々颱風の音楽が昔より複雑になって、何か単純な「わかりやすさ」や「楽しさ」が減ったなぁ、と感じているからですが。。。

それはバンドの成長と見るべきなんでしょうかねぇ。。。


まぁ古びた応援団故の杞憂、取り越し苦労でしょう、きっと(笑)。

少なくとも今日聴いた音楽は「わかりやすい」そして単純に「イイ」と思える心地よいものでした。

とりあえずは、それでいいんだよね。






ruminn_master at 2006年09月10日 20:48 【楽】下北沢サトチャン・ソロコメント(3)トラックバック(0)  このエントリーをはてなブックマークに追加

2006年08月23日

【思】ようやく1年?もう1年? 3

去年の8月23日に開設したこのBlog「道中道楽」、
おかげさまでコンスタントに結構な人数の人に読んで貰えており、まことに有り難いことです。

一周年の感謝のご挨拶と言うことで。

m(__)m Thanks!

しかし食いモンのハナシが多いよねぇ(笑)。

開設して1ヶ月目ぐらいから
Googleなんかの検索に掛かり始めたのか
友人・知人以外の来訪者の方々が増え始めました。

Topページのカウンターは現在毎日3〜50人程ですが、
(土日がグッと少ないのはみんな会社から?(笑))
個別の記事をカウントするページビューだとその倍ぐらい、
検索から来られる方が半数ほど居られますから
あんまりイイカゲンなことも書けないな、と。

まぁそれはMixiみたいに閉鎖的な空間での日記と違って公開のBlogを書くことの責任でもあります。

大阪の古い料理屋の家に生まれたせいで
食いモンのハナシはそれなりに
味覚や食体験に自信も有りますので
まぁいいんですが、
タマにカタイ話とかで自分の意見も述べてますしね。

でもBlogというのは基本的に
個人の日記としての側面と、
個人個人が世の中のニュースやデキゴトをピックアップしてコメントするという一般人視点のジャーナリズムの側面も有ると。

Blogを書き始めてしばらくして出会った本に
Blogの「そもそも」の発生について
その両面有ったんだ、とか
そんなことが書いてあって、
「それでいいんだろうな」とか納得して、
あんまり重たく考えすぎず、
ただ一般的な気遣い程度で個人として書き綴ればいいや、と吹っ切れたものです。

スローブログ宣言!


最初の動機は、
友人の店を少し宣伝してやろう、
みたいな少々邪なものでしたが、
だんだんと個人的に楽しくなっていったんですよね。


Blogの主たる構成要素は、といえば文章と写真です。


もともと子供の頃から夏休みの読書感想文は楽しんで書いてましたし、
高校の時は卒業式用に、2年生で送辞を、3年生で答辞の原稿も作ったりと、
作文は好きな方でした。


でも、写真は一度は捨てた趣味でした。

高校の写真部の時、
たしかその時の府立高校の最初の卒業式となったとかでテレビカメラが入りました。
自分は写真部なので会場の体育館の2階から撮影していたのですが、
カメラのファインダー越しに見るという行為は、不思議と普段見えないことまで見えるんですよね。

その折、カメラが回りシネライトが向けられた瞬間に人々の表情が固まっていくことに気付きました。


「カメラを向ける」という行為が酷く暴力的に思えました。


自分自身、生後半年ぐらいから小学校ぐらいまでテレビやラジオの子役なんかもやっていて「撮られる側」の経験も随分とあり、人より鈍感だったのかも知れませんが、改めて「撮られることの痛み」のようなものに向き合わされ、結構愕然とした思いでした。

その後も写真部を続けては居ましたが、
ストロボやフラッシュを焚くことをやめてしまいました。

「ありのままを写さなければ写真としてウソだ」と。

それは「暗いなら暗いなりに」というような光として見えている明るさかどうかだけでなく、
被写体としても構えることのない自然な姿が写せなければ駄目だ、ということです。

「撮られたくない」と思って緊張している姿もウソなら
「撮られたい」と思って作った表情もウソだと。

かなり考え込んで、考えすぎて、それでも乗り越えようとしました。

おかげで
スローシャッターでも手ブレを起こさない限界が1/4とか1/2とかまで行きましたし、ファインダーを覗かずに手首の角度だけで被写体を狙えるような練習も随分と積みました。

でも何か引っ掛かったままで、あまり写真を撮ってて楽しくなくなりました。

大学時代、
武術家に弟子入りしたおかげで
テレビや雑誌などの取材に
毎週のようにお供して
演者、あるいは「やられ役」として、
再び
「撮られる側」を経験する時期がありました。

撮影スタジオの真っ白な空間に初めて立たされた時、何故だか足が震えて止まりませんでした。
(師匠の一言二言で事なきを得ましたが)

何だかトラウマにでもなっていたようです。

それでも友人の披露宴の撮影も当然のように頼まれますし、
旅行などに行けば写真も撮っていました。

ところが風景を撮っても人物を撮っても
「写し切れていない」
という思いが昔より一層強くなってしまっていました。

武術をやっていることで五官が鋭敏になっていたからだと思います。
視覚のみならず、
聴覚、嗅覚、皮膚感覚、第六感、
何だか判らないけれど
「今自分の感じていることが写真に納まりきらない」ことに苦しくなりました。

また
ファインダーを覗くと言う行為は、
全身の感覚が視覚に集中するものですから、
逆に、
写真を撮ることで
「せっかくの目の前の何かを感じきれない」
という悩みも生じました。

で、一眼レフを手にすることはほとんど無くなりました。


それから10年以上経ちました。

いつの間にか携帯にカメラが付きました。
相変わらず友人の披露宴では写真係をやります。

何だか少しトラウマは薄れたかも知れません。

一度は捨てた写真へのコダワリが携帯カメラでスナップ写真撮ってるウチに戻って来て・・・

やっぱりそれなりに好きなのですね、時間と空間を切り取れる「撮る」という行為が。

いつのまにやら写真だらけのBlogになってます。

親父が絵描きでしたし
最初のカメラは5歳から、
一眼レフは12歳から持たされて高校時代は写真部の部長、
そんな血が少しずつ騒いでたりもするようです。

でも
未だに、ストロボなどは焚きたく無いですし、
できるだけ人にカメラを向けたくは無い自分が居ます。

目立たずアッサリ写真を撮りたいので一眼レフはまだ手に出来ないと思います。

「そのまんま」が大事に思うので少々ピントが甘くてもブレてても掲載することもあります。

写真1枚で「語りきれない」という思いのおかげで、長々とした文章と共に写真も「組み写真」になってしまうことが多いです。

ホント、
重たいページでスンマセン(笑)
m(__)m Sorry!


そんな文章と写真のBlogを今後も続けていくつもりです。


何よりも未だに好奇心旺盛な方で、
Blogなどなくても
できるだけ昨日と違う店に入って食事をし
年間10都道府県以上は旅行をし
習ったり体験したりも大好きで
関連する本を読み、何かを考え、
人のBlogやBBSに何か書き込んだり
誰かに議論を吹っ掛けたりするような奴です。

一つはそうした経験を忘れ去ってしまうのが自分でもモッタイナイ。
思い出したり再び追究したりする手掛かりぐらいは残したい。
過去の旅行の記録なども本棚から出て来たときにここに記録したりしています。
(このLivedoorのblogは1970年まで遡った記事を書けますので)

もう一つは、アチコチに長かったり堅苦しかったりの文章を書き散らして迷惑を掛けるぐらいなら、自分のHPとしてのBlogで多少は責任持ってまとめておこう、ということです。

だから今後も堅苦しいこともグルメの記録も同じように書き綴ると思います。

自分にとっては何も違う訳では有りませんから。

今後とも宜しくお願い致します。

m(__)m Please!


ruminn_master at 2006年08月23日 22:10 【思】ようやく1年?もう1年?コメント(2)トラックバック(0)  このエントリーをはてなブックマークに追加

2006年07月27日

【考】報道と主観・客観 1

哲学的な厳密さだとどうようもなくヤヤコシイけど
日常的な言葉としても
主観と客観を区別することは簡単じゃない。

「我思う故に我有り」

だけど報道は客観的であるべきだ。
というより客観的だと信じられていてこそ報道は信用される。
で、結構みんな信じてる。
でも、それを逆用して情報操作に用いるのは古くから有る手法。

戦争中の報道写真が修整・合成されて戦意高揚なんかに利用されたハナシはよく聞く。

映像表現は含まれる情報量が文章表現より遥かに多い。

テレビのニュースショーの類において
どうにも主観的報道がおおっぴらに増えてきたように思う。

そして視聴者はまるで客観的報道であるかのように「有名人」(アナウンサーも含めて)の発言を鵜呑みにしていく。

---------------------------------------------
TBSまたやった…「旧731部隊」特集に安倍氏無関係写真
 TBS系報道番組「イブニング・ファイブ」が、今月21日に放送した旧日本軍731部隊に関する特集の冒頭部分で、ニュース内容とは無関係な安倍晋三官房長官(51)の写真パネルが映り込んでいたことが26日、判明。総務省が調査を始めた。安倍氏も、この日の会見で「わたしの政治生命を傷つけようということなら大きな問題だ」と激怒。報道番組でのトラブル頻発のTBSは、今回の件について、「意図的ではなかった」と釈明した。

 「旧731部隊」特集の冒頭で、問題の部分が放送された。池田裕行キャスターが内容を紹介した後にVTRがスタート。映像はTBS社内の小道具部屋から、隣の記者室で電話取材中の記者へと移動。その途中で、部屋の一角に置かれた安倍氏の写真パネルが約3秒間、克明に映し出された。

 映像は揺れ動きながら、安倍氏の写真パネルに差し掛かった際には、画面に「ゲリラ活動!?」と記されたテロップが重なった。安倍氏のパネルの横に、耐震偽装事件で起訴されたヒューザー元社長の小嶋進被告の写真パネルも転がっており、こちらもきっちり映された。

 この映像の件が、27日発売の「週刊新潮」で報道されることが分かったことから、TBSは26日、急きょ、事実関係を明らかにすることに。放送免許を交付する総務省も25日に今回の件を確認し、調査中。今後、放送法で規定する公平性に問題がなかったか、TBSに報告を求める方針だ。

 だが、9月の自民党総裁選目前という状況下で、全く無関係にもかかわらず、戦時中、中国で生物化学兵器の人体実験を行ったとされる「旧731部隊」と重なる形で自身の顔写真を映された安倍氏は怒り心頭。

 この日午前の会見で、「総務省の調査を待ちたいが、私もビデオを見て驚いた。意図的ならば恐ろしいことだし、私の政治生命を傷つけようということなら大きな問題だ」と激怒した。

 TBSは、安倍氏本人に事実関係を説明するなど、対応に大わらわ。報道した「イブニング−」は26日の番組途中で「お知らせ」と題し、池田キャスターが「(映像は)意図的なものではありませんでした。安倍氏、関係各所にご迷惑をおかけしました」と謝罪し、深々と頭を下げた。

 今回の経緯について、TBSは撮影の際、取材に使った記者室のスペースが狭かったため、隣接する小道具部屋から撮る形となり、偶然、安倍氏の写真が映ったと説明。また、同社の井上弘社長は、この日の懇親会で「問題の個所はなくてもよかった。今後、報道の在り方を考えないといけない」と釈明した。

 井上社長によると、特集の導入部は、報道局内の生々しいやり取りを伝えたいがための演出手法だったという。VTRは事前にチェックされたが、内容の核心部の精査を重視したうえ、問題の個所がリード部分だったため、確認がおろそかになったという。

 【TBSのトラブル史】

 ▼オウム報道関連!)!)〈1〉95年、オウム真理教関連番組の映像に、麻原彰晃こと松本智津夫被告の顔のカットなどをサブリミナル効果を狙って挿入。!)!)〈2〉89年の坂本弁護士一家殺害事件前、放送前の坂本弁護士インタビューのビデオをオウム幹部に見せていたことが96年、発覚。社長(当時)が辞任。!)!)〈3〉04年、オウム関連番組で「林郁夫受刑者を知る元受刑者」としてインタビューした男性が、実は林受刑者と面識がなかったことが発覚。

 ▼ねつ造? 03年11月、「サンデーモーニング」が石原慎太郎都知事の「日韓合併の歴史を100%正当化するつもりはない」との発言に、正反対の「100%正当化するつもりだ」との字幕を付けて放送。都知事から「ねつ造だ」と告訴される。

 ▼誤訳? 今年6月、「ニュース23」が、小泉首相の靖国参拝に関し、ヘンリー・ハイド米下院国際関係委員長(共和党)が「行くべきでないと強く感じているわけではない」と語った言葉を、「行くべきではないと強く思っている」との日本語字幕で放送。

2006年07月27日08時15分 スポーツ報知
http://news.livedoor.com/webapp/journal/cid__2247076/detail
---------------------------------------------


この中で
「(映像は)意図的なものではありませんでした。」という発言がある。

これは犯罪構成要件で言う故意犯ではなくて過失犯だという言い訳だ。

一見すると言い訳として普通に思える。
しかし
これはお詫びの発言のようで居て
その実、主観的報道であることを自白してるように思う。

「悪気はなかった」
「悪意的ではなかった」
というのは主観的な発言ならある種の”おわび”たりうる。
しかし
事実を客観的に伝えるのが仕事であるならば
編集者や報道者の「意図」など何の謝罪にもならない。

この場合にやるべきだったことは
意図的」に
「誤解を招く箇所がないか」を
可能な限り排除することであって、
意図しないということが何かを免責したりはしないはずである。

過失犯であることを前提にした「おわび」でなく
故意犯であることを意識した「おわび」をしたことは
つまり主観的に編集して放送していることを吐露しているんじゃなかろうか。

意図的な情報操作でなかった、
という方向で善意解釈するとしても
少なくとも
客観的報道という使命について無関心な態度を
主観的報道で何が悪いのだという開き直りを
自白しているように思うのだけれど、穿ちすぎだろうか。

まぁたしかに昨今のメディアには「わざとだろう」って疑われる要素は有るんだけどね(笑)。


どうせ全ての報道には編集という「主観」が混入している。
カメラで映しっぱなしであったとしても画角や構図という編集が加えられている。
映画の『カプリコン1』以降『スピード』なんかにもあるように
放送されてる映像が本物かどうかにだって、放送時点で何らの証拠はない。


それでもまだ映像の持つ情報量の多さの中に「意図しない」真実がそこに顕れるだけ、生の情報の方がマシじゃなかろうか。

国会中継が「カメラで映しっぱなし」を嫌がるのは
「意図しない」真実が露見するのを避け、より主観的に情報を操作したいのだと思う。

生中継の無神経さは公人にこそ向けられるべきなのにね。


今回の事件は客観的報道に無関心な態度という「意図しない」真実が露見したのじゃなかろうか。

流されたく無ければ
メディアに触れるときは常に「編集」や「情報操作」には懐疑的であるべきだと思う。

過剰に意識的であることは過剰に疲れるけどね(笑)。
---

Story
ピーター・ハイアムズ監督が世界初の有人火星探査機・カプリコン1号打ち上げの快挙の裏にある陰謀を描いたサイエンス巨編。...(詳細こちら

カプリコン・1
スピード
メディア・セックス
情報操作のトリック―その歴史と方法
テレビ―「やらせ」と「情報操作」
「情報操作」あなたは騙されている―サブリミナルから作られた噂、メディア工作まで
ペンと豚―情報源と情報操作
疑惑のアングル 写真の嘘と真実、そして戦争
吉本隆明のメディアを疑え―あふれる報道から「真実」を読み取る法
戦争報道の内幕―隠された真実
テレビは真実を報道したか―ヤラセの映像論
アウシュウィッツ「ガス室」の真実―本当の悲劇は何だったのか?
ニュースの虚構メディアの真実―現場で考えた’90~’99報道検証
真実の証明―これが創価学会のあくなき捏造報道だ
誰も書かなかった池田大作・創価学会の真実
報道は真実か
放送の公正と真実を問う―テレビ朝日の偏向報道問題
戦争報道の内幕―隠された真実
テレビ朝日やらせリンチ事件の真実―ピエロの城
テレビ-「やらせ」と「情報操作」
テレビの“やらせ”を衝く―なぜ生まれるのか、なぜなくならないのか?
NHKの内幕―〓@5AF4着・赤字・ヤラセの構造
テレビは真実を報道したか―ヤラセの映像論
「百人斬り」報道を斬る―敵はシナ中共政府と我が国の偏向マスコミだ
筑紫哲也「妄言」の研究―『News23』、その印象操作&偏向報道の作られ方
ニュースキャスター筑紫哲也を斬る―このままテレビの偏向報道を許していいのか
テレビキャスターコメンテイターは本当に信用できるか―イデオロギー的偏向、恣意的批判 彼等は公平を欠いていないか
放送の公正と真実を問う―テレビ朝日の偏向報道問題


ruminn_master at 2006年07月27日 17:38 【考】報道と主観・客観コメント(2)トラックバック(0)  このエントリーをはてなブックマークに追加

2006年06月23日

【好】カッコのいいことって嘘っぽいから 3

そのせいでどうにもiPodを選ぶ気になれなかった。

まぁ俺が変わりモンなんだとは思うけど
カッコのいいことって嘘だと思ってる。

今ではどうだか知らないが
エエカッコシィ
は大阪人にとっては最低の部類の侮蔑語だ。

西洋スポーツの「フェアプレイ」とは
審判の見てないところでラフなことをする
見つかったら罰せられる、
見つかっても抗弁で許されたりもする、
それを自己責任として
お互いギリギリまで無茶をする。

そんなことの気がする。

だとしたらそれは、
「何処に出しても恥ずかしくない」
的な、
日本的な「正々堂々」と同義では決して無い。

の文化との文化はセンスが根底から違う。
和合社会契約社会の違い。

日本人にとっては「卑怯」だったり「汚い」と思えたりしても
彼らにとっては問題ではなく
少なくとも彼らなりの「アンフェア」でさえなければいいのだろう。

日本人が西洋スポーツをするときに
頭では判っていても
身体の奥底では感覚が付いて行ってない。

どっちがいいのかは好みだろうけど
多くの選手の奥底に
そんなズレがあるから
(まぁそれだけじゃないだろうけど)
ギリギリのW杯じゃ負けるんじゃなかろうか。。。

俺なんてスポーツでラフプレイされたら・・・
汚いことするなら、いっそ殺し合えば、って思う性分。。。

だから武術とレジャースポーツという両極端以外は不向きなんですが(笑)。


さて
(そんな大層なハナシじゃなくて(笑))

ビックカメラの店頭で
シリコンオーディオをどれにしようか迷った挙げ句
ウォークマン NW-E005にした。

メモリーオーディオ


どうにもiPodの上品な外観を見てると
「虫も殺しません」って顔しながら
ラフプレーできる西洋式「フェアプレー」が想起されてねぇ。。。

なんか騙されてる気がして(笑)。

まぁ一応予備知識を入れて検討した結果ですけど。
iPod + iTunes6 enjoybook!


