旅(関東・甲信)

2009年09月18日

【旅】朝市とお土産と(ホテル エピナール那須) 4

ホテル エピナール那須ではホテル玄関で朝市をやってました。

位置づけとしてはオプショナルツアー・季節のイベントなのでシーズン物みたいですけど、地元の農家の人が自ら直接売りに来てます。

朝市01

新鮮でしかも安いのはモチロンのことでしょうけど、あまり見たことも聞いたこともない品が一杯です。

朝市02
朝市03

刺激的なの(笑)もあるし

朝市04

かと思えば謎めいたのも。

朝市05

ウチの母親は段ボール箱一杯アレコレと買い込んで宅急便で送ってました。

自分は年中旅行してることもあって「3日以内に会う予定の人にしか土産は買わない」主義ですので、ほとんど買い物は無かったのですが、まぁ大家さんとか考えて、あまり見掛けないお菓子を少々。

ミルク羊羹01

那須御用邸御用命舗 扇屋さんってトコロの酪乳西洋羹って品。

ミルク羊羹02

チーズケーキの乳脂肪っぽさを少なくして、甘みは和菓子のような鋭い感じにしたもの。牛乳嫌いで無ければ美味しいと思う。
 食べて甘すぎず、洋菓子でも和菓子でもないような不思議な感じなので面白いと思って2ダースほど購入しました(何故かバラ売りしかしてなかったので)。

那須は初めての旅先だったので色々と目に付きましたけど、まぁ今回はこれぐらいです。

☆ホテル エピナール那須 体験モニター☆
  1. 【旅】ホテルエピナール那須(栃木県那須高原)体験モニター
  2. 【食】旬彩厨房 レモンバームでランチ(ホテルエピナール那須)
  3. 【食】日本料理 那珂川 (ホテル エピナール那須)
  4. 【食】エピナール那須の朝食バイキング
  5. 【旅】朝市とお土産と(ホテル エピナール那須)
  6. 【観】田舎の原風景と那珂川の鮎三昧(エピナール那須OPネイチャーツアー)
  7. 【食】余一やな鮎料理で昼食(エピナール那須ネイチャーツアー)
  8. 【茶】ティーラウンジ オークレール (ホテルエピナール那須)


ruminn_master at 2009年09月18日 08:57 【旅】朝市とお土産と(ホテル エピナール那須)コメント(0)トラックバック(0)  このエントリーをはてなブックマークに追加

【食】エピナール那須の朝食バイキング 4

モニター宿泊したホテル エピナール那須の朝食は、館内のバイキングレストラン、

NASUバイキング エルバージュHP

にて。

エピナール朝食01
エピナール朝食02

年中旅行してるんで日本中で朝食バイキングを食ってますけどココのは3本の指に入りますな。(他に感心したのは小樽プリンスとか)

品揃いも味もバランスいいと思います。

エピナール朝食04
エピナール朝食05

良質な地元素材、豊富な野菜や豚肉・鶏肉を使っての和洋食メニューの数々。
 こういうバイキングに多い中華料理はほぼ無かったように思います。そういえばここのホテルには中華専門レストランは無いですから、そういうポリシーなのかも知れません。

料理はどれも良かったですね。素材を活かしてる。


問題点は・・・大したことではないけれど「場所取り」ですな。しょせんバイキング形式では避けられない問題だけど。

エピナール朝食03

一応のルールらしき表示板は一部のテーブルにあるけど、相席を嫌って6人席の円卓を2人ぐらいで独占しようとするオバチャン達の「群れ」といいますか、ルール無用の度胸勝負みたいなところがあって微妙な小競り合いは結構ありました。

でもまぁ美味いので、結局食べ過ぎました(笑)。

エピナール朝食06


☆ホテル エピナール那須 体験モニター☆
  1. 【旅】ホテルエピナール那須(栃木県那須高原)体験モニター
  2. 【食】旬彩厨房 レモンバームでランチ(ホテルエピナール那須)
  3. 【食】日本料理 那珂川 (ホテル エピナール那須)
  4. 【食】エピナール那須の朝食バイキング
  5. 【旅】朝市とお土産と(ホテル エピナール那須)
  6. 【観】田舎の原風景と那珂川の鮎三昧(エピナール那須OPネイチャーツアー)
  7. 【食】余一やな鮎料理で昼食(エピナール那須ネイチャーツアー)
  8. 【茶】ティーラウンジ オークレール (ホテルエピナール那須)


ruminn_master at 2009年09月18日 07:36 【食】エピナール那須の朝食バイキングコメント(0)トラックバック(0)  このエントリーをはてなブックマークに追加

2009年09月17日

【旅】ホテルエピナール那須(栃木県那須高原)体験モニター 5

いい旅でした。

施設も接客も料理も申し分なく、アクセスも良く、そして、那須町はとても気持ちのいい町でした。

ホテルエピナール那須

ホテルエピナール那須00

ホテル エピナール那須

語感に違和感無いので気付きませんが、ホテル名の「エピナール」とはフランス語でホウレン草のことで宿泊施設の名前としては少々不思議なネーミング。
 那須高原の那須=茄子に引っ掛けた洒落っ気に「元気になって帰って下さいね」というポパイのホウレン草イメージにも引っ掛けたんだそうです。
 なかなか茶目っ気ありますな(笑)。

那須高原の一角を占め、最大宿泊人数1400人ほども数える巨大なリゾートホテルで、館内には天然温泉や温水プール、数々のエステやマッサージ、館内および周囲にはテニスコートやアスレチックマシンなどのスポーツ施設、日替わりで陶芸や彫金などを体験できる様々なカルチャーコースも備えた一大レジャー施設です。

エピナール那須館内03

けっこう昔から有るホテルらしいのですが、7年ぐらい前に温泉を掘削して施設を拡張してから大人気、その折りに値段も上げたからダメじゃないかと町で噂してたのにも関わらずそれからも客足は落ちなかったと、数年前に外資が入ってますます施設が大きくなったと、町を巡回してるバスの運転手さんや町の方々に伺いました。
 同じく聴いたところでは7月はほぼ満員だったそう。
 
この不景気にそんなに上り調子の豪華なホテルに無料招待されたので有り難く行ってきました。

いつも数々の試写会や商品モニターなどさせて貰ってるLivedoorブロガー限定モニターキャンペーン、今回は6月に募集した「30組を抽選でリゾートホテルに1泊2日無料招待」してくれるという豪勢なハナシで、そういえば那須高原って行ったこと無いなぁ、と思って気合い入れて応募( って言っても定型フォームに必要事項を記入するだけなので気持ちの問題ですけど(笑))したら、見事選んで貰えた次第です。

・「那須高原のリゾートホテル「ホテルエピナール那須」にブロガー様ご招待!
那須高原のリゾートホテル「ホテルエピナール那須」の宿泊体験をブログにお書き下さい! - 共通テーマ - ブログパーク

有り難く安上がりな親孝行に母を連れて行ってきました。

このホテル、交通アクセスはかなり良く、もちろんマイカーで行くことも可能ですが、「新幹線+無料シャトルバス」、1日に5本、朝の8:20から2時間おきに夕方の16:20までの5本が新宿から出てる(※8時便と16時便はホテル近くの道の駅まで)片道3000円ほどの「有料高速バス」、そして東京・横浜・松戸から1日に各1本ずつホテルとの間を往復してる「無料送迎バス」と選択肢がかなり広い。

マイカーも持たず、他に特に立ち寄り地も無い身としては当然に「無料送迎バス」を選びました。

直行バス02

これは通常はホテルの数々の宿泊プランの中でも人気の 「バスでECO旅」という送迎バス付きの宿泊プランのもの。
 たとえば平日泊で畳6畳にツインベッドの付いた和洋室で2人1部屋、夕食に和食を選んだ場合1人18500円(※本年9/24でシミュレーション※)、新幹線で行くより7000円も安上がりとなります。
 このプランのいいところは安いだけではなくバスの車中で宿帳を書いてしまうので巨大ホテルでは難点となるチェックインもスムーズに行える点が上げられるでしょう。
 そしてチェックイン&チェックアウトとバスの発着時刻とのタイムラグを埋める専用ラウンジもあるとのこと(自分はランチやネイチャーツアーに時間を有効利用したのでタイムラグを感じることもなく、その施設は使いませんでした)。
 ゆったりとした大きなバスで4人11列、補助席抜きで45人乗りの大型バスでの3時間ほどの旅程。

直行バス01

東京発の場合、朝の9:50に東京駅八重洲口の外れにあるバス駐車場に集合して10:00出発で昼の1時前ぐらいにホテルに到着します。

エピナール那須外観01
エピナール那須外観02
エピナール那須館内01

通常はここでチェックイン待ち、昼食や温泉や館内でのんびり時間潰しなんでしょうけど、今回は「モニター宿泊」、つまりゲスト扱いのため、まずは担当の方から説明を頂きました。

ウェルカムドリンク

自分の場合はシニアマネージャーの須田さんという方に丁寧に施設の概略や観光の説明をいただき、やれバスの時刻表だの何だの明日の予定だの心配性の母親のワガママに応じて全部用意して下さって有り難かったです。

