2007年08月25日
【旅】東海道五十三次(12〜17)
東海道に限らず昔の宿場町を宿場町として訪ねることはそう多くはないが、幼少時からワリと年中旅行してる方なので「そういえば行ったな」は人一倍多いとは思う。
今回は最近何度か行ってる「江戸歴史探訪バスツアー」のスピンオフみたいな旅行。定年退職した高校の歴史の先生が付いて解説してくれる旅行です。ツアー会社は「日本ファミリー旅行」さん。「バスで巡る東海道五十三次」。
全部で8回に分けて東海道五十三次を踏破しようと言うツアー企画なんだけど、行ったこと有る場所が多いのもあって皆勤賞は狙わず、ちょうど個人で行く機会の無さそうな部分だけ参加した次第。
今回は12番から17番の宿を辿るのだけど、日帰りツアーなのでまるでオリエンテーリング、車中車窓から眺めて解説を聞く場所は多いけど、下車して観光するのは各宿場でワンポイント・ツーポイントって感じ。
まぁ「東海道」や「宿場」の痕跡が現存・保存してる場所も限られてるし、バスツアーは所詮は下見みたいなものですから。
どこか面白いところが有ればいずれ腰を据えて訪ねてみたいと思います。
ホントにこの「東海道五十三次」ってファンが多いね。
実際に今でも歩いてみる人も居るぐらいだし。
(参考)
・東海道五十三次をゆく
・健康ウォーキング「東海道五十三次情報」
・旧東海道の旅・和田光平
・お気軽東海道うぉーく
・NTT西日本・映像で見る静岡東海道史跡案内
自分の世代だと永谷園の「お茶づけ海苔」のオマケ、安藤(歌川)広重の「東海道五十三次」カード、コンプリートした人は周りに居なかったけど、何となく集めたりしてた人は多いはず。
浮世絵自体は古いので既に著作権の対象ではない(加工品はそれなりに有ったりする)からネット上のアチコチ、図書館や美術商のサイトで散見できる。
(参考)
・鹿児島県立図書館・貴重資料の紹介
・月刊美術・アートショップ
・カラー印刷の源流・錦絵・歌川広重
・浮世絵のアダチ版画「東海道五十三次」
今回の旅行にも早稲田の図書館で複写した広重画を持参して楽しんでました。
さて
旅は東京から東名をバスで沼津まで。
途中駒門P.A.に立ち寄る。
ここは富士の湧水で有名な処。


柔らかくてトロ味を錯覚させるような水。喉越しが太いというか。
静岡酒に多く見られる特徴がこの水にも感じられ、それは静岡と言っても東西に幅広いのだから何も全て同じ水系とは言えないのだろうけど、何故か不思議な共通項に思えている。実際「開運」(掛川)ではあんまり感じさせられないけど、「○○」なんかだとモロにこの水と同じ風味の記憶。
「水と同じ、だけど酒」ってのは一つの理想だとは聞くけど、この水系統の酒は量を飲むと「うっ」と来る感じでイマイチ苦手なんだよね。。。
いやハナシは「東海道五十三次」でした(笑)。
そうそう、その昔、京都が「上」で江戸が「下」の時代、東海道五十三次を下ってくるのを「下り酒」と言い、江戸では珍重されたと。そこから価値のないモノが「下らない」んだとか。ってのは無駄なウンチク(笑)。
さてさて旅に戻ります。
12. 沼津宿
・沼津市HP

ここ沼津は学生時代から何度もバイクや車や電車で来てる町。
立ち寄りポイントは千本松原
北条と武田の戦乱時に防風林が切り払われたので塩害を防ぐため沼津乗運寺の開祖増誉上人が植林を始めたのが広大な松林になり、後年は東海道の名所となったと。


13. 原宿
・フレッシュアイ・ウィキペディア「原宿」
・原町商工会・東海道400年祭エントリーイベントHP

立ち寄りポイントは松蔭寺
・沼津市HPより
「駿河の国に過ぎたるものあり。富士の御山と白隠禅師」と謡われる江戸時代の名僧白隠禅師の生まれた土地で、住職を勤めたお寺。墓もある。