さすがにこの手の販売競争の常として
後発モデルであるソニーの方が「いいとこ取り」してるんだよね。

動画や静止画のビューワー機能はW-ZERO3が有るから不要。
となると最小モデルでの比較。
それでプレイリスト対応だし
フォーマットもMP3だけじゃなくWMAにもATRACにもAACにも対応してるし
バッテリーの持ちもいいし。

ただ買ってみて重大なバグが。。。

WinXP(というかNT系の)
ユーザーアカウントが半角英数じゃないと管理ソフトが動きません。

現バージョンのSonicStage CP

附属の説明書読んでインストールしてみて
ソフト(つまりiTuneに該当するもの)が
フリーズ。。。
普通考えられる対応策をアレコレ試してダメだったので
サポートページに飛んだら注意書が出てた。。。

こりゃ仕様じゃなくてバグでしょう。
(だってiTuneは問題なく動くし)

最初に言ってくれ!(笑)

添付のマニュアルには少なくとも書いておいてくれよなぁ。。。

次期バージョンでは治ってることを期待しますけど。
(イチイチ切り替えなきゃいかんので不便)

まぁPodcastとかにも対応してないし
iTuneで購入した曲まではさすがに取り込めないから
そのうちiPodも買うかも・・・無いかな(笑)。
---
ネットワークウォークマン徹底活用ガイド
実践カルチュラル・スタディーズ―ソニー・ウォークマンの戦略
超図解mini ウォークマンスティック&スクエア徹底活用ガイド
20周年記念ウォークマン年鑑―1979-1999
ソニーとSONY
ソニーが危ない!―SONY神話崩壊の危機


ruminn_master at 2006年06月23日 23:36 【好】カッコのいいことって嘘っぽいからコメント(3)トラックバック(0)  このエントリーをはてなブックマークに追加

2006年06月15日

【食】聴導犬チャリティー 4

聴導犬

あまり聞き慣れない言葉かも知れない。

聴導犬の役割は、ブザー・音、電話などの呼び出し音などを聞き分けて、必要な情報を飼い主に正確に伝え、また、必要に応じて、それら音の発する方向へ誘導を行うことである。」
Wikipediaより)

聴覚障害者のための生活介助犬だが普及はまだまだこれからだ。

介助犬の訓練には結構な費用が掛かる。

日本聴導犬協会を支援する趣旨のチャリティーイベント。
---------------------------------------------
聴導犬普及協会
聴導犬育成協会
聴導犬みかん日記
エンゼル聴導犬協会
日本ヒアリングドッグ協会
聴導犬美音とゆかいな家族
日本レスキュー協会
---------------------------------------------


浄水器のシーガルフォー主催。
今回で第12回にもなる。今日は270人という盛会。

4 Great Chefs for Charity
シーガルステージ

参加者は15000円払う。

コース料理の中の一品を「食べたつもり」で寄付に当てる。
「幻」の料理がコースの中に。
それが1500円。

残額から、
3500円が会場のサービスとドリンク代。
1万円が食材費。
後掲するが、それで済む訳もない料理。

会場もシェフもアチコチが持ち出しボランティアの粋な企画である。

会場は渋谷のセルリアンタワー東急
---------------------------------------------
シーガルフォーユーザーの皆様への恒例企画、4人のシェフによるチャリティー食事会を今年もセルリアンタワー東急ホテルで開催いたします。 日本聴導犬協会への寄付を目的とした、このチャリティー食事会は12回を数えます。美味しいお食事はもとより、厨房からお届けする迫力のライヴ中継や聴導犬によるデモンストレーションなども披露される盛りだくさんの企画を御堪能ください。ぜひ、この機会に皆様お誘いあわせの上、奮ってご参加いただければ幸いです。
 シーガル倶楽部本部事務局長 グランドデュークス代表 引地 正修
http://www.granddukes.com/c1/charity_12_pre.html

日本聴導犬協会への寄付を目的としたチャリティー食事会が6月15日、セルリアンタワー東急ホテルにて開催されます。美味しいお食事はもとより、厨房からお届けする迫力のライブ中継もお楽しみいただけます。聴導犬によるデモンストレーションなども披露される盛りだくさんの企画をご堪能ください。
 セルリアンタワー東急ホテル バンケットオフィス
http://www.ceruleantower-hotel.com/restaurant/2006charity/charity.html?link_id=re_cha

French
ビストロ・ボンファム シェフ 中野寿雄
Japanese
新宿割烹中島 主人 中島貞治
Chinese
四川飯店 グループ代表 陳建一
French
セルリアンタワー東急ホテル 総料理長 福田順彦

---------------------------------------------

シーガルメニュー

  1. 4シェフによるよくばり前菜

  2.  オマール海老と根セロリのムース コンソメゼリーと共に
     グリーンアスパラと蟹のシャルロット仕立て
     若鮎 ジェノバソースとわさび醤油の二色田楽
     焼ナスとハチノスの四川うま辛ソース
    シーガル前菜
     写真中央から右上に時計回りで並ぶ。
     有機野菜の香りや旨味を活かすべく味も香りも穏やかに仕上げてある。
     一品一品で野菜が目立つ心配りだ。
  3. 中嶋のお椀

  4.  有機野菜の沢煮椀 梅山豚の背脂を添えて 白胡椒の香り
    シーガルお椀
     7種類程の野菜の千切りがシャキシャキと絶妙に火が通っている。
     浮かべられた梅山豚(メイシャントン)の背脂がいい仕事をしている。
  5. 福田のフレンチ

  6.  北丹波農園「高坂地鶏」2種類の味わい
     ハーブサラダとポテトのガレットと共に
    シーガル鶏料理
     おそらく今、日本で一番美味い地鶏と言われる「高坂地鶏」。
     これを胸肉と腿肉に分けてロールに仕上げて紅茶でマリネ。
     それを乾燥させた上で
     胸肉は揚げ、腿肉は薫製に。
     それを地鶏を活かしたソースに合わせた3日がかりの品。
  7. の四川中華

  8.  気仙沼産フカヒレと牛アキレス腱・大根のピリ辛煮
    シーガル海鮮料理
     ゼラチン&コラーゲンという健康食材だけど、スープのチカラ、さすがに美味い。
     めったにフカヒレの美味い料理に出会わないけど、これは立派でした。
  9. 中野のフレンチ

  10.  梅山豚の塩漬けロースト
     ポートワインとバルサミコソース
    シーガル豚料理
     梅山豚(メイシャントン)は日本で100頭しか居ないと言われる「幻の最高級豚肉」です。
     脂身さえも油っこくなく旨味はシッカリ、肉質はしっとり。
     絶妙です。
  11. チャリティー幻料理

  12.  チャイニーズ海鮮サラダ 鉄人風
    (これは厨房での陳さんの制作風景が映し出されただけの「幻」)
  13. のやっぱり最後はご飯です

  14.  海老チリ丼
    シーガルご飯物
     これは「いかにも陳さん」料理です。
     客席回って「チョットでゴメンネ」って謝ってました(笑)。
     でもフルコースの中の一品だから十分ですね。
  15. 中野・福田のコラボレートデザート

  16.  爽やかなゼリー仕立ての塩トマトとメロン
     フロマージュブランのムース
     塩のソルベと共に
    シーガルデザート
     見た目もお見事、味も良好。
     塩を絶妙に使ったデザートです。
     流石。

今回は食材テーマが有機野菜とのことで上品ながら贅沢な食事でした。

フリードリンクも
ビールにソフトドリンク
ワインの赤白、最後には珈琲・紅茶。

実際は15000円じゃ食べられないでしょう。

全ては聴導犬普及支援のため。

料理屋でもレストランでも
盲導犬や聴導犬を受け入れない店も少なくない。
お店が受け入れたくても、
客に理解がなければ実現できないことも多かろう。

沢山のお金が必要だけれど
お金だけで解決できない問題が実は大きい。
だからこその集まりだった。


盲導犬は
ラブラドールレトリバーが有名だが
いわば介助犬のサラブレッド。
犬種のみならず適性審査も訓練も厳しい。
監督:崔洋一

Story
日本中を暖かな感動で包んだベストセラー「盲導犬クイールの一生」を、『刑務所の中』の崔洋一監督が映画化。盲導犬として育てられたクイールはさまざまな人々との出会いや別れを経て成長し、ひとりの男性のパートナ...(詳細こちら

Story
崔洋一監督作『クイール』の題材にもなった、実在した盲導犬・クイール。その一生を写真で綴ったドキュメンタリー『盲導犬クイールの一生』と、ある3匹の子犬が盲導犬になるまでの過程を追ったドキュメントドラマ『...(詳細こちら

聴導犬聴力お手伝いペット犬は「普通の犬」。
もともとのペットに訓練を施して成功することもある。

でも日本の実態は、もうちょっと違う。

実は飼い主に捨てられ殺処分の運命にあった犬達。
その中で適性のある犬を貰ってきて育て、介助犬とする。

年間20万頭と言われる殺処分犬。
それはそれでとても哀しいハナシだ。
#探偵ファイル「ペットブームの陰に」1
#探偵ファイル「ペットブームの陰に」2
#探偵ファイル「ペットブームの陰に」3
#探偵ファイル「ペットブームの陰に」4

環境省・動物愛護・管理について
犬猫の処分数の減少に向けて親頁>地球生物会議
日本アニマルポリス(を誕生させよう)


本来の自然から離れた人間はどんどん自分勝手だし
人工環境の中で生きなきゃならない犬もいろいろと不自由だ。

「噛んじゃイケナイ」
「吼えちゃイケナイ」
「見つかっちゃイケナイ」
「飼っちゃイケナイ」

人間と犬とのツキアイ方は現代では難しい面が有る。

その難しさ故に居場所の無くなった犬達。

一方で

電話、ドアチャイム、クラクション、
世の中便利になったようでいて
警報音も告知音も聞こえない聴覚障害者にとっては
かえって危険が増えてる側面もある。

「普通の犬」でも人間を手伝えそうなことがここにある。

訓練を施すことが出来るなら、
訓練に適合できるなら、
彼らにも生きる場所がある。

介助犬として救われた命が聴覚障害者の命を守る立場で生きる。

助けられる人間の側はもちろん
新しい居場所を見つけられた犬達は幸せだ。


しかし簡単じゃないよね。いろいろ難しい。

聴導犬といわれるものは現在11頭しか居ないらしい。

費用も掛かるし、人間社会の中では色々条件も厳しいようだ。

日本聴導犬協会
一度資金が6万円になったことがあったらしい。
犬の病気は保険が利かないから1回30万円など言われる。
「もし1匹でも病気になったらオシマイ」まで落ち込んで
そのときは北海道の篤志家のおかげで存続でき、今日があるそうだ。

今、長野に訓練施設を立ち上げようとしている。
お金を出せる身分じゃないけれど
そのうち見学に行きたいなぁと思ってます。
---
わたしは心を伝える犬―ゆんみの聴導犬サミー
聴導犬・美音と過ごす幸せな日々
聴導犬・美音がくれたもの―赤ちゃんを育てた柴犬のおねえさん
人と社会のためにはたらく犬たち〈1〉盲導犬・聴導犬・介助犬ほか
盲導犬・聴導犬・介助犬訓練士まるごとガイド―資格のすべて・しごとのなかみ
よくわかる補助犬同伴受け入れマニュアル―盲導犬・聴導犬・介助犬
聴導犬―社会でかつやくするイヌたち
教えてもっと、美しい音を―聴導犬・美音と過ごす幸せな日々
なくなボビー―聴導犬物語
聴導犬ものがたり 捨て犬みかんとポチ
愛されるために生まれてきた犬たち―聴導犬にはならなかったけど……
聴導犬捨て犬コータ―あなたの「耳」になりたい!
聴導犬シンディ誕生物語
愛犬ボタンはぼくの耳―聴導犬ものがたり
盲導犬・聴導犬―安全をいつも確認する犬たち
聴導犬ロッキー―犬の訓練ひとすじ、藤井多嘉史ものがたり
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ruminn_master at 2006年06月15日 22:15 【食】聴導犬チャリティーコメント(0)トラックバック(0)  このエントリーをはてなブックマークに追加

2006年04月21日

【考】名前なんて客が決めるもんだろうに 2

だいたい考え方がトンチンカンなんだよな。

「昔ながらに」やろうって言ったって出演する芸人の方だって
巾が拡がって既に「昔ながら」ではないだろうし
気持ちはワカランでもないけど
今さらコントロールしようなんておこがましいと思う。

---------------------------------------------
<野毛大道芸>運営めぐり3分裂「どうなってるの?」 横浜

 横浜の名物イベント「野毛大道芸」が今年は三つに分裂した。昨年までの主催団体が運営方針をめぐって内部対立したためで、20年の歴史の中で初の異常事態。22日からの開催を控え、ファンからは「どうなってるの」といった問い合わせが相次いでいる。
 野毛大道芸は横浜市野毛地区の商店主らが街おこしのために86年に始めた。昨春は市内4地区(野毛、伊勢佐木町、吉田町、みなとみらい)の会場で13カ国から集まった延べ600人の芸人が曲芸やジャグリングを披露し、146万人の見物客でにぎわった。
 しかし、みなとみらいなどの新興開発地に比べて発祥地・野毛の衰退は著しく、昨年夏ごろから運営団体の「野毛大道芸実行委員会」内では“回帰派”と“拡大派”が対立するようになった。回帰派は事業の規模を縮小し、野毛地区のみでの開催を提唱。一方の拡大派は他の地区での開催も計画。地域事情も絡み、今年は運営団体が三つに分かれて5地区で開かれることになった。
 3団体とも「内部の事情はお客さんには関係ない」としてポスターやパンフレットの統一も検討したが、イベントの名称などで歩み寄れなかった。結局、今年は「野毛大道芸」「ヨコハマ大道芸」「みなとみらい21大道芸」と三つの名前で開くことに。異なるポスターを見た市民からは「いったいどうなってるの」「どの芸人がどこに出るの」といった問い合わせが連日数十件も各団体に寄せられている。
 昔からの大道芸ファンという神奈川県大和市の警備員、羽賀清伯(きよのり)さん(68)は「野毛の小路でやる昔の大道芸は味わいがあった。分裂がきっかけでイベントがなくなったら寂しいので、一緒にやる方がいいのでは」と話している。【稲田佳代】
(毎日新聞) - 4月21日12時58分更新
http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20060421-00000049-mai-soci
---------------------------------------------


「街興し」自体の方向性としても
以前にも神戸空港の件でも書いたりしたけど
としてよりも、そしてへと拡がらないとエネルギー不足。

発祥の地としては
「自分たちが苦労して始めたことの尻馬に乗りやがって」
なんだろうけど
宣伝したり集客したりして拡大を求める中に
便乗組が出てくることも
芸自体もピンキリになることも
リスクとして含まれてなければ読みとして甘いというか、オカシイ。

逆に「昔ながら」の伝統が真実その地に根付いているのなら
そういう芸人がその地に集まるだろうし
そこでしか出せない風情がまた、そこを選ぶ客を選んで集めるだろう。

越中八尾のいびつな観光地化を継続的に見て空しく思ってきたことだけど
こうした新興の、しかし継続されるべきひとつの文化が
同じようなひずみやゆがみを抱えざるを得ないのを見ると
つくづく人の集まりというのは難しいと思う。

みんななかよくやってれば
拡がって薄まるようでも
自ずから個性有るところには個性が出るモンだと思うけどね。

大学の同好会レベルの大した芸のない奴と
昔ながらに修行したような芸人が同列に扱われる方が問題だけど
それは見てる客の方にも責任が有るのでしょう。

本物よりも
軽い判りやすい芸の方がウケる傾向というのは
テレビの影響なんでしょうなぁ。

説教節のバイオリン演歌師のジィサンなんて好きだったけどね。
一時おっかけて見てました。
---
日本の大道芸?もの売り、啖呵売
日本の大道芸?チンドン屋
日本の大道芸?紙芝居屋さんの一日
日本の大道芸?紙芝居のすべて
江戸の大道芸
覚えておきたい大衆芸能名セリフ集 落語・大道芸篇
小沢昭一が訪ねた「能登の節談説教」
唸る、語る、小沢昭一の世界「節談説教板敷山/榎物語」


ruminn_master at 2006年04月21日 16:52 【考】名前なんて客が決めるもんだろうにコメント(2)トラックバック(0)  このエントリーをはてなブックマークに追加

2006年04月08日

【食】遅いことはネコでもするわ! 2

ってタイトルは子供の頃の親の説教台詞。

当時周囲に聞くと
似たような台詞を親に吐かれてる奴は珍しくなかったので
ウチだけじゃなくて
大阪ではある程度共通する「悪事」に「愚図」が有ると思われる。
概して大阪人は気が短い。。。らしい。

特にそんな自覚はないが(笑)
子供の頃から
注文された品を出すのが遅い飲食店で
勘定を叩き付けて帰ったことは一度や二度ではない。
どうやら先祖伝来DNAらしいが、
東京暮らしも長いので昔よりは寛大になった。。。とは思っている(笑)。


さて
学生が大食いチャレンジメニューに挑むというので
着いて行ったら
「事前に予約して貰わないとできないし、日時も店が指定します」
って、
そりゃチャレンジメニューじゃなくてお店の客寄せのイベントだろう。。。
まぁ
これは事前に確認してない学生のバカがイケナイ。

それはともかく
遅めの晩飯と練習帰りのビールを飲みに入った広島焼の店。

高田馬場れもん屋
Yahoo!グルメ
ライブドアグルメ
じゃらん

れもん屋


4人で入って各自が広島焼をアレコレ頼む。
ソバ入り、うどん入り、シンプル、ミックスのアレコレ。
4人で分けて食って腹も膨れた。
不味くはない。
広島焼は「今のところ」自分の経験上は「こんなもん」だ。

この手のルーツ争いは不毛で決着も付かないが
大阪人にとって広島焼はお好み焼の範疇に入らない。
コレはオムレツ、オムソバの類に思ってる。
生地に出汁が利いてないので味に纏まりがない。
そんなもんを大阪名物「お好み焼」と一緒にされたくない。

そもそも広島焼一銭洋食が出自、
大阪のお好み焼は明石焼やタコ焼の発展形と言われており流れも別だ。

そういう別の食いモンとして美味い不味いを考えると
広島焼は具材を混ぜないのでグルテンが育たない。
つまり「モチモチ」は無い。
他方で
クレープのような小麦粉の薄焼にキャベツなどを重ねていく料理法は
素材は蒸し焼きとなるし「カリカリ」感は有るだろう。
これは餃子の記事でも少し触れたが好みの問題に属する。
「カリカリ」を求める人には美味いだろう。
素材の蒸し焼きを求める人にも美味いかもしれない。

しかし「モチモチ」派には広島焼はあまり美味しくない。
これは
江戸前寿司が魚を美味く食べるの為の料理であるのに
大阪寿司が米を美味しく食べるために有るのと同様の図式。
小麦粉のフワフワ・モチモチとした食感と
そこに織り込まれた旨味を楽しみたいセンスだからだ。

大阪人にとって
お好み焼は、あくまでも「粉モン」、
メリケン粉(小麦粉)を美味く食べるためにこそ有る
だから
広島焼は大阪人にはお好み焼ではない。

にしても、、、、

この店は料理が出来てくるまで遅すぎる。
こっちは料理はド素人では無い。
「調理時間を考えても」、だ。

何度か来てる学生も
「ここは待たされるんですよ。前は1時間ぐらい何も出ませんでした」
だそうで、今日だけの話ではないとのこと。

メインはそれなりの時間も掛かるだろうと
適当な酒の肴を頼んでいたがそれも遅い。

こりゃ店としての緊張感が足りないのでは無かろうか。
店員の態度も横柄に感じられた。


ここは人気店である。
混んでて入れないことも多いようだ。

そういう評判は昔から知っているが
先述の通り個人的に広島焼に興味が無かったので
入ったのは初めてだった。

しかし遅い。

1時間とは言わないが30分ぐらいは手持ち無沙汰な時間が有った。

焼き物が時間が掛かる体制なら
酒の肴を時間の掛からないモノを多く揃えるとか
「客の気持ちを考えて」メニューを揃えてればいいのだが
そんなメニューではない。
ビールにお通しが付いてる訳でもなく、ビールが安い訳でもない。

人気店であることに座してるんじゃなかろうか。

この遅さを味わってようやく最初の
「チャレンジメニューの制約」
の意味が納得できた。

こんなに愚図いシステムだと、
そりゃチャレンジメニューなんて相手してられないでしょう。
他の客の迷惑だ。
何も出てこずに2時間ぐらい放置されそう。

気合い入れてテキパキ働けよな、客商売。。。

遅いことはネコでもするわ!