その後、館内のレストランで昼食を頂きましたが、それはまた別記事にて。

そして食後、宿泊する部屋に案内されました。

エピナール那須部屋01

この上の1枚の写真はたまたま扉の開いていた隣室で、用意されたのはもう少し広い角部屋のいいところ、

エピナール那須部屋03
エピナール那須部屋04

客室は14階までありますがその13階なので部屋からの眺望も素晴らしいです。

エピナール那須部屋02

今回は「モニター宿泊」というゲスト扱いのためなのか、それともこのホテルの通常サービスなのかは不明ですが、支配人名義のウェルカムカードとスイーツが届けられました。

ウェルカムカード

いずれにせよなかなかニクイ心配りですな。

一息ついたので外出することにしました。

今回のモニター宿泊、たとえば陶芸などの体験工房やエステサロンなどを頼んでも無料だったのですけど、那須高原に訪れること自体が初めてでしたので、あえて自由時間とさせて貰った次第です。

外出前に、ここの15階は「展望台」、というか周囲を360°見渡せる屋上が開放されているというので昇ってみました。

展望台01
展望台02
展望台03
展望台04
展望台05

何でも今では建築規制のためこのホテルのような高層建築は建てられないそうで、結果としてこの那須高原で一番見晴らしのいい場所と言うことになります。

展望台06

那須高原の素晴らしい広がりを堪能した後は、街に出てみることにしました。

レンタサイクルもあるのですが何と言っても広いし、ペーパーゴールド免許なのでレンタカーも不都合、マイカーの無い身としてはタクシーか路線バスか巡回バスとなります。

路線バスは近くの「広谷地」乗り場までホテルから1kmぐらいあるそうで、他方の巡回バスはホテルの玄関まで乗り入れてるそうということで巡回バスにしました。

巡回バス03

1日1000円乗り放題の「那須高原観光周遊シャトルバス キュービー号、1周90分ほどで1日11本出てます。

巡回バス02

20人ぐらいしか乗れないので混雑シーズンには乗れなかったりもするそうですけど便利だね。

巡回バス01

この運転手さんがいい人でいろいろと町の案内をしてくれてかなり面白かったです。
 まぁロープウェーに乗ろうと思って「湯本」まで乗った往路は貸し切り状態だったので観光タクシーみたいになってたんですが(笑)。

で、那須岳のロープウェーに乗るにはこの「湯本」バス停から乗り場までタクシーになるのですが(ホテルからタクシーだと往復1万円超えるそう)、このロープウェー、「最終の下りは4時半、頑張って行って乗れてもすぐに降りてくることになるし乗れるかどうか・・・」って湯本の那須観光協会の人とそこに居たタクシーの運転手さんらしき人に言われて、まぁ諦めてそのまま乗ってきた巡回バスに乗せて貰って帰ってきました(何か多分無理だろうと思って少し待っててくれてたような気がします)。

まぁ那須高原の主な観光地を解説付きで案内して貰ったようなものなのでそれはそれでいい観光になりました。

天気が良かったしね。

何も無いのもアレなので美術館を一つだけ。

那須とりっくあーとぴあ

トリックアート01
トリックアート02

この扉は入れませんし階段は昇れません(笑)。要は目の錯覚を利用した「絵の中に入れる」体験型美術館です。

「そんなの日本のアチコチにあるのに」って思われる方も居ると思いますが、実は日本のアチコチにあるトリックアート美術館のはココ那須とりっくあーとぴあからの貸し出し作品で、その創設者は既に亡くなっているそうですが、そのお弟子さんなど8人ほどの工房で今でも作っているとのことです。

トリックアート03

結構面白かったけど、やっぱり一番楽しむのは小学生か思春期の女の子、でなきゃ酔っぱらいですかな(笑)。下手に科学的雑学のある大人は視差がどうだとか遠近法がどうだとか理屈で考えちゃうからねぇ。
 ある意味自分の童心の有無を試せます。まぁディズニーランドなんかでも一緒だけどね。

ホテルに戻って夕食までの時間は温泉に。

エピナール那須館内02

さすがに他の人の居る風呂場の写真は撮れませんでしたが(笑)、大きなホテルらしくカランも30ぐらいあるし、サウナ、打たせ湯、寝風呂にジャグジー、檜風呂に露天風呂は岩風呂となかなか広くて気持ちよかった。加熱単純泉ですけどバリエーションに工夫がしてあってレジャーSPAとしてよく出来てるので快適な温泉だと思います。

その後に和食処で夕食を頂きましたが、それはまた別記事

部屋も快適でぐっすり眠らせて頂きました。

朝食も豪華だし朝市も土産も満足。ここらも別記事にしましょう。

その後チェックアウト(ホテルの規定としては11時までに、というゆったり目の設定です)してオプションのネイチャーツアーに参加しました。

実はマイカー以外で遊びに来た人にとっては、広い那須高原での移動の足が難しい訳で、そこらの事情は巡回バスの件で書いたとおりですが、特に送迎バス付きプランの場合、このチェックアウトから午後2時前後に出る関東方面に向かう直行バスとの間の時間が中途半端で難しいことになります。

そこでその時間に楽しんで貰おうということで、500円とか1000円とかの格安で、湿原散策や牧場体験、ヤナ見学と鮎料理などのネイチャーツアーが企画されています。

これについても別記事にしますが3カ所ほどバスで回って観光して、鮎尽くしのランチ食って500+1050円ってのは抜群のお得感でした。

ツアーは季節に応じて色々あるそうで、特に人気なのが紅葉見学ツアーだそう。たしかに紅葉に包まれた那須高原の景色は美しそうです。

ネイチャーツアーから戻って一服してから帰りのバスへ。

帰りのバス00

東京駅に夕方5時ぐらいに到着する時間割になってるのですが、連休の始まりにぶつかったので結構アチコチで渋滞、でもドライバーさんの勘が良くって早めに高速道路を降りて裏道を抜け、何とか30分程度の遅れで無事に東京駅の丸の内口に到着しました。

いい旅行でした。

母は友人連れてまた行くと言ってます。自分もまた何かの機会に使わせて貰おうと思ってます。

モニターでほとんど無料だった訳ですけど、「モニター客」だと知らないはずの各所隅々の従業員の方々も皆さん接客が丁寧だし、町の人も皆さん親切。
 そういうところは常々ホテルとして町の人に嫌われていてはあり得ないことですから、いろんな意味でよくできた施設と言えるのでしょう。

うん。いい宿でした。

☆ホテル エピナール那須 体験モニター☆
  1. 【旅】ホテルエピナール那須(栃木県那須高原)体験モニター
  2. 【食】旬彩厨房 レモンバームでランチ(ホテルエピナール那須)
  3. 【食】日本料理 那珂川 (ホテル エピナール那須)
  4. 【食】エピナール那須の朝食バイキング
  5. 【旅】朝市とお土産と(ホテル エピナール那須)
  6. 【観】田舎の原風景と那珂川の鮎三昧(エピナール那須OPネイチャーツアー)
  7. 【食】余一やな鮎料理で昼食(エピナール那須ネイチャーツアー)
  8. 【茶】ティーラウンジ オークレール (ホテルエピナール那須)


ruminn_master at 2009年09月17日 09:50 【旅】ホテルエピナール那須(栃木県那須高原)体験モニターコメント(2)トラックバック(0)  このエントリーをはてなブックマークに追加

2009年06月27日

【歴】東京都内唯一の本陣跡(甲州道中10 日野宿) 3

日野宿は石田寺(土方歳三の墓)も予定地だったけど、時間の都合か次回に回したかで本陣だけ。

日野本陣跡00

「日野本陣」東京都日野市 −建築家・酒井哲のコラム
日野宿本陣跡・ふるさと博物館
日野市立新選組のふるさと歴史館HP

あまり時間がなかったので、解説ボランティアの人ももっと喋りたそうでした(笑)。

本陣跡の向かいは図書館ですが、その前に問屋場跡の碑がありました。

日野問屋場跡00

ここはもっと本陣跡でゆっくりしたかったかな。
[日野宿]

 日野宿は内藤新宿から7里26丁(30km余),東の府中宿へ2里,西の横山宿(現,八王子市)へ1里27丁48間で,府中宿,横山宿のほか脇往還岩槻道の小川新田(2里)への継立ても負担していた。町並みは幕末には9丁続いていた。1717年(享保2)の百姓家数は426軒,人数1735人で,馬数は183疋であった。宿の問屋は2人,馬指(うまさし)・定使(じようづかい)は2人である。職人が8人,商人が15人いたが,商人は酒,豆腐,わらじ,タバコなどを商い,甲州道中を通る旅行者相手の商業とみられるものが多い。多摩川の対岸柴崎村との間には甲州道中では数少ない渡船があった。日野宿で経営し,日野の渡と呼ばれたものである。この渡船は1824年(文政7)以前は毎年3月から10月までで,そのあと翌年3月までは土橋を架けて渡っていた。しかしこの年以後,渡船賃を3割増にするとともに,通年渡船で渡ることになった。27年に多摩川両岸にわたる47ヵ村で日野宿組合が結成されると,その中心である寄場になったが,これらの村のほとんどは経済的には八王子の市場圏に入り,日野は市が立つこともなく,宿場町で推移した。                   伊藤 好一

(c) 1998 Hitachi Digital Heibonsha, All rights reserved.