(参考:松岡正剛「千夜千冊」・白隠『夜船閑話』)
また白隠が岡山城主池田侯から贈られた備前焼のすり鉢を、台風によって裂けた松の枝の雨避けにかぶせたというすり鉢の松がある。
この鉢かぶり松が寺の脇に1本、境内にもう1本。何故に2本有るのかも不明だが、言い伝えを信じるならば当の擂り鉢は国宝・重文ものだろうからレプリカだろうか。



14. 吉原宿

立ち寄りポイントは平家越えの碑
(参考:東海道川を渡る道・渡河の歴史とロマンより、富士市HP、地名の由来より




15. 蒲原宿
・フレッシュアイ・ウィキペディア「蒲原宿」
・大御所四百年祭公式HPより

広重の「東海道五十三次」の中で一二を争う名作と言われるここ蒲原宿の図「夜の雪」。
立ち寄りポイントは広重「夜の雪」の碑
この碑は記念切手の発売に合わせて建てられたものだそう。


この図柄の光景がスケッチされた場所がこの辺りじゃないか、ということだったが、既に建物が建て込んでいて山坂の重なり合いぐらいからしか推測できない。

そしてこの宿場は比較的街道筋が保存されているので少々散策もした。






江戸時代の本陣や旅籠の跡が店や私邸となっている。
洋館は大正期の医院だったりして場所によっては内部が公開されている。
・旧五十嵐邸HP
ここまでの3宿、「13.原宿」「14.吉原宿」「15.蒲原宿」を指して
「海道に三宿つづく原の駅」という川柳が残っている。
16. 由比宿
・由比町HP
・フレッシュアイ・ウィキペディア「由比宿」
・大御所四百年祭公式HPより

立ち寄りポイントは本陣跡と由井正雪の紺屋

本陣公園の門から見える建物が由井正雪の生家と言われてる染め物屋。

また本陣公園の中には広重美術館もある。

・由比町HPより
展示品は時期によって入れ替わるようだ。今回はオモシロ品・珍品が多かった。
17. 興津宿
・goo静岡「興津宿」
・大御所四百年祭公式HPより

立ち寄りポイント1つ目は脇本陣跡
本陣は身分有る者しか泊められないので、不要時には旅籠もできる脇本陣の方が裕福だったらしい。
ここの脇本陣は昭和末まで「水口屋」という旅館だったそう。現在は一部をギャラリーとして公開している。