少なくとも私は2度と行きたくないと思ってます。
--
お好み焼たこ焼鉄板焼―東京風・大阪風・広島風・もんじゃ焼・明石焼 焼きそば etc.
本場のお好み焼―大阪風創作の魅力広島風融合の妙技
遊び尽くし お好み焼き免許皆伝―東西の熱い競演・基本テクニック
愚図の大いそがし
愛されるサービス
「ありがとう」の伝説が始まる時―あと一歩、お客様の心に近づく。感動のサービスはそこから生まれる。
サービスの極意
サービスマインドをたかめる物語―「マニュアル」を超えよう、「ココロ」を磨こう
レストランサービスの基礎―あなたの店が嫌われるこれだけの理由、評判の店になるためのこれだけの法則
シェフ、板長を斬る 悪口雑言集―東京のレストラン、料理店の評価
シェフ、板長を斬る 悪口雑言集〈2〉―料理・酒・サービス・内装・客層・CP etc.


ruminn_master at 2006年04月08日 21:20 【食】遅いことはネコでもするわ!コメント(0)トラックバック(0)  このエントリーをはてなブックマークに追加

2006年03月18日

【旅】スカイマークで神戸空港へ 4

姫路までの往路の足は今話題のスカイマーク
スカイマーク

整備トラブルぐらいは
「落ちる飛行機に乗る程運が悪くない」
と嘯いて生きてきた身としては気にしたくない、
というより
「俺らが知らないところで一杯有るだろうに、どうせ何処だって」
と思ってるので、もともと大して気にならない方だ。

判ったことだけ大騒ぎしていては本質が見えなくなる。

だが
自分の体格からして窮屈だろうとずっと搭乗を避けてた。
けれど今回、神戸空港に行くのに時間の都合が良く
またキャンペーンで1万円ポッキリで新幹線より安い。

乗ってみると
たしかに
航空業界では虐げられているそうな新規参入組らしく搭乗口は端っこだ。
でも
機内の狭さはあまり気になる程でもない。
たかが1時間程だからというのもあるけど、快適な機内だ。
機内誌も飲み物サービスもイヤホン番組も無いけれど
「そういうものだ」と判っていればいずれも困るものでもない。

ま、これも有りだね。

-----------------------

到着したのも今話題の神戸空港
愛称マリンエア

神戸空港

果たして狭い関西地区に3つも空港が要るのか?
真ん中にタワー建てて飛行機グルグル回してりゃ遊園地だ、
なんてジョークも聞こえる程に必要性は怪しいけれど
昨今は地方空港ばやり。地元の夢は担っているのだろう。

しかし、もし「点」としての発展を目指すならば
人の関心が多様化し情報も幅広く得ている現代の旅人にはピント外れじゃなかろうか。

たとえば多くの観光地にあるけれど
施設の中に飲食から土産まで全て揃った巨大ホテル。
あれでは街は潤わない。
街全体として魅力が無くなれば人は訪れなくなる。

東京から近い熱海や箱根の観光地が寂れがちなのは
老舗のプライドなのか孤立型の「点」として存在するからだと思う。

一足伸ばしたところも「面白そう」だったりしなければ選択肢として不十分。

それが「線」。
今までの関空と羽田で生じたのは縦のラインだ。
京都には強い魅力が有るが、和歌山はまだ弱いので
関空エリアへの広がりが小さく縦線の充実度は不十分に感じる。

神戸空港がこれを刺激して三角形になれば・・・
そう「面」としての広がりを生み出すことを願いたい。

---------------------------------------------

仕事以外の旅行の多い身として思うのだけど
「点」を目指して旅に出ることは少ない。
どれほど素晴らしい経験が一つ有ったにせよ時間と経費の無駄だからだ。
「線」で動いた方が色々なものが見れるし、食べられる。
道草こそが面白いことも多い。

無駄を省くにも二面が有り、効率と能率は異なる。
能率は成果÷時間、効率は成果÷投下資本(経費)。
だがどちらにしても旅で一番の割高は交通費であり移動時間である。
そして節約するには限度がある。
(もちろん色々な裏技や工夫も面白いのだけど)

時間や経費を削るばかりでなく成果を高める方が簡単に旅は充実する。

もっとも、、、楽しめることが少ない人は成果の総量が上がりにくい。

本を読んだり音楽を聴いたり映画を見たり
自分の「枠」を拡げれば楽しめることが増える。
教養というのは自分が退屈しないためにこそ有る。
私はそう思う。

プロセスを楽しむ。それがモットー。
だから道中道楽なんて造語したのだけれど。

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などとカタイコトも好きな性分だけど(笑)
カタイ話はここまで。
神戸空港から始まった今回の旅行は非常に充実したものでした。
---
業界の最新常識 よくわかる航空業界
図解でスッキリ! 旅行・航空・JR知りたいことがスグわかる―曲がり角を迎えた3業界の課題と展望が一目で見てとれる本
議会という装置―神戸空港住民投票臨時市議会記録
伊丹&神戸空港―西日本最大の国内線空港を大解剖!
“空港と街”06年最新!神戸の完全保存版―06年最新!神戸の完全保存版
神戸空港は希望の星か?
The End神戸空港―神戸市株式会社の終焉
海上都市への理論と実践
未来をひらく神戸空港
関西空港戦争―悲劇を克服した神戸空港の物語
空港ストップ!沈黙しなかった神戸市民―住民自治にこだわって
嵐の中の関西新空港―運輸省も困ったヤブから棒の神戸沖案
神戸空港、誰が利用する?


ruminn_master at 2006年03月18日 10:40 【旅】スカイマークで神戸空港へコメント(0)トラックバック(0)  このエントリーをはてなブックマークに追加

2006年02月24日

【雑】門外漢だけど判ること 4

個人競技の方が好きだ。
団体競技は単なる勝ち負け以外には、トレーニング方法とか精神論にしか興味が無い。

もっとも女子スポーツは「好み」で見るときも有るけど(笑)。

自分の専門が武術だからなのか、
団体競技の狡さが嫌いだからなのかあまり判然とはしない。

紳士面して審判の見ていないところでラフプレーするぐらいなら
殴り合えよ、殺し合えよ、って思ってしまう性分。

ズルい奴は見るのも嫌い。暗さに道は譲れない。

オリンピックはそもそも都市国家間の戦争を代替したのが由来。
キレイゴトで済まないのならやめとけよ、って思う。

もっともそれは競技自体のハナシで、
競技者個人は当然に真剣なのだろうから
トレーニング方法や精神論は参考になることも多い。


さてトリノ・オリンピック。
ようやく金メダル取れたね、女子フィギュア
しかも誰もが納得する上出来の金メダルのようだ。

早稲田界隈はオッチョコチョイなので「静香カレー」とかになるだろうね(笑)。
昔「村主カレー」も有ったし、早稲田の現役やOBの活躍は街自体が祝います。

競技を見てて正直なところ
2回転だか3回転だか4回転だか判別なんか出来ないから
コケない限り門外漢には何が失敗だか判らない。

でも荒川静香の演技にはスキが無い。
競技中に何処といって止まってる部分が無い。
動いている身体には安定感がある反面で
ジッとしてる身体のラインにも「今にも動き出しそうな」オーラが出てる。

武術では「静中求動、動中求静」などという。

流れている曲の流れに重なる無駄のない動き。

あのスキの無さを試合時間一杯維持できたなら、そりゃ無敵じゃなかろうか。
絶好調なんてそんなものかもしれない。

村主章枝は「静」と「動」がクッキリしてた。
それでも
「動」がダイナミックで
見てる方の余韻で流れを錯覚させれば問題なかったんじゃ無かろうか。
それだったらむしろ「動」を引き立てる「静」として美しい。
今回は「動」にそこまでのエネルギーは感じられなかった。
そうなると「動」と「静」の谷間にスキが出来る。

ミキティは可愛らしくて応援はしてるけど
今回は「動」ばかり、
チャレンジ・スピリットの固まりだったんじゃなかろうか。
一所懸命が見えてたのでますます「ガンバレよ〜」になったけど
「静」が無ければエネルギー切れしても無理はない。
初めてのオリンピックだから今回はあくまでも「挑戦」として上出来。
今回の彼女はそれでいいように思う。


「動」と「静」のバランスを取るためにはリラックス
つまり「肩のチカラが抜けている」ことが不可欠。

そういうモノゴトには精神面も大きいと思う。

荒川静香は「人と競争するのが嫌い」というが
あのキツそうな顔(笑)見てると天然でそうとは思えないなぁ。。。

自分自身がそうだから想像するに
きっと人一倍競争心の強い「負けず嫌い」が本性なんだけど
子供の頃から「そんな自分」と付き合う方法を探して
そのうちに
競争として見ない、
周囲を見ないように自己暗示を掛けることが身に染みついたんじゃなかろうか。

感情の振幅が人一倍激しいから自分自身とのツキアイ方を幼少時から覚えないと疲れてしまう、壊れてしまう。

失敗するのも人一倍怖い。
おそらくミキティのような冒険は出来ないタイプじゃなかろうか。
(過去の戦歴とかは知らないけれど)

だからそれを克服するのは「やるだけやった」という気持ちしかない。
「これ以上はどうにもできない」というところまで自分を追い込むしかない。

そうなると現場では落ち着くモンだと思う。

クールに見えるのはその結果に過ぎない。

見ていてそう感じたんだけど、当たってるかどうかは判らない(笑)。

ただ自分自身もよく人に「ガードが高い」とか誤解されるので。。。
自分で一番楽な状態に過ぎないんだよなぁ。

まぁいいや(笑)。

で、ハナシを進めると
これは「ボクサーは恐がりの奴の方が強い」と言われるのと同じ理屈。
打たれるのが怖いから
もし打たれたらどうしようと思うから
「打たれないように」ひたすらに練習する。
そういう奴の方が強いとはよく言われるハナシ。

平常心なんて額縁の標語みたいによく言うけど
現場でどんなに自分で催眠術掛けたところでそんなもん無理だと思う。

ミキティは前向きな冒険者タイプに思うけど
村主は荒川と同じタイプだったんじゃなかろうか。
でも
身体を壊して「やるだけやった」まで練習を積めなかった。
それでも五輪選考や全日本では「本番の集中力」
いわゆる「火事場のバカヂカラ」の出るタイプなのだろうか
なんとかなったけど、さすがにオリンピックは違うということだろうか。

今朝のメダル決定の瞬間は結構感動してしまいました。
そう「ガッツポーズ」の瞬間って大好きだ。
---------------------------------------------
よく音楽を聴きに行くけれど音楽についても全くの門外漢。

でも
「スキがある」かどうかと
「肩のチカラが抜けている」かどうかは判る。

あとは見ていて聴いていて楽しいかどうかしか判っちゃいない。
またコードだのリズムだのを勉強して「判ろう」とも思わない。

それは「感じたい」世界として自分にとって凄く大事な時間。

昔、古澤さん
「理屈は判らないんですけど」
って枕詞で喋ったら
(俺は客という立場だからなのかも知れないけれど)

「そんなもん判らなくていいんだよ。お前だって、たとえばボクシングで何でここで左手で、あそこで右手かなんて理屈で説明できないだろう?」

って言われて感心というか感動というか納得した覚えがある。

そんなところも古澤さん好きなんだよね。
少なくとも単なる一流ドラマーでもタダの酔っ払いジジィでもない(笑)。
---------------------------------------------

夜に放送してたフィギュアの番組を見ながら飲んでた酒肴。

酒は伊豆大島の「御神火」焼酎の「芋太郎」と「いにしえ」。

肴は米久(御殿場高原ビールの会社)の生ロースハムに、レガル・ブルゴーニュ(プレーン)(ブルゴーニュの御馳走という意味)というクリームタイプのナチュラルチーズを乗せて。

美酒美肴で気持ちよく酔えましたです。
--
(プレーンって楽天で売ってないなぁ。。。)
レガル ブルゴーニュ レザン 200g

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ruminn_master at 2006年02月24日 22:47 【雑】門外漢だけど判ることコメント(0)トラックバック(0)  このエントリーをはてなブックマークに追加

2006年02月03日

【食】節分の巻寿司丸かぶり 4

節分には新年の歳徳神様(cf.)の居る恵方に向かって太巻寿司を丸かぶりするもんだ。
一本丸ごと家族揃って同じ方向を見詰めて正座して。
その間、新年の無病息災を念じつつ、一言も喋ってはいけない。

今では恵方巻として全国区になりつつ有るようだが
元来が大阪商家の風習で「御上」の意向ではないし
大阪人はカッコイイことは嘘っぽいと感じるので
元々は統一的な呼び名など有る訳もない。
節分の寿司の丸かぶり。太巻き。

世間ではバレンタインの不二家ハートチョコレート並みに
「1977年海苔屋の陰謀説」がポピュラーなようだけど
大阪島之内の古い料理屋(慶応3年創業)の我が家では先祖代々の風習で
ガキの頃に年寄りに直接ハナシを聞いた範囲でも
バァチャンの子供の頃から有ったので100年分は歴史がある。
大正や昭和に始まりを求めるのは間違っていると断言できる。

とはいえ海苔巻寿司の登場自体が江戸中盤以降だから
京都の古来伝統の節分行事とは一線を画することもたしかだ。

まぁ本来は寿司屋などで買ってくるようなものでなく
太巻きは家庭料理、丸かぶりは家庭の行事なので、
恵方巻」として全国的な商売になったという意味では新しいのだが、
ビジネスにしたことを目の敵にすべき時代じゃなかろう。
エビスビールまで便乗して宣伝している(笑)。

むしろ核家族化の時代では有り難い風潮に思える。
東京に居て「それらしき」太巻きを入手できるのだから。

セブンイレブンでまで売ってるのはいいけれど後述するように具材が伝統からは外れてる。

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元祖争いは岡山や和歌山、滋賀なども名乗りを上げてるようだ。
2月3日の節分は旧暦で言えば大晦日、
年越しでバタバタしてるときならば
炊事の手間を省くための寿司の用意は合理的である。
それ自体は日本各地に有りそうだ。

それを地方出身の奉公人が大阪に持ち込んだ可能性も有り得るハナシだが
大阪商人の年越し行事として
大阪の古い家、谷崎潤一郎の「細雪」の世界の家なら
100年は超える継続性を持つ。

少なくとも今のスタイルに固まったのはと考えると
大阪船場起源説に分があるように思われる。

大阪人は「太閤さん」=秀吉が大好きなので
秀吉の家臣、堀尾帯刀先生吉晴が出陣前に巻き寿司食って大勝ちしたのにあやかろうと
昔の船場の旦那衆が縁起担ぎに振る舞うなど有り得るハナシだ。

大阪起源説にもバリエーションがあるようで
大阪の海苔屋さん河幸海苔店のHPに大学の先生が整理した4説が載っていた。
---------------------------------------------
)詼から明治時代初頭に、大阪・船場で商売繁盛、無病息災、家内円満を願ったのが始まり。
∩ゾ譴粒抗僂能性が階段の中段に立って丸かじりして願い事をしたらなったという故事にちなむ。
節分の頃は新しい香の物が漬かる時期で、江戸時代中期、香の物入りの巻き寿司を切らずに丸のまま恵方を向いて食べ、縁起をかついだ。
ちゾ譴涼尭畚阿寮疂の日の艶っぽい遊びが発端。
と風習を研究する新見公立短大(岡山市新見市)岩崎竹彦助教授による調査によると、大きく4つの説がある。
 そして、太平洋戦争前の「物証」が大阪歴史博物館に保管されてるそうです。そのチラシは昭和7年に大阪鮓商組合(現在も存続してます)が発行されたもので、この度朝日新聞16年1月16日の夕刊に紹介されました。
http://www.kawako.co.jp/news.html
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この4つは排他的な理由ではないような気がするがどうだろうか。
秀吉家臣説→3→2→4→1であっても不自然さは無い。

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由来についてもいろいろ有るが、それよりも現在の問題は具材だ。

東京で太巻きを買うと中の具材にキュウリが使われているのが多い。
穴キュウからの発想なのか全国展開への戦略か、
キュウリにもそれなりの理由が付いてはいる
大阪人としては
(個人的にキュウリが嫌いなのも有るけれど)
古い風習に倣うならば三つ葉でなければダメだと思う。

玉子焼、高野豆腐、椎茸、干瓢、三つ葉、寿司飯、焼海苔で七福神。
椎茸や干瓢が白身魚のでんぶになったり、胡麻が入ったり
家々によって多少のバリエーションは有るけれど
関西料理としては三つ葉は外せないように思う。

東京で茶碗蒸しや親子丼を食べてガッカリすることが多い。
三つ葉が乗ってないのだ。
個人的には深川丼ですらネギでなくて三つ葉の店を探して入る。

太巻きの作り方は親から習ってはいるが
男の独り暮らしで自作自食はやっぱり哀しいので
最近では全国区なのを幸いに出来合いの売り物で済ますことが多い。

しかしここで毎年デパートの売り場を探し回るハメになる。

「これはキュウリと三つ葉とどっち?」

キュウリと答えた店は軽く説教して(笑)切り捨て
三つ葉を使った「本式の」太巻を探す。

今日は池袋の東武と西武の地下を回って8軒目でようやく見つけた。
そういえばここは前から三つ葉だよなぁ、の日乃出寿司
銀座歌舞伎座の向かいに有る大阪寿司の店だ。
恵方巻
大阪寿司は江戸のにぎり寿司と異なり
魚が主役なのではなく、発想が「米を旨く食べるため」である。
大坂は「天下の台所」、米が集まる土地柄だからだろうか。
鯖鮨、押し鮨、ばら寿司。
酢飯の巧拙が出来を分ける。

それに対して具材はシンプルだ。
節分の太巻きに鰻を入れるのは甚だ疑問である。
鰻料理屋だったウチがやってないのだから(笑)。

そもそも節分の太巻きは
主人や家族のみならず
普段は粗食の奉公人も含めて
商家で上から下まで全員が揃って食べる縁起物。
具材に贅沢品など使う訳もない。

だけど「とっても美味しい」。
関西文化の華、ダシの利いた食材揃いである。
玉子焼、高野豆腐、椎茸、干瓢、三つ葉、寿司飯、焼海苔。

昔は新年を迎えるに当たって新しい服を準備した。
奉公人に支給するお仕着せも新しくする唯一の機会だ。
枕元に新年になると袖を通せる新しい服を畳んで床に就く。
そういう気持ちの改まる夜である。

商売は人が宝である。
無病息災こそが商売繁盛、家内安全の源だ。
そういう晩に上から下まで揃って食べるのが節分の太巻寿司。
けっして浅はかな文化などではない。

歴とした祈りの儀式では無かろうか。
--
しきたりがズバリ!わかる本―一年365日楽しめる話のネタ本 昔むかし、節分と鬼は無縁だった
日本人のしきたり―正月行事、豆まき、大安吉日、厄年…に込められた知恵と心
日本を楽しむ年中行事
おりおりに和暦のあるくらし
年中行事覚書
暦帖二〇〇六 ー日本を知る、四季を楽しむ、旬を味わう
「まつり」の食文化
鮓・鮨・すし―すしの事典
なにわ大阪の伝統野菜


ruminn_master at 2006年02月03日 21:07 【食】節分の巻寿司丸かぶりコメント(0)トラックバック(0)  このエントリーをはてなブックマークに追加

【思】プラネタリウムもいかがわしく 2

今日はそもそも
「節分の太巻き寿司」を買いに街に出て
意外に早めに見つかったので
池袋をウロウロしてるのだけど
まだ夕飯時までには少々時間が余った。

だもんで時間の隙間には最適かなとプラネタリウム。

池袋サンシャイン60の上にある
サンシャイン スターライトドーム 満天
東京休日案内
デート通
レッツエンジョイ東京
池袋ウォーカー
コニカミノルタ

プラネタリウム満天


何度も来てるのだけどますます酷くなったなぁ、とか思う。

何が、って
単なるデート向けのアトラクションに「成り下がって」て
(ディズニーランドのアトラクションと変わりない)
ちっとも科学の香りが無い。

1日の星の運行を
日没から夜明けまで見せる部分、
星の説明や、星座のいわれを解説する部分
そういう知的側面が極端に少なく早廻しになってきてる気がする。

反面、映画みたいな映像作品が幅を利かせる。

う〜ん。

子供の頃のあの知的好奇心のドキドキ感が欲しいんだけどな。

まぁ営業的に難しいのか。

渋谷の五島プラネタリウムも潰れちゃったものね。
+(その他(1)(2)(3)(4)
日本プラネタリウム協会
五島プラネタリウム


ほんの子供の頃、
大阪市立科学館に毎週のように通っていた。

展示館が40円でプラネタリウムが70円だったように記憶している。
両方合わせても小学生が一日遊ぶには十分だった。

展示館も今みたいな映像を見るだけじゃなくて
自分でハンドル回したりピストン押したり
「自分で体験する」施設だった。

今や大阪市立科学館もビジュアル施設に「成り下がって」いる。

手仕事をする人が居なくなった、とか
日本の伝統工芸を守れとか言う前に
子供の頃からの素朴な「体験」とか
知的好奇心とかを疎かにする文化の作り方を考えた方がいいと思う。

昔の少年漫画じゃ恋愛バナシなんて添え物で
主人公はそんなこと気にも留めずに好きに生きていた。
今じゃ鬼太郎にだって彼女の居る時代。

デートコースにならなきゃ営業的にペイしないのだろうけどさ。

何でもかんでも
前戯としてしか消費できない社会や時代は先細りになる気がするよ。
ローマ帝国が滅亡したみたいに。
---
プラネタリウムを作りました。―7畳間で生まれた410万の星
プラネタリウムへようこそ―星空を創る人々の知られざる世界
つるちゃんのプラネタリウム―プログラム作りからホームページ公開まで
地上に星空を―プラネタリウムの歴史と技術
星空を楽しもう―つるちゃんのプラネタリウム編
ステラナビゲータ Ver.7 + 公式ガイドブック
全天88星座?夜空の美術館完全版?
ステラナビゲータ・アクセサリ KAGAYA ファンタジー
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星空はかせ アカデミックパック


ruminn_master at 2006年02月03日 17:20 【思】プラネタリウムもいかがわしくコメント(0)トラックバック(0)  このエントリーをはてなブックマークに追加

2006年02月01日

【考】相変わらずの時代遅れで的外れ 3

大阪府が条例で「カラオケボックスもボーリングも16歳未満は7時以降禁止」だとさ。

でも『的外れ』だと思うのは規制したことじゃない。
規制したけりゃ当の中学生から3000円ぐらいの罰金取ればいいのに
何を寝ぼけてんだか「出入りを認めた施設経営者に30万円以下の罰金」だと。

「子供は天使」だとか「子供は保護の対象」ってのは寝言だと俺は思う。
その寝呆けた頭が無意味に不自由な規則を作っていく。

必要なのは「保護」じゃない。
真剣に関わっていく親であり学校であり社会だ。

自分も中学時代は塾帰りにゲーセン寄ったりしてた。
大阪は商売人の街。
両親共に働いてれば家に帰ったって誰も居ない奴も多い。
そいつらは何処に行けばいいのだろう。
そういうことに気の回らない苦労を知らない育ちの無神経さがアホな規則を作る。
エライ人にはワカランと庶民の声はいつも空しい。

親が出来るだけのことをする。出来ないことを学校が。
学校が頑張っても出来ないことを社会がする。

そういう構図が崩れて
親自体が「できるだけ楽したい」くせに
「学校や社会にとやかく言われたくない」
「ウチの子のしたいようにさせて何が悪い」と社会性を持たない。

こうなった以上は社会の出来ることは限られる。

かといって中途半端な法令を作ることは逆効果に思う。

街に居るな、というなら家でゲームでもやってろ、ってのかな?
大阪府は「引きこもり」を助長したいのだろうか?