とりあえず今回の甲州道中の旅はここまで。

次回も参加できるかな。

ruminn_master at 2009年06月27日 16:15 【歴】東京都内唯一の本陣跡(甲州道中10 日野宿)コメント(0)トラックバック(0)  このエントリーをはてなブックマークに追加

【歴】谷保天満宮(歴史の寄り道) 3

これは先の分倍河原古戦場よりさらに前の時代ですな。

源義経が頼朝に鎌倉に入るのを許されるのを待って写経してた神社ですが、天満宮としての由緒もなかなかのもの。

谷保天満宮01
谷保天満宮02

源義経みなもとのよしつね

1159‐89(平治1‐文治5)

平安末期〜鎌倉初期の武将。源義朝の末子,頼朝の異母弟。母は九条院の雑仕女(ぞうしめ)常盤(ときわ)。幼名牛若,九郎と称す。平治の乱(1159)で父義朝が敗死したのち母および2人の兄今若(のちの阿野全成(ぜんじよう)),乙若(のちの円成(えんじよう))とともに平氏に捕らえられたが,当歳の幼児であったため助けられて鞍馬寺に入れられた。この時期の義経の行動についてはまったく不明で,ほとんどが伝説・創作の域を出ない。
 源九郎義経の行動が史実として確認されるのは,1180年(治承4)兄頼朝の挙兵を聞いて奥州平泉より駿河国黄瀬川に参陣してから以後のことである。頼朝の麾下に加わった義経は《吾妻鏡》にも〈九郎主〉と表現されるように,源家一門の御曹司として処遇され,頼朝の代官として,異母兄の範頼とともに平氏追討の大将軍として活躍した。84年(元暦1)1月まず京都にいた木曾義仲を討ってこれを近江に倒し,都の覇権をにぎった。ついで2月には平氏軍を一ノ谷に破ってその入京の勢いをとめた。この合戦における鵯越(ひよどりごえ)の奇襲は有名である。さらに翌85年(文治1)2月には讃岐国屋島の平氏軍を襲って大勝し,海上にのがれた平氏軍を追って関門海峡の壇ノ浦に戦い,これを全滅させた。3月24日のことである。その機知に富んだ戦術で平氏を討滅した義経は一躍英雄として都の内外の人々にもてはやされた。そして当然その功を賞せられるべきであったが,平氏追討戦の間に梶原景時以下の関東御家人と対立したばかりでなく,後白河上皇の頼朝・義経離間策にのせられて頼朝の認可をまたずに検非違使・左衛門少尉になったため,鎌倉御家人体制の組織を破る独断行為として頼朝の不興を買い,疎外されるに至った。義経は腰越状(こしごえじよう)を送って弁解したが,ついに鎌倉に帰ることを許されず,追放の身となった。追いつめられた義経は,叔父行家と結んで反逆を企て,85年10月18日,後白河上皇に強要して頼朝追討の院宣を得た。しかし義経らが結集しえた軍勢は少なく,この計画は失敗した。西海にのがれようとして摂津の大物浦に船出したが難破し,そののちは畿内一帯に潜伏して行方をくらまし,やがて奥州にのがれて藤原秀衡(ひでひら)の庇護を求めた。しかし秀衡の死後,その子泰衡は頼朝の圧迫に抗しえず,89年閏4月30日,義経を衣川の館に襲撃し,これを自害させた。数奇な運命にもてあそばれた悲劇的な義経の生涯は,多くの人々の同情を集め,後世には彼を英雄視する伝説・文学を生む結果となり,世に〈判官びいき〉の風潮を作った。
                        安田 元久
(c) 1998 Hitachi Digital Heibonsha, All rights reserved.

谷保天満宮02
谷保天満宮03

甲州街道の通る場所が変わった関係で、今は階段を下りてお参りする形になってる珍しい天満宮です。

天満宮って北野の系統は「悪いことが起きないように」であり、太宰府の方は「願いが叶うように」ですけど、ここの由緒って微妙なので、どっちなんだろうかと悩みつつ「とりあえずがんばります」って感じでお参りしてました(笑)。

ruminn_master at 2009年06月27日 15:33 【歴】谷保天満宮(歴史の寄り道)コメント(0)トラックバック(0)  このエントリーをはてなブックマークに追加

【歴】分倍河原古戦場跡(歴史の寄り道) 3

府中宿から日野宿までの間でバスは寄り道。

江戸五街道よりずっと昔のお話。

分倍河原古戦場01
分倍河原古戦場02
分倍河原古戦場03

永享の乱えいきょうのらん

1438年(永享10)8月から翌年2月にかけて,鎌倉公方足利持氏と関東管領上杉憲実,憲実を援護する将軍義教との間の抗争に端を発した東国の内乱。幕府と鎌倉府の関係は両府の成立以来必ずしも良好といえるものではなかった。とくに上杉禅秀の乱以後は持氏が禅秀与党の征討と称して,反鎌倉,親幕府的な東国諸氏の討伐を敢行したことによって対立はますます深まっていった。乱後の持氏と憲実との関係も微妙なものであった。持氏は反鎌倉的な東国諸氏に強硬な態度で臨んだのであるが,憲実は融和的,親幕府的であった。このような相違は1437年持氏が将軍の分国である信濃国へ出兵して小笠原氏を攻めようとしたときに表面化した。このとき憲実は反対したが持氏が聞き入れないため,憲実は鎌倉から藤沢に退いた。持氏が憲実の忠告を入れて和解したが,両者の険悪な対立状況はなお続いた。翌38年6月,持氏は嫡子賢王丸(義久)の元服式を鶴岡八幡宮で行ったが,このとき前例となっていた将軍義教の偏諱(へんき)を受けなかった。将軍の偏諱を請うことを勧めていた憲実はこれを不満とし,また持氏が憲実を退治するとの風聞が立ったため憲実は8月14日上野(こうずけ)に退去した。憲実が鎌倉を去ると,持氏は一色直兼らに命じて憲実を追撃させ,みずからも武蔵国府中に出陣して憲実を討とうとした。
 このため憲実は幕府に援軍を求め,幕府も関東・奥羽の諸氏に持氏追討令を発し,駿河今川,甲斐武田,信濃小笠原氏らの近隣諸国守護が関東に攻め込んだ。憲実も越後・上野の兵を率いて10月19日武蔵国分倍河原(ぶばいがわら)に着陣し,持氏の降伏を待った。鎌倉を守っていた三浦時高は持氏に反し,憲実に応じて,11月1日に大倉御所を焼いた。そのため嫡子義久と足利満貞は報国寺に逃れ,安王丸と春王丸は下野日光山に走った。ついに持氏も降伏を決意して鎌倉に帰り,金沢称名寺に入って剃髪し,近臣上杉憲直と一色直兼を切腹させた。憲実は持氏父子の助命を将軍義教にしきりに請うたが許されず,翌39年2月10日,上杉持朝,千葉胤直に命じて持氏の居所永安寺を攻めさせ,持氏は自害した。ときに持氏42歳,義久14歳であった。ここに足利基氏以来4代にわたる鎌倉公方の東国支配は終わり,結城合戦を経て,49年(宝徳1)持氏の末子足利成氏によって鎌倉府が再興されるが,上杉氏との対立を深めて享徳の乱となり,関東は戦国時代へと移行していった。
 永享の乱の直接的な原因については幕府と鎌倉府との対立があげられる。将軍と鎌倉公方との対立は両府成立当初から存在していた。ことに義教は将軍専制を確立するため,持氏を挑発し,持氏はそれに乗せられて滅亡したとするのが通説である。また鎌倉公方と山内上杉氏との対立も大きな要因であった。この対立の根底には守護領国内部の矛盾,より広くいえば鎌倉府支配体制下における東国社会内部の矛盾があったのである。
                        伊藤 喜良

(c) 1998 Hitachi Digital Heibonsha, All rights reserved.

この辺りの歴史は不勉強だなぁと自覚。

ruminn_master at 2009年06月27日 15:15 【歴】分倍河原古戦場跡(歴史の寄り道)コメント(0)トラックバック(0)  このエントリーをはてなブックマークに追加

【歴】甲州街道と鎌倉街道の交差点(甲州道中9 府中宿) 3

府中は歴史が古く、その反対に現代でも大きな都市となっているために江戸時代の宿場町の面影はほとんど無いに近い。

今回のバスツアーも江戸より古い話から。

大国魂神社

大国魂神社01

厄除けは東京・府中の大國魂神社へ

時期が時期だけに「茅の輪くぐり神事」もやってきました。

馬場大門の欅並木

馬場大門の欅並木01
馬場大門の欅並木02

馬場大門のケヤキ並木 - Wikipedia

高札場跡

府中高札場跡01
府中高札場跡02
府中高札場跡03

江戸時代の宿場町の名残はこの辺りだけの感じ。

大国魂神社の御輿の御旅所として機能してる場所なだけに、かえって宿場の高札場跡をアピールする気が無いんでしょうけど、「それらしい」高札のひとつも掲示しとけばいいのにね。
府中[市]ふちゅう