その隣の隣ぐらいに名物の饅頭屋、潮屋さん。
・和菓子街道より


そしてポイント2つ目は名刹清見寺
・お寺のHP

線路の向こうに山門が見える。
この名寺も時代には勝てず、大門と山門の間を東海道線が走っていて、陸橋で渡るスタイル。



境内はほとんど丸ごと史跡だ。

住職が家康の家庭教師だったとかで三ツ葉葵の紋の入った玉座が有る。明治天皇御成の間ってことだけど。

咸臨丸供養塔。

五百羅漢。

夏休みで子供達が合宿に来ていた2階の宿坊部分から海岸線を眺めると見えるのは工場や港のガントリークレーンばかり。
線路の向こう、道路際に見えるのが寺の大門である。

山下清画伯の嘆きももっともだねぇ。。。
今日の旅はここまで、バスは東京に向けて東名を飛ばして帰りました。
どうするかなぁ、ここから先の宿場。
だんだん興味が湧いてきた(笑)。
今回は最近何度か行ってる「江戸歴史探訪バスツアー」のスピンオフみたいな旅行。定年退職した高校の歴史の先生が付いて解説してくれる旅行です。ツアー会社は「日本ファミリー旅行」さん。「バスで巡る東海道五十三次」。
全部で8回に分けて東海道五十三次を踏破しようと言うツアー企画なんだけど、行ったこと有る場所が多いのもあって皆勤賞は狙わず、ちょうど個人で行く機会の無さそうな部分だけ参加した次第。
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00. 日本橋
01. 品川宿
----------<↑東京都↓神奈川県>---
02. 川崎宿
03. 神奈川宿
04. 程ヶ谷宿
05. 戸塚宿
06. 藤沢宿
07. 平塚宿
08. 大磯宿
09. 小田原宿
10. 箱根宿
----------<↑神奈川県↓静岡県>---
11. 三島宿
12. 沼津宿
1里半(5.9km)
13. 原宿
3里6町(12.4km)
14. 吉原宿
2里30町(11.1km)
15. 蒲原宿
1里(3.9km)
16. 由比宿
2里12町(9.2km)
17. 興津宿
18. 江尻宿
19. 府中宿
20. 鞠子宿
21. 岡部宿
22. 藤枝宿
23. 島田宿
24. 金谷宿
25. 日坂宿
26. 掛川宿
27. 袋井宿
28. 見付宿
29. 浜松宿
30. 舞坂宿
31. 新居宿
32. 白須賀宿
----------<↑静岡県↓愛知県>---
33. 二川宿
34. 吉田宿
35. 御油宿
36. 赤坂宿
37. 藤川宿
38. 岡崎宿
39. 池鯉鮒宿
40. 鳴海宿
41. 宮宿
----------<↑愛知県↓三重県>---
42. 桑名宿
43. 四日市宿
44. 石薬師宿
45. 庄野宿
46. 亀山宿
47. 関宿
48. 坂下宿
----------<↑三重県↓滋賀県>---
49. 土山宿
50. 水口宿
51. 石部宿
52. 草津宿
53. 大津宿
----------<↑滋賀県↓京都府>---
00. 三条大橋
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今回は12番から17番の宿を辿るのだけど、日帰りツアーなのでまるでオリエンテーリング、車中車窓から眺めて解説を聞く場所は多いけど、下車して観光するのは各宿場でワンポイント・ツーポイントって感じ。
まぁ「東海道」や「宿場」の痕跡が現存・保存してる場所も限られてるし、バスツアーは所詮は下見みたいなものですから。
どこか面白いところが有ればいずれ腰を据えて訪ねてみたいと思います。
ホントにこの「東海道五十三次」ってファンが多いね。
実際に今でも歩いてみる人も居るぐらいだし。
(参考)
・東海道五十三次をゆく
・健康ウォーキング「東海道五十三次情報」
・旧東海道の旅・和田光平
・お気軽東海道うぉーく
・NTT西日本・映像で見る静岡東海道史跡案内
自分の世代だと永谷園の「お茶づけ海苔」のオマケ、安藤(歌川)広重の「東海道五十三次」カード、コンプリートした人は周りに居なかったけど、何となく集めたりしてた人は多いはず。
浮世絵自体は古いので既に著作権の対象ではない(加工品はそれなりに有ったりする)からネット上のアチコチ、図書館や美術商のサイトで散見できる。
(参考)
・鹿児島県立図書館・貴重資料の紹介
・月刊美術・アートショップ
・カラー印刷の源流・錦絵・歌川広重
・浮世絵のアダチ版画「東海道五十三次」
今回の旅行にも早稲田の図書館で複写した広重画を持参して楽しんでました。
さて
旅は東京から東名をバスで沼津まで。
途中駒門P.A.に立ち寄る。
ここは富士の湧水で有名な処。


柔らかくてトロ味を錯覚させるような水。喉越しが太いというか。
静岡酒に多く見られる特徴がこの水にも感じられ、それは静岡と言っても東西に幅広いのだから何も全て同じ水系とは言えないのだろうけど、何故か不思議な共通項に思えている。実際「開運」(掛川)ではあんまり感じさせられないけど、「○○」なんかだとモロにこの水と同じ風味の記憶。
「水と同じ、だけど酒」ってのは一つの理想だとは聞くけど、この水系統の酒は量を飲むと「うっ」と来る感じでイマイチ苦手なんだよね。。。
いやハナシは「東海道五十三次」でした(笑)。
そうそう、その昔、京都が「上」で江戸が「下」の時代、東海道五十三次を下ってくるのを「下り酒」と言い、江戸では珍重されたと。そこから価値のないモノが「下らない」んだとか。ってのは無駄なウンチク(笑)。
さてさて旅に戻ります。
12. 沼津宿
・沼津市HP