それならそれで良かろう。
法律は多数決で作るモノ。いつだって一方的だ。
だとしたら・・・なのだ。問題は。

中学生を直接掴まえて説教して親を呼び出して家に帰す。
気が遠くなる程面倒くさいと思うが、
そのコストを惜しんで営業者側に罰金を科したところで尻抜けになるだけだ。

単純に中学生から払える程度の罰金を徴収するのでも少しはマシ。
自分も含めて人間なんてシツケがワルけりゃ猿以下なのだから
痛みが無ければ改まらない。

症状に効果のない薬は副作用の悪影響だけが残るものだと思うから。

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「カラオケは7時まで」 16歳未満の門限条例施行

 カラオケボックスやボウリング場など夜間営業施設について16歳未満の出入りを原則午後7時までとする大阪府の改正青少年健全育成条例が1日、施行された。
 府によると、同様の条例を持つ43都道府県は午後10時―11時以降の出入りを禁止しており「全国で最も厳しい内容」という。違反した場合、出入りを認めた施設経営者に30万円以下の罰金が科せられる。
 この日、府子ども青少年課の職員約30人が、大阪市の梅田や、JR天王寺駅コンコースなど3カ所でポケットティッシュ計約5000個を配布し、条例改正を周知。
 ただし保護者同伴ならゲームセンターを除いて午後10時までは立ち入り自由。大阪府は当初、保護者同伴でも午後7時以降の出入りを認めないとする案を検討していたが、府民に意見を公募したところ「厳しすぎる」「家族のだんらんを奪うのか」などと反対意見が殺到したため、撤回した。
(共同通信) - 2月1日6時41分更新
http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20060201-00000018-kyodo-soci
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悲しみの子どもたち―罪と病を背負って
少年非行―青少年の問題行動を考える
ひきこもる若者たち―「ひきこもり」の実態と処方箋
「ひきこもり」たい気持ち
ひきこもり
若者の「心の病」がわかる本―「ひきこもり」から「家庭内暴力」まで・精神科医のカルテ
「ケータイ・ネット人間」の精神分析


ruminn_master at 2006年02月01日 11:11 【考】相変わらずの時代遅れで的外れコメント(0)トラックバック(0)  このエントリーをはてなブックマークに追加

2006年01月08日

【楽】そいんじゃの緊張と緩和 4

0098beb0.JPG1年とは言わないけど半年ぶりぐらいか。
「そいんじゃ」

久々ということもあって細かい工夫というか進化というか、そういうのも新鮮に思えて楽しかったです。「ホチキスでキッス」がツボかな。

(写真でJIROKICHIライトの下に写ってるのは三角定規です)

そいんじゃは元上々颱風のパーカッション後藤まさる氏リーダーのバンド。

上々颱風在籍中からボチボチと始まって
(実際のトコロはゴトヤンとタカシさんが出会った大昔からだそう)
脱退後メインで走り出した、、、
ところが
ゴトヤンがケミストリの「お仕事」で忙しくなって
時々になって、、、
でもお客さんはその分、様々な層が増えて、今に至る。

ジロキチは立ち見でギュウギュウの満員御礼。


打楽器パフォーマンスということで
昔は言葉の無いリズムだけの世界でコントっぽいのもやってた。
っていうか、そういうイメージで居た。

ある時期から
ギターや様々なゲストの人のアコーディオンやサックスが増えて
センチメンタルな情感の世界が増えて「お笑い」が減っちゃった。

個人的には「他には無い世界」ということでコントっぽい方が好き。
それも昔やってた「言葉の無い世界」での「音だけのお笑い」が。

まぁもともとロマンチックが苦手な性分もあるけど
情感が溢れてくると照れくさい。。。
メリハリとして2〜3曲は欲しいんだけどね。

でもって「お笑い」。
「言葉で笑わしちゃぁなぁ。。。」って少々思う訳です。
「そりゃオモロイねんけど、ベタやん。。。」って。

言葉で面白いのは他にも山程有る訳で、
言葉じゃなくて音、それだけの世界が抜群に面白かった。

専門的なことはよく分からないけど
一人の聴く側として
打楽器には独特の緊張感がある。
音自体のインパクト、音と音の間の「間」(ま)。
音と静寂。緊張と緩和、緩和と緊張が様々に入れ替わる。
サイレントムービーはトーキーよりも饒舌で
観客は惹き込まれる。
客の想像力が試されてるような妙な緊張感も楽しい。

ダジャレやベタネタでの「お笑い」は飽きる。
今東京にいると最近の若手「お笑いブーム」ってのは
そんなのばっかりに感じる(俺がフケたのもあるが)。
でも
そういう一過性のスピード感が若者文化に溶け込んで似合ってるのだろう。

笑いとは緊張と緩和だと看破したのは故・桂枝雀。

本当の緊張と緩和が生む「お笑い」は飽きない。
上手な古典落語が何度でも笑えるのと同じ。
分かりきった話でも惹き込まれてる内に客は乗せられてる。
予定調和の如き緩和の瞬間の大きなカタルシスが快感だ。

一般に、芸の中でホントに難しいのは「お笑い」だそう。

そいんじゃ

「お笑い」は準備・ダンドリが大変だそうだし
大勢のお客さんには情感豊かな歌詞があった方が伝わりやすいとは思う。
今は女性客も多いしね。
ロマンチックなニーズやベタな土壌は強い気がします。

マニア向けじゃあねぇ(笑)。
アサヒビールはマニアックな酒飲みをターゲットにしないで
スーパードライを造って爆発的にヒットをした、、、今は昔かな?

だから
しょうがないけど、
そいんじゃの潜在能力、
それは
打楽器の表現力の限界まで楽しむ、楽しませるものだと思うので
そういう奴もいずれタップリ味わいたいな、って感想でした。
--
笑わせて笑わせて桂枝雀
ボディパーカッション入門―体を使った楽しいリズム表現
螺旋の腕―オーガニック・ダンス・パーカッション


ruminn_master at 2006年01月08日 22:30 【楽】そいんじゃの緊張と緩和コメント(0)トラックバック(1)  このエントリーをはてなブックマークに追加

2006年01月07日

【雑】SNSの「バトン廻し」とか 1

どうもね、、、
昨今の無責任体質の低刺激性動物的若者文化に批判的なオジサンとしては
こういうの嫌いなんだけどね。
まぁ逃げるのは嫌いなので自分なりの考えを述べた上で。

ここはMixiなどSNSに無関係な人も読んでるので説明いたしますと
(既に批判的ですが(笑))

特に話題にする程の日常も無く
人に深入りするのもされるのも嫌いで
安全な距離感で無難に「暇つぶし」したい
儚い感覚でも「連帯感」を味わいたいという
現代若者的ネット文化の一種で
特定の質問事項にお互いに答えて行って適当にコメントして
でもって周囲に拡げて「みんなで恥部を共有」みたいなのがバトン。

似たようなのにはコミュニティ(掲示板)でのシリトリだとか
「今日食べたものを報告するスレ」とか。

どうもオジサンとしては
ネットの匿名性に胡座かいてるような文化は馴染めない。
それは人間の家畜化に繋がる世界に思える。

そういうのには抵抗して生きていたいんよね。

希薄で無内容なコミュニケーションで連帯感を確かめ合うのは人間のサル化だと
以前にとある本の書評で書いたというか、そういう意見に賛同した。

ネット上では無内容なコミュニケーションの方が好まれるというのは
i-modeなどの携帯メールの普及が若年層に著しい日本のネット文化の特徴らしい。

人間は本能から自由である。
だけど動物であることは忘れてはいけない気がする。
とはいえ
無自覚にサルに堕することは避けるべきだと思う。
選択するのは自由だけど自分とは対極の生き方だろうなぁ。

廻ってきたのは「自分バトン」。
---------------------------------------------
1.好きなパーツはどこ?
 拳と肘と指。
 武器にもなれば治療具にもなる万能ツールです。
 指は昔からマニキュアが似合うと言われる(笑)
2.自分の性格で好きなところは?
 前向きなところ。プラス思考。
 考えながらもとりあえず動けるところ。
3.ちょっと変わってるとこは?
 陽気なワリには攻撃的。
 直感的なクセに理屈っぽい。
4.自分を何かに例えるなら?
 大型肉食獣。
 見た目で熊だと言われるけどネコ科だと思う。
5.自分が異性だったら,好きになりますか?
 こういう理屈っぽい奴は嫌い。
 女は素直で無邪気で健気な奴がいい。
6.変えたいところは?
 あまりに何でも手を拡げすぎて収拾がつかなくなる欲張り性。
 体重は現役大学生時代に戻したい。。。
7.最近の褒めてあげたい自分は?
 上記↑6を反省する心を失っていないところ。
8.自分のこと好きですか?
 はい。
 嫌っても死ぬまで逃げようもないので。
9.バトンを回す5人は?
 回しません。
 「不幸の手紙」と一緒だからここで供養します。
---------------------------------------------

こういうハナシで
2時間どころか一晩中
「ああだこうだ」と語り合っていたのが
一昔前の青春群像だという気がします。
そういうの大好きでした。

「お前が天下国家気にしたって何にも変わらんわ!」
ってツッコミがお互いに入りつつも
夜中の飲み屋で天下国家を憂えてる大学生なんて
昔はとくに熱心な右翼・左翼でなくてもアチコチに居たように思います。

人生論も然り。

この手の話題は好きですが、ハナシがアッサリしてるのが気に入らないんよね。
「だからなんなんだ?」みたいなところが。

身近な人とじっくり突っ込んだハナシをするのは吝かではありませんが。

個人的には内容が無くてそこからハナシが深く進まないようなコミュニケーションは全て嫌い。

だから
「単にお客と店の間柄」とか
「単なるファンとタレント」とかも嫌い。
人間的にコミュニケーションが取れないのなら、
話が先に進まないのなら、
時間の無駄だと思っています。

そこから先の人生で仲良くもなれない人間に時間や金を浪費する気にはなれません。

幸せを求めることと不幸を紛らわせることは違う。
前進すれば壁にぶつかるのも当然。
人生ドロドロしてナンボ。

「青臭く生きる」のが身上です。←もはや天然記念物ですが(笑)。
--
「ケータイ・ネット人間」の精神分析
12歳からのマナー集―インターネット・ケータイ・電車内マナーから「なぜ殺してはいけないのか」まで
ネット&ケータイ人類白書―「多感階級」の誕生
ケータイ・ネットを駆使する子ども、不安な大人―肥大化するインターネット。コミュニケーション装置としての功罪


ruminn_master at 2006年01月07日 23:32 【雑】SNSの「バトン廻し」とかコメント(3)トラックバック(0)  このエントリーをはてなブックマークに追加

2005年12月31日

【思】Blog始めて4ヶ月 3

大晦日ですな。読んで下さった皆様有り難う御座いました。

4ヶ月のワリにはよく書いたなぁ。

書いてる内に書き方みたいなことも判ってきて
書く内容も変わってきたように思います。

でもポリシーが変わった訳ではありません。

基本的には
グルメサイトのつもりで始めたモノの
何を食べても
誰と食べたか、とか
どんな気分か、とかで味は変わるモノです。

だから
考えたこと感じたことも書いてますが
日記じゃなくてワリとヘビーなので
書く方もそれなりに時間を取らないと書けない・・・
下書き止まりの記事も随分と有ります。

自分のリンク集、旅行記の意味も出てきたので、
少しずつ過去の記事も増やしていくつもりです。

面白くなってきたし。

高校時代は写真部で新聞部で自治会(生徒会)でとアレコレ忙しくしておりました。

そんな頃のパワーが写真と文章を書き綴ってることで戻って来た感じです。

モノを考え、モノを書くことで自分自身が正確になる、そんな気もしています。

実は写真を撮ることも嫌になっていたのですが、再び楽しくなっています。

さて、新年も旅行記から始まる予定です。

またよろしゅうに。







テーブルが使えるかな? 写真を並べたいので 実験中です。





ruminn_master at 2005年12月31日 14:25 【思】Blog始めて4ヶ月コメント(2)トラックバック(0)  このエントリーをはてなブックマークに追加

2005年12月14日

【思】感情論でなく・・・ 3

「もっと厳しく追及すべきだ」
「責任逃れに怒りを感じる」

なんて評論家の論調や被害者の意見がワイドショーで見られた。
今朝の国会の証人喚問だ。

なんだかおかしいと思う。

この個人を責めて「気が済む」ことにどれだけの意味があるのか。
トカゲの尻尾切りの危険が極めて高い複雑な仕掛けの悪事。
「無知に付け込む」「心の弱さに付け込む」阿漕な商売、
問題が生じてない時は「やり手」で「優秀」などと持ち上げられ
そのやり方でのし上がった奴らが上に居るのだ。
建築士みたいな技術者は文字通りの枝葉末節の建築業界。
ことは構造的なビジネスの在り方まで及ぶヤヤコシイ話。

いっそ、この個人を免責してでも
事案の真相を解明するための手掛かりを得るべきであって
この個人が土下座したとて、誰かの「気が済む」以上の効果は無いはずだ。
質問者は慎重に言葉を選んで、彼の口を開かせなければならない。
「もっと厳しく追及すべきだ」って意見は
拷問でもしかねない時代劇の火盗改め並みのセンスに思う。

公開処刑を求めるなら古い人民中国と同じだ。
大衆が吊し上げを求めるのはありがちだし
視聴率稼ぎのマスコミとしてはありそうだけど
国会での証人喚問は国政調査権の行使、
再発防止のために事実を明らかにして
必要な立法的・行政的手当てを考える前提作業に過ぎない。

反省の言葉を促すような質問をしてる議員も居たが
選挙民へのパフォーマンスじゃないかと疑った。
被害者とていちいち謝罪を求める感情的態度より
事案の真相を明らかにすることを理性的に選択すべき場合なのだ。

上に眠る巨悪を許してはならない。
トカゲの尻尾切りの余地を与えてはならない、
それが最重要課題じゃなかろうか。

---------------------------------------------
「鉄筋減らせと圧力」 木村建設元支店長名指し
 
 耐震強度偽装問題で、衆院国土交通委員会は14日午前、構造計算書を偽造した姉歯秀次元1級建築士(48)を証人喚問した。姉歯元建築士は、きっかけについて木村建設の篠塚明元東京支店長(45)を名指しして「鉄筋量を減らすよう言われた」と証言、木村建設側の違法な指示が原因と指摘した。
 姉歯元建築士は「これ以上の削減は無理と(篠塚元支店長に)何度も伝えたが『予算に合わないからやり直してくれ』と言われた。違法をしてまでもの(要求)と感じた」と述べた。
 指示に従ったことについては「仕事の90%を木村建設から請け負っており、鉄筋量を減らさないと仕事を一切出さないと言われた。生活ができない状態となるのでやむを得なかった」と説明した。
 また偽造を始めた時期は1998年ごろで、件数は東京都大田区のマンション「グランドステージ池上」を最初に合計60件前後だったと述べた。国土交通省のまとめでは偽造は71件に上っている。
(共同通信) - 12月14日12時0分更新
http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20051214-00000093-kyodo-soci
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もともと一人が反省したからと言って
金銭賠償すら能力を超えるのだから。

非難は刑事司法の場で加えられること、
民事賠償とて非難ではなく「損害の公平な分担」を図る場だ。

ムードに流されて「非難しやすい個人」を吊し上げするのは誰か。
大衆を煽るのがマスコミだとすれば
被害者の実名報道規制ももっともだ、
と思わせるマスコミの醜態がそこに有るように思う。

大勢が熱くなるべく煽った方が視聴率は取れるのだろうけど
必要とされる報道機関の在り方ではないように考える。

俺は映像を見て
「へ〜覚悟して出てきてる顔だな」
「身辺整理みたいな空気だね」
「自殺とかしなきゃいいけど」とか感じた。

責めやすい個人に石礫をぶつけて「気が晴れる」
そんな無意味で逆効果なことに躍起になるのではなく
難攻不落の構造的悪事を「イライラしながら」
トコトン追究して大きな悪いヤツを引っ張り出すべきだし
再発防止の法制度や人的制度を考える場合なのだと思う。

マスコミの論調が一方向になってる場合には、
警戒して、もう一度理性的に見直して考えるべきだと考える次第。
--
欠陥マンションの作り方―凄まじい建設業界の裏側
日本の建設産業―知られざる巨大業界の謎を解く


ruminn_master at 2005年12月14日 13:41 【思】感情論でなく・・・コメント(1)トラックバック(0)  このエントリーをはてなブックマークに追加

2005年12月12日

【思】NHKって 2

NHKの役割って何だろうね。

「何だったんだろうね」の方が正しいのかも知れない。

戦争中には
「大本営発表」だけが「中立公正な報道」で
批判的言論が弾圧された歴史よろしく、
民間スポンサーに左右されない放送局だからとて
果たして今の時代に「中立公正」か否かは極めて疑わしい。

何らかの編集作業が入る以上、
そしてそれが人間のやることである以上
「誰の目から見ても中立公正」なんてあり得ないのではないか。

与党野党という構図で見るなら
「事実だけを伝える」という報道は
政権与党には+にも−にも働くが
野党には直接何の働きもない。
「私ならこうする」という主張が伝えられて
それが真実味を帯びて初めて野党は意味を持つ。
 そして報道機関が
(誰かの)「都合の悪いことは言わない」
ということになれば
+と−、
−が伝わらないのだから
報道機関は嘘をついている訳ではないけれど
気付かない内に「ある方向」に誘導されていることになる。