東京都中部の市。1954年市制。人口21万6211(1995)。市街地は多摩川北岸の沖積地と立川段丘上に発達する。大化改新後,武蔵国21郡を支配する国府が置かれ,政治・経済・文化の中心として栄えた。江戸時代には甲州道中の宿場町として発展し,明治に入り郡役所が置かれるなど,北多摩地方の中心地であったが,1889年新宿と立川を結ぶ甲武鉄道(現,中央本線)が市域の外を通ったため一時さびれた。しかし,1916年に京王電気軌道(現,京王帝都線)が新宿との間に開通,その後立川と川崎を結ぶ南武鉄道(現,JR 南武線)も通じて,交通条件は改善された。また23年に多摩霊園,33年中央競馬会の東京競馬場,35年府中刑務所が開設されるなど,東京の近郊都市化が進められた。第2次大戦中には陸軍燃料宜や電気,製鋼などの軍需工場が設けられて工業化の基盤が形成された。戦後これらはアメリカ軍施設や民需用に転換,さらに60年代以降,食品,電気など多くの工場が進出した。都心への通勤者が増大するとともに住宅地化も進み,60年代に年平均1万人の人口増加がみられた。市内には武蔵国総社として由緒ある大国魂(おおくにたま)神社,中世の分倍河原(ぶばいがわら)古戦場や馬場大門のケヤキ並木など史跡が多く,東京農工大学,多摩川競艇場などもある。            井内 昇
[歴史]  地名は武蔵国の国府の所在地であったことに由来し,総社六所宮(現,大国魂神社),国司藤原秀郷の居館と伝える高安寺などもあって,古代以来武蔵の政治・軍事上の要地であった。中世には鎌倉街道が通じていた。近世には内藤新宿,八王子横山宿に次ぐ甲州道中の大きな宿駅で,本町,番場宿,新宿の3町に分かれ,1ヵ月の伝馬役を分担していた。徳川氏は六所宮を尊崇して隣接する八幡宿の地500石を朱印地として与え,また初期には馬市もにぎわった。1617年(元和3)以来,府中の上田8反歩で将軍召上り料のマクワウリが栽培され,肥料や人足が周辺の府中領農村に課せられた。武蔵野新田の開発に当たっては1740年(元文5)篤農の川崎平右衛門が登用されて新田世話役となり,農民の尊敬を集めた。近代に入ると自由党,改進党の集会が盛んに開かれ,《武蔵野叢誌》が出版されるなど自由民権運動の中心地となり,1920年には府中多磨小作人組合が結成されて三多摩農民運動の指導的役割を果たした。                  北原 進

(c) 1998 Hitachi Digital Heibonsha, All rights reserved.


ruminn_master at 2009年06月27日 14:50 【歴】甲州街道と鎌倉街道の交差点(甲州道中9 府中宿)コメント(0)トラックバック(0)  このエントリーをはてなブックマークに追加

【歴】近藤勇の墓所と生家跡(甲州道中08上石原宿) 3

上石原宿ではバスから降りて龍源寺で墓参。

近藤勇墓所02

近藤勇こんどういさみ

1834‐68(天保5‐明治1)

幕末の新斤組隊長。武蔵国多摩郡石原村の宮川久次の第3子。天然理心流近藤周助の試衛館で剣法を学び,1849年(嘉永2)その養子となる。63年(文久3)将軍徳川家茂の上洛にあたり幕府が募った浪士隊に同門の土方歳三,沖田総司,永倉新八らと加わった。上洛した浪士隊は洛外壬生村に屯集した。清川八郎らが尊攘派と結んだので幕府から江戸へ帰還を命ぜられた後も京都に残り,京都守護職支配下に属して新斤組を結成。しだいに力をのばして隊長となり,尊攘派の取締りと弾圧にあたる。64年(元治1)6月池田屋事件で名をあげた。以後,洛中洛外の治安維持につとめ,幕臣にもなる。68年(明治1)1月の鳥羽・伏見の戦で幕軍敗退後江戸へ帰り,佐幕軍甲陽鎮撫隊を組織して官軍と甲斐勝沼で戦うが敗走。下総流山で降伏して捕らわれたとき大久保大和と名のるが,官軍に勇であることを見破られ,4月25日に板橋庚申塚の刑場で斬られ,首は京都三条河原に梟された。                    高木 俊輔

(c) 1998 Hitachi Digital Heibonsha, All rights reserved.
てな訳で、刑死してるので本当に五体満足で埋葬されてるのかどうかは諸説有るようですが。。。

近藤勇墓所03

とりあえず合掌。

寺の入り口には上掲の胸像と天然理心流の碑。

近藤勇墓所01

少し離れたところには生家跡とか道場跡もありました。

近藤勇生家跡00


ruminn_master at 2009年06月27日 13:30 【歴】近藤勇の墓所と生家跡(甲州道中08上石原宿)コメント(0)トラックバック(0)  このエントリーをはてなブックマークに追加

【歴】内藤新宿(甲州道中 宿場町その1) 3

早稲田界隈を根城にしてるのに、ごく近所にあった史跡群を初めて知ったよ。

今の「新宿」が甲州街道第1宿の内藤新宿の発展形だ、ぐらいの知識はもちろんあるけど、結構残ってるんですなぁ。

内藤新宿 ないとうしんじゅく

江戸の北西部,武蔵国豊島郡に設置された甲州道中の宿駅で,江戸周辺の品川(東海道),千住(日光道中),板橋(中山道)とともに四宿と呼ばれた。現在の新宿区新宿1〜3丁目一帯。江戸浅草阿部川町の名主喜兵衛ほか4人の出願によって1698年(元禄11)に置かれた新しい宿駅である。宿はずれの追分(おいわけ)で青梅街道を分岐し,両者の第1宿を兼ねる。江戸日本橋まで2里(8km足らず),西の次の宿へは甲州道中の下高井戸宿まで2里,青梅街道の中野村まで20丁(2km余)である。内藤新宿の設立によって,これまでの上・下高井戸宿および中野村は,第1宿としての機能を失った。宿場が四谷塩町続きの,もと高遠藩内藤氏の屋敷の一部に設けられたので,その名があった。東は四谷大木戸を境とし,西は追分に至る東西9丁10間余(約1km)の宿並みである。設立当初ここに移住した人々は,屋敷を割り当てられると,年貢の上納,伝馬人足づとめ,四谷大木戸から甲州道中国領宿までと,追分から青梅街道高円寺村境までの道の修復を負担することが義務づけられ,その諸費用として表間口1間につき1年に金1分ずつを徴収されることになっていた。宿設立後20年ほどたった1718年(享保3)にいったん廃駅となったが,72年(安永1)に再興された。幕末には宿の街道沿いが残らず家並みとなり,上町,仲町,下町に分かれた。家数は698軒,人数2377人,うち男1172人,女1205人。旅籠屋は24軒で,ほかに本陣1軒,問屋場が1ヵ所あった。常備人馬は25人,25疋である。飯盛女(めしもりおんな)を150人置くことが許されていたが実際はこれを上回り,取締りの対象となったこともある。しかし多くの飯盛女が存在することによって江戸の歓楽地としても繁栄した。この地は江戸へ入る北西の入口になっていたために,甲州,青梅の両道を経由して送られてくる商品がここでも売買され,内藤新宿を中にはさんで東の四谷から西の角筈(つのはず)にかけ,農村の生産物を取り扱う問屋が多く成立した。宿では1772年の再興以来,ここを通過する駄賃付馬に対し,1疋につき銭2文の割合で口銭を徴収していたが,農村からの荷物にもこの口銭を課したので争論になったことがある。 伊藤 好一

(c) 1998 Hitachi Digital Heibonsha, All rights reserved.

内藤新宿図

高遠藩内藤氏の土地の一部を削って作ったので内藤家の菩提寺がやっぱり中心でしょうか。
 現代の場所としては新宿御苑前駅と厚生年金会館との間ぐらいのエリアです。

内藤新宿01

結構な史跡も残ってるようです。

内藤新宿

内藤新宿02

江戸6地蔵のひとつもココに。

内藤新宿03

内藤家の墓所も観光資源。

ここらになると境目は不思議な感じですな。

内藤新宿04
内藤新宿05

境内にある塩地蔵が一番独特な感じ。

この寺から厚生年金会館の方に出た寺も2カ所ほど回りましたが、恋川春町の墓とかありました。

飯盛り女の投げ込み墓が切ないですな。

内藤新宿07
内藤新宿08

これこそが宿場町の実際の歴史ではあるんだけどね。。。

ruminn_master at 2009年06月27日 10:41 【歴】内藤新宿(甲州道中 宿場町その1)コメント(0)トラックバック(0)  このエントリーをはてなブックマークに追加

【歴】四谷大木戸跡など 3

バスは内藤新宿(第1の宿)に向かって来たが、その少し手前で見学地一つ。

場所は新宿から四谷に抜けてくるトンネルの出口のところ隣は四谷区民センターです。

四谷大木戸跡と上水端跡04

ここが「江戸御府内」の境界ですな。

四谷大木戸跡と上水端跡01

ここに「四谷大木戸」つまり関所があったと。

あと江戸に上水道を供給していた玉川上水がここで開渠から暗渠、つまり地下に潜る場所だったらしい。

四谷大木戸跡と上水端跡02

こんなところも気にせずに生きてるねぇ。

四谷大木戸跡と上水端跡03


ruminn_master at 2009年06月27日 10:36 【歴】四谷大木戸跡などコメント(0)トラックバック(0)  このエントリーをはてなブックマークに追加

【学】史跡としてのお江戸日本橋 4

日常の中では何も気にしてない風景も説明して貰うといろいろドラマがあるもんですな。

橋を挟んで4つの角にはそれぞれ歴史があり、1つを除いて記念碑や解説文が置かれています。

日本橋01
日本橋02
日本橋03

五街道の起点としての歴史がメイン。

江戸時代、魚河岸の発祥の地、要は徳川家康を助けた大阪西成の漁師を呼び寄せて埋め立て地(佃島)と漁業権と販売特権を与えたという歴史、関東大震災で築地に移転するまではここに魚河岸があったと。