ここ沼津は学生時代から何度もバイクや車や電車で来てる町。
立ち寄りポイントは千本松原
北条と武田の戦乱時に防風林が切り払われたので塩害を防ぐため沼津乗運寺の開祖増誉上人が植林を始めたのが広大な松林になり、後年は東海道の名所となったと。


13. 原宿
・フレッシュアイ・ウィキペディア「原宿」
・原町商工会・東海道400年祭エントリーイベントHP

立ち寄りポイントは松蔭寺
・沼津市HPより
「駿河の国に過ぎたるものあり。富士の御山と白隠禅師」と謡われる江戸時代の名僧白隠禅師の生まれた土地で、住職を勤めたお寺。墓もある。




(参考:松岡正剛「千夜千冊」・白隠『夜船閑話』)
また白隠が岡山城主池田侯から贈られた備前焼のすり鉢を、台風によって裂けた松の枝の雨避けにかぶせたというすり鉢の松がある。
この鉢かぶり松が寺の脇に1本、境内にもう1本。何故に2本有るのかも不明だが、言い伝えを信じるならば当の擂り鉢は国宝・重文ものだろうからレプリカだろうか。



14. 吉原宿

立ち寄りポイントは平家越えの碑
(参考:東海道川を渡る道・渡河の歴史とロマンより、富士市HP、地名の由来より




15. 蒲原宿
・フレッシュアイ・ウィキペディア「蒲原宿」
・大御所四百年祭公式HPより

広重の「東海道五十三次」の中で一二を争う名作と言われるここ蒲原宿の図「夜の雪」。
立ち寄りポイントは広重「夜の雪」の碑
この碑は記念切手の発売に合わせて建てられたものだそう。


この図柄の光景がスケッチされた場所がこの辺りじゃないか、ということだったが、既に建物が建て込んでいて山坂の重なり合いぐらいからしか推測できない。

そしてこの宿場は比較的街道筋が保存されているので少々散策もした。






江戸時代の本陣や旅籠の跡が店や私邸となっている。
洋館は大正期の医院だったりして場所によっては内部が公開されている。
・旧五十嵐邸HP
ここまでの3宿、「13.原宿」「14.吉原宿」「15.蒲原宿」を指して
「海道に三宿つづく原の駅」という川柳が残っている。
16. 由比宿
・由比町HP
・フレッシュアイ・ウィキペディア「由比宿」
・大御所四百年祭公式HPより

立ち寄りポイントは本陣跡と由井正雪の紺屋

本陣公園の門から見える建物が由井正雪の生家と言われてる染め物屋。

また本陣公園の中には広重美術館もある。

・由比町HPより
展示品は時期によって入れ替わるようだ。今回はオモシロ品・珍品が多かった。
17. 興津宿
・goo静岡「興津宿」
・大御所四百年祭公式HPより

立ち寄りポイント1つ目は脇本陣跡
本陣は身分有る者しか泊められないので、不要時には旅籠もできる脇本陣の方が裕福だったらしい。
ここの脇本陣は昭和末まで「水口屋」という旅館だったそう。現在は一部をギャラリーとして公開している。


その隣の隣ぐらいに名物の饅頭屋、潮屋さん。
・和菓子街道より


そしてポイント2つ目は名刹清見寺
・お寺のHP

線路の向こうに山門が見える。
この名寺も時代には勝てず、大門と山門の間を東海道線が走っていて、陸橋で渡るスタイル。



境内はほとんど丸ごと史跡だ。

住職が家康の家庭教師だったとかで三ツ葉葵の紋の入った玉座が有る。明治天皇御成の間ってことだけど。

咸臨丸供養塔。

五百羅漢。

夏休みで子供達が合宿に来ていた2階の宿坊部分から海岸線を眺めると見えるのは工場や港のガントリークレーンばかり。
線路の向こう、道路際に見えるのが寺の大門である。

山下清画伯の嘆きももっともだねぇ。。。
今日の旅はここまで、バスは東京に向けて東名を飛ばして帰りました。
どうするかなぁ、ここから先の宿場。
だんだん興味が湧いてきた(笑)。