天下りや企業結合の大枠からNHKが自由だとも思えない。
もちろん民放とて同じだ。
だからこそNHKの存在意義が今有るのか、となる。

報道されないことは受け手からは無いのと同じ。
編集の恣意は受け手の思考も歪める。

大本営発表のコワサはそこにあるのだし
だからこそ言論の自由が大事なのだし
犯罪報道の規制が警察の判断に委ねられることの危険性がある。
警察のミスや冤罪の追究は、あの法律によって困難となる。

情報が多元的に発信される今の時代は
むしろ
「どういう立場で、どういう人が、どういう意図で」
情報を発信しているのかが明確な方が
絶対的な「中立公正」でなくても
批判に晒されることで相対的に「中立公正」に近づく。
絶対的「真善美」は神様じゃない人間には判らなくても
多数決で相対的に「真善美」に近づけると信じるのが
民主主義なのだから
(それ自体の妥当範囲は議論の余地があるにせよ)
民主主義の爛熟期にある日本の放送局が
独善的に「正しさ」を判断することに違和感を感じる。

西洋人から見ると
日本の新聞で判りやすいのは赤旗と聖教新聞だとか
何かの冗談だか真実だか知らないけれど
民主主義では立場の明確性こそが「正しさ」を検証可能にする。
検証するのは個人。
それが民主主義を支える「個人主義」なのであって
国やエライ人が
「正しい」と決めてくれたり保証してくれるものではない。

NHKは何だかどこかで
自分たちは「正しい」とか思っているのではないか。

NHKの「正しさ」が有るとしたら
それは教育テレビレベル、
つまり義務教育以下のハナシじゃなかろうか。
大人の世界では「批判に耐えるだけの透明性」だけが
「正しさ」を保証するような気がする。

「知らしむべからず寄らしむべし」
ってのは時代錯誤も甚だしいが
国家機関や地方自治体、公共企業体の多くは
未だに官僚的な秘密主義の中で閉じこもっているように思える。

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<NHK>受信料払った人だけ観覧OK 一部の公開収録番組

 NHKは12日、一部の公開収録番組の観覧者を、受信料を払っている人だけに制限すると発表した。対象の番組は未定だが、今年度内に1回、来年度は10回程度実施する。
 9月27日の「歌謡コンサート」で、試験的に入場者制限を実施。観覧希望者に郵送によるアンケート調査をしたところ、入場制限について賛成85%、反対8%だった。また、入場制限なしで行われた同番組の観覧希望者対象のアンケートでは、75%が賛成したという。NHKは「受信料を払っている人への感謝を込めた優遇措置」としている。
(毎日新聞) - 12月12日20時17分更新
http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20051212-00000085-mai-soci
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受信料不払いは
良心的兵役拒否なんかと違って
それ自体に大した正当性が有る訳ではないのだけれど
不払い運動が拡がった経緯は
政治家の事務所からは徴収してないとか
ヤクザ屋さんからは徴収できないとか
そういう実体が明らかになって
「正直者が馬鹿をみる」と天下に知れ渡ったからじゃなかったか。

そういう中で「払わないヤツは悪いヤツ」と言ってみても
説得力は皆無だろう。
「正直者が馬鹿をみる」と思うだけだから
抵抗できる限りは抵抗する人が居ても不思議ではない。

まぁ儒教的道徳観の根っ子には
「長いモノには巻かれろ」とか
「正直者は馬鹿を見る」みたいな処世訓が横たわっているので
(儒教とは支配者に都合のいい思想にできてる)
もしかしたら「そういう価値観」を国民に植え付ける気か?
と冗談のように思う。

不払いを改善するには税金みたいに強制徴収可能な法律にするか
でなければ
何だか「払わないヤツは悪いヤツ」みたいな
徹底も出来ない雰囲気作りで上から発言することを止めて
「皆様の善意が支えるNHK」
みたいなスタンスになれば、それなりに支払率が上がると思うのだけど。

上から命令できる時代じゃないのだけど
官僚制を引きずっているのか
東大出なんかのエリート意識の表れか
NHKというのはどうにも時代錯誤な組織な気がする。

紅白の司会者や出場者のセレクトが「いかにも」だと思う。
「スキウタ」とか
視聴者の意見を反映させるかのような「フリ」をして
(ご丁寧にもNHKはアンケートの頁を既に削除している)
散々煽っておきながらも
結局は
紅白の注目度を上げるための話題造りに過ぎず
民間投票なんか無視して
NHK内部の視点から
結局はアチコチで話題性のある人間を寄せ集めて
当たり障り無く八方美人にまとめた・・・
・・・つもりが成功してない。。。んじゃなかろうか。

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05年NHK紅白歌合戦
NHK 紅白で100万人アンケート


 NHKは20日の総局長会見で、戦後60周年にあたる今年の「紅白歌合戦」について、“聞きたい歌100万人アンケート”を行い番組に反映させると発表した。アンケートは今月下旬から10月までの間に、公開番組の会場やホームページなどで受け付ける予定。原田豊彦放送総局長は「視聴者の参加感を高める。戦後60年でもありますし、みんなが知っている曲を楽しんでもらう」と実施理由を説明した。

 紅白が番組制作費詐取事件の舞台となっていたことが発覚した昨年は、透明性を高めるため「出場してほしい歌手」を全国3600人を対象に調査。「歌手のランク付けになる」などと一部の出演者から不満の声が上がった。

 今年は出場歌手が自分の歌を歌う場合と、選ばれた曲を歌うバランスが話題となりそう。現場をとりしきる大鹿文明芸能センター長は「それは悩んでいます。みなさんで歌ってもらうという方法もありますし、検討中」とした。
[ 2005年07月21日 ]
http://www.sponichi.co.jp/entertainment/special/2005kohaku/KFullNormal20050721009.html
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「紅白で聴きたい曲」視聴者アンケート開始

 NHKは1日、今年の「紅白歌合戦」で聴きたい歌を視聴者が投票する「スキウタ〜紅白みんなでアンケート〜」を開始した。10月31日まで全国の放送局などに用意されている用紙で投票でき、郵送も可能。今月末からは番組ホームページ(HP)でパソコンや携帯電話からも参加できる。

 NHKは1946年〜04年まで年別に計600曲をリストアップ。1人3曲まで選べる。05年の曲など、リスト以外からも選べるが、選考基準をめぐり議論を呼ぶ可能性も。

 “組織票”対策としてはHPへの投票については1人1回に制限。しかし、用紙投票は「手で書いてくれる分には何枚でも認める」(同局)という。投票総数は最低でも100万を目指す方針だ。
[ 2005年08月02日 ]
http://www.sponichi.co.jp/entertainment/special/2005kohaku/KFullNormal20050802043.html
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紅白「スキウタ」1位はSMAP、モー娘

 NHKは6日、大みそかの紅白歌合戦で聴きたい歌を視聴者に投票してもらう「スキウタアンケート」の中間結果(9月30日現在)を発表した。1位はモーニング娘。の「LOVEマシーン」とSMAPの「世界に一つだけの花」。上位にポップスのヒット曲が並んだ結果に同局は困惑気味。「年代別での集計も考えている」と説明した。アンケートは今月31日まで。

 中間結果は8月1日から9月30日までに寄せられた18万4923件、延べ39万6930票を集計したもの。ポップスのヒット曲が並んだのは、パソコンや携帯電話からの投票が11万9166件と6割以上を占め、ネット世代の若者の投票が多くなったためとみられる。曲目も同局があらかじめ提示した600曲をはるかに超える2207曲が挙げられるなど、多様化した好みが浮き彫りになった。

 同局の茂手木秀樹芸能番組センター部長は「ネット社会になっていることを痛感した。一方で、そうでない暮らしをしている方にも向けて番組をつくっていかなければならない。曲も思った以上にばらついた」と結果が意外だったことを率直に認めた。

 その上で「この結果の上位曲が即、紅白で歌われるわけではない」とあくまで演出の参考リストであることを強調。さらに「年代別の順位も集計する必要がある」とも。アンケート開始時に年代別集計の話は出ておらず、番組が偏った結果にならないための配慮を急きょ取るドタバタぶりとなった。

 また、得票数は明らかになっていないが上位はほとんど差がない状態で、最終結果はかなり変わってくるとの見通しを示した。

 かつての国民的番組も、昨年は過去最低視聴率の39・3%。番組の透明性を高めるために実施されたアンケートだが、実際、結果がどの程度、番組の構成に反映されるかは未定で、茂手木部長は「結果を演出に生かせるように最大限の努力はしたい」としている。最新ヒット曲が歌えない演出になる可能性もあり、歌手側との出演交渉にも大きな影響を及ぼしそうで、「新生NHK」の紅白は手探り状態だ。

 ▽スキウタアンケート 8月1日から受け付け開始。あらかじめNHKが600曲をリストアップ。そのほか自由記入も可能で、はがき、データ放送、インターネットなどを通じて1人3曲まで投票が可能。投票総数に占める年代ごとのシェアは20代19・6%、10代18・8%。70代はわずか4・8%。投票結果は11月下旬と大みそかの午後に番組で公表される予定。

 ≪会長「視聴率は昨年超えたい」≫橋本元一会長はこの日の定例会見で「視聴率は高ければ高い方がいい。昨年を超えたい」と低迷続きの紅白にカツ。アンケート結果には「若い人はジャンルが広い。私みたいな高齢者は演歌か童謡に収れんされるんですが」と感想を述べた。「紅白の観覧者を受信料支払い者だけに限定するのか?」という質問には「曲目の選定を広く(国民から)集めているということもありまして、今年の紅白は支払い者限定とは考えていない」と話した。
[ 2005年10月07日 ]
http://www.sponichi.co.jp/entertainment/special/2005kohaku/KFullNormal20051007043.html
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紅白初出場にユーミン、山崎まさよしら

 NHKは1日、大みそかの第56回紅白歌合戦の出場歌手を発表した。紅白各30組の計60組で、松任谷由実ら16組が初出場。
 昨年は40%を切る過去最低の視聴率だったが、NHKの茂手木秀樹歌謡・演芸部長は「いろんな世代に見てもらえるラインアップになった」と人気回復に自信を見せた。
 お笑いコンビ「ガレッジセール」のゴリが女性キャラクター「ゴリエ」として紅組に、和田アキ子が「Akiko Wada」として男性2人組m―floと一緒に白組で出場する。昨年出場を辞退したSMAPも13回目の出場。最多は42回目の北島三郎。
 初出場は、紅組が松任谷のほか、AI、伊藤由奈、倖田來未、ゴリエ、DEF.DIVA、渡辺美里の7組。白組はm―flo、北山たけし、グループ魂、コブクロ、スキマスイッチ、D―51、Def Tech、山崎まさよし、WaTの9組。
 出場歌手の選考は、視聴者から聞きたい歌を募集した「スキウタ」の結果や、今年の活躍ぶりなどを基にした。
 愛知万博で共演したアジアの歌手らと一緒に出場する松任谷は「万博のユニットがまさにミラクルだった。その勢いで初の紅白も楽しみたい」とコメントを寄せた。
 放送は31日午後7時20分から同11時45分まで。
【紅 組】( )は出場回数
 A I (初)
 aiko (4)
 石 川 さ ゆ り (28)
 伊 藤 由 奈 (初)
 大 塚  愛 (2)
 川 中 美 幸 (18)
 倉 木 麻 衣 (3)
 香 西 か お り (13)
 倖 田 來 未 (初)
 小 林 幸 子 (27)
 ゴ リ エ (初)
 坂 本 冬 美 (17)
 島 谷 ひ と み (4)
 鈴 木 亜 美 (3)
 天 童 よ し み (10)
 DREAMS COME TRUE (10)
 中 島 美 嘉 (4)
 長 山 洋 子 (12)
 夏 川 り み (4)
 浜 崎 あ ゆ み (7)
 一 青  窈 (3)
 平 原 綾 香 (2)
 藤  あ や 子 (14)
 B o A (4)
 松 浦 亜 弥(5)& DEF.DIVA (初)
 松任谷由実 with Friends Of Love The Earth (初)
 水 森 か お り  (3)
 モ ー ニ ン グ 娘 。 (8)
 森 山 良 子 (10)
 渡 辺 美 里 (初)

【白 組】( )は出場回数
 ア リ ス (2)
 五 木 ひ ろ し (35)
 w−inds. (4)
 m-flo (初) Akiko Wada (29)
 氣 志 團 (2)
 北 島 三 郎 (42)
 北 山 た け し (初)
 グ ル ー プ 魂 (初)
 C H E M I S T R Y (5)
 ゴ ス ペ ラ ー ズ (5)
 コ ブ ク ロ (初)
 さ だ ま さ し (17)
 ス キ マ ス イ ッ チ (初)
 S M A P (13)
 T.M. Revolution (3)
 D − 5 1 (初)
 Def Tech (初)
 T O K I O (12)
 鳥 羽 一 郎 (18)
 氷 川 き よ し (6)
 布 施  明 (21)
 細 川 た か し (31)
 ポルノグラフィティ (4)
 前 川  清 (15)
 美 川 憲 一 (22)
 森  進 一 (38)
 森 山 直 太 朗 (2)
 山 川  豊 (11)
 山 崎 ま さ よ し (初)
 W a T (初)
[ 2005年12月01日 ]
http://www.sponichi.co.jp/entertainment/special/2005kohaku/KFullFlash20051201044.html
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まぁ「出て貰えない」とかも有るんだろうから
NHKばかりを責めるのは可哀想なんだけどね。

ただそれも含めて世の中とズレてると思うんだけど。

また逆の味方をすれば違う形の紅白だって有る訳で
マイナー歌手ばっかり集めるとかでもアリじゃないか。
視聴率が取れなくてもスポンサーに怒られないんだから。
---
NHK集金人の光と影―1/6の自分史
NHK受信料拒否の論理
NHK受信料拒否の論理 増補
NHK受信料を考える
想い出の紅白歌合戦
怪物番組 紅白歌合戦の真実
されど紅白歌合戦


ruminn_master at 2005年12月12日 23:13 【思】NHKってコメント(8)トラックバック(0)  このエントリーをはてなブックマークに追加

2005年11月30日

【考】排除は暴力だという視点 4

排除は殴りかかるに等しい暴力である。
仲間はずれ」を作ること、
あるいはそれに加担する行為は他人を殴る行為と変わらない。
気に入らない奴とはクチきかない」なんて人は誰かを殴りつけている乱暴者と同じだ。

僕にはそう見えているのだけれど
こう言ってしまうと
余りにも多くの人が「暴力的」であることになる。
だから
あまり誰も明言はしないが社会科学的にはそれほど突飛な発言では無い。

ませたガキだったので
高校時代には何となく自分なりのモノの見方は出来ていた。
その頃から漠然と考えていた「イジメの構造」みたいなものなのだが
大学に入って1年生の「社会思想」の授業が
現代思想で有名な今村仁司教授で、その指定教科書が
「労働のオントロギー」と「暴力のオントロギー」。
排除暴力」はその講義の柱の一つだったように記憶している。

大昔に受けた講義なので内容を覚えている訳もなく以下は私見である。

群れを為さない動物は縄張り争いでは噛んだり引っ掻いたりする。
群れを為す社会的動物は、その結果の勝者に多数が従い
敗者は群れから排除される。
ハグレ狼、ハグレ猿、
凶暴さばかりが目立つ存在となりがちであるけど、
集団で狩りをすることもできなくなった敗者は
生存することが困難であるために「そうせざるを得ない」のであり
彼自身を見ればゆっくりとではあるが瀕死の状態と言える。

だから
殴る蹴る、あるいは斬るとか撃つとかを原始的暴力とすると
内部秩序の維持のために構成員から排除するのは社会的暴力と言えよう。
社会的暴力によって殺すことと原始的暴力によって殺すことに本質的違いは無い。
ただ社会の構成員の側からして「死ぬところを見なくて済む」だけだ。
この社会的暴力を排除暴力と呼ぶ。

これは内部の平和は保たれるが、その外側の大きな社会を見た場合
凶暴な存在を生み出す原因となるから、社会的には不経済である。
内部経済の外部不経済。公害企業の理屈と一緒だ。

そして今の発達した社会では
動物社会ほどに明確な勝者も敗者も生じないから
「何となく」の連帯感の有無や好き嫌いだけで、無意味な排除が生じ易い。

たしかに今の世の中どうにでも生きて行けそうだから
「他の場所で生きていけ」と言う方は罪悪感無いのだろう。
しかし言われた方の人格、「ここで生きていきたい」という点は
問答無用で否定されている。そこに相手への配慮は無い。
説得も相互了解を求める作業も可能性の模索も無い。
既存の「自分」を守るということしか考えていない。
そして意識としては
「何となく」「自分」は「関わらない」だけだ。
あるいは関わるのが「じゃまくさい」と突き放すだけだ。
言われた方にとっては「問答無用」で否定されたことに違いはない。

これは排除される側にとっては原因が判らない分、悩みは深い。
そのくせ加害者が加害意識を持ちにくい巧妙な残酷さ。
まるでミサイルで大量殺人する現代戦のような様相である。
槍や刀で殺し合う戦争は残酷になりにくい。
加害者にとっても負担だからだ。

子供の「イジメ」でも直接の加害者以外に周辺で同調していた多数者が居る。
彼らは排除暴力をふるった者達なのだが加害者意識は得てして持ち合わせない。

排除暴力で加害者にならないようにするのはかなり意識しないとできない。
やってるつもりでも完全にはできない。
これを書いてる自分自身、そう思うのだ。
でも、これを許すなら、世を嘆く資格すら無いと思うから悪あがきするだけだ。

昔、上々颱風のリーダーの紅龍の音楽ポリシーが
「仲間はずれを作らない」だというから、そのバンドが気に入った経緯が有る。
でも長年見てきてどうにも「言ってるだけ」じゃないか、って思えてきて
最近特に嫌悪気味ではある。信じた方がバカなんだろうけど(笑)。

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現代思想の基礎理論

現代思想の展開

労働のオントロギー―フランス現代思想の底流

暴力のオントロギー
非国民のつくり方―現代いじめ考
群衆―モンスターの誕生
排除の構造―力の一般経済序説

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「イジメ」は何も子供の世界だけのハナシではない。

子供は親の社交態度や社会の気分をコピーしているのであって
気に入らない奴とはクチきかない
というタイプの人は子供のイジメを憂える資格は無い。
子供からすれば「みんなやってること」になる。
そんな社会に加担する行為だ。

学校の「イジメ」は
弱い立場の被害者に代わって親が異議を述べるから表面化し、
まだ救われる場合があるだけだ。

社会で居場所のない大人はどうなるだろうか。

地域社会が機能していた昔はキチガイと言えども隣近所、
接し方をみんなが考えつつ、目を離さなかったから
キチガイも暴走する機会が与えられにくいし、
キチガイの方も「ここで生きていく」ために合わそうとすることで
多少の修正ベクトルは掛かっていたのではなかろうか。

凶暴で変な性犯罪なんかが増えているけれど
こういうのも周囲の各人が
(自分は)変な奴とは関わりたくない
という考えで「変な奴」を排除し、
その暴力が「変な奴」を更に刺激して犯罪に走らせ、
反面
「変な奴」から目を背けるあまり目を離してしまった
その為に人の目の届かないところで異常性が育ってしまった
そんな因果関係があるように思う。

幼女が被害者となる事件を見るにつけ
加害者を排除した周辺の人間たち
特に加害者に対して排除暴力
すなわち笑ったり無視したりバカにしたりした「大人の女性」が
加害者の性的嗜好を歪めさせたように思えて
彼女たちも間接的な加害者ではないか、と思えてならない。

人は誰だって叩かれっぱなしでは居られない。
反撃するチカラの無い者は、より弱い方に向かってしまうのではないか。

だからといって
このような犯罪者を擁護する気も無いし
真っ当に弁護する余地も有るとは思わないけど
将来的に
この手の犯罪を減らすには排除暴力を減らす必要があると常々考えている。

「身持ちの悪い」女が多すぎる反面で娼婦宿が無いのが
「変な奴」にとっては「自分だけが報われない」なんて気持ちになって
悪意を醸成する素じゃ無かろうか、なんてことも思う。
 いっそ赤線復活すれば性犯罪は減るんじゃないか?