日本橋07

その旨記した碑があります。

また別の角、ここだけ解説文も記念碑も無く、ただ交番があるだけですが、

日本橋08

ここは江戸時代、高札場であり、心中の生き残りを晒し者にしたりするための場所だったそうです。
(おまわりさんを撮影すると何か文句言われそう(笑)なので上手いこと死角を撮ってますが)

一つの角だけが近現代の歴史の証。五街道の起点はその後も日本地図の起点であったようです。

日本橋04

東京「市」の時代、市電の邪魔になるというので撤去された起点標識が橋の袂に移されてますが、起点標は道路の真ん中に埋められています。

日本橋05

見に行く人が居るとアブナイので(笑)、起点標識のところにレプリカが展示されています。

日本橋06

今日はここを甲州道中の起点として旅に出る訳です。

ruminn_master at 2009年06月27日 10:30 【学】史跡としてのお江戸日本橋コメント(0)トラックバック(0)  このエントリーをはてなブックマークに追加

【旅】甲州街道四十五次バス旅ツアー(その1) 4

(株)日本ファミリー旅行企画の歴史探訪バスツアー、情報量が多すぎて記事に仕切れてないのも少なくないけど、過去に忠臣蔵とか東海道五十三次とか徳川の墓所とか色々。

最近ではアチコチのツアー会社が企画するようになったけど、レギュラーの歴史講師が付くようになったのはココが最初じゃなかろうかと思う。

たしか元は高校の歴史の先生が定年退職後にやってる仕事だかの児玉先生が今回も案内。

甲州街道四十五次

日野本陣跡00

全5回の1回目、日本橋から日野宿まで、昼食付きの日帰りで7700円。

甲州街道五十四次とは

 0.日本橋
 1.内藤新宿
 2.下高井戸
 3.上高井戸
 4.国領
 5.下布田
 6.上布田
 7.下石原
 8.上石原
 9.府中
10.日野

11.横山(八王子)
12.駒木野
13.小仏
14.小原
15.与瀬
16.吉野
17.関野
18.上野原
19.鶴川
20.野田尻
21.犬目
22.下鳥沢
23.上鳥沢
24.猿橋
25.駒橋
26.大月
27.下花咲
28.上花咲
29.下初狩
30.中初狩
31.白野
32.阿弥陀海道
33.黒野田
34.駒飼
35.鶴瀬
36.勝沼
37.栗原
38.石和
39.甲府柳町
40.韮崎
41.台ヶ原
42.教来石
43.蔦木
44.金沢
45.上諏訪
Goal.下諏訪

数え方にも諸説有るし、見ての通りに同じ地名に「上・中・下」が有ったりもするし、本陣の無いところなども多くて、徳川五街道の中ではワリとマイナーな甲州街道(海道や道中などともいう)です。
甲州道中こうしゅうどうちゅう

江戸時代の五街道の一つ。1600年(慶長5)に甲斐が徳川家康の領地となって以来,江戸と甲府を結ぶ交通路として整備され,18年(元和4)に官道となった。はじめ甲府海道,甲州海道などと呼ばれたが,1716年(享保1)甲州道中と改められた。江戸日本橋を起点とし,内藤新宿,八王子,大月,勝沼,甲府柳町,韮崎(にらさき)など45の宿場と小仏関,鶴瀬関を経て,下諏訪で中山道に合流し,里程およそ55里(約220km)である。甲斐は24年以降,ほとんど一国中が幕府直轄領となったため,甲州道中の重要性は減じることがなかったが,五街道の中では比較的交通量が少なく,参勤交代の大名も信州高遠藩などわずかに3家のみであった。しかし,江戸時代の中期以降には信濃・甲斐・江戸を結ぶ商品流通路としてしだいに活気を増し,とくに安政の開港後は甲州産生糸の輸送路として使われるなど,大きな役割を果たした。
                        安藤 正人

(c) 1998 Hitachi Digital Heibonsha, All rights reserved.

今回は東京駅集合で、日本橋から始まって、深大寺で昼食を摂り、日野宿で「東京都唯一の本陣跡」を見学して帰ってくるコースでした。

0.日本橋
高札場跡
日本橋由来の碑
・・日比谷見附跡
・・三宅坂
・・半蔵門
・・・四谷大木戸跡、玉川上水祈念碑

1.内藤新宿
・・高藤班内藤家下屋敷跡(新宿御苑)
太宗寺(江戸六地蔵の1、閻魔像)
・・和田堀郭所(焔硝蔵跡)

 2.下高井戸(車窓解説)
・・宋源寺

 3.上高井戸(車窓解説)
・・仙川一里塚跡

 4.国領(車窓解説)
 5.下布田(車窓解説)
 6.上布田(車窓解説)
・・小島一里塚跡

 7.下石原(車窓解説)

8.上石原宿
竜源寺(近藤勇の墓)
近藤勇生家跡(社)

9.府中宿
馬場大門の欅並木
大国魂神社
高札場跡
・・・分倍河原古戦場跡
・・・谷保天満宮

10.日野宿
日野宿(脇本陣)
・石田寺(土方歳三の墓)



歴史の旅 甲州街道を歩く
歴史の旅 甲州街道を歩く
クチコミを見る


「街道てくてく旅。」 中山道・甲州街道完全踏破
「街道てくてく旅。」 中山道・甲州街道完全踏破
クチコミを見る


多摩と甲州道中 (街道の日本史)
多摩と甲州道中 (街道の日本史)
クチコミを見る


甲州街道七十二景
甲州街道七十二景
クチコミを見る


ruminn_master at 2009年06月27日 09:28 【旅】甲州街道四十五次バス旅ツアー(その1)コメント(0)トラックバック(0)  このエントリーをはてなブックマークに追加

2009年05月16日

【観】成田山薪能 4

本日のぽけかる倶楽部ツアーのメインはこの薪能

「京成電鉄創立100周年」とかの記念行事でもあり例年に増して豪華とのこと。

たしかに見応えのある舞台でした。

梅若奉納 成田山薪能

成田山奉納薪能01

大本山成田山 Top
大本山成田山 薪能
今年も開催!成田山薪能観劇と新勝寺の大護摩と精進料理- イベント - ぽけかる倶楽部
仏教ニュース: 成田山新勝寺 成田山薪能のご案内
成田市の成田山新勝寺で『第32回成田山薪能』【2009年のイベント】旅行サイト『プチたび』 - puchitabi.jp

成田山奉納薪能02

成田山薪能


実施場所:成田山新勝寺 光明堂前特設舞台(雨天の場合 光輪閣)
主催:大本山成田山新勝寺

5月16日、夜のとばりが清らかに境内を閉ざし、霊山の冷気に幽玄の世界がかもしだされるなか、日本古来より伝承される薪能を開催いたします。

■日時
平成21年5月16日(土)午後6 時開演 
(開場:午後4時30分 終演:午後8時頃予定)

■演目
仕舞「岩船」(いわふね)
仕舞「鶴亀」(つるかめ)
舞囃子「海女」(あま)
狂言「茶 壷」(ちゃつぼ)
能「葵上」あおいのうえ)

■料金 入場券/4千円 全席自由(団体を除く)
■入場券取扱所
○成田山新勝寺(各御護摩受付所・企画課) 
〒286-0023 千葉県成田市成田1番地 成田山薪能係 TEL0476-22-2111(8:00-16:00)
○(社)成田市観光協会(成田市役所・観光案内所・成田観光館)
○梅成会
○チケットぴあ TEL0570-02-9999 Pコード 393-598
■アクセス
開催地住所 〒286-002 千葉県成田市成田1番地
公共機関アクセス ■京成電鉄
京成成田駅下車 徒歩10分(平常時)
京成上野から特急で約65分
スカイライナーで約50分
京浜急行→都営地下鉄→京成電鉄と乗り入れ接続もあります。
(羽田空港より特急・急行の直通有り)
■JR
成田駅下車 徒歩10分(平常時)
横須賀線・総武線直通の「快速エアポート成田」で東京駅から約70分
上野から我孫子経由で約80分
■問い合わせ
問い合わせ先 大本山成田山新勝寺
TEL 0476-22-2111
FAX 0476-24-2210
公式サイト 大本山成田山
イベント情報 成田市 千葉県 成田山薪能

成田山奉納薪能03
成田山奉納薪能04

薪能自体は何度も見てますが、「奉納」だからなのか、今回は記念行事のせいもあるのか、式次第がキッチリとしていました。法楽・火入れ式から。

最初に新勝寺の偉いお坊さんが蝋燭に火を灯し、般若心経など読経してからその炎を行灯に移して舞台の上へ。

舞台の上でその行灯から竹竿で篝火への点火。

成田山奉納薪能05

こういうの初めて見ましたが、なかなかいいですな。

本来は全席自由席のイベントなんですが、ツアーの団体客としての参加のため座席が割り振られて、結構前の方のイイ席でしたけど、角度が悪くて舞台中央が柱の影って感じ。

====A□□□B
_____□□□
_____□□□
____C□□□D

能舞台ってこんな感じになってまして、
A_シテ柱(シテ=主役)
B_笛柱
C_目付柱
D_ワキ柱(ワキ=脇役)

ですが、ちょうどCの目付柱のライン。

ただ篝火の照明効果が生きる場所ではあったかな?