容疑者を擁護する気は更々無い
「異常者」「変質者」では片付けきれない
今の世の中の「仕組み」の不具合に思い至るべきだと思う次第。

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カルロス容疑者、日本語できず「孤立した日系定住者」
 
 容疑者は言葉も通じず、地域社会から孤立した日系定住者だった。広島市安芸区、市立矢野西小1年の木下あいりちゃん(7)を殺害、遺体を遺棄したとして30日未明、広島県警が逮捕した日系ペルー人のピサロ・ヤギ・フアン・カルロス容疑者(30)に、近所の人たちの多くがそんな印象を持っていた。

 同容疑者は約1か月前に引っ越してきたばかりで、周囲には陽気なそぶりも見せていたという。地域の住民は、逮捕の知らせに安堵(あんど)の表情を浮かべながらも、「容疑者が日系人」という新たな事実に、やり場のない怒りを募らせた。

 「まさか容疑者がうちのアパートにいたなんて」

 カルロス容疑者が住むアパート家主の男性(57)は、容疑者逮捕のニュースに驚きを隠さなかった。

 カルロス容疑者が入居の契約に訪れたのは10月末。契約日に顔を合わせた時には、「南米系の彫りの深い顔だな」という印象を持ったが、「日本語がしゃべれないので話はできなかった」。その後は一度も顔を合わせなかったという。

 アパート1階にはカルロス容疑者の親類が住んでいる。この親類について男性は「まじめで5年間、家賃を一度も滞納したことがない。この親類が保証人になるというので(容疑者も)信頼した。裏切られた気持ちだ」と肩を落とした。

 アパートは遺体の遺棄現場から北東約100メートルの通学路沿いにある。1、2階に各2室。カルロス容疑者は2階で1人暮らし。室内は6畳と4畳半の2Kで、家賃は月3万1000円だった。

 近所の男性は30日朝、知り合いの女性(70)からカルロス容疑者とみられる男の目撃情報を聞いた。男は赤いスリッパをはき、石垣の上に座ってチョコレートを食べながら、子どもたちをじろじろ見ていたことがあったという。

 別の主婦(71)は「11月に入ってから4、5回、アパートの前で立ち話をしているのを見かけた。こんなことをするなんて」と話した。

 一方、アパートを仲介した男性業者は、契約の際に会ったカルロス容疑者について「自動車メーカー関係の仕事を辞めたので、今は仕事を探していると言っていた。特に悪い印象はなかったが、目つきは少し鋭かった」と振り返った。

 カルロス容疑者が以前勤めていた自動車部品会社で、夫が一緒に働いていたというブラジル人女性は「よく仕事を休んだため解雇された。夫からは、友達があまりいなくて、周りからは好かれていないようだったと聞いた」と言う。
(読売新聞) - 11月30日13時29分更新
http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20051130-00000104-yom-soci
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この容疑者の場合は、
その性的嗜好の醸成過程は先述の通りとしてもそれは母国での問題か。
日本に来てからの孤立は
外国との経済格差や教育格差、労働問題、地域社会と外国人の在り方など
さらに複雑な問題が絡んでいるように思われる。

先の文脈でいう「イジメ」
つまり社会の側からの排除は直接の引き金では無さそうだ。
最後に引き金を引いた孤独な閉塞感は
外国に独り働きに来て会話も出来ず相談もままならない、そんな状況だろうか。
構図としては彼が自ら招いた孤独のようにも見える。

この事件の余波で地域社会からの外国人労働者の排除は加速しそうだが
物理的に鎖国するなどという暴挙を国が採るのでない限り
その排除暴力はまた再びどこかで新たな被害を生じさせると思うのは先の文脈のとおり。

地域社会として外国人を「取り込む」方法の模索、
それは日本語教育なのか、
現地語のカウンセラーを巡回させることなのか、
簡単ではないけれど、
そうしないと訪日する外国人の母国での「イジメ」の報復を日本社会が受けることになる。日本の中だけでも大変なのに、である。

その被害者は、やがて年老いた自分自身かも知れないし、自分の子供や孫かも知れない
排除する者は自身が暴力を揮う加害者なのだ。
排除は解決策たりえない。さてどうしましょうか?
--
現代日本の都市下層―寄せ場と野宿者と外国人労働者
外国人労働者の人権と地域社会―日本の現状と市民の意識・活動
新版 仲間じゃないか、外国人労働者―取り組みの現場から
外国人労働者から市民へ―地域社会の視点と課題から
外国人労働者問題と多文化教育―多民族共住時代の教育課題
「労働鎖国」のすすめ―外国人労働者が日本を滅ぼす
外国人雇用の本音と建前―労働力鎖国の裏で何が起きているか
安全国家日本の終焉―不法就労外国人の脅威
それでも外国人労働者はやってくる
経・年・国籍不問―外国人労働者が100万人になる日
出稼ぎ外人残酷物語
明日の隣人 外国人労働者


ruminn_master at 2005年11月30日 17:54 【考】排除は暴力だという視点コメント(0)トラックバック(1)  このエントリーをはてなブックマークに追加

2005年11月27日

【思】川崎も久々だなぁ 3

d48813cb.JPG「渋さ知らず」のDVD発売記念のインストアライブで川崎に。

京急川崎駅を降りると川崎大師に向かう大師線のホーム端に人だかり。
カメラ構えてる人が多いところを見るとどうやら路線か車両かが廃止なんだろうなぁ、と見当は付いたが日常関わりの無い路線だし、鉄道マニアも中退してしまったので、よくは判らなかった。

人に聞き、帰って調べてみると、車両の廃止だね。
でもこういうのって地方でまた走るのじゃないのかな?

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2005/11/11 21:34:44

☆京浜急行電鉄の旧型車両が28日に引退/大師線でさよなら運転☆

 京浜急行電鉄の旧型車両700形が、二十八日に引退することが決まった。同社では大師線で運行中の同車両に惜別のマークを取り付け「さよなら運転」を始めたほか、記念切符の販売を行い、長年の労をねぎらう。
 同車両は一九六七年に登場。ラッシュに対応した同社初めての片側四扉車両で、大師線をはじめ京急全線で運行されてきた。現在、車両の前後に「さよなら700形」と書かれた記念マークを付けて運行中。車内には沿線の幼稚園・保育園児が描いた大師線の絵が飾られ、最終日にはこの園児たちを招いた貸し切り電車を走らせる予定だ。
 引退を記念し、二十日午前六時半からは大師線の各駅で、記念入場券(一セット九百十円)を三千セット限定で発売する。なお、同車両は十二、十五、十八、二十一、二十四、二十七の各日は点検のために運転しない時間帯がある。運行時間など問い合わせは、同社営業センター電話045(441)0999。
http://www.kanalog.jp/news/local/entry_14975.html
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2005 年 11 月 10 日 (京浜急行報道発表資料)
京急電車「700形」の引退にともない「さよなら700形」イベントを開催します
「さよなら700形記念入場券」発売と「さよなら運転」


京浜急行電鉄株式会社(本社:東京都港区、社長:石渡 恒夫)は、「さよなら700形」と題し、11月28日(月)に引退の決まった700形車両の「さよなら700形記念入場券」発売と「さよなら運転」を行います。
「さよなら700形記念入場券」は、11月20日(日)午前6時30分より大師線各駅にて計3,000セット発売します。「さよなら運転」は、11月10日(木)から28日(月)まで引退記念のヘッドマークを付け、車内は事前に依頼した大師線沿線の幼稚園・保育園児が描いてくれた「大師線の電車」の絵を展示し運転します。また、11月28日(月)は、沿線幼稚園・保育園児を招待し貸切運転を行います。
詳細は下記をご覧ください。
 
「さよなら700形」イベントについて
○開催の経緯 今回の引退イベントを企画中に、大師線沿線の幼稚園の園長先生より「お別れイベントを実施するのであれば、幼稚園児を700形のイベントに参加させて頂けないでしょうか?」との一通の電子メールを頂き、沿線幼稚園・保育園児を招待して、永く親しまれてきた700形のさよなら運転を実施することにしました。

1.「さよなら700形記念入場券」
・内容 大師線7駅の入場券セット(オリジナル台紙付き)
・発売開始日 ※好評につき完売いたしました
・販売駅 大師線の7駅
【京急川崎、港町、鈴木町、川崎大師、東門前、産業道路、小島新田】
・販売数量 3,000セット
※11月20日(日)は、お一人様1回5セットまでの発売とさせて頂きます。
※商品には限りがございます。売切れ次第終了とさせて頂きます。
※予約、通信販売は受け付けません。
・販売価格  1セット910円(税込み)

2.「さよなら運転」
・実施内容 (1) 引退記念ヘッドマークを付けます。
(2) 車内に、大師線沿線の幼稚園・保育園児が描いてくれた「大師線の電車」 の絵を展示します。 以上の700形4両編成を1編成を大師線にて運行いたします。
・実施期間 2005年11月10日(木)から11月28日(月)
※11月12日(土)、15日(火)、18日(金)、21日(月)、 24日(木)、27日(日)は点検のため、ご乗車になれない時間がございます。また、都合により予定を変更する場合がございます。

☆11月28日(月)は、大師線沿線の幼稚園・保育園児を招待し「貸切運転」を行います。
・実施時間 午前9時35分頃から午後12時10分頃まで
・イベント 京急川崎駅到着時1番線ホームで、700形車両をバックに園児達の記念写真撮影を行います。
※貸切運転時は、一般の方はご乗車になれません。
※報道関係者の皆様のご来場をお待ちしております。
電話03−3280−9122まで、ご連絡下さい。

○700形車両の説明
・昭和42年より登場した車両で、乗降人員の短縮を図るため、京浜急行電鉄で初めて4扉を採用しました。現在は廃車が進み大師線のみで運行し、平成17年11月28日にて引退する事が決まりました。
・製造初年 昭和42年6月
・定  員 140人
・自  重 モーター車:35t  客車:28.5t
・最大寸法 先頭車:18,500×2,798×3,580   (長さ×幅×屋根高さ) 中間車:17,500×2,798×3,580
・主電動機 150kw
・制御装置 電動カム軸制御
・ブレーキ装置 モーター車:発電制動付電磁直通ブレーキ
客   車:電磁直通ブレーキ
・冷房装置 12.2kw×3台
・性  能  最高速度120辧h
加速度 0.75m/S2
減速度 1.11m/S2(常用)

○お問い合わせ先:京浜急行営業センター
電話 045-441-0999(午前9時〜午後6時)
http://www.keikyu.co.jp/press/2005/20051110_2.html
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子供の頃はこういうのってカメラとテープレコーダー持って出掛けたモノだった。

大阪の市電、京都の市電。
京都の市電は録音したのだけど
テープを友人に貸したまま友人ごと行方不明だ。
どうせ大昔のこと、もうダメになってるだろうけど聴いてみたい気もするね。
京都の市電の運転手さんが、
マイクを向ける俺に笑いながら余計にチンチン鳴らしてくれたのを笑顔まで含めて今でも覚えてる。

趣味の無い人にはまったく意味不明の雑音なんだろうけど
好きな人にはたまらない。

さて「渋さ知らず」のインストアライブ。

ALL OF SHIBUSA


この発売記念というか宣伝のインストア。
ダンサーのペロちゃん(和田結美さん)居なかったので
発売になるDVDを映してたモニターを見てました(笑)。

不破さんのベースは久々に聴いたなぁ。
ホーン5人、総勢10人の少人数構成、
考えてみれば普通のバンドなら「フツーの構成」なので
音としてはそれなりに楽しい短い時間でした。
 同行者の1人は「癒し系」が好きな人だったから
どうにも音量のデカイ「渋さ知らず」、
「あんなん雑音にしか聞こえん!」とか不満足気。
まぁたしかに刺激的な方が好きなんですけど俺(笑)。
 かといって「コレが一番!」って思ってる訳でも無いんだけどね。
いろいろ好きで居られた方が人生楽しい、って思ってるだけかな?

「春には春の良さがある」って高校生の頃から言ってました。

ruminn_master at 2005年11月27日 20:15 【思】川崎も久々だなぁコメント(0)トラックバック(0)  このエントリーをはてなブックマークに追加

【思】綺麗と上手いと強いの違い 3

e6abd4f7.jpg(ロシア杯で2位になった安藤美姫のフリーの演技=鈴木竜三撮影
on下記引用の記事より)

好きでやってるのが一番だね。

「『才能がある』ってのは楽しんで努力できる奴のことだ」
ってのはウチの師匠のセリフ。

努力と思うかどうかはともかくも、
技術の習得や向上ってのはどんなことでも楽じゃない。


よく昔から学生に武術を教える時に
「ウマイのとキレイのと強いのは別だけどな」
「でもって、強い奴とアブナイ奴も別な(笑)」
なんて言ってきた。

目指すモノが違えば結果も違うし、やるべきトレーニングも変わってくる。

武術だと
「技が掛かる」「技が極まる」ってこととか
その術技の理合い(合理性)に則った動作が出来れば「上手い」のだろうか。
見た目がキレイってのは
初心者に教えるのには便利だし演武会では喝采を浴びるだろう。
でも結局のところ
武術は幾ら言い繕ってみても「勝てばいい」って殺人技術が本質。
「強い」のが一番である。
ただ
「アブナイ」奴は捨て身で結構強いので舐めちゃイケナイ。
いくら武術だ何だと言ってみたところで
ヤクザ屋さんやキチガイ、単細胞といった「アブナイ」奴の方が普通は強い。
だから、それ以上に「強くなる」のは簡単なことではない。
武術は冷静な実力として積み上げるべきであって、
熱くなって「アブナイ」奴になれるなら、そうなって勝てるなら
武術なんてやらなくていい。純粋な暴力はかなり強いもんだ。
「バカやキチガイには武術教えるな」とはウチの師匠の弁。

武術は暴力と違ってプロとしての勝負事の世界だと思う。
「勝負事は熱くなった奴が負け、冷静な奴が勝つ」
よく言われることだよね。
 判ってるからって出来る訳じゃないけど(笑)。
・・・

なんてことを久々に考えたのは全然違う分野の記事から。
フィギュア・スケートのミキティ
この娘で気に入らないのは巨人ファンってとこだけだ(笑)。
頑張ってる奴は好き。
楽しそうにやってるしね。
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フィギュア・ロシア杯、安藤2位・恩田3位
 
 【サンクトペテルブルク(ロシア)=竹内誠一郎】フィギュアスケートのグランプリ(GP)シリーズ第5戦、ロシア杯第2日は26日、サンクトペテルブルクで女子のフリーが行われ、ショートプログラム(SP)で2位につけていた安藤美姫(愛知・中京大中京高)は、ほぼミスのない演技でフリーも2位となり、172・30点で最終順位2位とした。

 SP3位の恩田美栄(東海学園大職)は142・40点で3位。昨季の世界女王イリーナ・スルツカヤ(ロシア)が、198・06点で、第3戦中国杯に続く今季GP2連勝とした。

 ◆うまさより強さ増す◆

 大きなミスはなかったが、得点は伸びなかった。安藤は「スピードが足りない。それが気になり、振り付け、表現も足りなくなった」とし、自己採点は「73点」。17歳は驚くほど冷静に演技を自己分析した。

 4回転ジャンプは封印。リスクのある大技よりも、スピンなどの難度向上と滑り込みで確実に得点獲得を狙うという、コーチのキャロル・ヘイス・ジェンキンスの方針だった。

 コーチは、五輪金メダリスト、世界選手権5連覇のほかに肩書はもう一つ、女子で初のダブルアクセル(2回転半)成功者。当時は「先駆者を目指した訳でなく、ほかの選手がやらないことをやれば、金メダルと銀メダルを分けると考えた」。安藤はコーチを「やさしいけど勝負師」と呼ぶ。

 コーチの影響だろうし、五輪シーズンへの決意だろう。安藤は「うまい選手より強い選手になりたい」という。強い選手とは「とにかく自分に自信を持っている人」。その自信を持つために、ビデオで自分の演技を毎日研究するなどして練習を積んできた。

 大差をつけられたスルツカヤについて、「スピードの差。スピードがついて無欲で曲を聞いて滑れば、勝てる」。安藤はこの2か月でたくましく、強くなっていた。(竹内誠一郎)
(読売新聞) - 11月26日23時56分更新
http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20051126-00000514-yom-spo
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「強さは自信」って等式は賛成ですな。
自信と自尊心で自尊心ばかりが強い奴はいずれ自己崩壊する。
世の中の不幸は
無駄なプライドが意地や見栄となって選択を誤らせることで
始まったり大きくなっていると思う。
信じる相手を間違える、こればかりは救いようがない。

ミキティはいいコーチを見つけた感じだね。

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美姫、SP自己ベストの2位!好発進に笑顔

2005年11月26日(土) 8時2分 サンケイスポーツ

 フィギュアスケートGPシリーズ第5戦・ロシア杯第1日(25日、ロシア・サンクトペテルブルク)来年2月のトリノ冬季五輪代表選考にポイントで大きな影響のあるグランプリ(GP)シリーズ第5戦、女子ショートプログラム(SP)で今季初戦となる全日本女王の安藤美姫(17)=中京大中京高=は自己ベストの60.76点をマークして2位、好発進した。02年ソルトレークシティー五輪代表の恩田美栄(22)=東海学園大職=は3位。世界女王イリーナ・スルツカヤ(26)=ロシア=が67.58点で1位だった。アイスダンス規定で都築奈加子、宮本賢二組(京都アクアリーナ)は最下位の11位と出遅れた。

 開幕から気合がほとばしる。世界の女子でただ1人、4回転ジャンプを跳べる安藤が、いきなり魅せた。

 自らデザインした水色のコスチューム。映画「戦場のメリークリスマス」の楽曲に乗って3種類のジャンプをミスなくこなし、2度のビールマンスピンを積極的に繰り出した。3回転−3回転の連続ジャンプを決めて高得点を叩き出し、今春の世界選手権の59.30点を上回るSP自己ベストに、笑顔が弾けた。

 「楽しく滑れた。自分で得点をつけるなら93点。すごくうれしい」。マイナス5点はステップでつまずきそうになったから。残る2点は最後のスピンでちょっとグラついたと、ハイレベルな内容を振り返った。

 トリノ五輪代表3枠を争うライバルたちが次々に今季GPに出場する中、GPシリーズ第5戦の今大会が、安藤にとって待ちに待った今季初の公式戦。応援に駆けつけた母・明美さん(40)と「楽しく滑ろう」と、リンクへ向かった。フリー(26日)では「マイ・ファニー・バレンタイン」の楽曲で滑る。4回転は封印するものの、「バレンタインの時の女の子の雰囲気を作りたい」。大人の演技で女王スルツカヤを脅かす
http://sports.yahoo.co.jp/hl?c=sports&d=20051126&a=20051126-00000014-sanspo-spo
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好きで楽しそうにやってるって言えば一週間ほど前の浅田真央。