仕舞 「岩船(いわふね)」
  山崎正道
仕舞 「鶴亀(つるかめ)」
  梅若靖記
舞囃子 「海女(あま)」
  梅若玄祥(六郎改メ)

成田山奉納薪能06

ここまでは縁起物なんでしょうか、能の一部、踊りの部分のみを抽出して様々。

狂言 「茶壺(ちゃつぼ)」
  山本東次郎
  山本則俊・山本則重

成田山奉納薪能07
成田山奉納薪能08
成田山奉納薪能09


今回は知らずに申し込んだら「ラッキー」ってとこですが、山本東次郎家の狂言といいますか、大蔵流山本会の狂言って最近気になってワリとよく通ってる方だと思います。

「無理から笑わせる」のと違って物語の型の中でその組み立てで笑わせるような上品な狂言です。

声も良く通るしキリッとしてて分かり易い。

能 「葵上(あおいのうえ)」
  シテ 梅若晋矢
  ワキ 宝生閑殿田謙吉
  アイ 山本則重

  太鼓 安福光雄・桜井均
  小鼓 森澤勇司
  笛  栗林祐輔

<物語〜大本山成田山より>
 光源氏の正妻、左大臣家の息女の葵上は、物の怪にとりつかれ病に臥せっていた。回復させようと様々な方法を試みるが、うまくいかず、梓弓(あずさゆみ)の音で霊を呼ぶ「梓の法」の名手、照日の巫女を招き、物の怪の正体を明らかにすることになった。
成田山奉納薪能10

 巫女の法に掛けられて姿を表したのは、元皇太子妃で源氏の愛人の六条御息所の怨霊。御息女は、気高く教養深い高貴な女性ですが、近頃は源氏の足も遠のき、密かに源氏の姿を見ようと訪れた加茂の祭りでも車争いで正妻の葵上に敗れ、やり場のない辛さが募っていると訴える。そして、葵上の姿を見ると、嫉妬に駆られ、後妻打ち(妻が若い妾(めかけ)を憎んで打つこと)で、葵上の魂を抜き取ろうとする。

成田山奉納薪能11
成田山奉納薪能12

 家臣たちは、御息所の激しさにおののき、急ぎ偉大な法力を持つ修験者横川の小聖を呼ぶのだった。小聖が祈祷を始めると、御息所の心に巣くっている嫉妬心が鬼女となって現れ、

成田山奉納薪能13
成田山奉納薪能14

恨みの塊となった御息所は、葵上のみならず祈祷をしている小聖にも襲いかかるが、激しい戦いの末、御息所の怨霊は折り伏せられ、心安らかに成仏するのだった。

成田山奉納薪能15
成田山奉納薪能16
成田山奉納薪能17
成田山奉納薪能18
成田山奉納薪能19


話の展開もドラマティックで分かり易かった。

そして篝火で様子を変える能面のチカラみたいなものも実感できた。

なかなか見事な舞台で、自分の中でも1ステージ越えたような感覚です。

最初は判らない芸術や美術も数見てる内に「量から質」って変わる潮目が出てくるって言いますが、まさにそんな感じの今日でした。

ruminn_master at 2009年05月16日 20:10 【観】成田山薪能コメント(0)トラックバック(0)  このエントリーをはてなブックマークに追加

【観】成田山新勝寺の大護摩と精進料理 4

今日のツアーは、最近よく使うぽけかる倶楽部で、成田山新勝寺で大護摩、精進料理、奉納薪能の3点セット。

成田山01
成田山02

今年も開催!成田山薪能観劇と新勝寺の大護摩と精進料理- イベント - ぽけかる倶楽部


昨年開催し、大好評をいただいたイベントが再登場です。 1年に1度だけ開催される、成田山での薪能観劇と、精進料理、大護摩祈祷などの特典付き、 ぽけかる倶楽部特別企画で楽しんでみませんか。
諸願の成就を祈る「大護摩祈祷」、坊入となります。坊入では、成田山僧侶による 精進料理の解説や、梅若関係者による能の話もあります。

ここがポイント
* 能鑑賞は「ぽけかる指定席」をご用意!
* 諸願の成就を祈る「大護摩祈祷」
* 成田山名物「大浦ごぼう」など精進料理のお食事
* 精進料理の解説と能のお話も!
* うれしいお土産付き!

開催日
* 5月16日(土)1日限り
開催時間
14:40〜20:30
参加費用
13,800円(お一人様・税込・大護摩・成田山精進料理・薪能チケット付)
最少催行人数
10名
会場・集合場所
成田山新勝寺大本堂
行程
大護摩参拝

新勝寺光輪閣

坊入(お食事)成田山僧侶のお話・梅若関係者による能の話

薪能観覧

解散
今年も開催!成田山薪能観劇と新勝寺の大護摩と精進料理- イベント - ぽけかる倶楽部

最初は本堂での大護摩参拝から。

成田山03

何でも、何かの節目の年らしく一番偉いお坊さんによる大護摩だったそう。

荘厳なユニゾンが睡魔を誘ったと思ったら大太鼓が打ち鳴らされて覚醒させられる、ある意味合理的な修行でした(笑)。

空模様はずっと曇りで怪しかったんだけど、この大護摩で本堂に居る間に通り雨で土砂降りになり、そして晴れ上がったそうで、相変わらずヒキが強いです。

その後、光輪閣という信徒・檀家さんの集会所というか食事場所で、「坊入」といって精進料理を戴く機会。

成田山坊入り料理01

本来ならば檀家さんしか食べられない料理で、しかも「一汁三菜」なんだけど、今回は「特別」にご提供、しかもこれまた何か節目の年らしく奉納薪能の梅若さんの御厚意により3皿ほどサービスなんだとか。

成田山坊入り料理02

「一汁三菜」どころかチョットした和食のコースになってます。
本来なら左の膳だけ、

成田山坊入り料理03

それもこんな立派な加薬御飯じゃなくて白飯らしい。

それと右の膳に載ってる精進揚げとデザートが梅若さんからのサービスだったそうで、「別の機会に来られて同じモノは出ませんから」ってコトワリが入りました。

成田山坊入り料理04

薪能の会場に4時半に入って出てくるのが8時過ぎということで、早めの夕食となります。

般若湯(日本酒)もチャンと(笑)出ました。なんでも全国の信徒さんからの奉納品なので銘柄はゴチャマゼで不明なんだとか。

まぁこうした精進料理というものは信徒さんが苦労して本山に参られたと、その労をねぎらってのものでもありましょうし、「お裾分け」に近いモノですから美味い不味いの贅沢グルメとは別次元、でも結構それなりに美味かったです。

成田山坊入り料理05
成田山坊入り料理06
成田山坊入り料理07
成田山坊入り料理08
成田山坊入り料理09

今回何と言っても貴重なのは成田山にだけ納められ料理に使われる「大浦牛蒡」ってモノを食べられたことです。

成田山坊入り料理10

下に敷かれてたのを上にしてみましたが、この真ん中の刀の鍔みたいな奴です。
 大きさが判りにくいので茶碗なんかと較べられる引きの写真で見ますと

成田山坊入り料理11

こんな感じ。食品見本も展示されました。

成田山坊入り料理12

何でもココ成田山新勝寺に納めるためだけに生産されてるこの大浦牛蒡。成田山独特の素材で、何でも檀家さんしか普通は食べられないそう。
 今では契約農家7件だけが生産するだけの食材で、年に一度の収穫期にほぼ全量が成田山に納入され、一晩水に漬けて表面の粘土質を溶かし、その後まずは数日間かけて灰汁抜きしてから一斗缶で缶詰状態にして保管されてると。
 極太の牛蒡で1畳に1本ぐらいの収穫量、しかも地力が戻るのに数年掛かるとのことで栽培農家も限られてきたんだとか。
 精神的な意味合いはともかくも味としては個性の強い牛蒡でしかないと思うし、手間の割には報われないのかも知れません。
 砂糖の利いた御菓子のように甘い味付けの奥にシッカリと牛蒡の風味が自己主張していました。

まぁ貴重な経験でした。

新勝寺の方のお話し、本日の奉納薪能の梅若家の方の御挨拶と演目の見方と説明、抽選会など有って、なかなか充実したいいイベントでした。

食事そのものを見てもデザートのメロンまで有って、とても精進料理とは思えません(笑)。

成田山坊入り料理13

まぁ運が良かったのと、ツアー会社が頑張ったってことでしょうか。

この後は薪能でしたが、それは別稿にて。

ruminn_master at 2009年05月16日 16:30 【観】成田山新勝寺の大護摩と精進料理コメント(0)トラックバック(0)  このエントリーをはてなブックマークに追加

2009年03月17日

【食】イチゴ食べ放題のうさみ園(茨城県鉾田市) 3

本日のバスツアー最後のイベントはいちご狩りというかイチゴ食べ放題

JAかしまなだ いちご狩りグループ うさみ園

いちご狩り01

うさみ園

いちご狩り02

2月3月のツアーにはよく入るイベントなので今まで何度かアチコチで行ったけど、「食べ放題」って言われても、そうは食えるもんじゃないね(笑)。

今回は「とちおとめ」だっけな。

いちご狩り03

赤くなってるのが熟してるのは間違いないんだけど、大きいのよりは小さくて(でも赤い)方が甘いって教わった。

いちご狩り04

たしかにそんな感じだけど、大きいのは大きいので瑞々しくて、それはそれでイイ感じかも。

いちご狩り05

まぁデザートにしては食い過ぎました(笑)。

ruminn_master at 2009年03月17日 17:27 【食】イチゴ食べ放題のうさみ園(茨城県鉾田市)コメント(0)トラックバック(0)  このエントリーをはてなブックマークに追加

【食】那珂湊の魚市場(森田水産) 3

バスツアーなので当然のように「お土産購入ポイント」への立ち寄りが入る。

本日の「お土産用」立ち寄り地となったのは、魚市場で有名な那珂湊

森田水産

森田水産01

株式会社 森田水産

2階は回転寿司や海鮮レストランになってるようで、食事場所として入って行ってる団体も見掛けた。

「魚問屋」の肩書きに恥じず、まぁありとあらゆる海産物が一堂に会してる感じ。

森田水産02
森田水産03

安いしモノも良さそう。

氷は200円だったか別料金だが、一応発泡スチロールの容器は貰える。

ただヒモもビニール風呂敷もくれない。

おそらく自家用車で買い物に来る客が多いのだろうけど、団体ツアーの受け入れもしてるだから、そこまで面倒見てくれよな。。。って思った。

とりあえず、大型バスのトランクはスチロール箱だらけになってました。

クラブツーリズム号

自分はタコを買ってきて、タコ焼き作った程度ですが。

森田水産04

あ、あと干し芋も買ったけど、それはまた別稿にて。

ruminn_master at 2009年03月17日 15:15 【食】那珂湊の魚市場(森田水産)コメント(2)トラックバック(0)  このエントリーをはてなブックマークに追加

【観】水戸藩校 弘道館 4

午後の観光は水戸藩の藩校敷地と建物の一部が保存されて残っている弘道館公園

弘道館01
弘道館02

偕楽園を訪れた午前中と打って変わって快晴になったので梅林もなかなか美しかったです。

弘道館03

弘道館04
弘道館05
弘道館06
弘道館07
弘道館08
弘道館09
弘道館10

時代が違うとはいえ「イイ学校」だね。

弘道館11


ruminn_master at 2009年03月17日 14:14 【観】水戸藩校 弘道館コメント(0)トラックバック(0)  このエントリーをはてなブックマークに追加

【酒】明利酒類の百年梅酒を別春館にて(茨城県水戸市) 3

昼食後すぐの立ち寄り地は日本酒「副将軍」の蔵元、それもそうだが今は梅酒が有名な蔵元らしい。その工場併設の資料館

別春館(明利酒類(株)資料館)

梅酒の副将軍01

明利酒類株式会社 WEBサイト

梅酒の副将軍02

軒先に無造作に置かれているのは昔の醸造用精米器だったりする歴史有る蔵元さん。

梅酒の副将軍03
梅酒の副将軍04

この会社のHPの「会社概要」に書かれているが、酒飲みにとって有名なところでは何と言っても

「昭和52年 日本醸造協会の要請により、「明利小川酵母」を「協会10号酵母」として登録。」

ということで、小川酵母で有名な蔵。

(まぁ、「元祖」「本家」争いの例に漏れず、やっぱり発祥の地かどうかはモメてますけど(笑))

商品として一般的に10号酵母で有名なところでは出羽桜十四代でしょうか。

今回は日本酒の蔵見学は上等酒の仕込の真っ最中とのことで無し、試飲も無し、蔵見学も試飲も梅酒でした。

梅酒の副将軍05

芋焼酎の臭いがプンプンしてたのでおかしいなと思ったら焼酎蔵の一角だそう。商品の幅が広いですな。

昨年、日本酒も金賞取ったらしいけど、どうやら大阪で開かれた「天満天神宮梅酒大会」で「梅酒日本一」となったのがイチオシみたいです。

だから試飲もソレ。

梅酒の副将軍06

甘ダレしてなくて飲みやすいワリに旨いので1本買った。

けどまぁ梅酒なら食前酒にして欲しかったかな?(笑)

ruminn_master at 2009年03月17日 12:48 【酒】明利酒類の百年梅酒を別春館にて(茨城県水戸市)コメント(0)トラックバック(0)  このエントリーをはてなブックマークに追加

【観】水戸偕楽園(茨城県) 4

バスツアーで水戸偕楽園まで。

偕楽園02

完全にテレビの影響を受けてそうな水戸光圀公がお出迎え。

駐車場からは道路と線路を跨いだ橋を渡った場所にある。

偕楽園00a

隣接する神宮の参道も兼ねて居るみたいだけど、梅の微かな香りは強烈なイカ焼きの香りに完敗。。。

偕楽園00b

まぁ中に入っちゃえば関係ないけどね、偕楽園は広いから。

偕楽園01
偕楽園03
偕楽園00c
偕楽園04
偕楽園00e
偕楽園00d

190円払ってこの庭を楽しむための高楼に登る。

偕楽園05
偕楽園06

好文亭の庭先、梅の足元にはフキノトウらしきのが顔を出してる。

偕楽園07

春ですな。

偕楽園08
偕楽園09
偕楽園10

その後ぐるっと散歩して1時間ぐらい居たかな?

曇り空で短時間の通り雨にも遭ったけど、まぁ春の訪れを堪能。

偕楽園11
偕楽園12




ruminn_master at 2009年03月17日 11:41 【観】水戸偕楽園(茨城県)コメント(0)トラックバック(0)  このエントリーをはてなブックマークに追加

2009年02月28日

【食】帰路も車中で弁当 3

ふぐ弾丸ツアー、美濃でお土産屋に1軒立ち寄り、

美濃・関物産館00

美濃関物産館の中身
郡上八幡・大滝鍾乳洞/美濃関物産館

その後は往路と違って中央高速で一路東京新宿まで。

という訳で、夕食もバス車中でOP弁当。

おぎのや弁当01

どうやら群馬横川の「峠の釜飯」の店が中央高速沿いに弁当屋を展開してるらしい。

おぎのや弁当02

峠の釜めし本舗おぎのや

おぎのや弁当03
おぎのや弁当04

不味くはないけど、漬け物の炒め物とかいかにも飛騨路って感じの精進料理ですな。

まぁグルメツアーの最後は身体に優しいもんにしたんかもね。

ruminn_master at 2009年02月28日 19:35 【食】帰路も車中で弁当コメント(0)トラックバック(0)  このエントリーをはてなブックマークに追加

2009年01月14日

【観】漱石公園(早稲田) 3

ごく近所なんだけど、昨年リニューアルしたって噂は耳にしたものの行ってなかった公園。

漱石公園

漱石公園01

漱石公園リニューアルオープン|新宿区みどり土木部
漱石公園 | 東京ガイド [東京観光案内] - またたび
見聞録「漱石公園」〜CityDO! 東京都23区エリア〜
NPO法人 漱石山房 漱石公園リニューアル記念式典

これ単独で考えると何も無いけどね。小さな展示室と猫塚。

漱石公園04

住宅街の真ん中にポッカリ空いた不思議なスペース、閑静な小さい公園。

でもまぁ歴史とか考えるとそれなりに深い。

漱石公園05

この近隣には「夏目坂」とかもあって、それこそ「縁の地」は多い様子。

漱石公園02
漱石公園03

ちょっとした歴史散歩コースに良さそうですな。

ruminn_master at 2009年01月14日 16:44 【観】漱石公園(早稲田)コメント(0)トラックバック(0)  このエントリーをはてなブックマークに追加

2009年01月04日

【宿】羽田エクセルホテル東急 4

ツアーの前泊オプションとして申し込んだ羽田エクセルホテル東急

昔は京急の天空橋から送迎バスで入って、朝は送迎バスで空港まで送ってくれたが数年前に羽田空港に隣接した場所に新装オープン。

羽田空港第2ターミナルの端から直結してる。

エクセル東急01
エクセル東急02
エクセル東急03

このホテル、空港滑走路が見える「エアポートビュー」の部屋の方が5000円程高いらしい。今回はツアーのオプションなので割安だったけど。

ワリとこういう「働く現場」の景色って好きだけど、それでも夕方に入った時は値打ちが分からなかった。

エクセル東急04

防音設計になってるので音こそ聞こえないけど羽田空港ってオールナイトで働いてるのね。それは新しい体験。

でもって明け方になるとこの部屋の真価が分かった。

エクセル東急05

まぁ美しい&カッコイイ

エクセル東急06

このホテル、部屋や廊下に飾ってある絵や写真も全てが「飛行場の風景」のようで、マニアにはたまらない作り(笑)。でもってマニアでなくても晴天ならばこの空港の夜明けは一見の価値有りですな。

サービスも丁寧で良かったし、空港への移動も至便(第1ターミナルは無料巡回バスで15分ぐらい掛かるんだけど)。

なかなかこの羽田前泊プランは素敵でした。

ruminn_master at 2009年01月04日 06:30 【宿】羽田エクセルホテル東急コメント(0)トラックバック(0)  このエントリーをはてなブックマークに追加