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15歳真央が新女王/フィギュア

2005年11月21日(月) 9時52分 日刊スポーツ

<フィギュアスケート:グランプリシリーズ第4戦フランス杯>◇2日目◇19日◇パリ・ベルシー競技場
 今季GPデビューした15歳の浅田真央(グランプリ東海ク)が、2戦目で初優勝を飾った。大技トリプルアクセル(3回転半ジャンプ)を決めるなど、難度の高いジャンプで魅了し、ショートプログラム(SP)に続いてフリーも1位になった。合計182・42点で、日本人女子4人目のGP優勝を飾った。SP3位の荒川静香(23)は3位に終わった。男子はジェフリー・バトル(カナダ)が合計215・48点で優勝した。
 まだあどけない15歳の少女が、表彰台の真ん中に立った。浅田は一番高く掲げられた日の丸をじっと見つめた。フィギュアスケートとしてこの会場で16年ぶりに流れる君が代に聞き入った。「びっくりしました。優勝できるとは思わなかったです」。樋口コーチには「真央ってそんなにすごいのかなぁ」と思わず尋ねた。GP2戦目での優勝。すべてが夢見心地だった。
 世界でも数人しかできないトリプルアクセルを、最初に決めた。くしくも89年世界選手権で、伊藤みどりが女子で初めて成功させ、アジア人初優勝を飾ったのと同じ会場。伊藤と同じ山田満知子コーチに師事する浅田はパリ入り後に知り、胸を躍らせた。お下がりの衣装を何度も着るあこがれの先輩との縁に「運が良いかなと思ってました」。16年の時を越えた。
 幼少時代からジャンプが大好きだった。前所属クラブで一緒だった安藤美姫とはペアで練習し、3歳年上と対等に競った。ジャンプ練習の合間も常に、その場で跳びはねてクルクル回っていた。「一番ジャンプにこだわっている」と言う通り、得点係数が上がる後半には、世界でも例のない3度の連続ジャンプに挑んだ。蓄積された疲労との戦いに、凱旋(がいせん)門272段の階段を軽やかに走り上がった体力で勝った。最後のスピンで手をついたのは愛嬌(あいきょう)。大喝采を浴びた。
 世界を驚かせたこの2週間。上位6人のGPファイナル(12月、東京)出場も決まった。次の目標は「トリプルアクセルを2回入れる。1つは3回転との連続ジャンプ」。伊藤みどりもできなかった偉業を達成し、世界をさらに驚かせてみせる。【今村健人】
http://sports.yahoo.co.jp/hl?c=sports&d=20051121&a=20051121-00000040-nks-spo
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年齢制限とか大人の事情で五輪は難しそうだけど
まぁ明るいから腐らずに次に向けて頑張れるでしょう。

スポーツに限らず女の子の方が元気なのは時代だね。

ところでフィギュア・スケートを見てて
何でみんな3回転だ2回転半だ4回転だって判るのか不思議で
常々そんな目を養いたいと思っていた。
そんでもって今回記事を見てウロウロしてて解説してる頁があった。
勉強しよ。
フィギュアスケートのジャンプを見分けよう
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フィギュアスケートへの招待


フィギュアスケートへの招待
オール・アバウトフィギュアスケート―氷上の美しき戦い、全て見せます!
日本女子フィギュアスケートオフィシャル応援ブック2006
日本女子フィギュアスケートオフィシャル応援ブック―最も強く最も美しいスケーターたちの競演
little wings―新世代の女子フィギュアスケーター8人の素顔
魂まで奪われた少女たち―女子体操とフィギュアスケートの真実


ruminn_master at 2005年11月27日 00:49 【思】綺麗と上手いと強いの違いコメント(0)トラックバック(0)  このエントリーをはてなブックマークに追加

2005年11月23日

【思】コワサの在処 3

今どきの大学生と久々に飲んで
情報の海の中で
自我を守ろうと恐々とするあまり
自分で不自由になってるなぁ、とか思った。

親の躾というか家庭の形が変化して自我が良くも悪くも強固でない。
昔ほど特定の価値観を信じることが難しい。
誰も「絶対」を保証できないけど誰かに「絶対大丈夫」と言われたい。

自我が不安定だから人との距離感が測れず
しがみついてみたり、飛び退いてみたり。

仕事の経験上で思うのだけど
女の方の「嫌なモノはイヤ!」で急ブレーキを掛けられて
つんのめってる男のコダワリも判る気がする。
ストーカー事件の何割かはそんなレベルに思う。
もともと別れる方が難しいからこそ
一昔前は「仲人」なんてのが居たのだ。
アレはくっつけるための仕事ではない。

流行の恋愛ドラマの移り変わりを見ると
今や「ある時代」を象徴できるドラマというのも無く
アレコレと多様化しつつ実は似たり寄ったりの観。
にしても執着心はアブノーマルに描かれ
「ふぞろいの林檎たち」なんてのは
今の価値観だとみんなストーカーになってしまう感じだ。
純文学だって然り。

さっき酔って帰ってきてネットをウロウロして見つけた記事に思ったことである。
このハナシだってそのうちネットじゃ茶化されるかもしれないし
マスコミがドラマのネタにしかねないなぁ、とかの話。
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幻の恋人生きていた 本紙投書欄「談話室」が橋渡し

戦時下に文通 60年経て対面へ
 “幻の恋人”は生きていた−。大阪府大東市の松平信子さん(79)が戦時中約四年間にわたって文通し、終戦直前に行方がわからなくなっていた旧日本兵の男性の所在が六十年ぶりに明らかになった。広島県三次市在住の山田治雄さん(86)。本紙投書欄「談話室」に掲載された松平さんの投書(八月三十日付朝刊)がきっかけで、読者から情報が寄せられた。山田さんは現在、病気療養中だが、「早く元気になって手紙を書きたい」。松平さんも「一日も早くお会いしたい」と、対面を心待ちにしている。(勝田康三、田中伸治)
 二人が文通を始めたのは昭和十六年。当時小学生だった松平さんの妹、愛子さん(76)が学校から中国の戦地で戦う兵士にあてて慰問文を送り、山田さんから礼状が届いたことがきっかけだった。
 「山田さんの手紙が達筆だったので、妹に代わって、私が姉として返事を書きました」と松平さん。その後は、ほぼひと月ごとに手紙やはがきを交換。山田さんからの便りには「内地は田植えの時期でしょうか」といった季節の話題や、「満足に寝られません」といった戦地での話がつづられていた。南京や蘇州の風景の絵はがきも届いた。
 松平さんは十代後半の多感な時期で、「お兄さんというより、恋人のような存在だったのかもしれません」と話し、内地の新聞の切り抜きや得意のイラストを描いた手紙を送ったりしたという。
 お互いの写真を交換したりして交流を深めたが、戦局が悪化した二十年四月、三十五通目の便りを最後に、連絡がとれなくなった。松平さんは戦後、ラジオの復員ニュースを聞くなどして山田さんの手がかりを探したが見つからず、心の片隅に山田さんへの思いを秘めながら六十年の歳月がすぎた。
 今年八月、松平さんは自らの総決算のような気持ちで談話室に投稿。「いつの間にか六十年が過ぎ、幻の恋人になってしまいました」とつづっていた。その後、山田さんの軍服姿の写真とともに情報提供を呼びかける記事も掲載され、紙面を見た山田さんの親族を通じて連絡があった。
 山田さんは昭和二十一年に復員後、郷里の広島で結婚。松平さんからの手紙は内地へ持ち帰ることができなかったため、連絡がとれなかったという。現在は、病気のため自宅療養をしているが、松平さんのことはしっかりと覚えており、「彼女に早く手紙を書きたい」と家族に話しているという。
 松平さんは「いつか山田さんに会えるのではないかと、手紙はどうしても捨てられませんでした。ぜひお会いしたいです」と話している。
(産経新聞) - 11月22日16時17分更新
http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20051122-00000025-san-soci
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特殊な状況下のハナシだから一般化できないけど
今の時代、色んな意味でこういう話に対する感受性が失われてる気がする。


ふぞろいの林檎たち DVD-BOX
ふぞろいの林檎たち2 DVD-BOX 5巻セット
男女7人夏物語 DVD-BOX
男女7人秋物語 DVD-BOX
東京ラブストーリー DVD BOX
101回目のプロポーズ
高校教師 DVD BOX

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これより新しくなるとイマイチ思い出せません。。。

ruminn_master at 2005年11月23日 01:30 【思】コワサの在処コメント(0)トラックバック(0)  このエントリーをはてなブックマークに追加

2005年11月17日

【思】俺はタバコを吸いません 3

俺はタバコを吸いません。滅多にね(笑)。

肉体労働系とか
不良系(どういうのかはあえて言わない)のバイトしてると
タバコ吸わないと話も出来ない。休憩もままならない。
そういうときは吸いましたねぇ。

人と話す時の「間」を取るのにも便利だしね。

最初にクチにしたのは10歳ぐらいで、
高校時代も飲みに行くときは
(生徒手帳にはボトルキープのカードが常時5枚ぐらい入ってた)
親のタバコを「持ってくで〜」って断って出掛け
残ったら返していた。ハイライト。

ハイライトはウィスキー、セブンスターはジンが香料だとか。
このあたりのタバコは美味しいと思う。

ただガキの頃から負けず嫌い
たとえ何であるにせよ
「無いと居られない」ってのは負けだと思ってたせいか
親が止めなかったので突っ張る意味もなかったせいか
結局、一度も習慣化はしなかった。

あまり突っ張る必要のある生き方してないのも有るだろうな。

今の大学生見てると、男は吸わない奴が多くて
女はおおっぴらに吸う奴、隠れて吸う奴含めると
かなり多い。少なくとも男より多い。

昔は女の路上喫煙は売春婦の証し。
ホステスでも人前で吸わないから
繁華街の「純喫茶」というのは
「女の喫煙場所」だった訳である。
(古い時代の大阪のハナシだけど)

今や女の路上喫煙なんて珍しくない。
まぁ
ホステスの方が真面目に生きてる、ってレベルの女子大生も多いか。

今の時代、女の方が一般的に元気だから
世間の風を肩で切って生きる、突っ張る必要も有るのだろう。
だからって身体に悪いし行儀も良くないモンだ。
俺にはガキのツッパリにしか思えないし、習慣性に負けた奴としか見えない。

俺は古臭いので、
タバコ吸う女は「不良」だし、
茶髪・ピアスは男女問わず「不良」だ(笑)。

色んな職業の事情もあるし、
様々な考え方・生き方もあるし、
自分もあまり「カタギ」だとは思えないから「不良」でもいいけど
少なくとも常習的にタバコ吸ってる奴は、健康と環境に発言する資格が無いと思ってる。

まぁ俺も「必要に応じて」喫煙する方なのでデカイことは言えない。

成人する頃には味にウルサイ奴になってて
武術も真剣に始めていたので
味覚をはじめとする感覚が鈍くなることが許せなくて
それからは積極的に「タバコは吸わない」

味覚や嗅覚がかなり敏感な方なので
指先に着いたタバコの匂いだけでも
翌日までモノを美味く食えなくなるのだ。

ただ夜中まで酒飲んでて、
これ以上何も食いたくないってぐらい酔ってると
どうせ翌日は二日酔いだし(笑)
しばらく味覚が落ちてもいいや、ってんで
2〜3本吸うときもある。
タマに吸うとウマイんだけどね、これが(笑)。

あと話し相手がタバコ吸う時に、ハナシの呼吸合わせる都合とかで吸う時もある。

だから嫌煙家とまでは言えない。
近くで吸ってるからといって気にならない。
密室でパカパカ吸われると「煙たい」し「気を遣えよ」とは思うし
煙を吹きかけられたら殴りかかるかも知れないが(笑)
基本的には、歩きながら吸ってるとか「行儀の悪さ」が気に入らない程度だ。

何をするにせよ「人に気を遣う」ことができなければ生きてる資格がない。

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駅で喫煙、警告無視し逮捕 栃木県警「厳しく対応」
 警察官の再三にわたる警告を無視し、駅構内の指定場所以外でたばこを吸ったとして、栃木県警鉄道警察隊は鉄道営業法違反(禁煙違反)の現行犯で無職の男(23)を逮捕したことが17日、分かった。県警によると、同容疑での逮捕は全国的にも異例という。
 調べによると、男は12日午後7時15分ごろ、JR宇都宮駅構内の指定された喫煙場所以外でたばこを吸った疑い。
 男は、数人の仲間とホステスとして働く女性を勧誘するため、たばこを吸いながら構内を歩き回った。巡回中の鉄道警察隊員が警告し、男は一度は構内から出たが、再び戻り喫煙。その後も、数回の警告に従わず吸い続けたという。
 男は既に釈放されており、県警は書類送検する方針。
(共同通信) - 11月17日10時50分更新
http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20051117-00000075-kyodo-soci
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 そう、チャンと掴まえろよ、って思う。

ついでに高校生が制服で路上喫煙してるのとかもキッチリ掴まえろよな。
未成年の喫煙禁止は法律だし、
遵法精神は単純なことからやらないと身に付かないもんだ。
「未成年者は保護の対象」なんて寝呆けたこと言ってるから
大人になった時にマトモな奴が少なくなるんだと思うけど。

あまり高いと取り締まる方も躊躇うだろうし
親が払うだけだろうから、
3000円ぐらいの現実味のある罰金
(行政罰だから厳密には「過料」)
を高校生とかからガンガン取れば、かなり世の中変わると思う。

「新宿区は路上喫煙禁止」なんて言ってても
歩きながらタバコ吸ってる奴が減った気がしない。

未成年者にも痛みがないと
「チャンと生きる」ように更生する訳ないと思うんだけどね。


禁煙外来の子どもたちその後


ruminn_master at 2005年11月17日 13:51 【思】俺はタバコを吸いませんコメント(0)トラックバック(0)  このエントリーをはてなブックマークに追加

2005年11月15日

【思】スポーツのショーアップ 3

単調な仕事が終わって、深夜になってから、
酒飲みながらビデオに録ってた今日の女子バレーを見てた。
グラチャン。大陸対抗?なのかな?

リアルタイムで見れる時でもビデオに録って見る方だ。
どうも男の身としては、
古い体育会系的センスとしては
「じゃにーず」の応援がどうにも肌に合わない。
フジテレビでも日本テレビでも
なんで同じような演出をするのだろう。
なんで国対抗の勝負事を
こんな
「ホストクラブでドンペリ開けてるようなお祭り騒ぎ」
にしなきゃならんのか、理解し難い。

別に「じゃにーず」君に罪がある訳じゃない。
彼らは仕事でしてるんだし、
個々の応援する気持ちに嘘がある訳もないと思う。
でもって
マネしてるのは、もちろんホストクラブの方だ(笑)。

昨夜、大会前夜の特集ということで
テレビでこの女子バレーの特集をやってた。
ワザとなのか、図らずもなのか知らないけど
「新宿ホストクラブ戦争」との2本立てだった。

まぁなぁ、
女子バレーって主たるファン層は女子中高生だそうだから
「じゃにーず」系とファン層は重なるだろうし
「じゃにーず」系美男子のファン層は女性には幅広いから
ホストクラブ特集とも視聴者層は重なるだろうけど。

だけどね・・・
スポーツマンっていうのは
チヤホヤされた方がチカラが出せるタイプ
たとえば新庄とかゴン中山とかだと思うけど
そういうのだけじゃなくて、古い体育会系的奴も居るはずだ。
キャーキャー言われるとか華やかな雰囲気とかだと
集中力の邪魔になる奴もいる。
でもってバレーボールって野球やサッカーよりもっと団体競技だ。
集中できない選手のことも考えた方が「勝てる」んじゃないか。
少なくとも「考えてやれよ」とか思う。

プロスポーツがショーでもあるのは
ビジネス・チームなのだから「そんなもん」だと思うけど・・・
とか考えてみると
今やオリンピックだってビッグ・ビジネス、
テレビの都合でルールも変わるし「そんなもん」か。

でも選手にとっては人生掛けて勝ち負け必死でやってる。

「フロントがアホやから」ってのは阪神タイガースのハナシ。
(一昔前のことだと思いたいが)

あと一歩のところで精神的に崩れてる気がする日本の国際試合。
そういう頑張りって「気分」が大事。
それを導くのがフロントの仕事だとしたら
今のスポーツの「フロント」の多くはビジネスをしてるばかりで
あまり「勝つため」には仕事をしてないように思う。

その中で頭角を現さなければ
そういう環境でこそチカラを出せて
「客を呼べる」奴でなければ不要だというのが
結局はスポーツもショービジネスな先進国スポーツのホンネかもしれない

ただ、
そうだとすると夜店の蛇屋、蝦蟇の油売りが気を持たせるのと同様で
「勝てそうで勝てない」のはビジネスとしては成功だろうけど
一生懸命見てる方が「いい面の皮」だ。
 選手も可哀想な気がするが
そこで勝ち抜ける奴が「プロ」と言われれば、そんな気もする。

まぁ甲子園の声援に阪神の選手が慣れるように
どんなスポーツでも慣れてしまえばいいだろうし。

でも何か納得いかない。。。

サッカーで川渕チェアマンが
ビジネス・スポーツを越えて「全日本」を形成していったように
(未だ戦いの途中だけど)
そういう立場でサポートする奴は他のスポーツじゃ居ないのだろうか。
プロ野球だって
何だかジジィ達の利権争い、既得権益の囲い込みみたいで
どうにも情けない現状に思う。

今日の女子バレー、ポーランド戦。
専門でないから身体能力としてだけの視点だが
個々の選手の能力が見劣りする気もしない。
でも負ける。いいところまで行って決定力が無い。
ギリギリで負ける。
下らないことかも知れないけど、
あと一歩で勝てるのだから、
そのためには、わずかの精神的パワーでも大事な気がするんだけど。

まぁ
フロントがどうであれ
阪神も結構勝てるようにまで育ったんだから期待してみてましょうか。

今日の酒。
芋焼酎「黒霧島」。
肴はカマンベールチーズのスライスを
ふかしジャガイモに乗せて軽くトロけたところを味わう。
これも結構合うんだよね。


全日本女子バレードキュメントブック―FOR THE GLORY〜栄光のために〜


NEGAI―バレーボール全日本女子PHOTO BOOK


甦る全日本女子バレー―新たな闘い


天才セッター中田久美の頭脳(タクティクス)


バレーボールおもしろ「通」の手引書 (第4弾)


100パーセントの闘争心―全日本女子バレーの栄光、挫折、そして再生


ruminn_master at 2005年11月15日 23:09 【思】スポーツのショーアップコメント(3)トラックバック(0)  このエントリーをはてなブックマークに追加

2005年11月08日

【考】プライバシーの匙加減 2

保護法半年、過剰反応や軽視…個人情報で相談相次ぐ

 国民生活センター(東京)は7日、4月に全面施行された個人情報保護法に関する相談状況(9月末現在)を公表した。

 各地の112消費生活センター分も合わせて計3238件。過剰反応のほか、電話勧誘を止められないなどの相談、個人情報を軽視する業者への苦情と、大きく三つに分かれた。

 同センターは過剰反応について、「社会に定着してきた個人情報の提供が、形式的な解釈や運用で不可能になるのは、保護法の本来の趣旨に沿ったものとは言えない」としている。

 同センターの専用窓口への相談は916件。

 関東地方に住む60歳代の男性からは、今年夏、私鉄の駅構内のエスカレーターで転倒した人の巻き添えになり、けがをして入院したが、私鉄側が原因となった人の連絡先を個人情報保護を理由に教えてくれないとの相談があった。

 男性によると、私鉄側は「設備に問題はなく、会社に責任はない。補償などは相手と直接話し合ってほしい」と答えたといい、男性は「連絡先が分からないから、話し合いもできない。入院費もリハビリ費用も自分で払っている」と途方に暮れた様子だったという。

 センターは「保護法では、生命、身体、財産の保護のために必要なら本人の同意なしに個人情報の提供を認めている。このケースでは、私鉄側が加害者に同意を求めるか、情報提供できるか専門家に相談しても良かったのではないか」と私鉄側の姿勢に疑問を示し、「法律違反になるかもしれないリスクを負うより、個人情報は提供しない方がよいという対応が、批判を生んでいる」と分析した。

 このほか、「ダイレクトメールを送ってきた私立中に情報入手先を尋ねたが、教えられないと言われた」など、保護法施行で消費者が期待した問題については実現されないという相談、生命保険の満期払い戻しの際、「個人情報の利用目的に(関係のない)関連会社のサービス案内なども加えたいと言われ、同意しなければ払い戻さないと告げられた」などの苦情も多かった。
(読売新聞) - 11月8日3時5分更新
http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20051107-00000317-yom-soci
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こうなることは判っていた、というか
問題点を十分に煮詰めないままに見切り発車した法律だった。

国民が他の論点に目を奪われている間に
実は重要な法律がヒッソリ作られていたりする国だ。

そういえば先日、
病院がこの法律を盾に警察への情報提供も拒んでいると報道されていた。
いくら個人情報保護法の適用外だと言ってみたところで
この場合の警察への情報提供は任意捜査の範疇だ。
任意捜査に協力したのは病院の勝手となれば
情報公開された個人から損害賠償される。
少なくとも訴えられるのは簡単だからトラブルに巻き込まれる。
そんなリスクは負いたくない。必要なら強制捜査してくれと。
当然である。
 本来民事免責とセットでなければ立ちゆかないはずだ。
しかし
民事免責を安易に認めるならばこの法律は骨抜きになる。
というより最初の成立ではワザと見送って
こういう声が上がってくるのを待っているのではなかろうか。

官公庁の調査への民事免責を認める一方で私人に対して閉ざすならば
個人情報を国家のみが独占的に集約できる。
しかも「民意」によって。
「国民総背番号制」が問題視されたのはいつ頃だっただろう。

そもそもこの法律は雑なのだ。
国民に「リスク」を負わせる法律は警戒すべきなのだ。
たとえそれがいかに美名の下に作られても。
個人情報保護法違反=「違法」というリスク。
この「リスク」は誰が負うのか。
提供者側に負わせて情報漏洩を抑圧するのが直接の目的だったのだろう。
裏に隠れた目的は言論の自由抑圧か国民管理かもしれない。

しかしもっと単純なハナシすら欠落している。

「リスク」には
「トラブルに巻き込まれる」という事実上のリスクも有る。
現にこの法律関係の出版物は各業界毎に
「如何にトラブルに巻き込まれないか」の解説本ばかりだ。
まるでパニックでも起こしたかのように出版されている。

そういう視点を忘れていたが為に、
今頃になって「過剰反応」だとの声が上がる。
トンチンカンなのだ。
誰だってリスクは避ける。
それを誰が責められるのだろう。

結局、作るべきでなかった法律なのだろう。

同窓会一つマトモに開けない。
ヒトとヒトとが切り離されていく。
文化が壊れていく。。。

蛇を掴まえるのに押さえ処を間違えば噛まれるか逃げられるかである。

営利目的で情報を売る奴、買う奴を処罰すれば足りたのじゃないか。
たしかに犯罪事実の捕捉は難しい。
しかし
「元を絶てばいい」という安易な発想の法律では解決できない。

どうせ違法なことをする奴はこの程度の法律ぐらい無視するだろう。
遵法精神が有る普通の人は当然に「過剰反応」するだろう。

次の改正案でこの法律は正体を見せるかもしれない。
廃止はしないだろうね。官僚制は自分の過ちを認めないから。
やったらどうなる?個人情報保護法の落とし穴
個人情報保護はこう変わる 逆発想の情報セキュリティ
個人情報保護とリスク分析
プライバシーがなくなる日―住基ネットと個人情報保護法
個人情報保護法と人権―プライバシーと表現の自由をどう守るか
あなたの個人情報が危ない!―プライバシー保護とメディア規制
個人情報保護法の狙い
あなたのプライバシーが国家管理される!個人情報保護法をぶっ潰せ
ストップ!個人情報ホゴ法


ruminn_master at 2005年11月08日 11:51 【考】プライバシーの匙加減コメント(0)トラックバック(0)  このエントリーをはてなブックマークに追加

2005年11月07日

【考】人の意見というものも 2

大地震、異常気象、強盗 現代人の「恐れるもの」

 かつて怖いものの代表と言えば「地震、雷、火事、おやじ」だったが、現代人にとっては「大地震、異常気象、強盗」−。東急エージェンシー(東京)が暮らしの中で感じる「恐れるもの」をアンケートしたところ、こんな結果が7日まとまった。
 それによると、恐れるもののトップは「大きな地震」で90・4%(複数回答)。地震列島に住む日本人の心情に今昔の違いはないようだ。2位は「台風や大雨、渇水などの異常気象」(58・4%)、3位は「泥棒や強盗などの侵入者」(52・3%)。4位以下は、世相を反映して「個人情報流出による不正使用や詐欺」「火災、不審火など」と続いた。「食品の安全性」は8位、「会社倒産や賃金低下」は11位。
(共同通信) - 11月7日18時50分更新
http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20051107-00000169-kyodo-soci
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世論調査なんて
母集団の取り方と集計者の編集によってどうにでもなる要素はあるが
このニュースを見て思うのは
この順位、結局は最近テレビのワイドショーで騒いでいること
というか視点だったり帰結だったりだと思う。

まぁ
雷と火事は
木造家屋が多かった時代から比べれば
関心が低いのも当然なんだろうけど。

「おやじ」が怖くないのは、
そんな「家」というものがひっくり返って
子供は「おやじ」の背中を投影されることもなく
母親が
保護者でありながら、なおかつ、上位自我という
はなはだ矛盾した人格形成を余儀なくされている
(というべきか選択したと言うべきか)
だけであろうと思ってる。
(この件についてはまたその手の本を読んだ時に)

最近読んだ本で
現代日本人のサル化を動物行動学の立場から分析した本があって
面白いな、と思っていたところだった。
そこで
文化と文明は違う、
文化を失ったのは日本人が顕著、
文化を失ったために帰属意識の根拠とするものを失った、
その代替が「人と同じことをする」こと
ブランド志向もそうだし
この記事のように
「人の言いそうな意見を言う」のもそうだ。

自分の価値観や哲学を抱いて生きていれば
それだけで変人扱いされかねない世の中ではある。

「じゃまくさい」
「しょうがない」
「いいじゃん、だいたいで」
みたいな風潮は
「考え無し」、つまりサル志向以外の何ものでもない。

人と人とは意味あるコミュニケーションではなく
ただ単に「漠然と繋がっている」無意味な連帯感のみで集合離散する。

むしろ意味ある繋がりを嫌うのが今の大学生かもな、とか思ってる。
「楽しけりゃいい」んだよね、まずは。

その一方で個人的利害には敏感だ。
サークル活動にしても人間関係にしてもお金か経験値か
就職活動でしかない気がしている。

この本じゃなくて斉藤学だったと思うけど
今失われているのは人の
ビルディングス・ロマンだという。

就職に活かせるものではなくとも
やってて直ちに楽しいものでなくても
「自分なり」を賞賛してくれるものでなくても
自分を成長させるというような気の長いことに向かっていける人種が減った。

試合などで「ご褒美」の無い古武術なんて
こういう時代に合わないものの典型だと思ってる。

でも
この流れ、
止まるように思えないのがアナクロな人種にとっては悩ましいところだ。




ruminn_master at 2005年11月07日 22:11 【考】人の意見というものもコメント(0)トラックバック(0)  このエントリーをはてなブックマークに追加

2005年11月06日

【書】ケータイを持ったサル=考えないヒト 4

「今の若いモンは」とか
「どこもかしこもケータイばっかり」とか
考えてるオヤジ諸兄には是非とも勧めたい本である。

かといって問題は「今の若者」だけではない。

もっと根が深いし、枝葉も広がって、現代日本人全体の問題である。

2冊が続き物と言える。
ケータイを持ったサル〜「人間らしさ」の崩壊〜
考えないヒト〜ケータイ依存で退化した日本人〜


著者は京大霊長類研究所の比較行動学の教授である。
その人が若者を見た時の違和感を
「サル」として見た視点から分析した本で、視点は秀逸だし
分析も鮮やかだ。
ケータイを持ったサル―「人間らしさ」の崩壊

考えないヒト - ケータイ依存で退化した日本人


学者の本らしくデータが多いので
そこは斜め読みするのがコツだが
かなり面白い。

内容については別の記事で触れたのでそちらへリンク

意味ある連帯感を持てなくなった現代人
それは
マスコミの発達によって
情報の受け手であることに慣らされてしまったこと、
消費社会の発展によって
物の消費者であるだけで生きていけること、
つまり時間の切り売りでお金を持てば
それなりの「幸せ」を感じて生きていける。
 これは人間の家畜化だ、と感じていた。
こんな「幸せ」は虚構だ!
って叫んだ映画がマトリックスだと思うし
ここまでの分析は既に様々な音楽や文学、映画で扱われている。
この本はその上に
「ケータイ文化」=意味を持たない繋がりによる連帯
という更なる退化を分析して見せている。

サルが森で他のサルに出会ったときに
「同一集団に属しているかどうか」を確認するために
「きゃっきゃっ」とか鳴き合う。これをチャック・コールと呼ぶ。
それ自体が意味を持って何かを伝えているのではなく
トーンなどによって「同一集団の者には判る」サインだ。
 この本は大して意味のないケータイ・メールのヤリトリ
あるいはケータイで繋がる無内容な会話をこのチャック・コールと捉えている。

サルでも誉めすぎで羊の群れぐらいじゃないか、ってのが
昨今の大学生を相手にしている者の正直な感想だが
ヒトの能力の退化は如何にして起きるか、それを示していることはたしか。

そういえばこの著者は赤ん坊の教育について多くの本を出している。
「どうやったら人間らしく成長するか」は
「どうするとサルに戻るか」と表裏だろうから当然か。

人間をサルとして分析した古典的名著
デスモンド・モリスの「裸のサル」


裸のサル―動物学的人間像


裸のサル―ヴィジュアル版


たしか中学だか高校だかの時代に読んだが
例の「話を聞かない男、地図を読めない女」なんかでもそうだけど
行動学で見る場合に
西欧人と日本人の違いはかなり大きいように感じて
読んでてもシックリ来ない。

その点、この本は日本人に焦点を当てているだけ鋭く感じる。

そもそもi-modeに始まったケータイ・メールのおかげで
諸外国では考えられないほどに無内容のメールが飛び交ってるそうだ。
たしかに今の大学生相手に少し内容のあるメールを送ったりすると
途端に反応が鈍い。下らないメールの方がクイツキがよい。

日本人はおそらくまた独自の方向性を持ってしまったのではないか。

そのキーワードを「ケータイ」に置いて解き明かしている本だ。

ただこの人のクセのようだけど
最終章に入るといきなり専門用語などが飛び交う。
おそらく原稿の制限枚数に納まらない程の主張があって
結論まで行き着くにあたり
「わかりやすく」書いている余裕が無くなったんじゃないだろうか。

そういう部分を割り引いてもオススメであることは揺るがない。

この人は多作なので他の本も読みたくなっているところだ。
父親力―母子密着型子育てからの脱出
人間性の進化史―サル学で見るヒトの未来
二人目の母親になっている日本の男たち
いじめを許す心理

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Story
コンピュータプログラマーとしてニューヨークの企業で働くネオ。凄腕ハッカーという別の顔を持つ彼は、最近”起きてもまだ夢を見ているような感覚”に悩まされていた。そんなある日、自宅のコンピュータ画面に、不思...(詳細こちら

Story
キアヌ・リーブス主演で世界的大ヒットを記録した近未来VFXアクション超大作の続編。遂にコンピュータに発見されてしまったザイオン。ネオたちはザイオンの危機を救うため、再びマトリックスの世界へと侵入を開始す...(詳細こちら

Story
驚異のVFXを駆使し、世界中で大ヒット記録を打ち立てた「マトリックス」シリーズの最終章。ならず者のプログラムと化し、制御不能となったスミスが暴れ回る中、オラクルは、ネオに最後の導きの言葉を告げる。...(詳細こちら
監督:前田真宏

Story
『マトリックス』のウォシャウスキー兄弟が世界に名だたるクリエイターたちと作り上げた「マトリックス」シリーズ3部作と交差するアニメ−ション。「The Second Renaissance Part1/2」「World Record」「Kid's Stor...(詳細こちら

Story
”THE MATRIX 2”メイキング満載!キャスト(キアヌ・リーブス、ローレンス・フィシュバーン、キャリー=アン・モス、ヒューゴ・ウィービング)、スタッフ(脚本・監督/ウォシャウスキー兄弟、プロデュ...(詳細こちら

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マトリックスの哲学


『マトリックス』完全分析


エクスプローリング・ザ・マトリックス


ruminn_master at 2005年11月06日 23:08 【書】ケータイを持ったサル=考えないヒトコメント(0)トラックバック(0)  このエントリーをはてなブックマークに追加

2005年11月05日

【思】誰のための早稲田祭なんだろうか? 2

演武会場かれこれ20年以上早稲田と関わっていて
早稲田祭の無くなった数年間を除いて
早稲田祭には毎年演武会で参加してきた。

「無いよりはマシ」

感想はこれに尽きる。

学園祭も、自分たちの演武会も、だが、そのレベルだ。

実行委員も今の大学生なら、演武会にメインで出るのも今の大学生。

どちらも未完成のイイカゲンが平気な世代。
「少しでもいいモノを作るために徹夜も厭わず」
なんて神経は髪の毛一本ほども通っていない気がする。

さて
学園祭の在り方のハナシをしてるので
実行委員の有り様にハナシを絞る。

高校の文化祭実行委員だってもう少しキッチリしてたぞ、昔は。
それがさんざんその手の仕事をやってきた身としての感想だ。

たしかに
パンフなども豪華になり学園祭として年々立派になってる。
ノウハウのないところから始めたにしては発展してると言えるだろう。
しかし
開催のシステムは管理されてる感じアリアリで
それはつまり合理化されているのだが
誰のためか、というと、
実行委員のためなんじゃないか。
少なくとも主目的はそうだと感じる。

参加団体にしょっちゅう無駄に会議招集を掛け
10分で済むことをダンドリ悪く1時間かける。
それも会議とは名ばかりで実行委員会の活動報告。
そんなの文書配布しろよ。。。
そこで削られた1時間が出展内容を悪くするかも知れないという配慮に欠けるのだ。

内部経済の外部不経済。
実行委員にとっての合理、参加団体のとっての不合理。

根本的にズレてる。
学園祭を全体として良くしたければ
出展内容を充実させることである。
出展者にとって(実行委員にとってではなく)面白いイベントにして
能力と労力を傾注させることだ。
その為の下働き、露払いが実行委員会のハズ。
自己利益の追求に他者を巻き込む
「いいじゃん、それなりに楽しいんだから」
で済ませられそうだが本末転倒だ。

仕事で少年事件専門の弁護士と話していて
「彼らはマトモな大人を見ていないから」
とか言う。
 その理もあるだろうが、
もはや大人を見る必要も感じない世の中だからなのか
「マトモ」でなければいけない
という感覚すら失われているのでは無かろうか。

今の大学生のやることだから自己中心的なのは覚悟していたけど
参加者、出展者のためのノウハウが蓄積されない感じで
いつまでたってもスムーズじゃない。
これは根本的に気遣いというものがないのじゃなかろうか。

革マル時代の方が
「パンフレット強制販売」という根本的欠陥はあったが
体育会系チックにノウハウの継承も有るし
少なくとも参加団体に対してアレコレ指図してこない。
むしろ参加団体のサポート役、裏方に徹する感じだった。

今はむしろ実行委員は自分たちのためにやってる感じだ。
本部企画はやたらと充実し、
あれこれの〆切や指図は参加団体の都合を無視したような
短期間だったり告知不十分だったり。

今は実行委員会もサークルのノリでシロウト臭いと言える。
きっちりしていない。というかできないのだろう。

就職活動に
「早稲田大学学園祭の実行委員をやってました」
「こんなことをやりました」
って利用できそうな綺麗なパンフとHP。

そのくせ参加団体にさんざん急がせたHP掲載予定の原稿は未掲載だったり。
そういうところが自分たちのためにやってる感じなのだ。

まぁ今の大学生、そういう部分でしか動かないという感覚はある。

去年だったか学園祭が2日間有る初日の夜に実行委員会が打ち上げをやっていた。
演武会が初日に終わったウチと同じ会場だったのだから間違いない。
開催するまでが大変だとはいえ、アンタ達の仕事は終了までだ。
たしかに
就職活動に利用できる程度には成果が上がってるのだろうけど
翌日に向けてその晩も準備してる参加団体も有るのだ。
「なんでやねん!」ツッコミどころ満載である。

演武会に限定したハナシでも不満はある。

そもそも
武術は神前に奉納しようかという性質のものである。
それを
演武会をダンスと一緒の場所でやれという。
「パフォーマンスゾーン」だと。
武術は「見せ物」じゃない!
って怒りの声が有るのだが
無神経な連中には怒りの原因すら判らない。

「だって人に見て貰いたいんだからダンスと一緒でしょ?」

ぐらいなんだろうなとか思う。

一昨年ぐらいは場所が狭いのでケンカした。
本部企画の「早稲田踊り」のときにはエリアを拡げておいて
演武になると「拡げるな」と勝手なことを言ったからだ。
こういう無神経さにはマトモな武術家なら耐え難いと思ってる。
それ以前に演武する側、見てる側の安全確保も俺の仕事だ。
 自分の処の大学生自体がそういうことに文句言えないので
あと一歩で演武会会場で学生連中を殴るところだったかもね。

参加者それぞれの「思い」を聴取するぐらいの手間を掛けるのが
ノウハウの蓄積を持たずに学園祭を成功させるには必要条件に思う。

「自分たちのイベント」なんて考えてるからトンチンカンなのだ。

大学時代ぐらい実利を離れて一生懸命動けないのだろうか。
人に気を遣って身を犠牲にして働けよ、なんて思う。

「みんなのイベント」、「みんなのために」働けよ。

もっとも、おそらくではあるけど
そんな実行委員会にも
俺みたいなアナクロが少し入った奴とかが居て
そいつが結局は損な役回りとか引き受けさせられてるんじゃないか
とか思うので、文句を言う気も萎えるんだけどね。

少なくとも
企業の採用担当者は
「実行委員」の肩書きだけで+評価するような
馬鹿なマネはやめて頂きたいと願うばかりだ。
こんな実情の中で頑張ってた奴なのかどうか
その辺りを評価してやって欲しいとか真剣に思う。

そうでないと
変な期待で採用した新人が使えないから企業にとってもマイナスじゃないのか。
もっとも大学時代など何やっててもそもそも期待などしてないか、今は。

今の世の中、少しでも良くするためには
企業の採用評価が
大学時代の実利的活動以外に重点を置かれなきゃとか思う。
たしかに採用担当者としても判断に困るだろうけどね。

今や大学のサークルも実利性か娯楽性が無いと人が集まらない時代だ。
それを変えることが出来るのは
不利益を突きつけられる採用企業だけだと思う。

夢と才能のある一部の奴がホリエモンであればいい。
若者みんなが似非ホリエモンにしかなれない社会はオカシイだろう。

いいのか日本。。。

ruminn_master at 2005年11月05日 13:10 【思】誰のための早稲田祭なんだろうか?コメント(0)トラックバック(0)  このエントリーをはてなブックマークに追加

2005年11月02日

【映】私をスキーに連れって 4

1987年映画だから大昔である。

けどこのDVD、よく酒飲みながら見てる。
特に誰のファンだから、じゃない。

こういう「みんなで力を合わせて何とかする」系が好きなだけ。
他には
「アポロ13」
「インデペンデンス・デイ」
「スペース・キャンプ」
このあたりがズラッと揃えてあって飲みながら見てることが多い。

私をスキーに連れてって


一昔前の必殺シリーズなんかでも
それぞれのコンビネーションで「なんとか」したり
カバーしあったり、そんなのが好き。

こういうのも今の時代は「センチメンタル」だの「ロマンチスト」だのと言われるらしい。

何と言っても
仮面ライダーからして
「世界平和のために自分を犠牲にして」じゃなくて
「好きな女のために」だそうだから。。。

男の(子の)ロマンって何処にいっちゃったんだろうな、とか思う。

まぁこの「私をスキーに・・」だって
主人公の主たる動機は「彼女のため」で
いい加減そうな友人連中が「友情のため」で
と上手にMixされてる感覚。
ドラマで言うと過渡期だろう。

昔の少年漫画のヒーローは
女がどうだとか関係なく突っ走ってて
女は後ろから着いてくるみたいな構図だった。
昔の「ゲゲゲの鬼太郎」には人間の彼女は出てこない。
今は
女の価値観に合わせる時代ということだろうか。
母に彼女に嫁に娘に。そしてその予備軍の一般女性に。

どっちもどっちだけどね。
どっちか極端なのは歪んだ共存関係だ。

女は昔「三界に家無し」だったそうな。
男は今「三界に夢無し」かな?

普通に生きようとすれば、かもだけどね。

ruminn_master at 2005年11月02日 03:31 【映】私をスキーに連れってコメント(0)トラックバック(0)  このエントリーをはてなブックマークに追加
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