2009年01月03日

【詣】羽田神社 4

明日の飛行機が朝早いので、羽田の羽田エクセルホテル東急に前泊することにした。

そこで考えてみるとしょっちゅう旅行で利用するワリにあんまり羽田界隈を知らない。

で、一つぐらいは気になってることを片付けるかと。

羽田神社

羽田神社01

羽田神社HP
ぶらっと大田・観光コース[羽田]
数奇な運命をたどる羽田神社

京浜急行の大鳥居前駅を降りて、産業道路に出て大師橋に向かうと、その橋の陰、というと聞こえが悪いが、まぁあまり目立たない場所にあった。

でも狭いながらも境内は小綺麗だし、幾つかの稲荷社や富士講の名残りらしき羽田富士も築いてあるなど結構いい神社。

羽田神社02

空港関係者や空港で働く人々がここに初詣に来るそうで、数奇な運命の神社だそうだけど、それは多くの人が存続させようと働いた証な訳で、そう言う意味で「生きた神社」かと思います。


今年最初のお神籤。末吉。

ruminn_master at 2009年01月03日 15:57 【詣】羽田神社コメント(0)トラックバック(0)  このエントリーをはてなブックマークに追加

2008年12月21日

【湯】マリンスパあたみ(静岡県熱海市) 3

サンレモ公園で昼頃から夕方まで練習して、その目の前の日帰り温泉に。

マリンスパあたみ

マリンスパ熱海

マリンスパあたみホームページ

熱海は色んな旅館で日帰り入浴サービスもやってるけど、こういう施設の方が気楽は気楽。

でもココは温水プールの方がメインみたいね。1000円でプールもサウナもジャグジーも温泉も、ということなので、温泉しか使わない自分たちではモッタイナイ。

風呂の方はそこそこの内湯が2槽のみ。泉質は穏やか。

まぁ旅行客には気楽が取り柄かな。


ruminn_master at 2008年12月21日 17:54 【湯】マリンスパあたみ(静岡県熱海市)コメント(1)トラックバック(0)  このエントリーをはてなブックマークに追加

2008年12月20日

【宿】熱海ビッグサークル 4

合宿目的なので練習時間と食事時間の兼ね合いを気にせずに安上がりで済まそうと素泊まりの宿を熱海で。

取れた体育館が網代南熱海マリンホールだったこともあり、網代と熱海の間の来宮の宿に。

熱海ビッグサークル

熱海ビッグサークル01
熱海ビッグサークル02

静岡 熱海 コンドミニアム 熱海ビッグサークル

夕方まで体育館で練習、網代駅前の富岡魚店で地物のアジとサバを仕入れ、その足で取りあえず宿入り。

来宮駅を降りて、来宮神社に向かい、その右脇の坂道に分け入る。。。

え〜〜〜〜〜と

歩いて行くような場所じゃないです!(笑)

体力自慢の団体ではありますが、朝から激しい運動した後にはかなりキツイ急な坂道、街灯も怪しく、どうやら徒歩での利用は予定されていない様子。。。

宿に入ってとりあえずは徒歩でまた降りて、来宮神社に軽く御挨拶の後、熱海警察署で道を聞いて、(有)松田精肉店、そして大きなスーパー、マックスバリュ熱海で食糧を仕入れ、宿に教えられた小形タクシーってのを頼んで( どうやら宿と提携してるらしい )、宿へ戻る。

8時くらいから料理始めて、食べ始めたのは9時半ぐらい。

う〜ん、、、料理付きの方が楽だったのはたしか(笑)。

まぁ施設はとても綺麗なコンドミニアム、チョットした2LDKぐらいのマンションでして、調理器具も一通り揃ってるし、快適でしたし、料理は得意なので旨いモノ死ぬ程食ったワリには安上がりでしたが。

夜中までダラダラと飲み食い出来るのも自炊施設ならでは。

宿の周囲に平地が無くて夜練も朝練もマトモなのは諦めざるを得なかったのは少々困ったけど、まぁイイ宿でした。

タクシーも熱海まで7〜800円というところだから、数人載ってワリカンにすれば大した額でも有りませんし。

こういう宿は使い方次第で面白いね。

ruminn_master at 2008年12月20日 21:23 【宿】熱海ビッグサークルコメント(0)トラックバック(0)  このエントリーをはてなブックマークに追加

2008年09月16日

【観】旧岩崎邸庭園(東京都) 4

バスツアーの最終観光地は上野不忍池の畔、車道からは少し裏手に入った場所にある日本近代の西洋建築を代表する三菱創始者の旧邸宅。

旧岩崎邸(庭園)

旧岩崎邸01
旧岩崎邸02

門柱に見える鳥のクチバシみたいなのが三菱の紋章です。ひし形が3つね。

旧岩崎邸03

-都立公園・庭園案内-旧岩崎邸
三菱財閥のお屋敷・旧岩崎邸庭園〜東京都台東区〜
岩崎邸(ようこそ台東区へ)
旧岩崎邸庭園 庭園へ行こう。
旧岩崎邸庭園レッツエンジョイ東京
旧岩崎邸庭園|公園へ行こう!

旧岩崎邸04

洋館の方はいわば迎賓館。

旧岩崎邸05

日本家屋の方が居住スペースだったらしい。

どっちにしても贅沢だねぇ。

旧岩崎邸06

たかがビリヤード場が西部劇に出て来そうな趣有る独立棟になってる。

洋館の内装はGHQの接収で無神経にペンキで塗りつぶされたのを回復後に修復した金唐皮など手の混んだ趣向がアチコチに。

旧岩崎邸07

柱には和ニスの汗玉が結晶してるし壁も何もかも存在自体が歴史的美術工芸品のカタマリなので2階に上がる階段の手すりぐらいしか触れるモノは無いけど。

旧岩崎邸08

館長さんが案内してくれたのですが、建物の説明と言うよりは三菱、岩崎家の自慢話っぽかったねぇ。。。

個人的には鹿鳴館時代の文化はスナブな気がして少々「鼻持ちならない」ので嫌いなんですが、まぁ金持ちの贅沢のおかげで美術品、工芸品として残ってるその価値は認めざるを得ないわね。

ここもバスツアーの小一時間ではモッタイナイ場所ではありました。

ruminn_master at 2008年09月16日 17:04 【観】旧岩崎邸庭園(東京都)コメント(0)トラックバック(0)  このエントリーをはてなブックマークに追加

【観】清澄庭園(東京都) 4

バスツアー午後の観光地その2。

清澄庭園

清澄庭園01

-都立公園・庭園案内-清澄庭園
江戸下町情緒 森下清澄庭園
清澄庭園 庭園へ行こう。
清澄庭園レッツエンジョイ東京
清澄庭園(江戸下町情緒)
清澄庭園|公園へ行こう!

清澄庭園02

先の2つは「お花畑」が見ものという感じでしたが、ここは枯山水。

清澄庭園03
清澄庭園04
清澄庭園05

さすが紀伊国屋文左衛門から岩崎弥太郎、そしてその弟と流れるこの庭は地味に見えて豪勢。

ruminn_master at 2008年09月16日 15:48 【観】清澄庭園(東京都)コメント(0)トラックバック(0)  このエントリーをはてなブックマークに追加

【観】浜離宮恩賜庭園(東京都) 4

バスツアー午後の観光地その1。

実は行程表では皇居東御苑だったんだけど、今日は「月曜が祝日の場合の翌火曜日」でお休み。単純なツアー会社の下調べミスですが、皇居東御苑は何度も行ってあの長い道のりに正直飽きてるので個人的にはラッキーな予定変更。

浜離宮恩賜庭園

浜離宮01

-都立公園・庭園案内-浜離宮
浜離宮恩賜公園(デートナビ)
浜離宮恩賜庭園 庭園へ行こう。
浜離宮恩賜庭園レッツエンジョイ東京
浜離宮恩賜庭園|公園へ行こう!

浜離宮02

東京湾に面してるので、淡水の山水のみならず海水も引き込んである広い庭園。

浜離宮06

鴨の猟場とかもあってなかなか面白かったけど、バスツアーの限られた時間では軽く一周しただけです。

浜離宮03
浜離宮04

300年は経とうという黒松など樹木類も見事。

花畑ではコスモスが見頃でした。

浜離宮05


ruminn_master at 2008年09月16日 13:39 【観】浜離宮恩賜庭園(東京都)コメント(0)トラックバック(0)  このエントリーをはてなブックマークに追加

【観】向島百花園「萩祭り」(東京都) 4

東京の観光地と有名レストランを組み合わせた「東京ダイニング」なる日帰りバスツアーのひとつに参加。

最初の観光地。

向島百花園

向島百花園01

-都立公園・庭園案内-向島百花園
向島百花園|公園へ行こう!
向島百花園花だより─ホーム
下町情緒top

ちょうど今は萩が見頃で「萩祭り」でした。

向島百花園02
向島百花園03
向島百花園04
向島百花園05

朝の集合時は雨模様だったけど、既に雨も上がっており、雨上がりの植物園は草木の息吹が香り立つようで心地よかったです。

街中にこんな場所があるなんて懐が深いね、東京は。

ruminn_master at 2008年09月16日 10:52 【観】向島百花園「萩祭り」(東京都)コメント(0)トラックバック(0)  このエントリーをはてなブックマークに追加

2008年08月03日

【景】乗鞍スカイラインから畳平「お花畑」 4

ruminn_master at 2008年08月03日 11:22 【景】乗鞍スカイラインから畳平「お花畑」コメント(0)トラックバック(0)  このエントリーをはてなブックマークに追加
Archives
記事検索
Recent Comments
QRコード
QRコード
livedoor Profile

るみん